第四話「はじまりの町アインスバッハ」
「お、見えてきたな」
話しながら街道を歩くこと一時間したくらいだろうか。マリウスが前方を見て呟く。
しかし、私にはただ道が続いているようにしか見えない。
「全然見えないけど……」
「町の外郭が見えてるだろ?」
「ええー……マリウス、目、良過ぎじゃない?」
私がそれを見えるようになるのは、もう数分歩いてからだった。
「本当だ……」
「な、言っただろ」
私とマリウスが歩いてきた街道に他の道が合流すると、人通りが多くなってくる。
どうやら私たちが来たのは、あまり主要な道ではないらしい。誰とも行き違わなかったのに、私たち同様に町に向かって歩いている人や、町から出てきたらしい馬車が通っていく。
「みんな、なんだかファンタジーっぽい格好してる……」
マリウスの服装しか見ていなかったが、街道を歩く人たちはまるでゲームや映画に出てくるような格好だ。
少し癪だけど、マリウスが私の格好を変と言ったのも頷けた。
でも、なんだかそういうテーマパークに来たような感じがして、無性にわくわくしてくる。
道行く人をキョロキョロと観察しながらついて行っていると、急にマリウスが止まった。
「んぶっ」
よそ見をしていたため、勢い余ってマリウスの背中にぶつかる。
「大丈夫か?」
「ごめん! ……って着いたの?」
ぶつかった頬をおさえながら、顔を上げる。マリウスの頭の先に三メートルは超える高さの石造りの門が見えた。
「立派な町だね……」
「アインスバッハって町だ。このあたりでは一番でかいからな」
門のところでは簡単な検問があるらしい。徒歩で通行する人用の列に並ぶ。
「これって何するの? 持ち物検査?」
私がイメージしたのは空港の手荷物検査場。X線検査のような高度な検査じゃなくても、軽く荷物の中を見られるのかなと思っていた。
「まあ、商売目的のやつは見られるかもな。他は通行証の確認とそれがない人は通行税を取られるんだ」
「え!? 通行証なんて持ってないよ! そしたらお金かかるじゃん!? いくら? 千円くらい?」
「せんえん? なんだそれ?」
「千円ってお金だよ。これこれ」
私はリュックの中から財布を取り出し、お札入れから千円を抜いてマリウスに見せた。
「なんだ、この絵! すげぇ細かいな!」
「まあ、そうだけど……じゃなくてこれが千円! 通貨!」
「はぁ? これがお金!? お金ってのは銅貨とか銀貨だろ!?」
そう言って、マリウスはボンサックから巾着袋を取り出した。ジャラリと音がして、マリウスはいくつかの貨幣を手に載せて私に見せる。
マリウスの手の上に載っているのは、小さい銅貨とそれより一回り大きい銅貨。
「こっちのが一マルカで、こっちが十マルカ。通行に必要なのは十マルカだ」
小銅貨が一マルカで、大銅貨が十マルカらしい。
「こんなお金持ってないよ!」
アルバイトから帰ろうとしていた時だったから、かろうじて私物の入ったバッグは持っていたが、こちらの世界の通貨が入っているはずもなく……
日本円が使えないなら、取れる手段はひとつ。
私はマリウスに向かって両手を合わせた。
「マリウスお願い。お金を貸してください。絶対返すから! なんなら服をもう一着作るから!」
頼れるのは目の前にいるマリウスしかいない。
もし街に入れないとなったら野宿するしかないが、あのスライムがいるかもしれない場所でなんか絶対寝られない。
手を合わせながらチラリとマリウスを見る。彼は呆れた目をして、はぁとため息を吐いた。
「まあ、そんなことだろうと思ってたけどな。ちゃんと返せよ」
「ははは、すみません……」
年下のマリウスに借金をするのはなんとも情けないが、背に腹は代えられない。
私とマリウスがそんなやりとりをしている間に、私たちが門を通る順番がやってくる。
「次は、二人か?」
門の前には兵士っぽい見た目の男性が二人立っていて、そのうちの一人が話しかけてくる。
「はい、二人です」
「通行の目的は?」
「冒険者登録です」
「そっちの女の子もか?」
兵士の目が私に向けられる。私は慌てて口を開く。
「は、はい!」
言ってしまって、あ……と思う。
私は別に冒険者になりたいわけじゃないけど、つい流れで答えてしまった。
隣のマリウスからの視線が妙に痛い気がする。
けれど、兵士は手続きを早く進めたいのか、言葉を続ける。
「冒険者登録をこれからするなら、通行料が一人十マルカだ」
兵士に言われて、マリウスは巾着袋から大銅貨を二枚取り出した。
それを受け取りながら兵士は、少し表情を緩ませて説明する。
「冒険者ギルドは門を入った通りをまっすぐ進んで、川を越えてから右に曲がるとあるぞ」
「ありがとうございます」
「おう、頑張れよ」
若者を応援したいタイプの人なんだろうか。兵士はマリウスを激励する。
マリウスが小さく頭を下げてから進んでいくので、私もぺこりとお辞儀をして彼の後を追った。
馬車用の大きい門ではなく、徒歩で通行する用の小さい門をくぐり、街に入った。
「おお……」
そこにはまるでテーマパークに来たかのような街並みが広がっていた。
石畳の道の両脇に並ぶ三角屋根の建物。格子窓が特徴的な建物の外壁。軒下には看板が吊されている。
外国にいるような風景に、心がうきうきしてくる。
「おい、行くぞ」
「はーい!」
少し先でマリウスが振り向いて待っててくれている。私はハッとして小走りで彼の横に並んだ。
「ところで、ミナも冒険者登録するのか?」
「いやぁ、あれは流れでそう答えちゃったんだけどね……」
「やっぱりそうか。でも、冒険者証は身分証にもなるし、登録しておいた方が何かと便利だとは思うぞ」
「そうなの?」
「簡単な依頼なら受けられると思うし、ギルドからのサポートもあるしな」
「そうなんだ! じゃあ登録しておこうかな」
「わかった。さらに十マルカ付けとく」
「え!? お金かかるの!?」
「当たり前だろ。登録する時には審査もあるし、登録証も発行されるんだから無料なはずないだろう」
「……ですよねー」
どの世界でも先立つものは必要不可欠なのか……
この世界においては無一文状態の私は、何をするにもマリウスに頼らざるを得ないようだ。
「川ってあれか」
マリウスの呟きに、私も彼の視線の先を見る。川は見えないけれど、建物が開けているのは見えた。
兵士の言葉で想像していたのはちょっとした小川程度だったが、近づいてみるとそれは川幅が十メートル以上あろうかという立派な川だった。
「そういえばミナはサンズの川を探してたんだろ? もしかしてここか?」
「いやぁ……違うと思う」
少なくとも三途の川は、このようなアーチ状の石橋が架かったおしゃれな川ではないはずだ。
「違うのか。じゃあ、このまま冒険者ギルドに向かって大丈夫か?」
「うん……」
石橋を渡り、はじめの通りを右に曲がる。
しっかりした足取りで進むマリウスの後について、私は足を進めた。