第二十話「売店と黒い人」
この世界に来て数日。
私の日常はある程度のルーティンができていた。
朝起きたらご飯を食べ、依頼に行くマリウスを見送って、洗濯や掃除などの家事を済ませる。
その後、借りているアトリエでエルナに裁縫を教えながら、マリウスの服作り。その傍らで売り物にするミサンガを編む。
お昼ご飯を食べたら、冒険者ギルドにミサンガを納品に行き、裁縫関係のお店を覗いたりして宿に戻る。
晩ご飯までまた服作りをして、マリウスが帰ってきたら一緒にご飯を食べて就寝。
元の世界とは違い、裁縫以外の娯楽が全くないので、夜更かしすることもなく、とても健康的な生活を送っている。
こっちに来た時に持っていたスマホはとっくに充電がなくなり、ただの金属の塊になっているし、他に暇を潰せるようなツールもない。
まあ、その点、服作りに全力で取り組めてるから困ってはないんだけどね。
先日、ライナーに言われて発覚した私の特殊スキルについてはまだ手探りだ。
どうやら私の心情に合わせた効果が作ったものに付与されるようだが、百発百中で思った効果が付与されるわけじゃないらしい。たまになんでこの効果が? って思うような意外なものが付与される場合もある。
また、付与効果はミサンガだけじゃなく、私の作る服にも現れる。
実験してみたが、効果が付与されるタイミングは布を縫う時が多いらしい。布同士を縫い合わせたり、刺繍をしたりすると徐々に付与されていく。
一方、布を裁ったりする時は全く効果が付与されないようだ。
ミサンガのような小さいものに付与できる効果は一つ、または軽い効果が二つ。
服のような大きいものは、複数の効果が付与できることがわかった。
その上、大きさだけじゃなく、材料の素材によっても付与できる数が変わってくるようだ。
そのあたりはまだまだ未知数。これからいろんな素材を使って試していくしかない。
さらに、複数の効果を付与する場合は、効果の相性というものがある。
たとえば水耐性が先に付与されている場合、そこに火耐性は追加付与されないし、攻撃力系の効果が付与されていると防御力系の効果は追加されない。
なかなかに奥が深い。
「効果っていっても本当にいっぱいあるなぁ……」
ミサンガを何本も作っては、現れた効果を片っ端からリスト化したものを眺めて、私は呟いた。
マリウスの服には彼の希望にあった効果を付与したいので、こうして検証している。だから、マリウスの服作りはやや遅れがちだった。
「付与効果ってこんなにあるのねぇ」
デザイン帳の一ページにずらっと書かれたそれをエルナが覗き込む。
ミサンガに付与効果があったことをエルナに話すと、彼女は「やっぱり魔法のアイテムだったんだね!」と喜んでいた。
ちなみにエルナが付けているミサンガの効果は『編み物 +1』だった。
自分に特殊スキルがあると知らずに作ったマリウスとエルナのミサンガは、ビギナーズラックなのか、無欲の勝利なのか、図らずも二人それぞれ、ぴったりの効果が付与されていたのである。
今日も完成したミサンガを持って、私は冒険者ギルドに向かう。
昼過ぎの時間帯は、ギルドに出入りする冒険者が少なく、ライナーも手が空いている。
その時間を狙って毎回訪ねているのだ。
「こんにちは~」
「おう、今日も来たか」
鑑定部門で作業をしていたライナーに声を掛ける。ここ最近毎日のように来ているので、私の訪問にもすっかり慣れた様子だ。
「ミサンガの納品だな」
「はい、お願いします!」
今日持ってきたミサンガは四本。『回復 小』が二本と『毒耐性 小』が二本だ。
はじめはいろんな効果のものを持ってきていたが、より実用性のある効果のものじゃないと売れないことがこの数日でわかった。
ライナーが言うには他の冒険者ギルドだったら需要がある効果もあるが、このアインスバッハで売るのは難しいかもしれないと言っていた。
アインスバッハにいる冒険者は駆け出しが多い。
町の周囲にいる魔物は、それほど強くないものばかりで、ここである程度の経験を積んだ冒険者はさらに強い魔物がいる町に移っていくという。
強い魔物の討伐は依頼料も高いため、その方が効率いいのだ。
魔物の中には水や火を使って攻撃してくるものもあるので、その場合は『水耐性』や『火耐性』のアイテムが効果を発揮するが、このアインスバッハ周辺には生息していない。
ただ、毒を持つ魔物はいるので、『毒耐性』のアイテムは需要がある。
それもあって、ミサンガは『毒耐性』とどんな冒険者にも汎用性のある『回復』の二つの種類を中心に卸すことにした。
「うん、今日もしっかり効果が付与されてるな」
ライナーは鑑定スキルで私の持ってきたミサンガを検分する。武器や防具と違って、ミサンガは付与効果ありきの装飾品なので、ライナーのチェックは結構厳しいのだ。
「そういえば何本かまとめて売れたみたいだぞ」
「え、本当ですか!!」
やった!!
販売を始めたミサンガだが、実のところ売上はなかなか厳しかった。全くのゼロではないものの、生活の足しになるほどではない。見慣れない装飾品の上、作ったのが無名の私だから、買う方も検討していたのかもしれない。
しかし、ここに来てまとめて売れたなんて!
ライナーの助言でより需要がある効果のものに絞ったのが功を奏したようだ。
「嬉しい! また作って持ってきます!」
ギルドの売店で売れてはじめて私の収入になる。自分の作ったものを買ってくれて、私にも収入が入る。二重に嬉しい。
どこの冒険者さんかわかんないけど、ありがとうございます!!
私は心の中で両手を合わせた。
ライナーにミサンガを預けた後、私はギルドの二階にある売店を覗いてから帰ることにした。
もしかしたら買ってくれる人に会えたりして!
そんな期待に胸を弾ませながら、階段を上る。
売店に着くとまず目に入るのが、壁に掛かった武器や防具の類いだ。
冒険者の必需品であるが、平和な世界で生まれ育った私には見慣れない。もちろん名前も形も知っているが、実物を見る機会なんてこれまでの人生ではまずなかった。
所持しているだけで逮捕されるのだから当然と言えば当然なのだが。
物々しいビジュアルにやや気圧されつつ、フロアを進む。
売店で売られているのは武器や防具だけではない。依頼に必要な小物や雑貨も取り扱っている。
回復に必要なポーションや毒消し薬。採取に使う瓶や箱、袋などもある。
そして、私の卸しているミサンガもその一角に置かれているのだ。
「あれ……?」
ミサンガの置かれた場所を覗くと、ちょうどそこに人がいるのが見えた。
もしかして買ってくれるのかな……!?
少し離れた場所から期待を込めてその人を観察する。
ミサンガを手に持っているようなので、その可能性は大いにある。
それにしても……
私はその人の格好もあわせて観察する。
その男性を一言で表わすなら、黒。
黒いパンツに黒いブーツ、上にはトレンチコートのような丈の長めのこれまた黒い上着を着ている。そして、その人の髪色も黒。
全身がとにかく真っ黒なのだ。
単色コーデを否定はしないけど、なんか差し色で遊んだらいいのに……。
後ろ姿でも背が高く、スタイルがいいのがわかるからもったいない。
余計なお世話かもしれないがそんなことを考えながらじっと見つめていると、不意にその人が振り返った。
バチッと音がしそうなくらい、しっかりと視線が合う。
「何見てる」
どうやらじろじろ見ていたのに気付かれたらしい。
私は体の半分を隠していた棚から出て、彼に近づいた。
「そのミサンガを作ったの私なんです。だから、買ってくれるのかなーって気になって。じろじろ見ちゃってすみません」
ごまかすように笑いながらそう言うと、彼は私と手に持ったままのミサンガを見比べて「ふーん」と呟き、ミサンガを元の位置に戻してしまった。
そして、彼は無言のまま、私の横をすり抜け階段を下りて行ってしまう。
「なにあれ、感じ悪っ!」
ミサンガを買ってくれなかったことは残念だが、それ以上にあの態度にイラッとした。
にこやかにしろとは言わないが、ちょっとくらいこう何かあるものなんじゃないの!?
なんだかライナーからの売上報告で弾んでいた気持ちが一気に萎えた。
黒い男が乱したミサンガを綺麗に置き直すと私は売店を後にした。