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第二十四話「古びた店とアロイス」

 ちょっと!! 歩くの早すぎなんだけど!!


 黒い男に付いてこいと言われ、渋々ながら後を追った私は、先をスタスタ歩く男を半ば小走りで追いかけていた。


 初対面からお世辞にも感じが良いとは思えない彼が、わざわざ私の歩くペースに合わせるなんてするわけもなく。今では憎たらしく見える長い足で進んでいく。


 足長い自慢!?


 そっちが付いてこいって言ったんだからちょっとは気遣いなさいよ!!


 心の中で悪態を吐きながら私は必死に付いていく。


 本当は直接言いたいのだが、弾む息でそれどころではなかった。


 やがて男は足を止めた。そこでようやく彼は振り返り、私が追いつくのを待っている。


 まあ、それも遅いと言わんばかりの態度なのだが。


 やっとのことで彼のところまでたどり着く。はぁはぁと切れた息を整わせながら顔を上げると、そこは古びた店の前だった。


 いや、店と呼んで良いのだろうか?


 看板もないし、開いているのか閉まっているのかさえ定かではない。


 しかし、外観は一般的な民家ではなく、店に近い。


 一息ついている私を余所に、男はドアを開けて中に入っていく。


「おい、アロイス、いるか?」


 入るなり奥に向かって男が呼びかける。


 私もドアからするりと体を滑り込ませ、室内に入った。


「なんだ突然……ってシルヴィオか? いつこっちに来てたんだ?」


 奥から出てきたのは、老年の男性だった。どうやらこの人がアロイスという人らしい。


 白に近い銀色の髪に歳と共に刻まれた顔の皺。しかし、背筋は伸びている上に、足取りはしっかりしているし、張りのある声は壮健な印象を受ける。


「依頼でちょっとな。それより頼みがある」


 そう切り出したシルヴィオは、隠れるように立っている私にチラリと視線を向けた。


「おや?」


 そこでようやく銀髪の男性が私の存在に気付いたようで、目があった。私はぺこりと軽く会釈をする。


「こいつに付与効果について教えてやってくれ」


 さっきはじめて知ったシルヴィオという名の黒い男が、立てた親指で私を指す。


「へ?」


 予想もしない展開に私はぽかんとシルヴィオを見上げた。


「おいおい、まさかお前、いきなり連れてきたのか?」


 私の反応にアロイスが呆れた目を向ける。


「えっと、お嬢さん。私はアロイジウス。こいつや他の人からはアロイスと呼ばれている」


「あ、はじめまして。糸井美奈です」


「イトイミナ?」


「いや、ミナでいいです!」


 自己紹介をしてくれるアロイスに私も慌てて名乗る。そのせいで元の世界のように名乗ってしまったが、アロイスは気にした様子もなく「ミナか。よろしく」と返してくれた。


「ところでここは一体……?」


 シルヴィオは、アロイスに付与効果について教えるようにと言ったが、そもそもここが何なのかも、アロイスがどういう人なのかもわからない。


 ミナの言葉にアロイスは、じろりとシルヴィオを見てから口を開いた。


「ミナはそのミサンガの作り手だろう?」


「あっ、はい」


 私の左手に巻いたミサンガ。『縫い物 +1』の効果が付与されているものだ。


「シルヴィオはそれを見て私の元に連れてきたんだろう?」


「ああ」


 シルヴィオが頷く。


「装飾品、特に布や糸でできたものに効果を付与することはあまりない」


「え、そうなんですか?」


「ああ、もちろんできなくもないが、付与の効果の大きさが適さないんだ。耐久性も低いから、金属製の武器や防具に付与した方が効率がいい」


 まさかの事実に私は驚く。


 たしかに冒険者ギルドの売店にあった付与効果のあるものは、武器や防具だった。


 そして、装飾品自体が少なかった。


「だから刺繍糸を編んでなおかつ効果を付与するミサンガを見た時は驚いたよ」


「そうなんですね……」


「ただ、付与の仕方がもったいないとは思った」


「もったいない、ですか?」


「ああ、実はライナーからも相談されていたんだよ」


「ええ? ライナーさん?」


 意外な名前に私はきょとんとして首を傾げた。


「ライナーは私の弟子だからね」


「え、ライナーさんの師匠!?」


 まさかの繋がりに私はギョッと目を見開いた。


「お前、知らないのか? この人、前ギルドマスターだぞ」


 ずっと黙っていたシルヴィオが呟くように言った。


「ギルドマスター……?」


「それも知らないのかよ……。ギルドマスターっていうのは冒険者ギルドを統括する役職のことだ。一流の冒険者じゃないとなれない」


 呆れたような顔をしつつもシルヴィオは説明してくれる。


 ってことは、アロイスさんは前のギルドマスターで、ライナーさんの師匠で、その上冒険者としても一流だったってこと?


「え、すごい人じゃん……」


「いやいや、今は隠居のじじいさ」


 アロイスは謙遜するように笑うが、実際すごい人には違いなかった。


「そんな人に教えてもらっていいんですか……?」


「もちろん。言ったろ? 隠居のじじいだから暇してるのさ。そう思ってシルヴィオは連れてきたんだろうし」


「ああ、ミサンガだけなら放置しようと思ったが、マリウスの服を作ってたからな」


「マリウスって最近お前が目をかけてるやつか」


「そうだ。こないだCランクになっていた」


「それは有望だな」


 アロイスとシルヴィオの会話を聞きながら私は「うん?」と首を傾げる。


「マリウスと知り合いなんですか?」


「まあな。それより冒険者専用の針子になるんだろ?」


 肯定したシルヴィオが私に問いかける。


「え、違いますけど……?」


「は?」


「私がなりたいのはデザイナーで、別に冒険者専門ってわけではないですよ?」


 マリウスの服を作ることになったのは、助けてもらった恩返しのようなものだし、ミサンガは生活費稼ぎのためだ。


 本当は一般向けの普段着や盛装の衣装のデザインをしたいと思っていた。


 私の言葉を聞いたシルヴィオは一瞬呆気にとられたような顔をした。しかし、それはすぐに険しいものへと変わる。


「はぁ? なんだよ、連れてきて損した」


「……え?」


 損したって、何も言わずについてこいって言ったのそっちじゃん!


「あー、アロイス。悪いが付与効果教えてほしいって言ったの取り消すわ。こいつには必要ない」


 シルヴィオは不機嫌そうな顔でアロイスにそう言うと、踵を返して店を出て行く。


 取り残された私には何がなんだかわからず、彼の黒い残像をただ見送るしかなかった。


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