第十六話「三つ編みとツインテール」
アンゼルマはエルナが使うからと、裁縫道具やいらなくなったシーツなどを置いていってくれた。
本当に至れり尽くせりである。
そして、裁縫を教えることになったエルナは、やる気満々の視線で私を見つめる。
「じゃあ、今日はあまり時間がないから、簡単なのからやろうか」
「はい!」
元気のいい返事をもらったところで、私は今日買ってきた荷物から糸を取り出した。
「刺繍糸?」
「うん、いろんな色あったからたくさん買ってきちゃった」
作業台の上に広げたのは、色とりどりの刺繍糸。ビッグフットとかいうモンスターの毛でできているらしいが、なかなか手触りも良く、さらに発色もいいのか色の種類も多かった。
価格もそう高くなかったので、ついいろんな色を買ってきてしまった。
それにしても、この世界は刺繍文化が盛んらしい。アンゼルマとエルナの服の裾にも刺繍が施されている。糸屋にも刺繍糸が多く揃っていた。
エルナはいろんな色の糸を見て、目を輝かせる。
私が刺繍を教えると思ったのだろう。アンゼルマが置いていった裁縫道具を準備しはじめる。
「あー、エルナ、これから教えるのは刺繍じゃないよ」
「え?」
「というか、刺繍は私も簡単なものしかできないし……」
できないこともないが、ボタンホールとか簡単なものしか刺したことがない。図案を考えるのは好きだが、現代の服飾デザインは何も刺繍だけではない。
それに今は便利な刺繍ミシンもある。パソコンからデザインを取り込めば、ミシンが勝手に刺繍してくれるのだ。
私があまり刺繍は得意じゃないということが信じられないのだろう。エルナは驚いた後に、少し不安そうな顔をする。
私の裁縫の腕を疑わしく思ったようだ。
なんとも正直な反応に笑ってしまう。
「刺繍はあまり教えられないけど、他のことは教えられるよ。これからするのは私もエルナと同じくらいの時に覚えたものだからきっとできるはずだよ。まずこの刺繍糸から三色選んで」
「どれでもいいの?」
「うん。好きな色でいいよ」
エルナは少し迷いながら、ピンク、赤、黄色の三色を選んだ。
私も一緒にするため、緑、白、青の刺繍糸を選ぶ。
「じゃあえっと……どこでやろうかな。何か引っかけるものがあればいいんだけど……」
いざやろうとするがちょうど良い場所がない。
昔はセロハンテープで止めて作ったけど、ここにそんなものがあるはずないしなぁ……。
糸は無駄にしてしまうが、作業台の足にくくりつけて作ろうと思ったその時。
「引っかけるものって? たとえば?」
エルナが問いかけてくるので、私は少し考えて口を開く。
「たとえば、この机に釘とかネジが付いてたら、そこに結んで作れるんだけど……」
「釘ね! わかった!」
そう言うと、エルナはぴゅっと部屋の奥に駆けていってしまった。
そして、すぐさま金鎚と釘を持って戻ってくる。
「どこから持ってきたの!?」
「え? 宿だし、よくお父さんがちょこちょこ修理したりしてるから置いてる場所知ってるんだ」
「いいの? 勝手に使って……」
「大丈夫! お姉ちゃんどこに付けるの?」
「ああ、じゃあ……」
ずっと立って作業するのも疲れるし、背の低いエルナも大変だ。椅子を二脚持ってきて、座った状態でできるよう、机の端から飛び出るように釘を二本打ち付ける。
もちろんエルナがやるのはさすがに危ないので、私がやった。
金鎚と使わない釘は元の場所に戻してもらい、ようやく刺繍糸の出番だ。
「まず三本を適当にこのくらいの長さに切って、端を束ねて」
見本を見せるように、私は選んだ三色の刺繍糸を三十センチくらいの長さに切り、三本まとめた片側を端から少し長さを取って結ぶ。エルナも私を見ながら同じように作業していく。
「次にこの釘に結んだ側を結びつけます」
「こんな感じ?」
「うん。釘に固定できたら大丈夫だよ。そしたら、これから紐を作っていくよ。まずは三つ編みね」
私は三本あるうちの外側の糸を左右交互に真ん中に移動させ、三つ編みを作っていく。
「あー! これはエルナも知ってるよ。お母さんの髪と一緒」
確かにアンゼルマは髪を三つ編みにまとめている。
「そうそう。髪の三つ編みと一緒だよ」
エルナは私の手元を見ながら、同じように三つ編みを作っていく。アンゼルマが髪を結うところも見ているからだろう。少し緩くはあるものの、刺繍糸はちゃんと三つ編みになっていく。
「うん、上手い上手い」
小さい手で刺繍糸を編んでいくエルナを見て、私は懐かしさがこみ上げる。
小学校の頃、よく作ったなぁ……。
これから作ろうとしているのはミサンガだ。
刺繍糸だけで作れるミサンガが小学校の頃、大流行したのだ。小さい頃からビーズなんかが好きだった私はこれに大ハマりし、作っては仲の良い友達にあげたものだ。
「できた!」
「じゃあ、端を結んで」
三つ編みがほどけないように、端を束ねる。釘に結んだところをほどき、束ねた先の不要な部分をハサミで切り落とすと、紐の完成だ。
エルナも問題なくできたらしい。
そこで私はあることを思いついた。
「エルナ、ちょっと後ろ向いて」
「え? う、うん」
エルナは椅子の上でくるりと回り、背を向ける。
私はエルナの髪を手櫛で梳かし、ハーフアップにした髪をさらに左右に分ける。そして、手でまとめた髪を今作った三つ編みの紐で結い上げる。髪に巻き付けるようにして、上で可愛く蝶々結びにした。
私の作った紐とエルナの作った紐は配色が違うが、それもアシンメトリーで可愛い。
「うん、可愛い」
肩まであるキャラメル色のエルナの髪は、ハーフアップのツインテールになった。
「え、え? どうなってるの!?」
髪に触れて、髪型を確かめるエルナに、私はリュックの中に入っている化粧ポーチから小さい鏡を出して、エルナを映してあげる。
「うわぁ~!! すごいすごい! ミナお姉ちゃんありがとう!!」
エルナも気に入ってくれたらしい。嬉しそうに表情を明るくした。
「ねえ、お姉ちゃんもっと教えて!」
「うん、じゃあ次は四つ編みね」
さっきと同じようにエルナに好きな色を選ばせ、私も選ぶ。今度はちょっと目的があって、白、グレー、黒、焦げ茶の四色を選んだ。
そして、四つ編みを教えていく。
ただ、四つ編みといっても、三種類ある。平四つ編み、丸四つ編み、そして丸四つ畳みだ。
比較的簡単な平四つ編みから順に教えていく。
私が選んだ刺繍糸の色がさっきの三色より違いがわかりにくい配色になってしまったが、エルナは私の編み方をじっと観察する。その目は八歳とはいえ真剣だ。
途中、訂正したり手直ししたりしつつ、エルナは三種類の四つ編みをどうにか作り上げた。
「うーん、ミナお姉ちゃんみたいに綺麗にはできない……」
「編み方さえ覚えたら、あとは練習すれば上手くなるよ」
「うん、がんばる! それにしても、すごいね! 刺繍糸でこんな紐が作れるなんて! 売れるんじゃない!?」
「えー、この紐はどうかなぁ。ミサンガならもしかしたら需要があるかもしれないけど……」
「ミサンガ?」
「これをもっと複雑に編んで作った紐を腕や足に結んで、ブレスレットとかアンクレットにしたものがミサンガ。自然に切れると願い事が叶うって言われてるんだよ」
「すごーい! 魔法のアイテムなの!?」
「いや、そんな大層なものじゃなくて、願掛けとか迷信みたいな感じだね」
どちらかというと縁起担ぎの意味合いが強い。
「どんなのか見てみたい!」
エルナは期待するように私を見つめる。あまりにもキラキラとした目で見てくるので、私は苦笑してとりあえず願掛けの意味も込めて、作ることにした。
色だけエルナに選んでもらい、まずはエルナの分を編んでいく。
ピンクと紫の刺繍糸を束ね、編んでいく。紫を二本、ピンクを六本の配分だ。
エルナに教えた四つ編みよりも複雑な編み方なので、とりあえずエルナは見学だ。
私は順番を間違えないように集中して手を動かす。
――リィン――
しばらく編んでいると、頭の中で鐘のような音が響いた。
ハッとして顔を上げると、じっと私の手元を見ていたエルナも顔を上げた。
「何か聞こえなかった?」
「ううん、何も聞こえなかったけど」
エルナはきょとんとした顔で答えた。
一度だけだったし、気のせいか……。
不思議に思いつつも作業を再開する。
エルナが素敵なお針子さんになれるようにと思いながら、ひとつずつ編んでいった。