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第三十二話「場違いなサンドジャッカル」

「わぁ! 予想よりたくさん採れそう!」


 採取目標は小瓶十本分だったけど、それよりも多く採れそうだ。念のため採取の瓶は多めに持ってきていたので、そっちにも採取しようと私は思う。


 満杯になった十本目の瓶の蓋を閉めて、次の瓶を取り出す。


 そこでふと顔を上げた。


 私が夢中で採取している間、マリウスは何をしているんだろうと思い、彼の姿を探す。


 少し離れたところにマリウスの姿を見つけるが、どうも様子がおかしい。


「マリウス?」


 険しい顔で周囲を見回している彼に声をかける。


「どうしたの……?」


「何かおかしい」


「え?」


「こんなに静かすぎるのは不自然だ。いつもは月ツユクサの露を飲みにくるホーンラットやホーンラビットがいるのに、ここに来て一匹も見ない」


 そう言いながらマリウスは周囲を警戒するように耳を澄ませ、目を凝らす。


 一気に緊迫した空気になったマリウスに私はゴクリと生唾を飲んだ。


「ミナ、予定の採取分は採れたか?」


「うん……」


「それじゃあ、引き上げ――」


 マリウスがそう言いかけた時、犬の遠吠えのような鳴き声が聞こえてきた。


 そして、こちらに駆けてくる足音に息づかい。


 迫ってくる存在に私は震えて、手に持っていた空き瓶を落とす。ガシャンという音が鳴った時、私とマリウスは囲まれていた。


 歯をむき出しにし、瞳孔が開いた黒い目と視線が合う。


 それは私たちを獲物として狙う捕食者の目だった。


「なんで、こんなところにサンドジャッカルが……!?」


「え! どういうこと!?」


「サンドジャッカルはもっと遠くの岩石地帯にいるんだ。こんな街に近い場所にいるなんて聞いたことがないぞ!」


 マリウスはそう言いながら、私を背に庇い、じりじりとサンドジャッカルから距離を取る。


 彼の言い方から察するにどうやら強い魔物なのだろう。緊張した雰囲気に私の肌が粟立った。


 五匹のサンドジャッカルは、等間隔に並びながら、その距離をじりじりと埋めていく。今にも飛びかかってきそうだ。


「ミナ」


 マリウスが振り向かずに声だけで呼びかけてくる。


「俺が合図したら逃げろ」


「逃げろって……マリウスは!?」


「俺は一人でなんとかする」


「なんとかって……だってあの魔物強いんでしょ!? 五匹もいるのに……!」


「正直ミナがいても何の役にも立たない。言っちゃ悪いが足手まといだ」


「っ……! それはそうだけど……!!」


 足手まといなのは自分でもわかる。戦うこともできず、今だってマリウスの背に庇われているのだから……。


 でもここにマリウス一人残していくのは非情だという気持ちもあった。サンドジャッカルがどのくらい強いのかは、私にはわからないけれど、着々と冒険者としての力を付けているマリウスがこうまで緊迫した空気を漂わせるのだ。一筋縄ではいかない相手であることは確かだろう。


「いいから、合図したら全力で走るんだ!」


「わ、わかった……。せめてポーションは渡すから……!」


 私は慎重に鞄の中を探り、念のため持ってきたポーションの瓶を取り出す。それをマリウスのズボンの後ろポケットにねじ込んだ。


 それから一呼吸して、マリウスはサンドジャッカルの群れに突撃しながら「走れ!」と叫ぶ。


 私は緊張に固まる足をなんとか叱咤し、駆けだした。


 マリウスが惹きつけているとはいえ、輪の中から飛び出した私に二匹が付いてくる気配がする。


 しかし、マリウスが「こっちだ!」と声を張り上げる。


 そして、その声に横目で振り向いた私の視界に赤い色が踊る。


「マリウス!?」


 なんとマリウスがショートソードで自分の手の甲を切りつけたのだ。傷口は浅いがぱっくりと切られた部分から、あっという間に血が溢れ滴る。鉄錆の匂いがあたりに広がった。


 その匂いにつられたのか私を追いかけて来た二匹がマリウスの方へと引き返していく。


「いいから行け!!」


 怒鳴るように言うマリウスに背を向け、私は再び駆けだした。


 後ろからサンドジャッカルの鳴き声と、マリウスが戦う音が聞こえてくる。心臓がドクドクと早鐘を打ち、鼻の奥がツンとする。気付くと目から涙が滲んでいた。


 視界をぼやけさせながら、私は必死に足を動かす。さっき登ってきた斜面を転ぶように下る。


 どうしよう……、どうしよう……!


 足を動かしながら、残してきたマリウスのことがとにかく心配だった。私がいても何の役にも立たないのはわかる。できるのは囮役くらいのものだ。


 だからといって、マリウスを一人残してきたことは正解だったのだろうか。見捨てて逃げてきたことへの罪悪感で胸がいっぱいになる。


 視界が悪くなるだけなのに、次から次へと涙が溢れる。


 こんな状況になると、あれだけこだわって作った服も、付与した効果も全く私の安心材料にはなりえなかった。むしろ、あれで良かったのか、もっといろいろできたんじゃないかという思いが胸に去来する。


 一番はじめにあげたミサンガも、後から作ったもっと性能のいいやつをあげたら良かった。


 マリウスのためと言いながら、私がただこだわりたいがために作った服なんじゃないか……!


 今になって気付いてしまった。


 任せてくれるマリウスが嬉しくて、一丁前にデザイナーの真似事。マリウスのセンスを下に見て、彼の外見を洗練させたつもりでいた。


 私がただ楽しく服を作っている間に、マリウスは冒険者として地道に努力していた。今もこうして私を守ってくれている。


 自分の脳天気さが本当に恥ずかしい。


 何が冒険者の服を作るデザイナーになるのは気が進まない、だ。私にはその覚悟も資格もなかったんじゃないか……!


 ただただ後悔と自己嫌悪をくり返しながら、私はひたすらに来た道を戻った。


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