第四十話「これからのアドバイス」
突然、自分の冒険者カードに書き込まれた大金の情報に信じられない気持ちになりながら、私は冒険者ギルドを後にした。
ミサンガの納品の他に、ティアナとイリーネに会うという目的もあったものの、それどころではない。二人も見かけることはなかったため、私は他の冒険者に大金を持っていると知られる前にそそくさと退散したのである。
冒険者ギルドを出るとその足で向かったのはアロイスのところだった。
彼の何の店かわからない、そもそも開いているのかも定かじゃない謎の雰囲気のお店にはもう慣れた。私は遠慮なくドアを開ける。
「アロイスさん!」
「お、どうした? 今日は来ないと思ってたんだがな」
「ちょっと相談があります!」
私はカウンターに片肘を置いて座っているアロイスの元に近づくと、いつもの定位置である簡素な丸椅子に座った。
「あの、お店を開くにはどうしたらいいですか?」
「店? 仕立屋を開くってことか?」
「そうです。できれば住居も兼ねてるところがいいです」
冒険者ギルドで言ったライナーの言葉からふと思い付いた。この世界でデザイナーとしてやっていくなら小さくても良いからお店がある方がいいんじゃないかと。
お店までいかなくても、アトリエはあったらいいし、さらにいつまでも宿暮らしをするわけにもいかない。今アトリエとして使わせてもらっている場所も、宿屋アンゼルマの倉庫だから、この先ずっと使わせてもらえるかも保証はない。
それならいっそ大金も手に入ったことだし、お店兼アトリエ兼自宅として物件を借りるなり買うなりした方が良いと思ったのだ。
そう考えた時、頼れそうな人が何人か浮かんできた。この町で私が頼れる人はそう多くない。そのうちの一人で、こういったアドバイスに一番向いてそうなアロイスにまず話を聞こうと思って、ここにやってきたのだった。
「店舗兼住居ってやつか……。うーん、物件に心当たりがないわけじゃないが、その前に資金はあるのか?」
「えっと……」
ライナーの言葉が頭を過ぎり、私は言葉を濁した。アロイスは付与効果の師匠ではあるけど、お金のことを話してもいいのだろうか。
正直、付与効果のレクチャーに対して授業料を請求されたことはない。以前、教えてもらうのに対価は必要ないのかと聞いたこともあったが、アロイスにはこのくらいのことでと断られたのだ。
それなのに今、私が大金を持っていると知って、態度が変わるだろうか?
でも宝くじに当たったのが知られたら大変だっていうし、それと同じように考えると……。うーん……。
「ああ、すまん、言い方が悪かった。そういうことを言ってくるってことは何かしらの資金が手元にあるんだろう。ミナは渡り人だから、元の世界の珍しいものを売ったとかか?」
「何でそれを……」
「おいおい、俺は元ギルドマスターだぞ? しかも鑑定部門も見てたんだ。ミナの状況から察することはできるだろ。おそらくオークションに出した結果がそろそろ出たのか」
すべてお見通しのアロイスに私は驚いた。彼の言う通りだった。
「まあ、大金を持ってたら気をつけるに越したことはない。善人ばかりじゃないし、善意があるからってミナを害さないとも限らないしな」
アロイスの言葉に少し安心する。事情を察してなお、こちらに踏み込んでこない距離感は正直ありがたかった。
「で、物件の話だったな」
「お知り合いとかいませんか?」
「知り合いってか、めぼしい物件は一応知ってんだがなぁ」
「そこは何かダメなんですか?」
「いや、ダメじゃないが……物件の担当してるやつに一応聞いとくわ」
「お願いします!」
アロイスの知っている物件でなくても、何かしら良いところがあるかもしれないし。
大金をずっと持ち続けてるのも恐いし、宿代を考えると引っ越しは早い方がいい。もしもお金が足りなかったら、残りの日本円をまたオークションにかけるって手もあるし。
なるべく早く新しい住み処を見つけたいところだ。
「あ、そうだ。店を持つなら商業ギルドに登録した方がいいぞ」
「それライナーさんにも言われました」
「そうだろうな。むしろギルドの売店でしか商品を売らないってやつの方が少ないからこれまでが異例なんだ。冒険者ギルドの売店だけなら商業ギルドに所属しなくてもいいけど、店を持つなら話は別だ。――どれ、物件のこともあるし、これから行くか」
「もしかして一緒に行ってくれるんですか?」
「おう。町の物件の管理はだいたい商業ギルドがしてるしな。ちょうどいいから連れてってやるよ」
そう言って、アロイスは立ち上がるとカウンターを出る。
店を不在にするにも関わらず、不在を知らせる看板などを準備するわけでもなく、アロイスは店を出る。
私もそれに続き外に出ると、アロイスはドアに施錠をした。
そして、商業ギルドに向かって歩き出すアロイスの背を私は追った。