第九十六話
作業をしていると、時間はあっという間に過ぎていく。
ドアが開く音にハッとする。
「ただいま~!」
ティアナの声が聞こえ、静かだったドラッヘンクライトの中が声や、衣擦れや息づかいによって、一気に賑やかになった。
「おかえりなさい」
作業の手を止めて、返ってきたみんなに声をかける。
すると、やってきたティアナが私の手元を見て、「わぁ~!」と声を上げた。
「すごい! もう出来てきてるじゃん! 早い!」
なんとなく形になってきたように見えるが、まだ仮縫いの段階だ。
「まだ仮縫いのところだからこれからだよ」
「そうなの? でも昨日の今日だし、このままいくと明日には出来そうな感じじゃない?」
「さすがにそれは無理かな。ものすごく頑張って明後日かその翌日だね」
ただそれは夜通し作業しないと無理なスケジュールである。
「実際、どのくらいに出来そうか?」
シルヴィオに問われ、私は一瞬考える。
「明日には仮縫いが出来るので、まずそれを試着してもらう必要があります。そこで微調整して、本縫い、刺繍で効果を付与するので本当に頑張って三日後、ですかね」
「わかった。それで大丈夫か?」
「はい、頑張ります!」
これは徹夜コースになりそうだ……!
「あ、それでですね、ちょっと相談したいことがあるんですけど……」
私はデザイン帳を取り出して、シルヴィオに見せた。
「デザインはこんな感じを考えたんですが、どうですか?」
「うん、いいんじゃないか?」
元の服と形が変わらないからか、シルヴィオはあっさり頷いた。
そこまでこだわりがないのか、それとも私のことを信頼してくれているのか、そこはいまいちわからないが、ダメならはっきり言うタイプだからいいのだろう。
「ありがとうございます。じゃあデザインはこれでいくとして、あとは素材についてです。私はそっちの方面にまったく詳しくないんですが、使ってほしい素材ってありますか? 元の服には一部鱗のような素材を使っているみたいなんですけど……」
「ああ、ドラゴンの鱗のことか」
「え、ドラゴン!?」
シルヴィオがさらっと言った言葉にティアナはぎょっと目を見開く。見るとイリーネもマリウスも同じような驚いた顔をしている。
珍しい素材なんだろうか?
「以前討伐したアースドラゴンの鱗を前の服には使ってもらった。防御の強化素材だから、次の服でも使えるのであれば持ってくるぞ」
「防御が強化されるのであれば試してみてもいいですか?」
「ああ、少し加工が必要だから、使えるようだったらそれも手配する」
「お願いします」
実物を見てみないことにはわからないが、素材の状態であれば製作者の贈り物が判断できる。
今は持っていないが、明日には持ってきてくれるらしい。
「他にも素材があるなら、いろいろ試してもらえば?」
ソファでくつろいでいたディートリヒが言った。
「ドラゴンの素材も他に種類があったりするし、同じ素材じゃなくてもミナちゃんが使うのに相性がいい素材があるかもよ」
「たしかにそうだな。めぼしいものは持ってくる」
「そうですね。私も素材はわからないので、実際に見て判断したいです」
性能だけではなく、デザインとのバランスも見たい。仮縫いは進めるが、素材によって多少デザインを変える必要もあるかもしれない。
手持ちの素材を明日持ってきてくれることをシルヴィオと約束して、私はとにかくできる作業を時間の限り進めた。
翌日。
仮縫いは出来たので、シルヴィオに試着してもらう。
シルヴィオには申し訳ないが、また朝一番に来てもらった。
「朝早くからすみません」
「いや、俺の服だからな、気にするな」
いつもと変わらない表情で言うシルヴィオにホッとしながら、試着室へ案内する。
「糸は止めてる程度なので、そっと着てください」
「了解した」
形は変わらないので、着方もよくわかっているはずだ。仮縫い状態なので、あまり乱暴にしないようにだけ注意すると、私は試着室から出て彼が着替えるのを待つ。
ややあって、仮縫いの服を纏ったシルヴィオが出てきた。
柄もなにもない状態の服のはずなのに、シルヴィオは不思議と様になっていた。
背が高く、バランス良く身体を覆う筋肉。立ち姿も綺麗だ。
何を着ても絵になる人なんだなぁ……。
私はつい見とれてしまう。
「これでいいか?」
じっとシルヴィオを見る私に、シルヴィオは少し戸惑ったように声をかけてくる。それにハッとして私は彼の元に近づいた。
「着方は大丈夫です。これから実際に動いてもらって、きついところや逆に緩いところを調整していきます」
「わかった」
仮縫いでの調整の仕方はマリウスやイリーネ、ティアナの服を作った時と変わらない。
激しく動く時も想定し、動きを邪魔しないように縫い目を調整していく。
動いては印を付け、動いては印を付け、の繰り返し。
私が前身頃の調整をしていると、シルヴィオが私の方をじっと見つめてくる。
そして、口を開いた。
「初めは服を作ってもらうことになるとは思っていなかった」
初め、というのは初対面の頃の話だろう。
「……それは私も思ってなかったですね。なんていうか、シルヴィオさん、私のこと嫌いだったでしょう?」
「……はっきり言うな。まあ、あながち間違ってはいないが」
「あはは、やっぱり」
シルヴィオもはっきり答えたことに私は苦笑する。
出会った頃のシルヴィオは、私に対してとても冷たかった。
私が冒険者への理解がなかったということが大きいし、冒険者向けの服を作ることに難色を示していたことで冒険者を侮っているとシルヴィオは感じていたのだろう。
今もまだわからないことはたくさんあるが、冒険者の服を作ることに関してには真正面から取り組んでいる。
だからシルヴィオの態度も変わった。
何しろ自分の服を迷いなく私に依頼してくれた。
私のことを認めていなかった、Aランク冒険者シルヴィオから服の依頼を受けること。私の中にあったそんな目標が今叶おうとしている。
必要に迫られてという理由もあるだろう。
でも、困った時だからこそ、真っ先に頼ってくれた。
私以外この町に冒険者の服を作れる人がいないという消去法的な考えもないわけではないだろうが、それでも万が一の時の生命線である防具を作らせてもらえる。
プレッシャーも大きいけれど、それ以上に期待に応えたいという気持ちの方が私の中では大きくなりつつあった。
「今は、ミナなら大丈夫だと思ってる。完成が楽しみだ」
頭上から降ってきた優しげな声に私は調整の手を止めて顔を上げる。
そこには声と同じようにうっすらと微笑んでいるシルヴィオの顔があった。
いつも見ている無表情だったり、厳しかったりするシルヴィオとはまったく違う、柔らかな表情。
至近距離でそれを見た私の顔は、一気に熱くなる。
その上、さっきの言葉だ。
全幅の信頼を置いてくれている。まるでそう聞こえた。
嬉しいやら照れるやらで、私の口元は勝手に緩む。
それを必死に堪えようとするも、全然ダメで……。
私は俯いて作業を再開するふりをしながら、懸命に隠したのだった。