第二十七話「オーダーと値段設定」
翌日、私は急に売れはじめたミサンガを急遽十本ほど作製し、それを納品しに冒険者ギルドに向かっていた。
「ライナーさーん」
「おう、さっそく作ってきたのか。昨日の今日で悪いな」
「いえいえ~、こちらも売れるなら嬉しいですし」
そんなことを話しながら、ライナーはいつも通り納品の作業を進める。
と、そこに「あー!!」という声が聞こえて、私は振り向いた。
こちらに駆け寄ってきたのは女の子が二人。
一人はショートカットでスポーティーな雰囲気の弓を背負った子。もう一人は髪が長く小柄で、身長以上に長い槍を背負った子だった。
「それ、ミサンガ!! もしかしてあなたがこれを作ってる人!?」
「そ、そうですけど……」
「すごーい!! え、もしかして今納品してるとこ!?」
ショートカットの子がめちゃくちゃぐいぐい来る。私はとりあえず「うん」と頷くしかない。
「ティアナ、うるせぇ! お前等、今日の依頼はどうしたんだ」
ライナーがあまりにもテンション高く騒ぐ彼女を窘める。
今は昼を過ぎたばかりの時間。この時間帯は、冒険者が出払っていて、冒険者ギルドは閑散としている。
ライナーの時間が空いている頃を狙ってきている私と違って、冒険者は依頼の真っ最中のはずだ。
「……今日は、めぼしいのがなかったから、終わり」
答えたのは髪の長い女の子の方だった。こちらはショートカットの子に比べて口数が少なく、眠そうな声で話す。
今日の依頼の達成証が入っているらしい袋を取り出し、ライナーのいるカウンターの上に載せた。
「こっちが終わったら手続きするからちょっと待ってろ」
ライナーはまだミサンガの納品手続きの最中だ。彼女たちの依頼の達成手続きをするのはその後になる。
「ねえねえ、これってすぐ買えるの?」
ショートカットの子はなおも私とライナーに絡んでくる。ここまで熱烈にミサンガを欲しがっていることはありがたいが、その勢いにちょっと気圧される。
「だからちょっと待ってって言ってるだろ!? どっちにしろここじゃ納品はできても販売はできねぇんだから!!」
「はーい」
納得したのか彼女はようやく返事をして落ち着いた。
その間にライナーはミサンガの手続きを済ませる。
「よし、これで終わったぞ。ほら次は、ティアナとイリーネの達成手続きな」
「ライナーさん、ありがとうございました」
私は情報が書き込まれた冒険者カードを受け取り、帰ろうと出口に向かおうとする。しかし、それを呼び止めたのは、またも彼女だった。
「ねえねえ、あなたってマリウスの服を作ったのよね」
「そうですけど……マリウスの知り合いですか?」
「いや、知り合いってわけでもないんだけどね。ほら、マリウスって最近注目されてるからさ。それを話してるところを聞いたわけ」
まさかの盗み聞きである。
私はちょっと不信感を抱いて、半眼になった。
それを見て、髪の長い方の子がはぁとため息を吐いてから「ティアナのバカ、警戒されてる」とぼそりと呟く。
「ああああ、えっと違くて! いや、違くはないんだけど!!」
「どっち」
「もう! イリーネったら茶々入れないでよっ!」
漫才のような掛け合いになりつつある二人に私は呆気にとられた。というかおそらくイリーネというらしい髪の長い方の子がぼそりと突っ込むのが妙にテンポ良く思える。
大人しい子かと思いきや、冷静にティアナとかいうショートカットの方の手綱を握っているようだ。
「とにかく、あなたって冒険者の服の仕立屋さんなんでしょ? 私たちの服も作って欲しいんだ!」
「え……?」
突然の申し出に私はぽかんとする。
こんな気軽にオーダー???
確かにミサンガが欲しいというのはわかったし、マリウスの服に興味があることもわかった。
でも私は特にお店を構えているわけでもなければ、この世界でデザイナーと名乗ったこともない。
ミサンガを特注で作ってっていうならわかるけど……。
いろいろと突然すぎて私は混乱してしまった。
「服、ですか?」
「そう、作れるんだよね?」
「まあ、作れますけど……」
「じゃあ、お願いできる? 値段は要相談で!!」
値段というワードで私はようやくハッとした。
あぶない、彼女の勢いにのまれて安易に頷くところだった。
「だ、ダメです!」
「えー! ダメなの!?」
「いや、ダメっていうか……、今は予約が入っているので無理です!!」
「じゃあさ、それが終わった後でいいから」
なおも食い下がるティアナに私は拒否を表わすように首を横に振る。
「っていうか、私は別に冒険者専門のデザイナーでもないし! とにかく引き受けられません! 他を当たってください!!」
私はそう言い残すようにして、踵を返した。
「ええ! ちょっと待ってよー!!」
後ろから呼び止めるティアナの声が聞こえてくるが、私の足は止まらない。そのまま冒険者ギルドを出て、この後行く予定だったアロイスの店に向かって走った。
やや乱暴に店のドアを開けると、カウンターに座っていたアロイスが驚いたような顔でこちらを向いた。
「そんなに慌ててどうした?」
「……っハァ……、や、想像していなか、ったことが起きて……」
切れる息と、のどの渇きにつっかえながら話すが、アロイスは要領の得ない私の言葉に首を傾げる。
「とにかくこっちに座って休め」
「あり、がとう……」
アロイスはゼェハァしている私を見かね、いつも私が座っている丸椅子をカウンターの前に設置してくれる。
私はそこに腰掛けて、乱れた呼吸を整え、額に滲んだ汗をハンカチで拭いた。
一度、店の奥に引っ込んだアロイスが水を持ってきてくれて、それを飲んだところでようやく落ち着く。
冒険者になろうとは思わないが、少しの距離を走っただけでこんなに辛いんじゃ不味いかなと少し思う。最近は特に運動不足な気がする。
「で、何かあったのか?」
「えっと、服を作って欲しいって言われて……」
「そりゃあ、良いことじゃないか」
「いや、その人が冒険者だったんで……! 私、別に冒険者専属のデザイナーでもないし、そもそもお店とか持ってるわけじゃない上に、マリウスの服だけ見て注文してくるってなんかもやもやするっていうか……!!」
「まあ、店持ちの職人に比べれば、腕を低く見られて値切られるかもな」
「え、そうなんですか!?」
「あのなぁ……、前金もらって作ればある程度の保険にはなるだろうが、それでも半分だ」
「前金……」
思わぬ方向に話が派生して私は唖然とする。
「おい、マリウスに服を作った時はどうしたんだよ?」
「マリウスの服は助けてもらったお礼だったのでお金はもらってないですよ?」
「はぁ!?」
アロイスは盛大に眉間に皺を寄せ、語気を荒らげた。
「お前、あの服をタダでやったってのか!?」
「そうですけど……なんか不味かったですかね?」
「……はぁ」
私の言葉にアロイスはものすごく深いため息を吐いた。
「あの付与効果のある服をタダでやるなんて考えられないぞ! タダってことは材料費ももらってないんだろう? まあ、ミナがお礼でっていうのはわかるが、値段の設定くらいはしておけ!」
「値段の設定?」
「マリウスはここ最近の注目株だ。そんなやつが着てるちょっと変わった服のことは、他のやつらも気になるに決まってるだろ。マリウスにどこで買ったか聞くやつもいるだろうさ。そんな時にマリウスがタダでもらったなんて言った日にゃ、お前のところに俺にもタダでくれってやってくるバカな冒険者がいないとも限らんぞ!!」
「ひぇ……」
確かにマリウスは真面目だから、タダでもらったって言っちゃうかも……。
アロイスの言葉に私は焦る。
もしかしたら、ぐいぐいきたティアナはまだ優しい方だったのかもしれない。
やばくない、それ……。
私は青くなりながら、アロイスに「値段設定ってどうすればいいですかね!?」と迫るのだった。




