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第九十七話「集中と静寂」

 仮縫いを終えると、作業はいよいよ本縫いだ。


 ここからは集中力との勝負。刺繍での効果付与になるけれど、本縫いも効果を付与するベースを作る工程であるから気を抜くことはできない。


 作業に集中したいので、ドラッヘンクライトも完全に閉め、さらに偵察隊の面々も来るのは遠慮してもらった。


 そんな中、私は猛然と作業を進めていった。


 脳内に響く製作者の贈り物(クリエイターズギフト)の声を頼りに効果を付与する器を作る。


 当然だがシルヴィオは私より背が高い。自分の服よりも縫い合わせる量が多い分、集中しなければならない時間も長くなる。


 縫い終えると、全身の力を抜くように詰めていた息を吐き出した。


 本縫いをして、服の形になったところで、今度は効果を付与する刺繍だ。


 一度、体をグッと伸ばして、リラックスする。肩周りを動かしてから「よし」と自分自身に気合いを入れた。


 青い刺繍糸を通した針を手に持つと、うっすらと下書きがある布に針を刺す。同時に脳内で『効果「防御」の付与を開始します』という声が響いた。





「マリウス」


 冒険者ギルドに一日の報告を済ませてから、俺はマリウスに声をかけた。一時は沈んでいたマリウスも徐々に以前の調子を取り戻しつつある。


 今は着実に、慎重に、目の前の依頼を熟すことで力を付けているようだ。


「ミナの様子はどうだ?」


「朝からものすごい集中してやってました。声かけても全然気付かないみたいで……」


「そうか」


「ご飯もちゃんと食べてるのか……」


 マリウスは心配そうに顔をしかめる。


 特殊スキルで効果を付与するのはかなり集中しないとできないらしいが、それでも寝食を忘れてやるのはあまり良くない。


「これから様子を見に行ってもいいか?」


「はい、邪魔しなければいいって言ってたんで、様子見に来るくらいは大丈夫だと思います」


 ミナの家であるとはいえ、住人であるマリウスに許可を取った俺は、途中宿屋アンゼルマによって食事がてらミナの分の食料も調達。知る人ぞ知る冒険者専用の服店であるドラッヘンクライトに向かった。


 いつもは開いている玄関はしっかりと施錠され、看板も閉店を示す側が表になって下げられている。


 マリウスは合鍵を取り出して解錠すると、なるべく音を立てないように慎重にドアを開けた。


 本当に人がいるか疑わしいほど静まりかえった室内。


 なるべく音を立てないように歩きながら応接室から作業場であるダイニングを覗くと、そこには一針一針縫っているミナの姿があった。


 とても集中した表情をしている。


 瞬きは最小限。細かい作業をとても丁寧ながら、速いペースで進めているのがわかる。


 女性が刺繍する姿をこれほど間近で見たことはなかったが、それでもかなり速いのではないだろうか?


 裁縫のスキルを持っていると言うし、ミナの特殊スキルによって、刺繍の速度は常人よりも速いのかもしれない。


 それでも時間がかかるものらしい。緻密な模様を刺しながら、その上で効果を付与しているのだから、俺からしたら気の遠くなる作業だ。


「まだかかりそうですね」


 ミナの手元を見る限り、刺繍の進捗は四割くらいだろうか。俺が提供した素材もまだそのままの状態で、縫い合わせるのを待っているところを見ると、まだ時間がかかるとマリウスは推測したようだ。


「マリウス、出来るまで待っててもいいか?」


「それは、いいですけど……」


「すまんな」


「いえ、ミナがああだし、なんのお構いもできませんけど、それでもいいなら……」


「助かる」


 夜も更けてくると、室内も暗くなる。


 それでも集中して周りに気付かないミナのために、部屋の中のランプを付けて回る。暗いと困るだろうから手持ちのランプもミナの周りに配置して明るく照らす。


 柔らかな色の明かりに照らされたミナの顔は、ここを訪れた時から変わらない真剣なものだ。


 ただひたすらに一針ずつ刺していく姿は、どこか神々しく見えた。


 自分の力だけで冒険者としてやってきたとは言わないが、それでもソロの冒険者として活動している分、自分だけで物事を解決することは多かった。


 けれど、自分ではどうしようもない、武器や防具に関しては人に頼るしかない。


 ランクが上がり経済的に余裕が出てくることで、武器や防具の質は自ずと上がっていったが、こうして作っているところを見ることはなかった。


 誰かが使うもののために、ただひたすらに自分の力を注ぎ込む。


 その姿を見ていると、胸の奥に熱く湧き上がるものがある。


 静まりかえったドラッヘンクライトの中で、糸が布を滑る小さな音だけが響く。


 その音を子守歌に俺の目は自然と閉じていた。

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