第三話「少年マリウス」
「で、どこに向かってるんだ?」
少年は改めて目的地を聞いてくる。
「どこって……どこだろう? しいて言うなら三途の川かなぁ?」
正直、私もどこに向かえばいいかわからない。首を傾げながら答えると、彼は怪訝な顔になった。
「おいおい、目的地がわかんないってマジでどっから来たんだよ、あんた……」
「いやぁ、それが私にもよくわかんなくてさ、気付いたらここにいたんだよね」
苦笑しながら言うと、少年は少し訝しみながらも「じゃあ、とりあえず」と切り出す。
「ここにいたらまたスライムが寄ってきそうだから、街道に出るか」
そして、草むらをかき分けるように進んでいくので、私も後に続いた。
草むらを進むこと、数十メートル。
土が踏み固められた五メートル幅くらいの道に出た。どうやらここが街道らしい。
なんで気付かなかったんだろうという近い場所にちゃんとした道路があったことを知り、なんだか獣道を歩いていたのがちょっと恥ずかしい。
ごまかすように私は明るい調子で口を開いた。
「ねえねえ、そういえば自己紹介がまだだったよね。私は糸井美奈」
ずっと少年と呼ぶのも不便だし、ここであったのも何かの縁だ。彼の名前くらい知っておきたい。
「イトイ? 変わった名前だな」
「ああ、名前は美奈の方だよ」
「そうだったのか。俺はマリウスだ」
「マリウスね! マリウスは今は高校生くらい?」
「コーコーセイ?」
「えっと……学校は?」
「貴族じゃあるまいし、学校は行ってないぞ。俺はこれから冒険者登録をしに行くんだ」
「ボウケンシャ?」
私とマリウスはかみ合わない会話に顔を見合わせる。
「ちょっと待て、なんかおかしくないか?」
「うん、おかしい」
私もマリウスもお互いに言っている話が理解できない。
マリウスが困ったように頭をかいてから、口を開く。
「あー、まずここがどこだかわかるか?」
「わかんない。死後の世界か、臨死体験中の私の夢の中とか?」
「なんだそれ。ここはリーリエクローネって国だ」
「どこそれ? ……え、ホントどこ!?」
死後の世界はそんな名前だったのか? 訳がわからなくて、頭がぐるぐるする。
「まず夢じゃないからな。ほら」
そう言って、マリウスは私の顔に手を伸ばす。
「いったっ!!」
彼は私の頬を思いっきり抓った。すぐに離されたが、掴まれた頬はまだじんじんとしている。
その傷みは夢でないことを教えてくれた。
「痛いから夢じゃないってこと……?」
「そうだな」
「じゃあ何なの? 私、ついさっきまで仕事してて、それでお店からあの草原にいたんだよ」
「なんでそうなったかは俺にはわかんないが、たまにそんなやつがいるらしいってことは聞いたことがある」
「え?」
「なんでも突然この世界にやってくるらしい。未知の魔法とかって言われてるみたいだな」
「魔法があるの!?」
「付与魔法なら普通にあるぞ。ただ、魔法使いは稀少だし、村にはいなかったから俺は会ったことはないけど、そういう人に聞けばもしかしたら詳しく知ってるかもしれない」
「そうなんだ! 今向かっている場所にいる?」
ずっと話しながら、私はマリウスが進む方向についていっている。
「たぶんいるんじゃないか? この辺じゃ一番でかい街だし、伯爵が治めてるところだからお抱えの魔法使いがいるはずだ。そう簡単に会えないと思うけどな」
「会えないのか……」
せっかく話を聞けるかと思ったのに残念だ。
「マリウスもその町に行こうとしてたの?」
「ああ、さっきも言ったが冒険者の登録をしにな」
「冒険者って何なの?」
未開の地を探検でもするのだろうか。
「冒険者っていうのは、自由業のことなんだが、主に魔物を討伐したり、珍しい植物や鉱物を採取したりするのが主な仕事だな。まあ、要人の護衛とか用心棒とかそんな仕事もあるけど。冒険者ギルドに登録すれば、依頼を受けれるんだ」
「へぇ~、若いのに偉いねぇ」
マリウスの歳の頃、何してたっけなぁ。服を買うためにアルバイトはしていたと思うけど、友達と遊び回ってたことしか思い出せない。
「若いって、ミナも同じくらいだろ?」
「まさか! 私、二十三歳だよ」
「はぁ!? 俺十六歳だけど……」
「え、そんなに年下!?」
てっきり高校三年生くらいだと思っていたが、さらに年下だった!
マリウスは話し方がしっかりしているし、顔立ちが欧風。痩せているけど背は私よりも高い。
まだ十六歳とは!!
「その歳で働くって偉いねぇ……」
「そうか? 普通だぞ。じゃないと生活できねぇしな。むしろ十六の時に働いてないって、ミナは相当なお嬢様なのか?」
「いやいや、全然、普通だよ!」
「そういえばお店で働いてたって言ってたな。何の仕事してたんだ?」
「服の販売員だよ。もうすぐデザイナーの助手になれるところだったんだけどねぇ……」
「針子なのか。どうりでいい服着てると思った」
「……さっき変って言ったじゃん」
「悪い。そっちはあまり詳しくないんだ。好きに服を買えるほど金もなかったしな」
マリウスはすまなそうに言って、肩を竦める。
たしかに、マリウスの格好はお世辞にも良いとは言えない。
生成りのシャツはだいぶ着古しているのか、生地はくたっとしている。ヘンリーネックのように丸首の襟の中心に切り込みが入っているタイプのシャツで、切り込みはボタンの代わりに革紐が編み込まれているが、片方が摩耗してちぎれそうになっていた。
ボトムスは焦げ茶色のズボン。こちらもかなり着回しているらしく、若干膝の部分がすり切れている。丈も少し短い。
靴は革製っぽいブーツ。足首より少し長く、くしゅくしゅした素材のものだが、足にフィットしていないのか革の上から足首部分を紐で縛っている。
背中にはボンサックと言われる筒の口を絞ったタイプの鞄をななめがけにしていた。
顔は割と整っているし、スタイルも悪くないのに、着ているもののせいでどこか野暮ったく見える。
ちゃんとした服を着たらもっと……
そうだ!
「助けてくれたお礼に服を作ってあげるよ!」
「え、本当か? いいのか!?」
私が服を作ると提案すると、マリウスは驚いて目を見開く。
「材料費は応相談だけど、これから冒険者になるならちゃんとした服も必要でしょ?」
「それって一から俺のために作ってくれってことだろ! スライム倒しただけでそのお礼は高すぎる気はするが、材料費は俺が払うから頼めるか?」
「うん、いいよ」
「マジか、やったー!」
提案したのは私だが、まさかこんなに喜んでくれるとは思わなくて少し驚いてしまった。
そして、この軽い提案がこの世界で生きていく私の道を決めることになるとは、この時は全く予想もしていなかったのである。