第三十四話「依頼達成と追加のポーション」
シルヴィオには驚いたものの、気を取り直した私はマリウスと共に冒険者ギルドに向かう。
私に付き合ってくれていたイリーネは先に行ってしまった。
マリウスは幸いにも大きな怪我はなかった。それでも擦過傷などの小さな傷はたくさん負っている。一番酷いのは自分でつけた左手の手の甲だ。
私があげたものも含め、ポーションは全て使ってしまったという。大きな怪我じゃないからもうポーションは要らないとマリウスは言うけど、私は今後のことも考えて補充して欲しいと思った。そのくらい私が買うし!
それに依頼の報告もしなければならない。
この場合、依頼は達成されたってことでいいのかな……?
よくわからないながらも歩いていると、冒険者ギルドに到着した。
受付ではなく、ライナーのいる依頼達成のカウンターへ向かう。依頼の達成を確認するカウンターは、帰って来た冒険者によって列ができていた。
いつもミサンガの納品の時は、人がいない閑散とした時間帯に来ているので、これほど人がいるところを見るのは何だが不思議な気分だ。
私とマリウスも列に並んで、順番を待つ。
前に並んだ何人かの手続きが終わり、私たちの番になった。
「おう、お前等って、ミナも依頼受けてたのか?」
人の列で見えなかったが、ちょうど並んだのはライナーがいるカウンターだったらしい。
「今回は依頼者の方で……」
「なるほど、マリウスに指定依頼か。それにしても、マリウスはボロボロだなぁ」
ライナーはマリウスの格好を上から下まで見て、呟いた。
「はは、ちょっとサンドジャッカルの群れと戦ってきたもんで……」
「はぁ!? ティアナがちょっと前に来て報告してきたけど、もしかして戦ってのはマリウスだったのか!? シルヴィオが慌てて帰って来たみたいだし、何がどうなってんだ……」
マリウスの言葉にライナーは心底驚いたように声を上げた。やはりこの街の近辺にサンドジャッカルが出るのは異例のことらしい。
「ライナーさん、依頼の達成手続きを……」
白熱するライナーにマリウスが自分のカードを差し出して言う。するとライナーは目的を思い出したのか「ああ、すまん」と言って手続きをはじめてくれる。
「えっと、採取の護衛依頼だな。採取品は……」
ライナーに促され、私はバッグから月ツユクサの露が入った瓶を取り出した。
ここではじめて気付いたが、バッグの中に入っている瓶が二つ割れていた。おそらく逃げている最中に割れてしまったらしい。バッグの中に月ツユクサの露が染みて広がっていた。
無事な瓶を取り出すと、八本。予定していた数よりも二本少なくなってしまった。
「採取したのは月ツユクサの露が瓶八本分だな。達成条件は護衛の完了だが、そっちは……」
「不達成でした」
「え!?」
ライナーの質問にマリウスがきっぱり答える。
「なんで!? マリウスは私を守ってくれたじゃん!!」
「いや、実際はそうだけど一人で行動させてしまったし、あれは守ったとは言えないだろう?」
「私は傷一つなくピンピンしてるけど!?」
「依頼者に助けを呼んでもらうなんてダメだろう!?」
なぜか依頼達成したと主張する私と、不達成だというマリウスとで言い争いが始まってしまった。
「まあまあまあ、二人ともちょっと待て。状況的にマリウスがサンドジャッカルからミナを逃がして、シルヴィオに助太刀してもらったってところか?」
「そうです」
わかりやすくまとめてくれたライナーの言葉にマリウスが頷く。
「それなら、達成条件をクリアしたかどうか決めるのは依頼者の方だな。だからミナの方の意見が採用だ」
「良かったー!」
「てことで、マリウスの冒険者カードに達成の情報を書き込むぞ」
「……はい」
いまいち納得いってないマリウスは渋々というように返事をする。助けてくれたのは確かなんだから、もっと自信持っていいのに……。
「依頼達成の報酬は現物を半量だから、瓶四本分だな。今ここで手渡しでいいか?」
「大丈夫です」
マリウスの言葉を聞いたライナーはカウンターの上に置かれた月ツユクサの露が入った瓶を四本、マリウスに渡した。
報酬を渡し済みということもさらに冒険者カードに書き込み終えると、ライナーはマリウスにカードを引き抜くように言った。
「次はミナだな」
私もバッグから冒険者カードを取り出して、差し込み口に差す。
「ミナは依頼者としての項目だな。達成はいいとして、今回依頼を受けたマリウスの評価はどうだった?」
「マリウスの評価?」
「たとえばまた頼みたいとか、満足だったとか。はたまた、悪かった、もう頼みたくないだとかなんでもいいんだ」
「もちろん満足でまた頼みたいです!」
「くく、そうか」
ライナーは口角を上げて笑い、その情報も書き込む。もしかしたらこれは冒険者としてランクアップに加算される評価になるのかもしれない。
でも私は本当にそう思った。
もしも今回頼んだのがマリウスじゃなかったら、私はサンドジャッカルの餌食だったかもしれない。冒険者が途中で依頼をほっぽり出して逃げ出してしまう可能性だって十分にあるのだ。
マリウスが体を張って、私を逃がしてくれたことは十二分に評価できることだった。
私の方の冒険者カードにも情報の書き込みが終わった。
「残りの月ツユクサの露はどうする? こっちで買い取るか?」
「いえ、使うので持って帰ります」
「了解した」
マリウスへ渡した残りの四本をまたバッグに入れ直す。マリウスに渡した瓶も、結局はマリウスの服作りに使うから後で預かることになるんだけどね。
「じゃあ、これで終わりだな。お疲れさん」
「ありがとうございました、ライナーさん」
ハプニングはあったし、月ツユクサの露は予定よりも少なくなってしまったけど、命あっての物種。私もマリウスもこうして帰って来れたから良しとしよう。
次に待っている人がいるので、ライナーのカウンターから早々に離れる。
「マリウス、ポーションなくなったでしょ。私、代わりに買うから使って」
「いや、自分で買うからいいよ!」
「いやいや、買わせて! 私の心の安寧のためだと思って!!」
「なんだそれ……」
マリウスは困ったような顔をするが、ここは私も譲れない。ポーションくらいでお礼になるなら安いものだ。
二階の売店で下級ポーションと中級ポーションを買った私は、それをマリウスに押しつける。
少し強引だが、マリウスは苦笑して受け取ってくれた。
できるならばすぐ飲んで、今日負った小さくても無数にある傷を治してもらいたいところだが、マリウスが言うにはポーションをあまり飲み過ぎるのも良くないらしい。
ポーションに慣れすぎると、効きにくくなっていくらしい。だから自然に治るところは、自身の自然治癒力によって治した方がいいのだと言う。
薬に耐性が付くのと同じ原理のようだ。
心配だけどもマリウスの言うことも理解できるので、ぐっと我慢する。
「ミサンガは新しいの作るね。前よりもっと強力なやつを!」
「えー、ほどほどでいいよ。ミナのミサンガなしじゃやっていけなくなりそうじゃん」
「そこはもっと高ランクの冒険者になって私のお得意さんになってくれるとこじゃない?」
「そっか、そうだな!」
マリウスは私の言葉に頷くと、嬉しそうに笑った。
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