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第三十八話「完成とエピローグ」

「できたー!!」


 縫い上がったばかりの服を掲げて、私は達成感に声を上げた。


 サンドジャッカルの遭遇から戻って来て、数日。


 私はマリウスの二着目の製作にあたって、デザインからやり直し、そして今それが完成した。


 月ツユクサの露を採取に行ったあの日。サンドジャッカルと戦うマリウスを置いて、逃げることしかできなかった私は、冒険者の服を作るという責任と覚悟を自覚した。


 幸いなことにマリウスは大きな怪我もなく生還したものの、これからずっとそうであるとは限らない。今回のような予期せぬ魔物と遭遇する場合もあれば、危険な自然環境の場所に行かなければならない場合もあるかもしれない。


 そんな時、少しでも助けになれるような服があれば……。


 そう思った時、私は自分が作った服のはずなのに、マリウスが着ている服の性能を全く信じることができなかった。むしろ後悔ばかりが思い浮かんだ。


 こだわって作ったはずなのに、自信を持てないというのは、それは服にもマリウスにも失礼すぎる。何よりそんなのデザイナーじゃない。


 心のどこかで冒険者の服くらい、と軽んじた部分があったのだと思う。


 冒険者は時に命をかけなければならない危険な仕事だ。それなのに、その重大さが全くわかってなかった。


 マリウスの一着目の服をすぐ取り上げたいくらい申し訳なさでいっぱいになった。


 ただそれをすると、マリウスの防備面で心許なくなるのでぐっと我慢したけど……。


 もちろんサンドジャッカルと戦って擦れたり、穴が空いたりした部分はすぐに補修した。それでも傷んでしまった部分は多い。


 だから二着目の製作を急いだ。


 月ツユクサの露を取りに行く以前に完成していたデザイン画はボツにし、もっとマリウスのためになるような服にデザインを一新した。見た目も重要だが機能があってこそだと考え直したのだ。


 そして、採取してきた月ツユクサの露を染みこませたアラクネーの糸を使用することで、付与効果の効率を高めることに成功した。


 さらに、私の特殊スキルが突然実装したという音声お知らせ機能により、手探りでしていた効果の付与も確実に行えるようになった。


 これには本当に驚いたけど……。


 そんなことがありつつ、完成したのがこの二着目の服だった。


 宿の自室にある質素な椅子に座ったまま、凝り固まった肩を押し込むように揉む。


 晩ご飯を食べた後に作業していたため、いつものリネン室のアトリエではなく、自室でして作業をしていた。


 今日一日ずっと縫い物に集中していたため、体の至る所が凝っている。それでも、気分はやりきった達成感でいっぱいだった。


 ――コンコン


 部屋のドアが控えめにノックされた。


「はーい」


 私は座っていた椅子から立ち上がり、ドアへ向かう。開けるとそこにはマリウスが立っていた。


「出来上がったのか?」


「あ、もしかしてさっきの声、聞こえた?」


「まあな」


「ごめん。でも完成したよ」


 見せるのは明日の朝にしようかと思ったけど、せっかくマリウスが来てくれたから、お披露目することにした。


 今し方まで縫っていたジャケットを木製のトルソーにかける。


「おお、かっこいいな!」

 マリウスがトルソーにかかった一式の服を見て目を輝かせた。


 今回はまたデザインを一新した。


 まずズボンはさらに動きやすさを追求し、その上で素材も丈夫なものを使っている。ただ、丈夫さを求めるとどうしても動きやすさが二の次になるのでそのバランスが難しい。


 色は黒で、膝周りやお尻の部分は布を重ねたりして、強度を強めている。


 上半身は前回と同じくインナーシャツとアウター。


 インナーシャツは今回ライトグレーの生地で作ってみた。前側にボタンがあると邪魔だと思うので、ポロシャツのように首元だけボタンにした。


 アウターは今回はガラッと変えた。前回のベストからジャケットに変更。


 サンドウルフと戦った後のマリウスの服は腕の部分の痛みが激しかったのだ。とっさにガードしたりする時、腕を出すのだろう。


 しかし、前回はベストだったので腕はインナーのシャツしか守る部分がなく、あまりにも頼りない。


 だから今回は長袖のジャケットにして、腕の部分の守りを強化した。


 黒い生地に蒼で差し色を入れつつ、ツートーンのデザインにした。布を縫い合わせることで、効果の付与ができる部分を増やしたというのもある。


 縫う箇所が多くなるとその分製作に時間はかかっちゃうんだけどね……。


 効果については未知の部分はあるけれど、以前に比べたら確実性も上がってきたし、月ツユクサの露の効果からか付与も安定してきた気がする。


 二着目に付与できたのは『防御』と『回避』だ。多くの効果が付与されているものもいいかもしれないが、逆に効果の数は少なくてもその一つ一つの効果が高いものもいいと思ったのだ。


 使われない効果より、必ず使う汎用性の高いものの方が今のマリウスには合ってると考えた。


 先日、マリウスが「ミサンガなしじゃやっていけなくなりそう」と言っていた。もちろん私のミサンガも服も身につけて活用してもらえたら嬉しい。


 けれど、それに頼ってマリウス自身が成長しないのは困る。だから今の段階では、多様な効果より、基礎的な効果の方がマリウスにはいいんじゃないかと思ったのだ。




 トルソーの回りをゆっくりと歩いて、マリウスは二着目の服の出来を確認している。



「マリウス、着てみたら?」


「いいのか?」


「うん、仮縫いでも確認したけど、万が一おかしいところがないか着てみて確認してくれる?」


「わかった、部屋ですぐ着替えてくる!」


 私はトルソーから服を外し、マリウスに手渡した。すると彼はいそいそと自分の部屋に戻る。


 使った裁縫道具などを片付けていると、また部屋のドアがノックされた。


 ドアを開けると、新しい服に着替えたマリウスが立っていた。また部屋の中に招き入れて、おかしなところがないかを確認する。


「動きづらいところはない?」


「大丈夫だ! 前のよりなんか丈夫そうだな!」


「関節の部分や攻撃が当たりそうなところは生地を厚めにしたりしたんだ。でもそれが動きにくいようなら言ってね」


「問題なさそうだ。――ああ、そうだ」


 一通り動きを確認したマリウスはポケットからあるものを取り出した。それは冒険者カードだ。


 マリウスはカードの丸い部分に指を押し当てる。ミナには見えないが、おそらくマリウスの前にはホログラムで情報が映し出されているのだろう。


「新しい服は『マリウス第二シリーズ』って名前らしいぞ」


「そのまんまだね。もっとおしゃれな名前にならないものなのかな?」


「さあ、どうなんだろう? 効果は『防御 中』と『回避 中』になってるな。今回もシリーズの同時装備で効果が強化されるらしい」


「私の方で付与した効果と違いがなくて良かったぁ! なんか私の特殊スキルも成長してるみたいで、今回から確実に付与できるようになったんだよね……狙い通りに付与できるようになって私的には便利だけど」


「効果の付与って難しいみたいなのに、確実にできるのはすごいじゃん! 初期シリーズの方の『魔法防御』よりは普通の『防御』が強くなった方が今のところは役立ちそうだな。新しくもらったミサンガの回復効果もあるし、基本的な守備は完璧だ!」


 言いながら、マリウスは左腕に結んでいるミサンガを撫でる。


 そのミサンガはサンドジャッカルに遭遇した翌日にマリウスにあげたものだった。このミサンガも月ツユクサの露を染みこませた刺繍糸を使っている。


 まだその時は音声お知らせ機能が実装される前で、効果の付与状況はわからなかったのだが、『回復 小+』というはじめて見る効果になった。


 どうやら『小』『中』『大』と別れている効果の強さは、その中でも振り幅があるようなのだ。『小+』は『小』よりも少しだけ効果が強いらしい。


 アロイスに聞いたところ、そもそも回復の効果を付与するのは難しいという。だから少しとはいえ、その効果が強まったことはとても珍しいことのようなのだ。


 私としてはとにかく付与できて良かったという気持ちだ。サンドジャッカルと戦って、切れてしまうくらい効果を発揮したミサンガは、マリウスを守ってくれたはず。


 だからこのミサンガもどうかマリウスを守ってくれますようにと願い、彼の腕に結んだ。


 デザイナーとしても、冒険者の服の仕立屋としてもまだ始めたばかりで、お客はマリウス一人。それでもたった一人のお客であるマリウスが冒険者として成長してけるように、今は少しでも助けになりたいとそう思っていた。




 翌日。


 今日もマリウスは冒険者の依頼を受けるために、宿から出かけていく。


「いってらっしゃい」


「いってきます」


 私の声に応えるように挙げた手にはミサンガがしっかりと結ばれている。


「マリウス」


 宿の入口の横から声をかけられ、私とマリウスは声がした方を振り向いた。


「シルヴィオさん!」


 外壁に寄りかかるようにして立っているシルヴィオがそこにいた。


「おはようございます! へへ、今日はシルヴィオさんと依頼を受けることになってるんだ」


 シルヴィオに挨拶をしつつ、マリウスはそうミナに教えてくれる。


「シルヴィオさん、見てください! ミナが作ってくれた新しい服!」


 マリウスはシルヴィオに駆け寄ったかと思うと、完成したばかりの二着目の服を自慢しはじめた。


 それを聞いたシルヴィオは、マリウスの頭から足まで視線を動かすと「へぇ」と呟く。


 私は彼の口から出てくる次の言葉に身構える。


 シルヴィオは私の冒険者の服に対する意識が不満だったようだった。今思うと彼がそう考えるのも理解できるが、私も気持ちを入れ替えたのだ。


 一着目の時のような気持ちで作ってはいない。


 もし何か言われたら言い返してやるぞ……!


 そう意気込んで、私は彼の言葉を待つ。

 すると、シルヴィオはマリウスと私の顔を見て、フッと小さく笑う。


「まあまあだな」


 それだけ言うと、彼は壁に預けていた背を離し、スタスタと歩いて行ってしまう。


「あ、シルヴィオさん! じゃ、ミナ、いってくるな」


「う、うん!」


 先に行くシルヴィオを小走りで追いかけるマリウスに反射的に手を振る。


 まあまあ、か……。


 これまでのことを考えると進歩なの……?


 でも、まあまあ……。


 良い方に捉えればいいのかそうじゃないのか微妙な評価に、なんだか私の心はモヤモヤする。


 そして、それをぐるぐる考えちゃう自分が、なんだか悔しい。


 シルヴィオさんのことを意識してるみたいじゃん!!


 ま、まあ顔はイケメンと言わざるを得ないけど……!? でもあの性格と態度でプラスマイナスゼロじゃん!!


 もだもだと考えながら、私は宿の裏手に向かう。


 宿の主人一家が住む家の隣にある小屋のドアを開けると、そこには私の小さな弟子であるエルナがわくわくとした顔をして待っていた。


「ミナお姉ちゃん、今日は何を作るの?」


「今日はね――」


 エルナに答えながら、私は無数のデザインを頭に思い浮かべる。


 夢だったデザイナーとは少し違うけれど、でも作りがいのある服に出会えた。


 見た目だけじゃなく、機能だけでもなく。冒険者という職業の人が必要として、助ける服。そんな服を作りたい。


 その覚悟を持って、私はこの世界で冒険者の服のデザイナーになることを決めた。


 そして、いつかAランク冒険者であるシルヴィオがどうしてもと服を依頼してくるようなデザイナーになってやる!


 密かにそう目標を掲げ、今日もまた服作りに勤しむのだった。

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[気になる点] 39段落?目ぐらいで、サンドジャッカルがサンドウルフになってます。
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