第九十四話「落胆と喝」
妙にどぎまぎしてしまった採寸もどうにか終わった。後半は測りながらどういうデザインにするかいろいろ考えてしまい、無言で作業を進めてしまった。
元々シルヴィオはあまりおしゃべりな人ではないし、手は動かしていたのでまあ大丈夫かな……?
メジャーを片付けると、今度はデザイン帳を取り出し、私はシルヴィオに話しかける。
「デザインは希望あります?」
「特にはないが、前のものに似たようなものにしてもらえると助かる」
「前のものと似たような感じ……」
「あれが着慣れてるのもあって動きを把握してるからな。あまりにも変わりすぎるとまた慣らす必要がある」
「なるほど」
型は変えずに同じにしろということか。
ということは色や柄はこちらで決めてもいいのかな?
そう問いかけると、シルヴィオは「細かい部分は任せる」と言った。
「付与効果の希望はありますか?」
「防御だけに絞って付与してもらえると嬉しい」
「え? 他に要らないんですか? 回避とかいろいろできますけど」
「弱いものを複数付与するより、防御だけ強い効果を付けてもらった方が動きに支障がでない」
「そういう考え方もあるのか……」
これまでマリウスやティアナ、イリーネの服を作る時はいろいろな効果が付いている方が便利だと思って、二、三個の効果を付けていた。
しかし、効果を一点に絞って強く付与する方が使用者にとって使いやすいということもあるのだろう。
おそらく何年も冒険者としてやってきた中で、いろいろな専用服や道具を使ってきたシルヴィオだからわかることなんだと思う。
「わかりました。では防御だけを付与しますね」
「ああ、頼む」
忘れないようにデザイン帳に書き込んだ。
とその時、階段を下りてくる足音がした。
顔を上げると、マリウスが応接室にやってきたところだった。
「おはよう、マリウス」
声をかけると彼も「おはよう」と返してくるが声に元気がない。あまり眠れなかったのか顔色もいいとは言えなかった。
「シルヴィオさん、来てたんですね……」
応接室にいるシルヴィオに気付くとどことなくマリウスは気まずそうな表情になる。
「服の採寸をしてもらっていた」
「ああ……」
シルヴィオの言葉にマリウスは自分のせいでダメにした服の存在を思い出したのだろう。落ち込んだ様子で視線を下げる。
「シルヴィオさんもマリウスもこれからまたダンジョンでしょ? 朝ご飯食べないと!」
私は沈んだ空気を変えるため明るく声をかけた。
「シルヴィオさんは朝ご飯食べました?」
「俺はもう済ませたから大丈夫だ」
彼はここに来る前に食べてきたらしい。
「じゃあ、マリウス食べよ?」
「うん……」
マリウスは浮かない表情のまま、ダイニングに足を向ける。
しかし、それを止める人がいた。
「いつまでそうやってるつもりだ?」
ひたとシルヴィオはマリウスを見つめる。足を止めたマリウスは、シルヴィオの方を振り返ることもせず立っている。
「正直、今のお前をダンジョンに連れて行くことはできない」
「そんなっ……!」
シルヴィオの言葉にマリウスはハッと振り返った。
「腑抜けた状態のまま連れていっても、昨日以上に危険になるだけだ。そんなメンバーがパーティーにいてうまくいくわけないだろう」
厳しいシルヴィオの言葉にマリウスは唇を噛む。
「俺に対して引け目を感じてるんだろうが、あれは俺の判断だ。マリウスのせいじゃない」
「でも俺が油断しなきゃあんなっ――」
「それが思い違いだ。たしかに油断があったかもしれない。でもそれ込みでパーティーメンバーに選んだのは俺だ」
「……そう、なのかもしれないけど……」
「こんなことで腐ってるような暇があるなら力を付けろ、マリウス」
シルヴィオはまっすぐマリウスを見つめて言った。
先輩冒険者から後輩冒険者への強いメッセージは、落ち込んでいるマリウスの心に届いたのだろう。
マリウスは申し訳なさそうな表情を見せた後、一瞬泣きそうに顔を歪ませる。けれどなんとか堪えると、顔を横にぶんぶんと振った。
パンパンッ!
部屋に大きく音が響く。
マリウスは自分自身に喝を入れるように、両手で頬を叩いたのだ。
「ごめん、シルヴィオさん。ありがとう」
「ああ、もう大丈夫か?」
「うん」
頬を赤くしながらも、マリウスはさっきまでの浮かない表情ではなく、力のこもった眼差しを向ける。
シルヴィオの言葉で気持ちを入れ替えたのだろう。
落ち込んだ状態のまま、再びダンジョンに行ってもいい結果には繋がらないだろう。むしろシルヴィオに対していつまでも申し訳なさを引きずっている方がさらなる油断を招く。
失敗は二度としないように心に刻んで、前を向く。
命がかかった現場で活動する冒険者だからこそ、気持ちの切り替えがとても大事だ。
一緒に生活しているけれど、冒険者ではない私には表面的な慰めしかできなかった。
シルヴィオの言葉は厳しい。でもこれまで冒険者としてやってきた彼だからこそ、マリウスに伝わったのだ。
気持ちが変わったらお腹も減ったのだろう。マリウスからぐぅ~っという空腹音が聞こえてくる。
「ほら、マリウス、早くご飯食べよう! シルヴィオさん、カッフェー飲んでいきます?」
「うん!」
「もらおうか」
元気になったマリウスとどことなくホッとしたようなシルヴィオと共にダイニングに向かう。
ダンジョン内でのことや冒険者のことはわからない。
でも、落ち込んだまま出かけていくよりも、気概を持って挑んでいくマリウスの方が彼らしい。
まだ、心の中では気弱になっているところもあるだろうが、それは冒険者として力を付けていった方が自信に繋がる。
そういう意味でもシルヴィオの言葉は正しいと思う。
元気を取り戻したマリウスをこっそり窺いながら、私もホッと胸をなで下ろした。