エピローグ
「こんにちは~! ミサンガの納品に来ましたー!」
久しぶりに作り貯めたミサンガを持って、冒険者ギルドに向かう。昼を過ぎたばかりの冒険者ギルドの中は、冒険者たちが依頼で出払っているので閑散としている。
「おう、ミナか! ミサンガの納品だな。こっちに置いてくれ」
冒険者ギルドの鑑定士であるライナーは、カウンターの上を片付けるとミサンガをのせるように言った。
「お願いします」
色とりどりの十数本のミサンガをカウンターに出すと、ライナーは慣れた様子でミサンガを鑑定していく。
「どれも「回復」のミサンガだな。効果も全部きっちり揃ってるからいつもと同じ値段だな」
「はい、いつもどおりお願いします」
色の配色はいろんな組み合わせで作っているが付与されている効果は、きっちり同じもので揃えたミサンガ。すっかり作り慣れたそれは新しくこのアインスバッハにやってきた冒険者たちに飛ぶように売れている。
ライナーが言うにはこれもすぐなくなるだろうとのことだ。
安定した収入はありがたい。
しかし、ミサンガも作りつつ、作りたいものはもっといろいろある。
「あの、ライナーさん。鞄なんかも上の売店に置かせてもらうことってできますかね?」
「鞄? ……もしかして容量拡大の鞄か!?」
「はい」
以前、マリウスたちのために試しに作ってみた容量拡大の効果が付与された鞄。初めに自分で使う分として試作したものを今も使っているが、やはり小型だけどたくさん入る鞄は便利だと実感した。
普段使いの私でもこう思うんだから、持ち物が多くなる冒険者にはとても重宝されるだろう。
すでにマリウスたちにはとても役立っているようだ。
製作に時間がかかるけれど、ミサンガよりも単価は格段に高くなる。いい商品になるんじゃないかと思った。
「作って納品してくれるならこっちはむしろお願いしたいくらいだ! ミナは簡単そうに言うがな、容量拡大の鞄を作れる職人なんてそうそういないんだぞ!」
「え、そうなんですか?」
私的には特殊スキルを別な形で応用している感覚なので、そこまで特別な感じはない。
自分のことはあまりピンとこないな……
。
そもそも自分以外の特殊スキルがあまりわからないのもあるけれど。
全然響いていない私の反応に、ライナーは少し呆れたようにため息を吐いた。
「本人がそんなんで大丈夫か? ぼったくられて損するんじゃないかってヒヤヒヤするぞ」
「あはは、まあそれもあって冒険者ギルドで売ってほしいっていうのもあるんですけどね。安心じゃないですか」
「……そういうことならこっちは助かるがな。できたら引き取るから言ってくれ」
「はい!」
新しい商品を卸す約束を取り付けて、私は冒険者ギルドを出る。
アインスバッハの町の中央を流れる小川沿いの道を歩く。天気が良くて気持ちがいい。
しばらく歩いてから一つ道を入る。宿が建ち並ぶその中の一つのドアを開けると、私は中に入った。
「こんにちは~!」
「ミナお姉ちゃん、待ってたよ!」
食堂になっている一階。ドアのすぐ近くで待っていたのは小学生くらいの女の子だ。
「ごめんエルナ、お待たせ」
裁縫を教えているエルナとこれから手芸用品を見に行く約束をしているのだ。ちょうど生地や色を買い足したいと思っていて、エルナも勉強のため同行することになった。
「二人とも気をつけていってくるんだよ」
食堂の奥からふくよかな女性が顔を出す。彼女はエルナの母で、この宿屋アンゼルマの女将であるアンゼルマだ。
「お母さん、いってきまーす」
「いってきますね」
アンゼルマに見送られ宿を出る。
大通りに抜けたらそのまま北門に向かってしばらく歩く。天気の良い中、エルナと他愛ないおしゃべりをしながら向かっていると、あっという間に手芸用品店が集まる地区に着いた。
エルナに説明しながら、そして私も店員さんにいろいろと教えてもらいながら、必要な材料を揃えていく。
エルナも指導の課題に使う生地を自分で選び、上機嫌だ。
買い物を終えると買い込んだものを抱えて、私の家に向かう。
うきうきとした足取りながらも、エルナは買った生地をしっかりと胸に抱えている。
そんなエルナと共にゆっくり歩きながら、家の付近にさしかかる。
すると向こうから歩いてくる数人の集団が見えた。
「あれ? みんな今日は早いね」
やってきたのは偵察隊の五人だった。
「あ、ミナ! ただいまー!」
「おかえりなさい。今、鍵開けるね」
ティアナに返しながら、玄関のドアを開ける。
中に迎え入れると、みんな「ただいま」といいながら入ってくるから、私はちょっと微笑ましくて笑ってしまう。
偵察隊のメンバーがこの私の店に集まるのはいつもの日課になりつつある。
「そういえば、なんで今日は早かったの?」
「ダンジョンの次の階に行く階段を見つけたんだ」
私の質問に答えてくれたのはマリウスだった。
「え、次の階って、それってすごいじゃん!」
「ようやくって感じだけどね。で、これから潜るんじゃ、時間も準備も足りないから日を改めることになったわけ」
補足するようにディートリヒが言った。
偵察隊の五人は順調にダンジョン攻略を進めている。現在は地下二階を探索中。そして、今日、地下三階へ降りる階段が見つかったというのだ。
一時期、落ち込んでいたマリウスも表面上は元気を取り戻し、偵察隊の一員として頑張っているようだ。
「そうだ、ミナ!」
「何?」
ティアナの呼びかけに返事をすると、彼女は明るい表情で口を開く。
「今日、ユッテさんがミナに服の依頼をしたいって言ってたよ。シルヴィオさんの新しい服を見たら俄然お願いしたくなったみたい」
ユッテというのは、今偵察隊とダンジョンを共に攻略しているAランク冒険者エアハルトが率いているパーティーのメンバーだ。
シルヴィオとは別の町にいる時からの顔見知りらしい。
先日、私がシルヴィオの服を作った。急ピッチで仕上げたけれど、手は抜いていないし、これまでにない刺繍での効果の付与をして、なかなかいい出来になったのではないかと思う。
それを見て、私に服の依頼をしたいと思ってくれたらしい。
「前に気になるっていってくれてたもんね。もしかして今日これから来るかな?」
「向こうのパーティーも同じくらいに引き上げた。可能性ある」
「イリーネ、ありがとう。それじゃあ、看板出してこないと」
これから来るのであれば、お店がやってるとわかるように看板を掲げなければと、私は一人玄関の外に出る。
ドアの上の方に視線を向ける。
壁から突き出した棒に吊されている看板には『ドラッヘンクライト』の文字。風のない、いい陽気の今日は揺れることもなく、看板は静かに下がっている。
私は出てきたドアを閉める。そして、ドアの前の正面にかかっている『閉店中』の看板を裏返してかけ直す。
裏返ったそこには『開店中』の文字があり、その下には――
『冒険者の服、作ります!』
という文字が刻まれていた。