第三十五話「シルヴィオの依頼人」
10月からはまた毎週木曜日お昼12時更新となります。
10月は4日(木)、11日(木)、18日(木)、25日(木)の4回更新です。
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売店のある二階から階段を下りてくると、階下に見覚えのある二人がいるのが見えた。
「シルヴィオさんと、アロイスさん?」
名前を呼ぶと二人がこちらに視線を向けてくる。
「ああ、ミナとそっちがマリウスか? ちょうど良かった話を聞こうと思っていたんだ」
アロイスの言葉に私とマリウスは顔を見合わせる。
階段を下りて二人の元に行くと、私はまずアロイスのことをマリウスに紹介した。
「マリウス、この人が私に付与効果について教えてくれてるアロイスさんだよ」
「はじめまして、マリウスです」
「ああ、ミナとシルヴィオから君のことは聞いてるよ。アロイジウスだ。気軽にアロイスと呼んでくれ」
「よろしくお願いします!」
自己紹介するアロイスに、マリウスは礼儀正しく答えた。
「それで、アロイスさん、話って?」
「サンドジャッカルについてのことだ。シルヴィオから先に聞かせてもらったが、先に遭遇した二人からも状況を聞かせもらえたらと思ってな」
そう言って、アロイスは階段下にある部屋のドアをノックした。
中から「はーい」という声が返って来たのを確認すると、アロイスはドアを開けた。
「なんだ、アロイジウス。まだ何か?」
「さっき言っていた二人がいたから連れてきたんだが」
「おお、中に入れてくれ」
ドアを開けたまま、部屋の中の人物とやりとりしたアロイスは、私とマリウスを振り返り、中に入るように促した。
「失礼します」
一応一声かけて入室すると、正面奥にあるデスクには眼鏡の男性が座っていた。
「君たちが第一遭遇者か。こっちに掛けてくれ」
部屋の中央に置かれた六人掛けのテーブルセット。会議用なのか大きく存在感がある。
そこに座るように言われたため、私とマリウスは揃って座り、アロイスはマリウスの隣に着席した。
眼鏡の男性は、私たちの向かい側に座る。
「シルヴィオも座らないか?」
眼鏡の男性が声をかけた先を見ると、シルヴィオが部屋のドアの横の壁にもたれた状態で立っていた。彼は眼鏡の男性の言葉に、不要だというように軽く手を振る。
「そ? じゃあいいや」
あまり気にした様子もなく、あっさりとそう言ってから、眼鏡の男性は私とマリウスに顔を向ける。
「さて、はじめましてだね。僕はアインスバッハ冒険者ギルドのギルドマスターです」
「え……!」
思わずマリウスが驚いた声を出した。それに眼鏡の男性は「ふふ」っと笑みを浮かべる。
「ひょろひょろ見えるから冒険者には見えないって? ふふふふ、なにごとも見た目で判断しちゃいけないよ、マリウスくん。僕はね魔法使いだから戦い方が違うのさ」
「魔法使い? あれ? 魔法使いってものすごく珍しいんですよね?」
この世界に来てすぐの頃、そんな話を聞いた覚えがある。
「そう! 珍しいのです! そして、その珍しい魔法使いだからこそギルドマスターなんてものをやっているのです!」
ギルドマスターはそう言って、得意げな顔で胸を張った。
「はぁ……」
なんだか濃いキャラクターに私はちょっと引いてしまう。マリウスも呆気に取られているようで、目を瞬かせている。
「ごほん! ハーラルト、本題」
アロイスが咳払いと共に、脱線した会話の流れを戻す。ギルドマスターの名前は、ハーラルトと言うらしい。彼はハッとして、本題に戻る。
「そうだった! 二人がサンドジャッカルに会った時の様子を詳しく教えて欲しいんだ」
ギルドマスターの言葉に、マリウスが口を開いた。
「月ツユクサの露を採取に行ったんですが、いつもは採取場所にいるホーンラットやホーンラビットが一匹も群生地にいなかったんです。おかしいなと思って警戒していたら、サンドジャッカルに既に囲まれていました」
「なるほど。ホーンラットとホーンラビットは、一度も遭遇しなかったのかい?」
「いえ、群生地に着くまでの道中では遭遇しました。……逆にそっちの数はいつもより多かった気がします」
マリウスの補足説明を聞き、ギルドマスターは真剣な顔で考え込む。
「あ……!」
私は不意に思い出したことがあって、声が漏れた。その途端、部屋中の視線が私に集まった。
「何かあったかい?」
ギルドマスターの言葉に私は言うべきか迷いながらも口を開いた。
「あの、全然関係ないかもしれないんですけど……」
「いいよ、気付いたことがあれば教えて」
「実は月ツユクサの群生地に着いた時、茂みがガサって揺れて……」
「おい、ミナそれは本当か!?」
マリウスが驚いたように目を見開き、私に詰め寄った。
「う、うん。でも見た感じ何もいないみたいだったから、気のせいかなって思ったんだけど……」
「それはもっと早く言って欲しかったぞ……」
マリウスは悩ましげに頭を抱えた。
「そこまでサンドジャッカルに地形を把握されてるんじゃ、もう住み着いてる可能性が高いな」
ギルドマスターも真剣な面持ちで顎にこぶしを当てた。
アロイスとシルヴィオを見ても、似たようなリアクションだ。茂みから音がしたことがそんなに深刻なことなのか私だけがわからなかった。
「ミナ、おそらくその時既にサンドジャッカルはミナとマリウスのそばまで来ていたんだろう」
「え!?」
アロイスが私のために説明してくれた内容に驚く。まさかあの時点でサンドジャッカルがそばにいたなんて……。
「サンドジャッカルは頭がいい魔物なんだ。集団で狩りをするし、無駄に襲ったりはしない。虎視眈々と獲物をおびき寄せ、囲み、有利な状況を自ら作るんだ」
「そんなに賢いの……!?」
「ああ、そうだ。ただ、普段は月ツユクサが生えているあたりよりももっと遠くの岩石地帯にいるはずなんだ。それなのに月ツユクサの付近にいて、さらに隠れ狙えるくらい地理を把握している。これは一時的に迷い込んだというより、何かしらかの要因で群れごと移動したと考えた方がいいだろうな」
じっくりと考えながら話すアロイスに、ギルドマスターも同意を示す。
「そうだね。しかもサンドジャッカルだけが移動したのならいいが、他の魔物もとなった場合は少し厄介だな……」
私には何がなんだかわからないが、サンドジャッカルだけじゃなく、住み処を移動している魔物が他にもいるってこと!?
「早急に調査が必要になるね。シルヴィオ、頼まれてくれるかい?」
そこでギルドマスターは、静かに聞いていたシルヴィオに話を振る。
「ああ、元よりそのつもりだ」
シルヴィオは異論はないようで、あっさりとギルドマスターの言葉に頷いた。
元より、ということはシルヴィオ自体、関わる何かを調べていたってこと?
不思議に思っているのが顔に出ていたのか、ギルドマスターが「ああ」と話し出した。
「シルヴィオには国からの依頼でね、いろんな場所の調査をしてくれてるんだ」
「国!?」
「そう。ある街で変異があってね。もしかしたら他の場所でも起こるかもしれないっていうんで、Aランク冒険者で手の空いていたシルヴィオに白羽の矢が立ったわけ」
Aランク冒険者なのになぜこの街にいるんだろうと思っていたが、なるほどそういう理由があったのか。
「幸い遭遇したのが五匹で良かったよ。サンドジャッカルの群れは大きいものだと数十匹はいるからね」
ギルドマスターが軽く言ったその言葉に、私はぞっとした。
もし遭遇したのが数十匹もいる群れだったらと思うと、肝が冷える。今回は本当にラッキーだったのかもしれない。
「僕は冒険者に注意をしなきゃいけないし、調査の方は引き続きシルヴィオに任せるよ」
「わかった」
そう言うと、話は終わりのようで、ギルドマスターは立ち上がる。
「じゃあ、今日はありがとう。マリウスくんと、渡り人のミナちゃん?」
「なんで渡り人だって知って……」
「だって、ギルドマスターだよ? そのくらい把握してるよ。ミサンガにマリウスくんのその服……さすが渡り人と言うべきか、面白いね」
ギルドマスターはニヤニヤと笑いながら、私とそしてマリウスが着ている服を眺める。何を考えているのかよくわからないにやけ顔に私は困惑する。
「おい、ハーラルト。ミナは私の弟子なんだがね」
「おっと、そうだった! 残念」
ギルドマスターは、軽く笑って肩を竦める。
何が残念なのか気になるようで、恐くもある……。
私はさっと椅子から立ち上がると、解散の空気になっている部屋から出ようとドアを目指す。
その際に、ドアの横に立っているシルヴィオに視線を向けると、驚くほど真剣な顔で何かを考え込んでいた。