95. コリンの看病とクロエの取り柄
お読みくださりありがとうございます。
後1話剣草関連の話が入り、漸く視察団(?)の下りになります。
手を切ったクロエは夕方まで小屋のソファで眠ったままだった。
心配した家族が小屋に彼女の具合を見に来たが、治癒術を既に受けたと聞き、皆安堵していた。
又ミラベルとライリーが、クロエの付き添いを交代するとコリンに何度も進言したが、彼は断固としてクロエの側を離れようとはせず
「僕が見るの!もう、お兄ちゃんとお姉ちゃんは邪魔だから家の掃除を手伝ってあげて!
先生からも言われてるんだからね、僕がクロエに付いていてやれって!」
とまるで雛を守る親鳥の様に、クロエの側に兄姉を寄せ付けようとしなかった。
兄姉は大層不満気だったが(特にミラベル)、ディルクが苦笑しながら弟に任せなさいと口添えしてきたので、渋々コリンの言葉通り森の家に引き揚げていった。
日も陰り始めた頃。
漸くクロエが目を覚ました。
「……んあ?……あ、あれからずっと寝てたんだ、アタシ。
あ、コリンお兄ちゃん。……そっか、ずっとあれから付いてくれてたんだ。……え、昼御飯もここで食べたんだ?
……心配ばっかりかけてるなぁ、アタシ。……ごめんね、お兄ちゃん」
クロエが目覚めると、コレットが持ってきた服に着替えたコリンが、ソファに持たれてスヤスヤ眠っていた。見ると、ソファの前のテーブルにはトレーに載せられた2人分の昼食があり、1人分だけ残されていた。
ディルクもどうやら席を外しているらしい。
リビングには兄妹しか居なかった。
クロエはゆっくり起き上がると、自分に掛けられていた掛け布をコリンに掛ける。
それからコリンの乱れた髪を自身の手で解こうとして、怪我をしていたことを思い出し、自分の手のひらを恐る恐る確かめる。
うっすらと赤い線が残っているが、痛みはもう無くてひきつる様な違和感だけがあった。
「うわ……凄い。傷が完全に塞がってる!
これが治癒術かぁ~。何か前の世界の医療より凄いや……。確かに未だ怠いけど、これは凄い技だよ、うん」
と自身の手をマジマジと見つめる。
そして、コリンの髪をそっと手櫛で櫛削る。
フワフワと柔らかいコリンの金髪をそっと整えてから、ソファを静かに降りた。
ゆっくり立ち上がり、テーブルの上に用意されていた昼食を食べようと近付いた。
しかし未だ体が本調子じゃ無かったらしく、直ぐに目眩がしてうずくまってしまった。
「う~む、やはりこの治癒術って相当にリスキーなんだな……。どう考えても早過ぎる治癒だもんね、立ち眩み位はするかぁ。
……しょうがない、這うか」
と呟いてから四つん這いの状態でゆっくりテーブルまで近付いた。
テーブルの端に手を掛け、ゆっくりと立ち上がろうとするが、未だ膝が笑って立ち上がれない。
「やっば……立ち上がれないぞ?こりゃ参ったなぁ……。暫くここで寝転んだ方が良いかもね。……あ~お腹減ったよ~!
でもコリンお兄ちゃん、起こしたら可哀想だしなぁ。
やっぱ暫く我慢しよ……う~ひもじい……」
と嘆きながら、床にゴロンと横になった。
「だけどアタシってとにかく食い気だなぁ~。いつも何か食べたい~って訴えてる気がする……。
……これは将来ヘタしたらおデブ街道まっしぐら!ってことになるかも。
……うわぁ、雅時代の悪夢のダイエット再びか~?
ま、まぁ今は小さいから食べなきゃ駄目だもんね?
それに前ほど便利な生活じゃないから、この世界は結構普通の生活で運動量見込めるんじゃない?
なら……ウフフ!やったぁダイエット必要無しのワンダホーな食生活出来るじゃな~い!
……はぁ。何かとても空しい。差し迫っては今、食べたいんだよぉ……」
とテーブルの下で寝転びながらウジウジ愚痴を溢す。
「……お主はやっぱり面白いのう。何で普通に養生してられんのじゃ?全く……」
「うわあっ?!」
とテーブルの下に寝転んでたクロエの背後から、呆れ返ったような声がした。
顔だけ振り仰ぐと、屈んで寝転んでたクロエを覗き込むディルクが背後に居た。
「び……っくりした~……!
お、驚かさないでくださいよっ!心臓止まるかと思った!あ~ビビった!」
と寝転んだまま胸を押さえて大きく息を吐く。
ディルクがフンッと鼻を鳴らし
「何で床に寝転んどる?ソファで寝ていた筈であろう?お主はそれほど床が好きか?」
と声の調子を変えること無く、ディルクがクロエを面白そうに見つめる。
クロエがばつ悪そうに笑い
「いや、あの……目が覚めたらコリンお兄ちゃんが寝てて、起こすのも忍びないしお腹は減ったしで、目は覚めたからもう自分で歩いても大丈夫だ~って、考えて歩いてみたらクラクラ~っと目眩がしまして……。
で、まぁこの体たらくです……ハハハ」
と身を縮ませる。
ディルクはハァ~と息を吐くと、転がったクロエを抱き上げて又ソファに戻した。
但し今度は座る形で。
「前にも言うたであろう。優しいのは良いが、遠慮し過ぎると周りも悲しむことになると。
コリンが何故お主に付きっきりだったと思うとる?
お主に頼られたいからじゃろうが!
兄姉を追い払ってまで、お主の面倒をみたいと頑張っておったんじゃぞ。健気ではないか。
それに甘んじて応じてやるのも、優しさではないのか?
ああ、ホレ、儂の話なんぞどうでも良い。早くコリンを起こして甘えてやれ!ったく、妙にお主は頑固で困るわ……」
とコリンに早く甘えろとクロエにけしかける。
クロエは苦笑しながら
「わ、わかりました……。
え、と……コリンお兄ちゃん~!起きて~!アタシお腹すいたの~!ね~!」
と可愛らしく聞こえるようにコリンを揺り起こす。
……しかしコリンは目覚めない。
クロエは戸惑いつつ、もう一度甘え声でコリンを揺り起こす。
だが、余程眠りが深いのか、コリンは全く目覚める様子がない。
クロエは困った表情で
「先生……お兄ちゃん起きませんね?きっと疲れてるんですよ……これ以上はアタシ可哀想で出来ないです~……」
と溢す。
ディルクも腕組みをしてウムム……と唸った後
「何とも間の悪い……。お主の前世の間の悪さは大概、質が悪いのう。相当にしつこく祟っておるようじゃ。
……しょうがない。クロエ、もう少し端に寄りなさい。ソファにコリンを寝かすとしよう。
ああ、お主は少し食事をしなさい。腹が減ってるのも道理。もう夕方じゃし、治癒術は体力を消耗するからな、食わんとイカン。
ああ、飲み物は果実水でええか?入れてきてやろう。待っとれ」
とディルクが果実水をカップに入れて持ってきた。
テーブルの上には冷めても問題ないサンドイッチとフルーツが布巾を掛けて置いてあった。
それを取ってもらい、クロエはモシャモシャとサンドイッチを食べる。
果実水をグーッ!とイッキ飲みして
「プッハーッ!美味しーい!く~っ生き返る~!先生、もう一杯!」
とまるでビールを飲む中年サラリーマンの様な台詞を吐く。
コリンを抱き上げてソファに寝かせたディルクは、心底疲れた表情になり
「町酒場の酔いどれ共と同じ台詞を吐きよる……。
お主、本当に前世は女子だったのか?実は爺では無かったのか?
お主からは全く女らしさが感じられぬ。ミラベルやコレットを見習いなさい、全く……」
とクロエからカップを受け取り、果実水のお代わりを淹れて渡す。
クロエはカップを受け取り又グーッ!とイッキ飲みした。
「セーンセ!もう一杯!よろしく!」
と輝くような笑顔でカップをディルクに差し出す。
ディルクの苦言は全くクロエにダメージを与えてはいなかった。
ディルクはワナワナと震え
「グゥッ!こやつはまさしく、あれに似ておるわ!子憎たらしいことこの上無い!全く!
……クソッ!待っとれ!今淹れる!」
とクロエからカップを乱暴に奪う。
クロエは少し調子に乗りすぎたかな~と云う表情で
「え、えと……す、すみません。調子に乗っちゃって……。ごめんなさい」
と小さな頭をペコリと下げる。
ディルクはチラリとクロエを見て、頭を掻くと
「いや、何と云うか……やっぱりお主は不思議な娘じゃよ。ついついムキになる儂も儂じゃがな。
……ホレ、果実水。3杯目じゃ。寝小便するなよ?」
とクロエにカップを渡す。
クロエも笑いながら
「やだな、おねしょなんてしませんよ~。……多分」
と言い、今度はゆっくり口をつける。
「あ、先生?そう言えばアタシ誰に似てるんですか?今仰いましたよね?」
とクロエは小首をかしげながら尋ねる。
ディルクは惚けて
「そんなこと言ったか?覚えとらんわ。勘違いじゃ無いのか?
……まあどうでもよい。早く食事をしなさい。でないと夕食が近いぞ?温かい食事も食べたいじゃろう?」
とはぐらかした。
クロエは頷き、残りのフルーツを慌てて食べる。
ディルクはそんなクロエを見つつ
「しかし、あの草を触ってその程度の怪我で済んで良かった。
あれは剣草と言ってな、非常に珍しい草なんじゃよ。その名の通り、葉が剣の様に鋭く切れるのじゃ。
……あの葉は武器に転用できる位、殺傷力がある。あのままでも衣服などは簡単に切れてしまうし、アレがもう少し成長したら、少し乾燥させると投げ刃としても使えるのだ。
だが、本来はもっと暑くて乾燥した土地にしか生えぬ草なんじゃ。ガルシアも去年は剣草は生えていなかったと言うし……。
少々気になるのう」
とディルクが眉を潜める。
クロエが驚いて
「そんな危険な草だったんだ!アタシ全く気付かなくて……。お兄ちゃんにちゃんと教えて貰えば良かったんだ……」
と反省すると、ディルクが首を横に振り
「いや、誰も知らぬ草だったんじゃよ。儂もお主の怪我を見て、何とか思い出した位じゃからな。お主ばかりでなく、コリンや他の者も怪我をする危険性があった。お主は誠に気の毒じゃったが、早く発見出来て良かった。
ガルシアがあの後、火の魔力行使で剣草を焼き払ったのでもう大丈夫だが」
と安心させるように言う。
クロエはあ、と声をあげると
「アタシその剣草、実は怪我をして慌ててしまったもので、ちゃんと見てないんです。どうしよう、これから気を付けなきゃいけない草なのに、覚えてない……」
と顔をしかめると、ディルクが
「ああ、剣草ならちゃんと採取しておいた。調べたいこともあるんでな。
気になるなら見ておくか?……実はライリーが図鑑で剣草を見たことがあるらしいんじゃが、絵があまりに実物と違うと憤慨しとった。
……ならばコリンにも見せておいた方が良いな。
二度と生えてこないと云う保証はどこにもないからのう」
と話す。
クロエが又あ!と声をあげて
「なら先生、アタシが剣草の絵を描きますよ!
数少ない前世の雅の取り柄が役に立てるかも!」
と声を弾ませる。
ディルクがああ、と頷いて
「そう言えばお主、花の絵が描きたいと申しておったな?あの後色々有ってすっかり忘れておったが……。
フム、興味があるな。どうじゃ、手の具合は?鉛筆が持てる位には回復しておるか?
もし何なら今から少し描いて見せてくれないか?どうかの」
とディルクが聞く。
クロエは頷いて
「問題ないです。紙と鉛筆と、あと古くなったパン無いですか?若しくは小麦粉を固めに練ったものがあれば良いんですが……」
とディルクに注文する。
ディルクは頷いて
「ああ、全てある。直ぐに用意する。
……コリンは未だ寝ておるな。よし、今すぐ掛かろう」
と席を立った。
程無くディルクが道具と剣草を持ってやって来た。
クロエは紙を目の前に置き、削って貰った鉛筆を握る。
「うわぁ……ホントに鉛筆だわ……。懐かしい……。
うん、太いけど持てないことは無いわね。さて、剣草は……わ、スゴ!
これは怖いわ……。先生何か細い棒2本有りませんか?摘まむのに使いたいんです」
とディルクに又リクエストする。
ディルクは
「棒で摘まむ?そんな器用な真似が出来るのか、お主」
と言いながら、竹ひごより少し太い、割り箸程度の木の棒を2本彼女に渡す。
鉛筆を置いて、その2本の棒を“箸”の様に巧く使い、剣草を持ち上げるクロエ。
ディルクはホォ~と顎を撫でながら
「お主は本当に不思議な娘じゃな。しかし、何とも器用に使いこなすのう……。
……面白そうだし、儂もやってみるか。
……?!こんな物、何でそんな風に握れるんじゃ?
お主の手はどうなっておるのじゃ?!」
と“箸”で先ず目を剥く。
クロエは苦笑しながら
「慣れですよ、慣れ。アタシはこれで食事していましたから……。
さて、暫く剣草を観察させていただきますね、お静かに?」
と言って彼女は草を凝視し始めた。
ディルクは益々目を剥き
「……この棒で食事?!
食事抜きの拷問の間違いではないのか……?」
とクロエを見る。
クロエはそんなディルクに反応せず、ひたすら剣草を見つめるのであった。
次話は明日か明後日投稿します。




