82. 両親の生い立ち
お読みくださりありがとうございます。
ひょんな事からクロエが両親の生い立ちを知ります。そのクロエの反応を見たミラベルの心に、少し変化が顕れるお話です。
通信術を終えたディルクはクロエと話した机に戻ると、机の中をゴソゴソ探る。
そして美しい透かし彫りが施された、銀色で小さな円筒型のペンダントトップの付いたネックレスを取り出す。
ネックレスを目の前にぶら下げて見ながら
「このまんまじゃ使えんからな。さて、必要な箇所だけ残すには……と。
……夕食は向こうで取れんな。先に言うて置くべきじゃったが、仕方有るまい。今から言うて来るか」
と呟いて、そのネックレスを宝石箱の様な保管箱に納し、森の家に行くため小屋を出る。
すると小屋を出たところで、家からライリーが歩いてこちらに来るのが見えた。
「お、丁度良い。ライリーに言付かって貰うとしよう。少しでも早くやらんとな」
と呟きながら、ライリーに近付く。
ライリーもディルクの姿に気付いて、小走りで近寄ってきた。
「先生、今日はすみませんでした。今から家に来てくださるところでしたか?」
とディルクの側まで来て尋ねる。
ディルクは苦笑しながら
「ああ。だが今日はこのあと少々することがあってな。夕食を共に出来ん事をコレットに話しに行こうとしとったのじゃ。
ライリーよ、すまんがコレットに伝えてくれぬが?用意しておる頃合いじゃとは思うんじゃが、伝えるのが遅くなってしもうて済まぬとな」
と訳を話して、言付けをライリーに頼む。
ライリーは頷き了承する。
そしてディルクに向かって深く頭を下げる。
「ミラベルの事……先生にお願いしてしまってすみません。あんなに悩んでいたことも気付けなかったなんて。早く気付いてやれていれば、あそこまで思い詰める事にはならなかっただろうに。両親には言えないのも解ります。であれば、やはり僕しか居なかったのに……」
とライリーは唇を噛んだ。
ディルクは肩を叩き
「大人達も誰一人気付かなかったのじゃ。其方が気に病む事はない。
寧ろ想定していなかったジェラルド側の手落ちじゃ。本人もそう言うておった。
さっき奴と話をした。ミラベルは知られたくないと申しておったが、やはりあの子の重荷は根本から何とかせねばなるまい。慰めや励ましの言葉だけでは、あの子が抱える辛さを取り除く事は出来ぬ。
なぁに、もう明日にはミラベルに良い薬が処方出来るわ。その為にも今日は小屋でやるべき事があるんでな。
安心しなさい、ライリー。ミラベルもきっとその薬で笑顔になれる。
任せておきなさい。大人の儂達が何とかせねばならぬ問題なのじゃから」
と優しく諭す。
ライリーはディルクを見つめ、小さく頷くと
「ありがとう……ございます。
先生に教えていただける僕達は、本当に幸運ですね。ジェラルド様に感謝しなきゃ」
と話した。
するとディルクは眉を寄せ
「儂を誉めてくれるのは嬉しいが、ジェラルドは要らん!奴がそもそも悪いんじゃ。奴への感謝など無駄無駄!無駄な事を考えるでない、ライリー。
ああ、そうじゃ。明日の朝の講義はクロエもコリンも共にな。あの話は出来んが、ミラベルにとても良く効く薬は渡せるでの。
講義の内容は道徳じゃ。明日を楽しみにしておれ。
一人引っくり返る者が居るやも知れんがな。ヒャヒャヒャ!」
と話し始めのしかめっ面とは裏腹に、最後は悪戯っぽく笑いだした。
ライリーはキョトンとディルクを見上げ、やがてクスクス笑い出すと
「凄いなぁ先生は。僕なんてミラベルの悩みを聞いて、どうしてあげれば良いのか全く解らなかったのに。
薬を明日には用意して下さるし、おまけにその薬が楽しそうな物の様で、何だか講義が待ち遠しいです。
母には伝えておきます。軽くつまめる様な食事を後からお持ちしましょうか?」
と尋ねた。
ディルクはフムと頷くと
「そうさな。軽くつまめる物を、コレットにすまんが頼んでおくれ。
ああ、今から明日の講義の用意と、薬の準備に取り掛かる。少しややこしい作業をするし、色々魔術法具を使うので、必ず小屋の扉をノックして声を掛けてくれるか?
儂が戸口まで取りに行く。
明日の講義まで見られてはならんからな。解ったかの?」
と指を立てて軽く振りながら、ライリーに言い聞かせる。
ライリーは大きく頷くと
「はい。必ず守ります。では後程お持ちしますね。失礼します、先生」
と軽く頭を下げて、森の家に戻っていった。
ディルクはその後ろ姿を見送りながら
「さて、取り掛かるとするか。
先ずは4人分の“教材”を用意せねば。
少し内容を分かりやすくしてやらんと、コリンが居るからな。
こういう時は、文才が有りそうなあの面白娘に頼りたいところだ。今回は無理だがな。まぁ別の形で役に立って貰うんじゃし、良しとするか」
と彼も今出た小屋に戻った。
「あれ?先生は食事、小屋なんだ。体調悪いのかな?」
と夕食時、老教師が食堂に来ない事に気付いたクロエが首をかしげる。
コレットが小さく首を横に振りながら
「何だか明日の講義の用意とかで、今とてもお忙しいらしくて。さっきライリーが差し入れを持っていったの。余り無理をなさらないで下さると良いのだけど」
と教えてくれた。
ライリーがそのコレットの話に乗っかり
「ああ、そうだ。明日は朝から兄弟全員で講義だって、先生が言ってらしたよ。皆そのつもりでね?」
と妹弟を見渡して伝える。
コリンとクロエが顔を見合わせて
「「 僕(私)達も一緒?!一体何の講義なの?」」
と声を揃えて質問する。
ライリーが面白いものを見るように2人を笑って見つめながら
「そう。面白いな2人は。明日の講義は道徳だ。だから計算とかじゃないよ」
と教えてくれる。
コリンが道徳と聞いて首をかしげる。
「ねー!ドウトクって何?僕解んないや!あ、ね、ねぇクロエは解るの?」
と恐る恐る隣の妹に聞く。
クロエは首をかしげて
「ドートク?解んない。コリンお兄ちゃんが知らないのに、アタシが知ってるわけ無いよ。先生何教えてくれるんだろね?」
と、とぼけた。
コリンが少しホッとした顔になり
「そ、そっか。ん~でもドウトクってホント何なのかな?ねぇ父さん、道徳って何?」
と急にガルシアに質問の矢を放った。
油断してシチューを口に運んでいたガルシアはその矢を巧く避けきれず、口元のシチューをブッ!と吹き出した。
コリンが呆れたように
「何やってんの、父さん!汚いなぁ~、もぅ。ねぇ、道徳って何なの?」
と突っ込みを入れながら、ガルシアに質問を続ける。
吹き出して汚れた口元や手元を、苦笑を浮かべたコレットから渡されたナプキンで拭いながら、ガルシアは1つ咳払いをしてから答える。
「ゴホンッ!すまん、急だったから驚いた。
道徳か……。難しいな。特に俺には難しい質問だ。
大体人としてやっちゃいけない事、寧ろやるべき事を教えてくれるのが道徳なんだが……。俺はお前達も知ってる通り、親無しの浮浪児だ。そういう教育を受けたのは大分後だったからな。だから騎士団で一応は教えてくれたが、納得できない話も多くて。
すまん、俺にも道徳は良くわからん!」
と頭を掻いて苦笑いする。
コリンが首をかしげて
「父さんが難しいって思う講義なんだ~。僕解るかな?ねぇクロエは……ク、クロエ?!な、何?どうしたの?何で震えてるの?」
と隣を見て慌てふためく。
見るとクロエが匙を握り締めたまま、フルフル震えつつガルシアを見つめている。
「と、父さん?親無しの浮浪児って、父さんが?本当なの?!」
とクロエはガルシアを目を見開きながら見つめ質問する。
「あ、そうか。クロエには言ってなかったな。ごめんごめん。
そうなんだ、俺は生まれてから自分の親に1度も会ったことが無い、王都の下町で盗みをして生きて来た浮浪児だったんだよ。ああ、複雑だよな、クロエ。
こんな俺が父親だと不安……」
と苦笑しながら自嘲するガルシアに
「んな事無いっ!アタシ、父さん大好き!ね、父さんは何でそんな……一人で居たの?」
と噛み付くようにクロエが言い、続いて小さな声で質問をした。
ガルシアはクロエの“父さん大好き!”に顔を赤らめながら、頬を掻きつつ
「そ、そうか。ありがとうクロエ。
何故一人で居たか、か……。解らないんだよ、俺にも。ジェラルド様に引き取られるまで、ずっと一人だった。
ジェラルド様が仰るには赤ん坊の頃、人拐いが俺を家族の元から拐って、奴隷商人にでも売る筈が、何らかの手違いで王都に置き去りにされたんじゃないかって事なんだよ。俺には魔力が有ったから、魔力持ちを狙う人拐いだろうって。
ジェラルド様が俺を引き取る前に、少し調べてくださっていたんだ。引き取られてから、実の親を探そうかってジェラルド様が仰って下さったんだが、俺は要らないって言ったんだ。
俺にとっては、夢も希望もない地獄の毎日から救ってくれたジェラルド様が、親だからな。引き取られてからも、それは大事にしてくださった。実の親以上の存在だ。
だから俺は実の親を探したいとは思わない。ああ、もし会いに来てくれたら会うがな。実の親を恨む気にもなれないし。親になってみて、子供を拐われたらどれ程辛いか、解るようになったから。
……それに俺が拐われたのだとしたら、その時親は無事でいたのか解らんしな。知らなくて良いことも有ると思う。
俺はこんなだが、母さんもだぞ?
母さんは孤児院で大きくなったんだ。俺よりは育ちが良いな、なぁコレット?」
と話し過ぎたことに照れながら、ガルシアは会話のボールをコレットに投げる。
コレットとはフフッと笑いながら
「思わぬ形でクロエに教えることになってしまったわね。
そうよ、アタシも両親が居ないの。孤児院にアタシを渡した実の母は、流行り病でその後直ぐに亡くなったらしいし。
ジェラルド様のご息女であられるアナスタシア様付きの下働きになって、アナスタシア様が私を見出して下さって側仕えに取り立てて頂いて、アラベラの邸宅でガルシアと出会ったのよ。
苦労も多かったけど、ジェラルド様にお会いできたのはアタシ達夫婦の一番の幸運だったわ。
ディルク先生がジェラルド様をお教えし導き、そのジェラルド様が私達を救ってくれた。ありがたい事よ。
だからディルク先生の道徳なら、きっと為になるわ。普通のお話で済みそうに無いものね。
クロエ、貴女には又改めて話をしてあげるから、だからそんなに泣かないで?
そんな泣くほど酷い人生でも無いのよ?ほらほら涙を拭いて、ハイ、鼻咬んで!」
と席を立ってクロエの横に屈むと、手に持ったナプキンでクロエの涙を拭き鼻を咬ませる。
クロエはガルシアとコレットの生い立ちを聞く内に、滝のような涙と鼻水を流していたのだ。
「ど、どうざん、が、があざん……。な、何でごど……。ぐ、苦労じだんだね……エッエッ。
ぞ、ぞうなんだ、ぜ、先生どジェラルド様が……ウッウッ。良がっだね、2人にお会い出来でっ!ウエッ!エッ!
ど、どうざん、があざんが出会えで結ばれで、ア、アダジ……凄ぐ嬉じいっ!ア、アダジ、2人の子供で嬉じいよ~。大ぎぐなっだら、ぎっど楽ざぜであげるがら~。大事にずるがらね~!ウウッ!
どうざんどジェラルド様ば間違いなぐ親子だよ~!血の繋がりなんで無ぐでも、立派な親子だよ~!ウワーン!」
とコレットが綺麗に拭いてくれた顔を又グシャグシャに歪めて、クロエは又ボロボロ涙を溢し鼻水を垂れて泣き出した。
コリンはクロエの取り乱し様に
「うわぁ……クロエが凄い顔になってる……。な、泣き止んでよ、クロエ。可愛い顔が台無しだよ?ね?」
と宥めようと声を掛けるが、クロエはその物凄い状態の顔をコリンに向けて
「アダジの顔なんで、どーでもいーよー!ゴリンお兄ちゃん~!どうざんがあざん大事にじようねぇ~!ライリーお兄ちゃん、ミラベルお姉ちゃん~!どうざん達の子でアダジャ嬉じいよ~!ウワーン!」
と又一頻り泣いた。
家族全員に宥められて漸く泣き止んだクロエは、泣き疲れてフラフラになっていた。
さっき父さん大好き!と言われて照れていたガルシアが、嬉しそうにいそいそとクロエを抱き上げ、女の子部屋に連れていく。
クロエはガルシアの首にギュッと掴まり、ベッタリくっついて
「偉かったねぇ父さん……頑張ったんだねぇ父さん……。アタシャホントに父さん達が大好きだよ~……」
と祈りのようにガルシアを称え、甘える。
コレットはクスクス笑いながら、それを他の家族と見守っていた。
クロエが泣き疲れて半強制的に先に部屋に引き上げた後、たまたま2人きりになったミラベルとライリーが話をしていた。
ミラベルは少し戸惑いの表情を浮かべながら
「お兄ちゃん……アタシ、馬鹿かも。
だって、さっきのクロエの言葉、聞いた?
父さんとジェラルド様の事であの子、言ったわ。血の繋がりなんか関係ない、立派な親子だって。間違いなく親子だって……そう、泣きながら言ってたわ。
……アタシ、もう一度考えてみる。明日の先生の講義まで、アタシの悩みをもう一度考えてみるわ」
とライリーを見上げて話す。
ライリーは頷き
「そうだな。ゆっくり考えてごらん?
お前の部屋にはクロエが居てくれる。不安になったら、あの子の顔を見て又考えてごらん。
明日の先生の講義、何だか面白いものを用意してくれているみたいなんだ。
だから、楽しみにしておこう?
さあ、明日に差し支えるといけない。
僕達ももう休もう、ミラベル。
お休み、良い夢を」
とミラベルを軽く抱き締めて、ライリーが言った。
ミラベルはライリーに抱き付き
「お兄ちゃんが居てくれて良かった……。ありがとう、お兄ちゃん。
お休みなさい、お兄ちゃんも良い夢をね?」
と呟く。
そうして2人は各々の部屋に引き揚げて、明日に備えて休んだのだった。
次話は明日か明後日に投稿します。




