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第十四話「エルナとローマン」


「おかえりなさーい!」


 宿に戻るなり、元気な声がした。


 出迎えてくれたのは、宿の女将アンゼルマさんの娘だ。


「ただいま戻りました。えっと、何ちゃんだっけ?」


 そういえば名前を聞いてなかったと思い尋ねる。


「エルナだよ! あと少しで八歳なの!」


 彼女は名前だけじゃなく年齢まで教えてくれた。


「エルナちゃんね。私はミナだよ」


「ミナお姉ちゃんね。ねぇ、何か買ってきたの?」


 荷物の多い私が気になったのか、エルナが聞いてくる。


「生活用品と雑貨とかだね。あと古着と手芸用品」


「手芸用品? みんなはじめはポーションとか買ってくるよ?」


 エルナは首を傾げて私を見つめる。この宿に泊まっているのは冒険者が多いのだろう。


 ポーションはマリウスが言っていたヨモギ草が材料になっているという不思議な薬で、モンスター討伐が主な仕事である冒険者であれば、何かあった時のために買っておいて損はないそうだ。


 てっきり冒険者だと思っていた私が、全く違う手芸用品を買ってきたことがエルナには不思議に見えたらしい。


「ああ、私は冒険者じゃないんだ。冒険者登録は一応したけどね」


「じゃあ何する人なの?」


「何かと言われたら服を作る人かな」


「お針子さんのこと?」


「うん、そうそう」


「すごい! お母さーん!!」


 え!? なぜお母さん!?


 エルナは突然興奮した様子でカウンターの奥に走っていってしまった。


 そして、奥の方から「ミナお姉ちゃんね、お針子さんなんだって!!」という声が聞こえてくる。


 どうやら母であるアンゼルマに話しているらしい。


 すぐにエルナはアンゼルマの手を引いて戻ってきた。


「お母さんにミナお姉ちゃんがお針子さんだって教えてたの!」


 全部丸聞こえだったけど、エルナがわざわざ教えてくれるのがなんとも微笑ましい。


「冒険者には見えないと思っていたけど、お針子だったのかい。どおりで変わった服を着てると思った」


「あはは」


 変わった服とアンゼルマにも言われ、私は苦笑する。


 たしかにこの町の人の服と、私が着ている服はデザインも素材も全く違う。それは仕立屋でも古着屋でも売っている服を見てありありと感じた。


アンゼルマの服装は、ゆったり目の生成りのシャツに深緑のベスト、朱色に近い赤のロングスカートを穿いて、その上にエプロンを着けている。


 一方、エルナは山吹色のワンピースを着ている。こちらもゆったりしたサイズで、肘と腰を同色の紐で縛っている。


 マリウスを見た時も思ったが、この世界ではゆったり目のサイズの服を紐やボタンで縛ってサイズを調整している服装が多いらしい。


 だから既製服とはいえ、こちらの人の服に比べるとぴったりしたデザインの私の服は変わっているように見えるのだと思う。


「そんなにおかしいですかね、私の服?」


「おかしいと言うか見慣れない感じだねぇ。動きやすそうではあるけど」


 アンゼルマの服は動くたびに袖や裾がバサバサするので、それに比べたら格段に動きやすいとは思う。


 マリウスの服をどうするか考えているけど、こちらの世界に合わせるより、動きやすさを取った方がいいのかなぁ……。


 悩みどころだ。


「ねぇねぇ、お姉ちゃん!」


 マリウスの服のデザインに思考が向かいそうになった時、エルナが私の上着をくいくいと引いて呼びかけてきた。


「なぁに?」


「あのね、エルナもお針子さんになりたいの! だから……エルナにお針子さん教えて欲しい」


 さっきのキラキラとした表情から一転、幼いながらもエルナは真剣な目で私を見つめる。


 興奮してアンゼルマを呼んできたのはどうやらエルナもお針子になりたいがためだったと、ようやく気付く。


「いや、うーん……」


 教えるって言っても、私も専門学校で学んで、その後も趣味で服作りはしていたとは言え、デザイナーとして仕事をしていたわけではない。


 これからはじめるって時にこちらに来てしまったわけだし。


 それに、こちらの世界で今後どうなるかわからない。できたら服飾関係の仕事で生計を立てられたらいいなと思うけど、先行きは不安だ。


 助けを求めるようにアンゼルマに視線を送る。


 エルナは真剣なのかもしれないが、この歳の女の子の言うことをどのくらい本気に取ればいいのかもわからないし、親であるアンゼルマはどう思っているのだろうか。


 アンゼルマはエルナの顔を見てから小さく笑うと口を開いた。


「この子が針子になりたいのは本当なんだ。ただ、どこの工房に入るにしても基本くらいはできないとダメだからねぇ。でも私は宿で忙しくて教える暇がないし……」


 その辺りは元の世界の服飾事情にも通ずるものがある。服飾の専門学校に入って来る子は程度は違えど裁縫の基本程度はわかっている子は多い。


 たまに全く知らない子もいるがそれはごくごく少数だ。


 こちらの世界はおそらく学校などもないのだろうから、仕事となると即戦力になるくらいは技術がないと厳しいだろう。


 かといって、私が教えるものがこちらの世界に沿っているものかどうかはわからない。本当に針と糸で縫う程度なら同じだと思うが、その先の細かい技術は着ている服の違いから予想する限り違うと思う。


 アンゼルマの仕事の事情はわかるが、私が教えていいものか……。


「あ、そうだ!」


 私が悩んでいると、アンゼルマは何か思いついたらしく、声を上げた。


「ちょっと付いておいで」


 そう言って、カウンターの奥へと向かって行く。私はエルナと共に彼女の後を付いていった。


 カウンターを通り、奥に進むとそこは厨房になっていた。


 夕食の支度中なのか、いい匂いが漂っている。


 厨房には大柄な男性がいて、料理を作っているところだった。


 彼は連れ立ってやってきた私たちに気付いたのか、こちらを向いた。


 体格同様、顔も厳つい。


「どうしたアンゼルマ」


 かなり野太い声で問いかける彼に、アンゼルマは「ああ」と呟き私を見た。


「ちょっと家の方に行ってくるよ。そうそう、これが宿の主人で私の旦那のローマンね。元Bランク冒険者だから何か困ったことがあったら頼っていいよ」


「あ、どうも、ミナと言います」


 おずおずと名乗ると、ローマンはじろりとこちらを見る。


「よろしく」


「普段は料理を作ってくれてるよ」


 アンゼルマが補足するように教えてくれる。


「あの、昨日のご飯おいしかったです。今日も楽しみにしてます」


 昨日、食べたブルストは宿屋アンゼルマ特製と言っていた。ハーブと香辛料の感じがちょうど良くて、さらに皮はパリパリ、中はジューシーでかなりおいしかった。


 コンロに大きい鍋が置かれ、そちらからいい匂いがしているということは、今日はスープなのだろう。


 期待も込めてローマンに言うと、彼は鋭い眼光を心なしか和らげ頷いてくれた。


「こっちだよ」


 アンゼルマが厨房の先にあるドアの向こうから手招きしてくる。


 ローマンにぺこりと会釈して、私はそちらに向かった。


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