第二話「謎生物とのエンカウント」
もしかして私は死んだんだろうか?
これって、臨死体験っていうやつだろうか?
いや、既に死んでるなら臨死体験じゃなくて、死後の世界か。
もしそうなら、アルバイト先のストックでうっかり足を滑らせて転落死とか、間抜けすぎる!
しかも、せっかく念願のデザイナーになるための就職が決まった矢先に!!
「なんてことを~!!」
まだ死んだと決まった訳じゃないが、もし昏睡状態だったり、怪我をしたりしたならば、せっかくの内定が取り消される可能性もある。
なぜ面倒がらずに脚立を取りに行かなかったのか。今更だがとても後悔している。
「はぁ……。だからってここにいてもな……」
三途の川は見当たらないし、既に亡くなっている親類が手を振っている様子もない。
小さい頃に亡くなったおばあちゃんに会えるかもと期待しないでもないが、川がないならいないのかもしれない。
「まずは三途の川を探すか」
この発想も我ながらどうかと思うが、ここにいても仕方がない。
立ち上がりお尻に付いた土と草を払う。
なんだかうっすら湿った感じがするが、幸いにもボトムスはブラックのスキニーパンツだからそれほど気にならない。
今日はなんとなくボーイッシュでカジュアルな格好が良いと思って選んだ服。
スキニーパンツにスニーカー。トップスはノーカラーのデニムシャツの中に、甘めな白レースのハイネックシャツ。
自然の中を歩くためにこの服にした訳ではないが、今の状況ではかなり行動しやすい。
野原と言っても、整地されている訳でもなく、でこぼことした地面に草が生えている状態なので、スニーカーでなおかつ両手が自由になるリュックは最適だった。
とりあえず適当な方向へ歩いてみる。
何もないところで方向がわかるサバイバル術なんて身につけてないし、そもそも地理感がないのに方向を知ったところで何かがわかるとも思えない。
勘だけで川っぽい方を目指す。
獣道になっている草と草の間を歩く。アルバイトが終わる時間は夜だったはずなのに、空には太陽が出ていて良い天気だ。
一定のリズムで足を進めていると、不意にぐにゃりとしたものを踏んだ感触がした。
「うわ、なにこれ」
見ると、半透明のジェル状の何かが右足にくっついている。クラゲをもっと粘着質にしたような感じだ。
慌てて飛び退き、振り落とそうと足をぶらぶらさせるも、落ちる気配がない。
そうしている間に、左足の方にもう一体のジェル状の何かが迫ってくる。
どうやらこれは生き物らしい。ゆっくりとだが動いている。
「気持ち悪っ!! 取れないし!!」
何かわからない物体を手で触る勇気もなく、地面に擦り付けるようにして足をスライドさせるも取れない。
最悪なことに、ジェル状の物体は二体だけではない。どこから湧いてきたのか、次々と私の足元に寄ってくる。
「や、ちょっと! マジで何!? どうすればいいの!!」
振っても擦っても取れないジェル状の物体に、私はパニックになった。痛くもかゆくもないが、ただただ気持ち悪い。
今は足に付いているだけだが、はじめにくっついたものは、足の甲に乗り、じわじわと上がってきている。
ひたすら体を揺らし、声を上げる。
すると、ガサッという音と共に、草むらから何か出てきた。
そして、ジェル状のものに向かって勢いよく何かが振り下ろされる。
ブシャッ、と液体をまき散らし、ジェル状の何かが潰れ飛び散る。水蒸気のような煙が立ち上がり、潰れたそれが消えた。
驚いて目を丸くする私を余所に、次々とジェル状の物体が潰れていく。
見ると、それをしているのは木の棒を持った高校生くらいの少年だった。私がどうやっても離れなかったジェル状のものが、彼の手によって気持ちいいくらい簡単に潰れ、消えていく。
最後にスニーカーに付いたものを木の棒で掬うように引っぺがすと、地面の上でしっかりと潰した。
「ありがとう! 少年!」
未知の恐怖が去ったことにホッとして、私は彼にお礼を言った。すると、少年は怪訝な顔をする。
「まったく、スライムごときにくっつかれるなんて、どこのお嬢様だ?」
「スライム?」
「ってスライムも知らないのかよ!」
私が首を傾げながら聞き返すと、少年はギョッとする。
そんなことを言われても、これまで生きてきた中で、こんな不思議なものを見たことはなかった。
でも、名前だけはわかる。ゲームによく登場するモンスターだ。
「これがスライムだったんだ」
「……知ってはいるのに、見たことないのか?」
「うん。初めて見た」
「ますますどこのお嬢様だよ。変な格好してるけど……」
「変!?」
ファッションには多少自信があったのに、変と言われて地味にショックだ。
ガーンと傷ついている間に、少年はスライムを潰した場所に屈んで、何かを拾いはじめた。
「……何してるの?」
「スライムの核を拾ってるんだ。くず石だけど、集めればほんの少しだけ金になるし」
これっ、と言って少年は拾ったスライムの核を見せる。それは濁ったビー玉みたいなものだった。
「へぇ~」
加工すれば綺麗になるのかもしれない。それか溶かしてガラスっぽい素材にするとか?
面白い素材だと思って、ついまじまじと見つめしまう。
「ひとつやろうか?」
「え、いいの?」
うらやましがっていると思ったのか、少年の提案に私は顔を上げる。すると、少し照れたように
彼は視線を逸らし、「ほらっ」と言ってそれを差し出してくる。
両手で受け取って、まじまじと手の中の石を見る。
少し楕円形で、中は曇っている。
何かに使えないかなといろんな角度から見ていると、それがおかしかったのだろう。吹き出すような笑い声が聞こえた。
「スライムの核をもらってそんなに喜ぶやつ、初めて見た」
ハハハと笑う少年。
大人びた態度としっかりとした口調だったが、笑った顔は年相応な幼さがあった。
「まあ、ここで会ったのも何かの縁だし、どこか向かってるなら一緒に行こうか? またスライムに襲われるかもしれないし」
「本当!? ぜひお願いします!」
こうして私は地元民っぽい少年と行動を共にすることになった。