第二十九話「やりがいと価値」
冒険者の服を作るデザイナーになるのか?
服を作って欲しいと言われるのは嬉しいけれど、自分が作りたいのはそういう服なのかと言われたら少し違うと思ってしまう。
とはいえ、マリウスの服は完成させると決めた。
今日から本格的にマリウスの服作りに取りかかる。
私が描いたデザイン画を元に具体的にどういう風に効果を付与させるのがいいか、アロイスにアドバイスを仰いだ。
「やっぱり糸には月ツユクサの露を染みこませた方がいいと思うぞ」
「月ツユクサの露?」
「月ツユクサの露は魔法効果を馴染みやすくするんだ。武器、防具にもそうだし、中級ポーションの素材でもある」
「へぇ~」
私がはじめ、看板もないボロいお店と思っていたこのアロイスのお店は、ちゃんと営業している。珍しいアイテムや素材を取り扱っており、需要は高くないものの知る人ぞ知る店だった。
アロイスはお店に並ぶちょっとした薬やアイテムを作ったり、持ち込まれた素材の鑑定をしていたりするため、そういった方面にはとても詳しいのだ。
「服のことは俺にはよくわからないが、糸ってのは布と布のつなぎの部分だろ? 俺の見る限り、ミナの効果の付与は、布を土台にして、糸同士でつなぐことで成り立ってるみたいだ。だから、布と糸の親和性が上がれば効果も上がると思ったんだよ」
「それは一理ありますね!」
自分ではどういう成り立ちで服に効果が付与されているのかわからなかったが、鑑定のスキルを持っているアロイスには見えているようだ。
私には気付かない着眼点を教えてもらえて、とても参考になる。
「それで、その月ツユクサの露はどこに売ってます?」
「あー、それが」
アロイスは顔を曇らせ、そう前置きをする。
「月ツユクサの露は今は品薄なんだ」
「ええ!?」
「実はうちでも取り扱ってるんだが、こないだ全部中級ポーションにしちまってな。冒険者ギルドにも聞いてみたが、あっちもないらしい」
「そんなぁ……! なかったら作れないじゃないですか……」
提案してくれたのはアロイスなのに、まさかその素材がないとは……。
アロイスは時々ポーションの精製もしているらしく、それを冒険者ギルドに卸している。手持ちの月ツユクサの露は、その材料として使ってしまったようだ。
「まあ、でも月ツユクサの露はこの街の割と近くで取れるからマリウスに頼めばすぐ手に入ると思うぞ」
「え、そうなんですか?」
「ああ、採取自体は難しくないからそれだけならミナでもできる。その場合、念のため道中に護衛をつけた方がいいと思うがな」
「え、魔物がでるんですか……?」
「魔物っていっても駆け出しのDランクで十分倒せるやつだぞ」
「私の場合は護衛必須ですね……」
スライムをかろうじて倒せる私は、護衛無しでは採取場所に辿りつけない気がする。
「じゃあ、マリウスと一緒に行ってきたらいい。どうせマリウスの服なんだから本人にも手伝わせろ」
「いや、それはどうなんですか?」
「何がだ?」
「依頼者に手伝わせるって、なんだか気が引けちゃって……」
「何言ってるんだ。個別注文でこんだけ手の込んでるもんを依頼したら、普通いくらかかるかわかってるのか? ランクが上がったとはいえ、まだマリウス程度がポンと買えるものじゃないんだぞ。友達価格で引き受けるならせめて必要な素材の採取くらいは手伝わせろ」
「……はい」
返事をしたものの、そこからアロイスの説教が続く。
先日、値段設定についてアロイスに相談したものの、まだ私の中では上手く消化し切れてなかったらしい。冒険者専門のデザイナーになるかどうかさえ決まっていないので、そのせいもあるのだろう。
また、この世界の貨幣価値に馴染んでないからかもしれない。
「いいものを作りたいという気持ちはわかるけどな、商売でやる以上、いい意味でも悪い意味でも値段相応の仕事ってのがあるんだ。馴染みだから気持ちサービスしてやることはあっても、値段の面で贔屓にしすぎるのはダメだ。客に公平じゃない店は絶対トラブルを起こす。特にミナはまだ店もなく、職人としては駆け出しだ。信頼を積み重ねていかなきゃならない時に値段設定があやふやじゃダメだぞ」
アロイスには珍しく厳しめな言葉で言ってくる。
「まあ、職人気質なやつにはありがちなことなんだけどな。いいものが作れたら儲けは度外視ってのは」
「作っていて楽しいっていう部分は少なからずありますからね……やりがいを貰ってるって思っちゃって」
「気持ちはわからなくもないが、市場価値の問題もあるし、今は良くても将来的に自分の首を絞めることになりかねないから、本当にちゃんと考えろよ」
「はい、肝に銘じます」
服飾の勉強はしていたし、販売ではあるが服飾業界で働いてはいた。けれど、デザイナーとしての経験はなかったから、私は仕事としてのデザイナーを知らない。
商売として服を作り売るという感覚が身についていないのだ。
この前だって、たちの悪い冒険者に絡まれたのだ。あれは元々あの人たちの評判も悪そうだったから、通りがかり的な事故かもしれない。でも、もしも今後商売としてやっていった場合に、今のままの感覚で続けたら、ごく普通の人とでさえトラブルが起こってしまうかもしれない。
もちろん客商売である以上、常に円滑に取引できるわけじゃないというのはわかるが、自衛できることはしていかないと……。
だって、この世界には以前のように所属していた会社があるわけでもないし、身内もいない。伝手だってほぼないに等しい。
自分の力でやっていかなければならないのだ。
デザイナーとして自由にできる可能性がある反面で、伴う責任は大きい。
それを今更ながら気付く。
「うん、マリウスに護衛してもらおう。そうしよう」
私はやや現実逃避気味にそう呟く。
今はとにかくマリウスの服に集中しよう。
そう思うことで、いろいろと考えなければいけないことを先延ばしにする。
それがダメなことだとわかっていても、私は現実から目を背けた。