第十話「再びのスライム」
冒険者ギルドを出ると、町を出る門に向かう。途中、昼食用に肉が挟んであるパンを買った。
昨日入ってきた町の門の周辺は、町を出入りする人で賑わっていた。
「出る時は普通に通れるの?」
「ああ、基本的に通行証の確認は外から入る時だけだな」
「へぇ~」
マリウスの言葉の通り、外に出る際には特にチェックされることもなく、すんなり門を通ることができた。
街道を少し歩き、途中からその道を逸れて草原を歩く。マリウスが「この辺でいいか」と足を止めた。
「先にスライムを十匹討伐だな」
「うん!」
初依頼は二つ。
まず一つ目はスライムを十匹討伐することだ。討伐したスライムの核を十個持ち帰ると依頼達成になるらしい。
私は昨日のリベンジをするべく、三十センチほどの木の棒を握って準備万端だ。ちなみのこの棒は、門を出る途中にあった木材屋さんで手に入れたものだ。
買った時は角材だったのだが、マリウスが端を十センチほどナイフで削り角を丸くしてくれたので持ちやすい。
竹刀を持つように両手で構えていると、マリウスはやや生暖かい眼差しで見つめてくる。
「そんな力まなくても片手で倒せるからな……」
「あ、そうなの?」
「ああ。……って来たぞ」
マリウスの視線の先を見ると、いつの間にやってきたのか、半透明のジェル状の物体が複数蠢いていた。
「スライムの真ん中めがけて思いっきり振り下ろすんだ」
そう言ってマリウスは、昨日も使っていた年季の入った木の棒をスライムに向かって振り下ろす。
グチャッという音と共に、スライムは潰れ、数秒すると溶けるように消えていく。
あとに残るのは、濁ったビー玉のようなスライムの核。
「こんな感じだ。やってみろ」
「オッケー!」
私はマリウスの手本をイメージしながら、スライムに木の棒を思い切り振り下ろす。
けれど、力は良かったものの、狙いが外れたのか、スライムは完全に潰れずに、右側がちょこっとそげただけだった。
「外したらすぐ叩かないと、スライムは再生するぞ」
「ええ、なにそれ! 不死身か!?」
後ろから「いや、不死身だったら倒せないだろ……」というマリウスの突っ込みを聞きながら、私は今度こそしっかり狙いを定めて木の棒を振り下ろした。
さっきとは違う手応えを感じると、数秒後にはスライムは核だけを残して消えた。
「やった!」
「そんな感じだ。ほら、あと九匹。さっさとやるぞ」
スライムの初討伐の達成感に浸る間もなく、マリウスが次を促してくる。
見ると私とマリウスの周りには、十数匹のスライムがわらわらと寄ってきていた。
マリウスは近くのスライムから、まるでモグラ叩きのように手慣れた様子で倒していっている。
それを見て、私も負けない! と思いながら木の棒を振り上げた。
数分経たないうちに、私たちの周りにいたスライムはすべていなくなった。
残った核の数を数えてみると、二十五個。依頼の数よりも多いけど、余剰分は買い取ってくれるらしい。
どう考えてもマリウスの方がたくさん倒していたので、私は依頼達成に必要な十個をもらい、あとは彼に押しつけた。
「よし、それじゃあ次!」
「次は、ヨモギ草の採取だな」
依頼の二つ目は、植物の採取だ。どうやらヨモギ草という草を取ればいいらしい。
「たしかこの辺に生えてるってレーナさん言ってたけど……」
マリウスはスライムを倒したところから移動しながらキョロキョロとあたりを見回す。
ギルドで依頼を受ける時に、レーナからちゃっかりヨモギ草が群生している場所を聞いてきていたのだ。
「あ、あの岩か?」
レーナが言うには、目印になる岩があってそのすぐ奥にたくさん生えているらしい。
マリウスがその目印の岩を見つけたようだ。
私も彼の後を追って、岩の後ろに向かうと、そこには見たことのある草がたくさん生えていた。
「これって、蓬じゃん!」
「そりゃあ、ヨモギ草だからな」
私の言葉に、何を当たり前のことを言ってるんだと言うようにマリウスが答える。
専門学校進学で都会に住み始めたが、私は元々田舎育ち。小さい頃、外で遊んでいた頃、同じ植物を見た記憶がある。
菊に似た特徴的な葉の形。そして何よりわかりやすい特有の香り。
それはどう見ても蓬だ。
冒険者ギルドの依頼だし、どんな特別な草なんだろうと思っていたのに、まさか蓬だなんて……。
なんだか拍子抜けだ。
アンゼルマが子供のお使い程度と言っていた意味がわかった。
「ヨモギ草の葉を十枚。簡単じゃん」
「まあな。先の若芽だけ摘むだぞ」
「うん!」
膝丈に伸びたヨモギ草の先端にある若い葉だけを摘んでいく。若い葉なので、柔らかく手で簡単に摘み取れた。
「ところで、この蓬……っていうかヨモギ草って集めてどうするのかな? お餅でも作るの?」
「オモチ? これはたぶん下級ポーションの材料にするんだと思うぞ」
「下級ポーション? なにそれ?」
「ああ、そこからか……。ポーションって言うのは冒険者には必須のアイテムでな、体力を回復させたり傷を治したりするんだ」
「エナジードリンク的なもの? でも傷を治すなら傷薬?」
「うーん、よくわかんないけど、ポーションは飲めば体力も回復するし、傷も治る効果がある。下級ポーションの場合は、ほんの少し疲れが取れて、浅い擦り傷が治る程度だけどな」
「え、そんなすごい薬なの!?」
「中級と上級はもっと効果が高いらしい。俺が使ったことがあるのは下級ポーションだけだから詳しくはわからないけど……」
そんな摩訶不思議な薬があるなんて!
異世界すごっ!!
そんな話をしているうちにヨモギ草はあっという間に集まった。
「これで依頼終了?」
「ああ、ギルドに報告に行けば達成だ」
「本当、簡単なんだね……」
正直、どんな依頼なのかと覚悟していたが、やってみると本当に簡単なものだけだった。
「じゃあ、戻るか」
「そだね」
私はともかく、マリウスは戻って冒険者ランクを上げないことには次の依頼が受けられない。
スライムの核とヨモギ草をしっかりバッグに詰めると、私とマリウスは来た道を戻った。