第九十三話「埋まっていく採寸帳」
シルヴィオの負傷から一夜明けた。
私はいつもより早起きして来客を待っていた。
控えめなドアのノック音が聞こえ、私はパタパタと玄関に走る。玄関のドアを開けると、シルヴィオが立っていた。
「おはよう。朝から悪いな」
「おはようございます。むしろ朝から来てもらっちゃってすみません。どうぞ入ってください」
私はシルヴィオを室内に招き入れると、応接室に案内する。
朝から彼に来てもらったのは、昨日依頼された服を作るために、採寸をしたいからだった。本当は昨日のうちにしておけば良かったのだが、シルヴィオは宿に戻って着替え、着ていた修復する予定の服を預かるので、時間的にいっぱいだった。
それに、こちらの世界は元の世界ほど照明が明るくない。
採寸は重要なので、明るい中で正確に行いたい。そのため、朝、依頼に行く前に時間をもらったのだ。
今日のシルヴィオはいつもとは違う服を着ている。
おそらく予備の服なんだろう。見た感じよく使い込まれているようなので、いつも着ている服よりもさらに前から着ているものなのかもしれない。
「時間もそんなにないのでさっそく採寸をはじめましょう」
「ああ」
シルヴィオは上に羽織っていたジャケットを脱ぐ。細々ついている装備も外し、インナー姿になった。
改めて見ると細身だけど、よく鍛えられた体をしている。冒険者としての日々の依頼をこなし、その最中で剣を振るうことによって自然についた筋肉なのだろう。
無駄な肉がなく、スラリとした体型だった。
バランスのとれた綺麗な肉体に見惚れていると、シルヴィオが「ミナ?」と呼びかけてくる。 それにハッとして、私は慌ててメジャーを手に取った。
「は、測っていきますね」
気を取り直して、採寸を進めていく。
まずは背中を向けてもらい、肩から体の部位ごとにメジャーを当てて、サイズを見る。書き込むのは採寸用のノートだ。
そこにはシルヴィオのところに唯一手首のサイズだけが記されてある。それはミサンガを作った時に測らせてもらったもの。
一つしか埋まっていなかった項目がどんどん埋まっていく。
いつかシルヴィオから服の依頼をされるくらいになろう。
そのために、採寸表のシルヴィオのページが埋まるようになろう。
ミサンガを作った時はそう思っていた。
まさかこんなに早く叶うことになるとは思っていなかったが、白かったページが次々に埋まっていくのを見ると、妙に感慨深かった。
背中側で測れる部分は済ませ、今度はシルヴィオの体の前に回る。
「次は前側を測っていきますね」
そう言いながら、私はまず首囲を、と顔を上げるとシルヴィオと目が合った。立ち位置の関係上、目と目の距離はとても近くて私はドキッとしてしまう。
さ、採寸してるんだからそりゃ近いよね……!
こんな近くでシルヴィオと顔を見つめ合うことは初めてで、私の心臓はドキドキと音を立てている。
シルヴィオの方もまさか目が合うとは思っていなかったのか、少し気まずそうに視線をそらした。
採寸だよ、採寸。これも仕事……!
「……首回りを測るので少しだけ顎を上げてもらっていいですか?」
「……ああ」
手がぶつからない程度で顎を上げてもらい、首囲を測る。目盛りを確認したらしゅるりとメジャーを解いて、結果を記入する。
次は胸巾。
ピント張ったメジャーを彼の腕の左右の付け根から測る。
そして、続いてと思って、私の動きはピタリと止まる。
「どうした?」
いきなり動きを止めた私を訝しんだシルヴィオが声をかけてくる。
「いえ、あの……腕を上に上げてもらってもいいですか……?」
「腕? こうか?」
私の言葉に従い、シルヴィオが軽く万歳をしてくれる。
それを見て私は意を決する。
「失礼します!」
一言告げて、私は彼の体に抱きつくようにして背中側に手を回す。片手に持ったメジャーの端を背中側で受け渡したら両端をしっかり持ちながら胸の前で交差させた。
私の行動にぎょっとしたシルヴィオだったが、続く私の動きに納得したようだ。
今は興味深そうに上から私のことを見つめる視線を感じる。
ただ、これは一度で終わりではない。
胸囲を測ったら、次は腹囲、そして尻囲を測らなければならない。
採寸する上で欠かせないし、これまで何度も人に対して行ってきた。
それなのに、シルヴィオに対しては妙にドキドキしてしまう。
マリウスの時はこんなことなかったのに……!
これまで頭を撫でられたり、地震の時に支えてもらったりと、小さなスキンシップはあった。
それでもシルヴィオの性格上、気安くボディータッチするような質じゃないので、あくまでも最小限だった。
私自身も最初嫌われてると思っていたのもあって、気安く接することはなかった。
だからか、ここまで故意に彼と接近するのが初めてのことだ。
いやいやいや、採寸だから……! 採寸のためだからね……!
心の中で自分に言い聞かせるように呟く。
むしろそれ以外にないはずなのに、なんで私はここまで意識してるのか……。
そうふと思ったけど、深堀りするとろくなことにならないと、私は慌てて意識を切り替える。
仕事なんだから迅速に正確に終わらせよう!
シルヴィオはこれから冒険者として依頼に向かわなければいけないのだ。
気を取り直して、私は再び抱きつくように彼の背中に腕を回す。真剣に引き締めた顔でサイズをチェックする。
その後に続く項目もテキパキと測っていく。
そんな私をシルヴィオはじっと見つめていた。その視線を意識からシャットアウトし、集中していた私は気付かなかった。