第十七話「願いとミサンガ」
「できたー!」
端を一つ結びにし、余った糸を切る。
「うわぁ、すごい! 柄になってる!!」
作ったのはひし形の柄のミサンガだ。ピンク色をベースに紫色が差し色になっている。
「これはエルナ用だから、結んであげる。腕を出して」
私が言うと、エルナは左腕を前に出す。
「結んでる間に心の中でお願い事をするんだよ」
「うん」
心の中だから目を瞑る必要はないのに、目をぎゅっと瞑ったエルナに笑いながら、ミサンガを結んでいく。
ほどけにくい本結びでしっかりと結んであげてから「もういいよ」と声をかける。
「わぁ! 綺麗!! やったぁ!!」
左の手首に付いたミサンガを見て、エルナは喜びを露わにする。手首を返したり、触ってみたりと忙しない。
ここまで喜んでくれると作った甲斐がある。
「ミナお姉ちゃんすごいね! 刺繍得意じゃないって言ってた時は大丈夫かなって思ったけど、このミサンガは素敵!!」
「あはは、ありがとう」
やっぱり刺繍が得意じゃないというのは不安なポイントだったらしい。でもミサンガのおかげでそれも払拭されたようだ。
「もう一つ作ってもいい?」
「今度はどんな柄にするの?」
「うーん、マリウスにあげるやつだからシンプルにしようかな」
「マリウスってミナお姉ちゃんと一緒に宿に来た人でしょ?」
「そうだよ」
「恋人なの?」
「へ? マリウスと? 違う違う。マリウスはこの町に来る時にたまたま助けてくれて、それから色々教えてもらったりとかしてるんだ」
「なーんだ、恋人じゃないのかぁ。まあ、そんなにかっこいい感じじゃなかったしね」
エルナの言葉に私は苦笑する。小さくても女の子。恋の話と男の選定には余念がないようだ。
話しながら私は刺繍糸を選んだ。
黒色、紺色と少し明るめの青だ。この組み合わせならどんな服にでも合うと思う。
今度はエルナに作ったのとは違う柄で、三色のV字模様にする。
この柄にしたのはなんとなくだが、マリウスは冒険者だし、Vはヴィクトリーとかピースサインとか、色々縁起が良さそうだと思ったからだ。
今日初依頼に向かう道中でマリウスに聞いたが、そのうち倒すのが大変なモンスターと戦うこともあるらしい。モンスターが強くなる程、依頼の報酬もいいし、ランクも上がる。
でもその分、危険も高くなる。
しっかりしているマリウスなら無理なことはしなさそうだが、マリウスはまだ新人。冒険者としての適性があるのかどうかは未知数だ。
私よりはよっぽど向いていると思うが、こればかりはやってみないとわからないと思う。
私にできるのは、せめて怪我をしないように祈ることと、服でサポートすることだけ。
そんなことを考えながら、ミサンガを編んでいく。
マリウス用ということもあり、エルナよりもサイズは長い。その分時間もかかったが、どうにか完成した。
「できた……!」
余った部分をハサミでチョキンと切り落とし、指でミサンガを左右に伸ばす。編み目を確かめたが、特に間違えた部分もなく綺麗に出来上がっていた。
「ミナお姉ちゃん、編むの早い! 途中で編んでる指が早くて見えなかったよ!」
「指が見えないって、エルナは大げさだなぁ!」
「本当だってば~!」
エルナの言葉を私はあははと笑い飛ばす。褒めるにしても大げさ過ぎる。
しかし、確かにミサンガってこんなに早くできるものだっけ? と内心で少し疑問に思う。
不思議で首を傾げていると、部屋のドアがノックされ、すぐに開いた。
「エルナ、ミナ、そろそろ晩ご飯食べないかい?」
ドアから顔を出したのはアンゼルマだった。
全然気付かなかったが、外はもう暗くなっている。部屋の中にもランタンが置かれ、火が点されていた。
どうやら知らぬ間にエルナが点けてくれていたようだ。
「ちょうどキリもいいし、ご飯食べようか」
「うん! エルナお腹空いた」
使った道具や刺繍糸を簡単に片付け、私とエルナはアトリエを出る。
ここに来る時は厨房の中を通ったが、今度はそちらではなく食堂の奥に繋がる入口から宿に入った。
食堂は賑わっていた。
私とエルナは晩ご飯の載ったトレーをアンゼルマから受け取ると、食堂を見回す。
すると、その中にマリウスの姿を見つけたので、彼の座るテーブルへ向かった。
「マリウス、依頼お疲れ様!」
「ああ、ミナか。先にご飯食べてると思ってた」
私が持ってきたトレーを見て、マリウスが言った。四人がけの丸テーブルに、私はエルナと並んで座ると、マリウスはエルナを見て不思議そうな顔をしてから、私に説明を求めるような視線を向けてくる。
「この子はエルナちゃん。この宿の一人娘で、今日から私の裁縫の弟子になったんだ」
「エルナだよ。マリウスお兄ちゃん!」
「へ? 弟子!?」
「エルナはお針子さんになりたいんだって。で、服作りの場所や道具を借りる代わりに私がエルナに裁縫を教えるってわけ」
「なるほどな」
「今日もね、教えてもらったんだよ! この髪の紐の片方はエルナが作ったの!」
「へぇ~」
「あとね、このミサンガはミナお姉ちゃんが作ってくれたんだよ! いいでしょ~!」
エルナはさっそく三つ編みの紐とミサンガをマリウスに自慢している。
マリウスも小さい子は苦手じゃないのか、相づちを打ってエルナの相手をちゃんとしている。
それを聞きながら、私は晩ご飯を食べることにする。
今日のメニューは予想通りスープがメイン。一口に切られたソーセージや、ジャガイモなどの根菜、豆といったたくさんの具材が入ったスープだ。
それとキッシュのようなパイが付いている。
まずはパイの方から食べてみる。
フォークで一口サイズに切り分け、頬張ると素朴な味が口に広がる。
中に入っているのはベーコンと玉ねぎっぽい。適度な塩気があっておいしい。
少し口の中がもさもさするので、スープを一口。
ソーセージと野菜から旨みが出ていてこれまたおいしい。
一人黙々と食べ進めていると、やってきたアンゼルマに「しゃべってないで早く食べなさい!」とエルナが怒られる。
そこでようやくエルナが慌てて料理に手をつけたことで、マリウスはエルナのおしゃべりから解放された。
「マリウスの依頼はどうだったの?」
「無事達成した」
「それは良かった。私はいろいろ買い物してきた。あ、そうだ。マリウスの分の古着も買ってきたから後でサイズ合わせさせて」
「俺の分も買ってきたのか!?」
「当然でしょ! というか、その服直したくて堪らないから、絶対着替えてね!!」
もったいないから捨てはしないが、ほつれも傷みも酷い服のままでは我慢ならない。
マリウスは私の勢いに押されるように「お、おう……」と頷いた。
時折、エルナも交えながら今日あったことを報告し合っているうちに私は食事を終える。
「あ、そういえばマリウスにもミサンガ作ったんだ」
私はポケットに入れていたミサンガを取り出した。
「ミサンガ? エルナが付けてる腕輪か?」
「そう。願掛けで作ってみたんだ」
作ったミサンガを見せると、マリウスは感心した目で眺める。
「自然に切れると願いが叶うんだって!」
「魔法のアイテムなのか?」
「エルナにも言ったけど、私が作ったものにそんな効果はないからね? 気休め程度に思っておいてよ。ほら手首に結ぶから腕を出して」
私が促すとマリウスは左腕を出した。
「結んでいる間に心の中で願い事を言ってね」
「わかった」
エルナとは違い、マリウスは私の手元をじっと見つめる。
簡単にほどけないようにしっかりと本結びをして、手を離した。
マリウスは手首に結ばれたミサンガを撫でる。
「……なんかいいな」
「うん?」
「俺のために作ってくれたんだろう? なんか力が湧いてくる気がする。ありがとうな、ミナ」
マリウスははにかむように笑う。
しっかりしてても、その顔はやっぱり十代の男の子で。
エルナと共に嬉しそうにお互いのミサンガを見せ合っているマリウスの横で、私は胸を押さえた。
不意に見せたマリウスの年相応の可愛さに、私はキュンと母性本能を疼かせるのだった。