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第十五話「ミシンと小さな弟子」


 ドアの奥はちょっとした裏庭になっていた。


 裏庭といってもガーデンスペースではなく、水栓があり、洗濯物を干すためらしい紐が建物の壁から壁まで張られていた。


「洗濯するならここ使っていいからね」


 そう言いながらアンゼルマは裏庭の奥にある建物に向かっていく。


「こっちがエルナたちのお家なんだよ」


 いつの間にか手を繋がれていたエルナが説明してくれる。


 でも、アンゼルマは家の玄関らしきドアではなく、横にある小屋に進んでいった。


 小屋のドアを開けて入っていくアンゼルマの後ろから中を覗き込む。


 そこはどうやら宿のリネン室を兼ねた家事をする部屋らしい。壁際に設置された棚には予備のシーツや毛布が積まれ、中央にある作業台にはアイロンが載せられていた。


「たしかこの辺に……あったあった。ちょっと手伝っておくれー!」


 さらに部屋の奥まで行ったアンゼルマが私を手招きする。


 部屋に足を踏み入れ、アンゼルマのところに向かうと、見たことのある形のものがやや埃を被った状態で置かれていた。


「そっち持ってくれる?」


「はい」


 アンゼルマの「せーの」というかけ声で、それぞれ机のようになっている天板の両端を持ち上げる。


 ゆっくりと横歩きしながら、スペースのある作業台の横まで移動させた。


「これってミシンですか!?」


「おお、知ってるのかい。その通りだよ」


 アンゼルマと共に運んだそれはミシンだった。


 といっても、電動のものじゃなく、レトロな足踏み式ミシン。


「なんでミシンが?」


「私の母は針子をしててね。その時に使っていたんだ。でも私は宿の女将だし、シーツを作る時くらいにしか今は使ってないんだよ」


 話しながら、アンゼルマは布で天板の埃を拭き取ると、天板を開けた。


 四角く窪んだ中央部分に金属のミシン本体が収納されている。


 実際に作業するスペース側の台を開き、中からミシン本体を持ち上げる。


 黒い金属のボディでできており、さらにところどころに銀色の装飾がついていた。


「すごい! 今も動くんですよね!?」


「ああ、もちろん」


「うわぁ……!」


 マリウスの服を作るのは、全部手縫いを覚悟していたが、ミシンがあればかなり楽だ。


 家にあったとはいえ、エルナもこうしてちゃんとミシンがセットされたところを見るのは初めてらしい。


 私の腕に抱きつき、背伸びをしながら、興味津々の様子でミシンを眺めている。


 使わせてくれないかな、と期待を込めた目で私はアンゼルマに視線を向けた。


 すると、彼女はにんまりと笑った。


「それで、だ。このミシンを使っていいから、その代わりにエルナに裁縫を教えてくれないかい?」


 なるほど。なぜわざわざ私をここに案内するのかと思っていたけど、条件付きということか。


 アンゼルマの提案に、私は考え込む。


 チラリと腕にしがみついているエルナを見ると、期待するように目を輝かせこちらを見上げていた。


 それがなんだか健気に思えて、私は観念したようにはぁと息を吐く。


「わかりました。私で良ければ」


「やったー!」


 私の言葉にエルナは飛び上がって喜びを露わにする。


「良かったね、エルナ。頑張るんだよ」


「うん! よろしくお願いします、師匠!!」


「師匠はやめてよー! 今までどおりミナでいいよ」


「はい、ミナお姉ちゃん!」


 よほど嬉しかったのだろう。エルナは歌い出しそうなくらい上機嫌だ。アンゼルマもそんな娘を微笑ましげに見つめる。


 それにしてもこの世界にミシンがあるとは思いもしなかった。


 でも冒険者ギルドや冒険者カードの作りを考えるとミシンくらいの技術はあって然るべきなのか?


 でも、町の暮らしや服装に関しては、旧時代的でなんともちぐはぐだ。


 考えても仕方ないのかもしれないけど……。


「どうしたんだい、難しい顔して」


 考え込んでいる私に気付いてアンゼルマが問いかける。


「いや、ミシンがあるのは嬉しいんですけど、なんでかなぁって。まるで元の世界からそのまま持ってきたみたいな形だし……」


「元の世界って……あんたもしかして渡り人かい?」


「渡り人?」


「こことは全く違う世界から来た人のことだよ。お針子なのに千マルカ金貨は持ってるし、どうもおかしいなと思ってたら、そういうことかい!」


 アンゼルマは納得した様子で頷いている。


「このミシンも元は渡り人が考えたものらしいよ。きっとその渡り人はミナと同じ世界から来たんじゃないかい?」


「その人は今どこに!?」


「さあねぇ……? でも私の母がお針子をしていた頃にはすでにミシンはあったから、もうその渡り人は死んじまってるんじゃないかい?」


「そう、ですか……。ですよね」


 その渡り人に会えたからといって、どうしようというのだ。でも、もう亡くなっていると聞いて、自然と心が萎んだ。


「渡り人はね」


 そんな私にアンゼルマは慈愛の籠もった声で話し出す。


「元の世界で死んだ人が奇跡的に与えられた二回目の人生だって聞くよ」


「二回目の人生……」


「世界は違うけど、ミナがここに来たのは何か意味があるんじゃないのかい? 叶えられなかった夢だったり、後悔だったりがあったりはしないのかい?」


「あります」


「じゃあ、それを思いっきりやるといい。すぐわかったけど、針子のことなんだろう?」


「あ、わかります?」


「そりゃあわかるさ。ミシンを見て、純粋な子供みたいな顔してたからね」


 アンゼルマに笑いながら指摘され、なんだか恥ずかしい。


「針子っていうよりデザイナーなんですけどね。自分の考えた服をいろんな人に着てほしいんです!」


「いいんじゃないかい。エルナの面倒をみてくれるなら、ミシンは好きに使っていいし、なんならこの部屋で作ればいい」


「いいんですか?」


 泊まっている部屋にも机と椅子はあるが、かなり小さいのでどうしようかと思っていた。


 ここには広い作業台もあるし、アイロンもある。さらにミシンもあって、服作りには申し分のない作業スペースだ。


「普段は物置にしか使ってないからいいよ。その代わり、エルナをよろしく頼んだよ!」


「はい!」


 エルナの将来を考えてのことだとしても、アンゼルマの気前よさがありがたい。




 これで服が作れる!!


 こうして私はミシンとアトリエと小さな弟子を手に入れたのだった。




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