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第十二話「服屋とオーダーメイド」



 門から冒険者ギルドまでと、冒険者ギルドから宿までの道しか通ったことのないアインスバッハの町を散策する。


 門を入って大きな橋を渡った先が中心街だ。そこには様々なお店が建ち並んでいた。


「意外といろんな店があるんだなぁ……」


 初めての町中散策に私は興味津々なので、忙しなく周りに視線を巡らせる。


 日用品や雑貨、食品に見たことのない薬品店。冒険者の町だからか武器や防具のお店もちらほらある。


 しかし……


「服屋ってなくない……?」


 驚く程、服屋が見当たらない。


 結構歩いてきたが靴屋はあっても服屋がないってどういうこと!?


 そんな時、ようやく服屋っぽい店構えの建物が見えた。


「おお、やっとあった!」


 店の格子状のウィンドウに寄ってみると、トルソーと呼ばれる人型に服が掛けられており、店の奥の壁際にはロール状の布地が並べられている。


 マリウスにどんな服を作るかはまだ決めていないが、参考のために現地のファッション事情を調べておいて損はない。


 さっそく店に入ってみることにした。


 そろりと店のドアを開けて店内に入ると、奥のカウンターにいた身なりの良いおじさん店員が私に気付いて顔を上げた。


「こんにちは~」


 一応挨拶してみる。服を買うわけではないけど、あわよくば色々教えて欲しいので愛想は大事だ。


 一方、店員は「ああ、いらっしゃい」と言いながら私の頭から足の先まで視線を動かした。


 なんか失礼だなと思いつつ、だったらこちらも遠慮なくと思って店内を見回した。


 どうやら既製服じゃなくオーダーメイド専門の服屋らしい。外から見えたトルソーの服もあくまで見本のようで、それ以外に完成している服はない。


 その代わりに店員の後ろにはたくさんの布のロールが置かれているし、カウンターにはカフスなどの装飾品があった。


 あまりこういった店には入ったことがないが、男性向けスーツのオーダーメイドのお店に似た雰囲気を感じる。


「ちょっとお客さん」


「はい?」


 好きに観察していると、店員が声を掛けてきた。


 何かと思って振り向くと、彼は私の服を見て目を見開いている。


「その生地はどこのもので? それに繊細なレース! 良かったら見せてくれませんかね!?」


 ぐいぐいくる店員に引き気味になりながらも、内心でその気持ちがすごくわかるので、私は頷いた。


「いいですよ。でも着替えはないので着たままで良ければ……」


 羽織っていたデニムのジャケットを脱ぎながら店員の元へ向かうと、彼の目は私のシャツのレースに釘付けになった。


 私が着ている白いレースのハイネックシャツはトップス全体がレースで覆われており、胸から胴回りだけ透けないように裏地が付いているものだ。


 店員の目が首から腕へとレースをなぞっていく。


 今日着ている他の服はどれもプチプラブランドの安いものだが、このレースのシャツだけは結構高かった。その代わり縫製やレースの編み目が綺麗で買って良かったと常々思っていた。


「このレースはなんという職人が手がけたものですかな!? まったく編み方がわかりません……」


 そりゃそうだ。私にもわからない。


 だっておそらくこのレースは機械で作られている。生地のメーカーはあると思うが、職人がいるわけじゃない。


「それは私もわからないですね……」


「そうですか、それは残念です」


 私の言葉に、店員のおじさんは残念そうにしょんぼりとした。


 同じ物作りをする側としてそのがっかりする気持ちもわかる。けれど、わからないものはわからないから仕方ない。


 そもそも世界が違うので知ったところで……とも思う。


 入手先がわからなくても興味はそのままなのか、おじさんはなおもシャツを見つめている。


 この際だから、こちらも聞きたいことを聞いておこうと口を開いた。


「ちょっと聞きたいんですけど、この辺りに服屋はこのお店だけなんですか?」


「ん? ああ、服屋はうちと少し先に行ったところにもう二軒ありますな」


 どうやら他にもあるらしい。それにしても少ないけど……。


「ここはオーダー専門っぽいけど、既製服は売ってないんですか?」


「きせい服?」


「あれ? この世界は既製服がないのかな……? 既製服って言うのはある程度の平均的なサイズを元に作った服のことです」


「そんな服はないですなぁ。服と言えば一から仕立てるもの。それが出来ないなら、家族に作ってもらうか、古着です」


 店員の話を聞く限りでは、やはり既製服という概念自体ないようだ。


「じゃあ、他の二軒の服屋もこちらと同じで一から仕立てるお店ですか?」


「ええ、うちは男性向けですが、他の二軒は女性の服を取り扱ってますよ」


「なるほど。そのお店以外に服を買うとしたら古着屋になるんですか?」


「そうでしょうね」


 色々な質問に答えてくれたおじさんだが、だんだん「なんでそんな当たり前のことを聞くんだろう」と言わんばかりに訝しげな目を向けてくる。


「……君はどこから来たんだね? レースや見たことのない生地の服に気を取られていたが、それにしては服の形は高貴なわけでもないし……」


「あはは……私にもよくわかんないですけど、この町ではないことは確かですね。あ、ちなみに古着屋さんはどっちに行けば?」


「ここを出て左少し進んだ小道だが……」


「ありがとうございましたー!」


 もう少し色々聞きたかったが、元の世界がどうのって話になると面倒そうだと思い、足早に店を出る。


 値段は聞かなかったが、既製服がない世界でのオーダーメイドの服となるときっと高いんだろうな……。


 服は自分で作れるし、もうこのお店に来ることはないだろう。


 振り返るとウィンドウからこちらを見るおじさんと目が合った。


 ひらりと手を振って、私は古着屋を目指して歩き出した。



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