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第三十三話「シルヴィオの助け」

 私はどうにか街道まで戻ってきた。息は切れ、髪は乱れている。とにかく必死だった。


 両膝に手をついて、喘ぐように息を整える。


 こんなことがあるなら、少しくらい体力つけておけば良かった。


 心拍数が上がりすぎて、心臓が痛い。


 でもここでいつまでも休んでいるわけにはいかない。


 マリウスは特に言わなかったけど、助けを呼ぶのが一番だと私は逃げながら考えた。私では足手まといでも、冒険者ならマリウスの力になれると思う。


 少しだけ息が整ったところで、私は再び顔を上げる。街までどうにか冒険者に出会えればベスト。もし無理なら冒険者ギルドに駆け込んで――。


 そう思いながら足を動かしていると、見たことのある黒い人影が見えた。


「あれは……!」


 いつもはそう思わないのに、今ばかりは彼と出会えてとても嬉しい。


「シルヴィオさん!!」


 私の声に彼はゆっくりと首だけで振り返る。近づいていくと足を止めてくれた。


 Aランク冒険者のシルヴィオならマリウスを助けることができるだろう。


「ハァハァ、あの、助けてください!」


「……何をだ?」


「魔物に襲われて……! 今戦ってるんです!」


「冒険者なら何があろうと自己責任だ」


 シルヴィオは冷たくそう言うと、再び歩き出そうとする。


「そんな……!」


 すげなく断られ、私は唖然とする。でもそう簡単には諦められない。


「お願いします! マリウスを助けてください!!」


 私は過ぎゆこうとする黒い背中に向かって思いっきり叫んだ。


「マリウスだと……!?」


 さっきまでの態度とは一転、シルヴィオは足を止め、私の方を振り返る。


「どういう状況だ?」


「あの、月ツユクサの露を採取してたらサンドジャッカルが現れて……」


「月ツユクサが群生してる場所にサンドジャッカル!? マリウスは斜面の上の群生地に連れてったのか?」


「そうです! 私の持ってるポーションはマリウスに預けてきたけど、五匹を一人で相手するのは……」


「ちっ、五匹もか……! 少ないとはいえマリウスは苦戦してるはずだ」


「じゃあ、助けてくれるんですか……?」


「ああ、俺が行く。あんたは先に街に戻っとけ」


 そう言って、シルヴィオは私が引き返してきた方へと駆けていく。


 普段は感じも口も悪い人のはずなのに、彼の背中はとても頼もしく見えた。




 私はどうにか街の入口の門までたどり着いた。


 けれど、マリウスと助けに行ったシルヴィオが心配だった。


 街の中には入らず、門の前で二人を待つ。焦燥感で心が落ち着かない。


「あれ? あなたミサンガの……?」


 話しかけられる声にちらりと振り向くと、以前冒険者ギルドで会った女性二人組の冒険者がいた。


「ちょっと、顔真っ青よ! 大丈夫!?」


 私の顔を見るなり、弓を持ったショートカットの子が駆け寄ってくる。


「いえ、ちょっと……」


 不安から胸の前で組んだ手をぎゅっと握りしめる。


「何かあった?」


 槍を持った小柄な子が私の顔をじっと覗き込んで問いかけた。


 心配するような二人。以前、服作りを依頼されたのに話も聞かず断ったことが申し訳なくなる。


 優しくされて嬉しいのに、辛い。止まっていた涙がじわりと滲んでくる。


 私の目が潤んだのを見て、二人がギョッとする。


「え、本当にどうしたの!?」


「どっか痛い?」


 私を気遣う言葉かけてくれる二人に向かって、私は口を開いた。


「さっきまでマリウスに護衛してもらって採取に行ってたんです。でもサンドジャッカルが出て……」


「サンドジャッカルって、どこまで採取に行ってたの!?」


 ショートカットの子が驚きながら質問してくる。


「月ツユクサの露を取ってたんです。様子がおかしいって、マリウスもサンドジャッカルが出たことに驚いてて……」


「それが本当なら、マリウスやばい」


 小柄な子の言葉に私は頷く。


「私を逃がすために、マリウス一人残って……。でもシルヴィオさんと会って助けに向かってくれたんです」


「シルヴィオって、あのAランク冒険者の!?」


「はい」


「だったら安心」


「マリウスがそれまで持てばいいけど……」


 シルヴィオが間に合えばいいけど、多勢に無勢でマリウスがやられてしまう場合だって考えられる。


 私は祈るような思いで、両手を握りしめた。


「でも月ツユクサの群生地にサンドジャッカルが出るなんて、異常だよね」


「うん」


「私、依頼の達成報告ついでに冒険者ギルドに話に行ってくる。イリーネはこの子に付いててくれる」


「わかった」


 二人は依頼が終わった帰りだったらしい。ショートカットの子の方が冒険者ギルドに向かい、小柄な子の方が私を気遣って残ってくれるらしい。


 ショートカットの子を見送ると、小柄な子はただ静かに私の隣に立った。


 何を話すでもなく、ただ黙っていてくれるだけで、心強さを感じた。サンドジャッカルがここまで来るとは思えないが、彼女が冒険者であるというだけで何もできない私よりも役に立つだろう。


 マリウスとシルヴィオが戻ってくるであろう方向を見つめる。


 依頼を達成して戻ってくる冒険者の姿はちらほら見えるが、マリウスとシルヴィオらしき姿はまだ見えてこない。


 それでも冒険者の中に二人の姿を探してしまう。似たような姿の人がいると、そうじゃないかと思い、違うとわかって落胆する。


 そんなことを何度しただろう。


 どれだけ待ったのか……。短いような、長いような、時間の感覚がわからない。


 全身黒いシルヴィオの横を、それより背の低い赤毛のマリウスが歩いてくるのが見えた。


「マリウスっ!」


 私は我慢できず駆けだした。


 近づくにつれて、マリウスが怪我を負っているのがよくわかって、自分が怪我をしたわけではないのに、痛みを感じる。


「マリウス、大丈夫!? 怪我……!」


「ミナ、ちゃんと逃げられたんだな」


「うん、マリウスのおかげで……!」


「それなら良かった。シルヴィオさんを呼んでくれてありがとな。正直やばかったからさ」


 マリウスはちょっとだけ悔しそうに頬を掻く。その左手の甲に、横一文字に切れた傷口が見えて、私は思わずその手を取った。


「この傷、なんで……」


「これなぁ……。サンドジャッカルは弱った方から狙う習性があるから、手っ取り早く惹きつけるにはこれが一番だと思ったんだ」


 マリウスの狙い通り、私を追いかけてこようとしたサンドジャッカルは、マリウスの方にUターンした。けれど、見ているこっちは本当にびっくりしたのだ。


「私を逃がすためとはいえ、自分を傷つけるのはやめて欲しいよ……」


「あー、ごめん。俺も余裕なかったし、もっと強かったら良かったんだけど……」


 マリウスが苦笑を浮かべて言う。


 違う。マリウスを責めたいんじゃんだ。なんだか気持ちがぐちゃぐちゃで思うように言葉が出ない。


「はぁ、マリウスの力不足もあるけど、今回はあんなところにサンドジャッカルが出るのが異例だった。まあ、冒険者だったらそれも自己責任だけどな。護衛の依頼は不達成になるし」


 シルヴィオの厳しい言葉にマリウスは悔しそうに唇を噛む。


「俺、もっと強くなる」


 改めて決意するように、マリウスはハッキリと声に出した。


「ま、頑張れ」


 それにシルヴィオはフッと表情を緩めて、マリウスの赤毛をくしゃくしゃとかき混ぜる。マリウスは照れながらも、少し嬉しそうな顔をした。


 シルヴィオは厳しいけれど、へこたれず前向きに努力するマリウスのことを買っているのがすごくわかる。


「ミナもありがとな」


「え……?」


「ミナの服のおかげで不利な状況でも戦えたんだ。それで、これ……」


 マリウスはポケットから何かを取り出した。彼の手の中にあるのは、三色のV字模様のミサンガ。結び目はそのままに、その横の部分が無残にもちぎれていた。


「戦ってる途中で切れちゃってさ。たぶん何度も回復して、効果が切れたからだと思うけど……。悪いな」


「そんなのいいよ! いくらでも新しいの作るから!!」


 ミサンガくらいいくらでも新しいものを作る。そんなことはどうでも良かった。


「マリウスがちゃんと戻ってきてくれただけでいい! 守ってくれて本当にありがとう!!」


 言いながら、目からぼろりと涙が零れた。


「おい、泣くなよ……!」


「だって……安心して……」


 自分でもどうかしているくらい泣きすぎだと思うけど、止まらない。私の涙を見て、マリウスがギョッとして焦りはじめる。


「これ使って」


 横からぬっと薄桃色のハンカチが差し出された。見ると、一緒に待ってくれていた小柄な冒険者の子だった。


「ありがとう……」


「あんたは確かイリーネだったか?」


「うん。一緒に待ってた」


「そっか、ありがとな」


「ううん。ティアナがサンドジャッカルのことギルドに報告行った」


 イリーネのその言葉に反応したのはシルヴィオだった。


「そうか。俺も報告行く」


 シルヴィオはそう言って、スタスタと先に門の方へ向かっていく。


 ハッとした私は彼を追った。


「あの、ありがとうございました!」


「なにがだ」


「マリウスを助けてくれたこと」


「俺が好きでしたことだ」


「それでも! ありがとうございました!」


 私は腰を曲げ、ぺこりと頭を下げた。すると、フッと息で笑う音がする。


 そして、下げた頭にポンと一度、優しく叩かれる感触がした。


 驚いて顔を上げると、もうシルヴィオは背を向けて歩き出している。


 なんだったんだろうと、感触がしたところを手で押さえてみる。


 もしかして頭ポンってされた!?


 シルヴィオの意外すぎる行動に私は唖然と黒い背中が小さくなっていくのを見送った。


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[一言] 何度もサンドジャッカルと繰り返し使い過ぎ。
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