第三十話「月ツユクサの露と指定依頼」
「護衛依頼な。いいぞ」
「本当! よかった~!」
宿に戻ると、私はさっそくマリウスに護衛の依頼を持ちかけた。
「月ツユクサの露なら、一回採取依頼で採りに行ったこともあるから場所もわかるしな」
「よけいに助かるよ~!」
「それにしても服作りにも月ツユクサの露って使うんだな。あれって中級ポーションの材料だろ?」
「そうみたいだね。っていっても私はアロイスさんに教えてもらってそんな素材があることを知ったんだけど……。他にもいろいろ使い道があるみたいだよ」
「冒険者ギルドでもよく採取依頼が出てるの見かけるからそうなんだろうな」
採取依頼が多いということはそれだけ需要が大きいということだ。アロイスの言うことを信じていないわけじゃないが、月ツユクサの露が品薄だということが改めてわかる。
「採取に行くのは明日でいいか? なるべく早い方がいいだろ?」
「うん、大丈夫! マリウスの方はいいの?」
「明日は特に指定で受けてる依頼もないし、大丈夫だぞ」
マリウスは護衛依頼を快諾してくれる。
冒険者の依頼には通常依頼と指定依頼というものがある。
通常依頼は、冒険者ギルドにある掲示板に張り出されており、ランクの条件さえ満たせばどの冒険者でも受けられる依頼だ。
一方、指定依頼とは、冒険者個人またはパーティー単位を依頼者が指名する依頼だ。指定依頼は指名料も含まれるため、同じ内容でも通常依頼よりも達成報酬が高い。さらに依頼達成にあたっての冒険者評価も高いため、冒険者ランクが上がりやすいというメリットがある。
マリウスはどんな依頼も丁寧に熟すからか、この指定依頼をされることが度々あるらしい。
駆け出しでもランクアップが早いのはそういった理由もあるようだ。
「道中はそんなに強い魔物は出てこないけど、ミナもポーションくらいは持った方がいい。あと月ツユクサの群生地が高い場所にあるから、斜面も登れるような格好でな」
「わかった!」
マリウスのアドバイスに私はしっかりと頷く。
最近、マリウスはとても頼もしくなった気がする。もちろん出会った時からたくさん助けてもらっていたが、冒険者としての力をめきめきつけてきて、それに伴い言動に自信が感じられるからかもしれない。
格好も出会った時のくたびれたものから一新され、体にしっかりと合う私の作った服を来ているから洗練されて見えた。
元々顔立ちも悪くない。
思わずじーっと見つめていると、マリウスは私の視線に「なんだよ……」と少し戸惑ったように視線を泳がせる。
「いやぁ、なんか最近のマリウスはたくましくなったなぁと思ってただけ」
「そうか?」
「うん。明日の護衛も安心して任せられるよ」
「それはまあ、依頼だし、何より俺の服のためだしな」
「そうだね。よろしく!」
褒められたのが少し照れくさいのか、マリウスは私から視線を外して答えた。そんなところはマリウスらしくて、変わらない一面に少しホッとする。
「じゃあ、明日に備えて私は早く寝るね! 元々ない体力を万全にしないと」
「おう、おやすみ」
「おやすみなさい」
話をしていた食堂から自分の部屋に戻る。
冒険者登録をして、行った初期依頼ぶりに街の外に出る。少し緊張する気持ちがありながらも、私はあっという間に寝入った。
翌日。
早起きして私とマリウスは共に冒険者ギルドへ向かう。
いつもはライナーのいる依頼達成のカウンターの方にばかり行っていたので、受付に来るのは久しぶりだ。
「あら、ミナさんとマリウスさんじゃないですか!」
冒険者ギルドの正面入口から入るなり、声をかけてきたのは登録の時に手続きをしてくれた受付のレーナだった。
「お久しぶりです」
「マリウスさんは毎日見かけますけど、ミナさんお久しぶりですね!」
朝も早いというのに、レーナは元気いっぱいに話す。ちょっと抜けているところが玉に瑕だが、基本的に明るくていい子なのだ。
「今日は二人そろってどうしたんです?」
そう聞かれてしまっては、レーナに手続きをお願いする流れになる。
「今日はマリウスに指定依頼を出そうと思って」
「ミナさんがマリウスさんをご指名ってことでいいですか?」
「ああ、そうだ」
マリウスが答えるとレーナは目を輝かせる。
「では私が手続きをしますね!」
予想した通り、おのずとレーナが手続きをすることになった。
「まず依頼内容と達成条件、報酬を教えてください」
レーナの質問に私が答える。
「依頼内容は月ツユクサの露を採取する際の護衛で、達成条件はえっと……」
「街から採取場所まで往復の護衛完了。報酬は採取した月ツユクサの露の半量を現物で」
私が迷っているとマリウスがすかさず助け船を出してくれた。
「かしこまりました!」
返事をして、レーナはカウンターの中にある専用の機械のようなものを操作していく。
「ではミナさんは冒険者カードをお持ちなので、カードに情報を登録しますね」
「はい」
私は持っているカードを設置されている差し込み口に入れる。
「これってカードを持ってなかったらどうするんですか?」
「冒険者カードじゃない場合でも、何かしらのカードはお持ちなのでそれを使って手続きしますね」
作業をしながらレーナが説明してくれる。冒険者カードの他にも身分を証明するカードがあるらしい。商業ギルドのカードや、一般の町民が発行されているカードもあって、依頼の際はそれを登録するのだという。
「通常ですと受付の時点で報酬をお預かりするのですが、今回は採取後に現物でのお渡しということで今は報酬お預かりなしで!」
レーナは手続きを進めていく。私からの指定依頼の手続きが終わり、冒険者カードが返される。
カードの丸い部分に指を当てると、出てきたホログラム画面には【指定依頼】の項目が増えているのがわかった。
依頼内容をざっと確認すると、私とマリウスの言った通りの内容になっている。
「ではマリウスさんの方もこのまま依頼の受付を行いますね」
指定依頼のため、このままマリウスが依頼を受ける方向で手続きが進む。
もちろん指定依頼であっても、冒険者側で依頼が被っていたり、他に受けたい依頼があったりすれば断ることもできる。報酬が見合わない場合なども同様だ。
今回の報酬は一般的な基準で考えると適正とはいえないかもしれないが、マリウス自身が納得して受けるということもあって、当然ながら断るということはなく受諾された。
私がしたようにマリウスが差し込み口に自分の冒険者カードを入れる。さらにレーナは作業を進めていく。
指定依頼とはいえ、依頼の受付は通常依頼と変わらないため、手続きは順調に進む。
「これで受付完了です! カードをお取りいただいて大丈夫ですよ!」
レーナがにこにことした笑みを浮かべてマリウスに言った。
差し込み口からカードを取り、マリウスは情報を確認する。マリウスの方も依頼内容に間違いないようで「大丈夫だ」と呟いた。
「ではお二人とも行ってらっしゃい! お気をつけて!」
無事手続きを終えたレーナが笑顔で見送ってくれる。
テンション高く送り出す彼女の姿に、逆に気が抜けてくるものの、私とマリウスは冒険者ギルドを後にした。
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