第十九話「スキルと付与効果」
昼ご飯を食べてから、私はエルナを連れて昨日訪ねた布屋に行ってきた。
マリウスの服のデザインが決まったので、それに合った布選びである。
こちらの布はとにかく変わった素材でできているため、店員さんとかなり相談して決めたのだが、それがエルナにとっても勉強になったらしい。
私も、これからよく使うことになるから、メモを取ってある程度の知識を蓄えることができた。
何より布屋の店員さんがかなりいい人だったのも好感が持てた。
布屋はこの街にいくつかあるが、適当に入ったこのお店は、どうやら当たりだったらしい。
布屋以外にも、裁縫関係の店をひやかしたいところだったが、結構な長い時間、布屋の店員と話してしまったため、寄り道はまた後日だ。
それでも、必要な長さ分の布を買い、ほくほくした気分で宿に戻る。
エルナとおしゃべりしながら歩き、宿の前の通りに差し掛かった。
すると、私たちを小走りで追い抜いていく人がいた。
赤毛で細身な背格好。ボンサックを背負い、見たことのある古着。
それはどう見てもマリウスだった。
「おーい、マリウスー!」
引き留めるように声をかけると彼は振り向いた。
「あれ? ミナ!?」
「うん、どしたの? 帰ってくるの早くない?」
「依頼が早く終わったから……。って、ミナを呼びに行こうと思ってたんだよ!」
「ん? 何かあったの?」
「詳しくは冒険者ギルドでライナーさんから聞いてくれ。俺も詳しくはわかんなくて」
ライナーさん?
日本円のオークションの結果が出るのは一ヶ月先って言ってたのがもうわかったとか? いや、まだ二日しか経ってないのにそれはないか。
でもそれ以外にライナーさんに呼ばれる心当たりが全くないんだけど……。
「とりあえず行ってみようかな。その前にこれ置いてきていい?」
宿はもうすぐそこだ。胸に抱えた布の包みを指してマリウスに聞くと、彼は私の腕からそれを奪い「宿に運べばいいんだな?」と問うてくる。
「うん、ありがとう!」
年下なのに、マリウスってこういうとこ本当ジェントル!!
荷物と一緒にエルナも宿に残し、私はマリウスと共に冒険者ギルドに向かった。
ライナーがいるのは鑑定部門。
依頼の達成報告も兼ねたカウンターは、マリウスのように早く依頼を終えた冒険者の姿がちらほらとあった。
「ライナーさん、ミナ連れてきましたけど」
「おう、来たか」
ライナーはカウンターの業務を他の職員に引き継ぐと、一昨日も使った小部屋に私たちを連れて行った。
「で、例のものは持ってきたか?」
「ミサンガですよね? これがどうしたんですか?」
宿に荷物を置きに戻った時、マリウスに言われミサンガを持ってきていた。このミサンガは今日の午前中に作ったものだ。
「ちょっと見せてくれるか?」
「いいですけど……」
私は持ってきたミサンガをライナーに手渡す。すると、ライナーは真剣な面持ちでミサンガを見つめる。
しばらくして、彼は「やっぱりな」と呟いた。
ミサンガから顔を上げたライナーは、まるで面白いものを見つけたとでも言うような表情をしていた。
「ミナ、お前、付与魔法使いだったんだな」
「へ?」
付与魔法使い???
そんなものになった覚えは全くない。
訳がわからず、私はぽかんと口を開けた。
しかし、ライナーはそんな私に構わず説明する。
「マリウスの坊主に見慣れない腕輪があるから、ちらっと見てみたら変わった付与が付いてるのに気付いてな。聞けばミナが作ったっていうじゃねぇか。俺もこの仕事は長いが『回復 小』なんて付与はじめて見るぞ」
「『回復 小』……?」
「作った本人が気付いて無いとは……。あのな、マリウスの腕輪にも、こっちの腕輪にも効果が付与されてるぞ。効果はそれぞれ違うがな」
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
私はライナーの話を遮る。
「付与って、私そんなのした覚えないんですけど!」
「付与魔法使って気付いて無いのはレアケースだなぁ……。ミナ、今、冒険者カード持ってるか?」
「持ってますけど……」
「じゃあ、カードの中身確認してみな」
ライナーに促されるまま、私はバッグから冒険者カードを取り出すと、情報を確認するためにカードの右下の丸い部分に指を当てた。
すると、前回見た時のようにホログラムのような映像が浮かび上がった。
自分の3D映像は今日の自分の服装がそのままトレースされている。改めて見てもすごい技術だと感心する。
「――あれ?」
自分の映像の横にある文字情報。基本的なプロフィールが記載されているそこに変化があることに気付く。
名前 ミナ・イトイ
冒険者ランク D
年齢 二十三歳
出身 異世界 ニホン
職業 裁縫師
ここまでは昨日の依頼達成後にランクアップした時と変わりない。
しかし――
スキル
編み物 Lv.3 (編み物の製作時間短縮効果・中。正確性アップ・中)
縫い物 Lv.1 (縫い物の製作時間短縮効果・小。正確性アップ・小)
というのが増えている。
さらに――
特殊スキル
製作者の贈り物
製作した作品に対して任意の効果が付与される。
なおその効果の範囲は、製作者およびそれを装備した所有者に限られる。
ただし、所有者の許可がある場合のみ、その使用者に限定的に効果がある。
「何これ!? 特殊スキルって……」
「やっぱりスキル顕現してたか。製作系のスキルだな?」
「はい……。なんか私の作ったものに任意の効果が付与されるって……」
「だろうな。……ってか何か気付かなかったのか? こう、作ってる時に光ったり音がしたり」
「あ、音!! 鐘みたいなのが聞こえたんですけど、てっきり気のせいだと……」
「それが付与の合図だろうな」
「なんと……!」
「ちなみに自分が作ったやつなら、それを持ったままカードの情報見たら付与効果がわかることがあるぞ。見てみな」
ライナーにミサンガを返され、私はそれを手に持ったままもう一度カードの情報を見てみる。
すると、3Dの映像に変化があった。
ホログラム上にポップアップのようなものが現れたのだ。
私が持っているミサンガは三本。
『ミサンガ 効果:素早さ 小』
『ミサンガ 効果:水耐性 小』
『ミサンガ 効果:空腹耐性 小』
さらにそのどれもに『製作者:ミナ・イトイ 所有者:未定(未使用)』とあった。さらに『装着時にのみ効果あり。ただし、破損までの一回限り』という注釈がある。
おそらくミサンガなので、一度切れてしまったら効果がなくなるのだろう。
「思いつきで作ったのにまさかこんな効果が付いてるなんて……」
「俺もライナーさんに言われてから、慌ててカードを見て気付いた」
「装備してても見れるんだ」
「ああ。ちなみに効果の中で一番いいのはマリウスの持ってる『回復 小』だな。俺もはじめて見る付与効果だから詳しくはわからんけど、予想するに下級ポーションに似た効果なんじゃねぇかな?」
「え、それって結構いいんじゃない?」
「たしかに似たような効果ですね。今日の依頼中、擦りむいたところがあったんですけど、気付いたらなくなってました」
「おお!! 偶然かもしれないけど、私の作ったミサンガすごい!」
マリウスにとってプラスになってるのならとても良いことだ。
「あれ? でも製作者でも使用者でもないライナーさんはなんで付与効果があるってわかったんですか?」
「それは俺が鑑定のスキルを持ってるからだ。じゃねぇとギルドの鑑定部門は務まんないからな」
「なるほど」
「それで、だ。ミナ、このミサンガ売る気はないか?」
「えっと、売れたらいいなぁとは思ってましたけど、売れるんですか?」
「もちろんだ。ただ付与効果の種類で値段は変わるがな。『回復』や『素早さ』ってのは冒険者に重宝されるだろうよ。『水耐性』は使い方次第ってところだな。けど、この『空腹耐性』ってのは……。なんでこんな効果が付いたんだ?」
「あー……、これ作ってる時お昼ご飯前でお腹空いてたんですよね……」
作ってる時のことを思い出し、私はちょっと恥ずかしくなる。
だって、良い匂いがしてきたから……!!
「なるほどな。製作時のミナの思考如何で付与される効果が変わるのか」
「そうかもしれませんね。次作る時はちょっと検証してみます」
思えば、マリウスのミサンガを作ってる時はなんとなくマリウスが怪我しないといいなぁ、と考えてたような気がする。
多少なり付与される効果の種類を左右しているのかもしれない。
「販売に関しては、うちに卸してくれるなら二階にある売店で売ることになる。商品を預かって、売れたら手数料を引いた金額を支払う。一定期間売れなかった場合は、返品。値付けは相場を見てこっちが決める。需要が多ければ高くなるし、反面、供給が多すぎると安くなるから場合によっては原価割れする可能性もある。まあ、このミサンガなら大丈夫だろう」
ミサンガ自体、刺繍糸があれば作れちゃうからね。
原価はものすごく安いから、それを下回ることはそうそうないと思う。
「うち以外の装備関係の店に卸すこともできるだろうが、ミナは無名だから取引できるかどうかってところだな。師匠もいないんだろ?」
「はい。そういう伝手はないのでとりあえずギルドで販売するのが現実的な気がします」
「わかった。じゃあこっちもその方向で進めとくわ」
ミサンガが売れたら良いなとは思ってはいたが、まさかこんな展開になるとは予想もしてなかった。けれど、ギルドで取り扱ってもらえるのはラッキーなのかもしれない。
ライナーの説明を聞きながら、私はミサンガの販売手続きを進めるのだった。