80. クロエの答え
お読みいただきありがとうございます。
爺様とおチビの丁々発止のやり取りです。
ミラベルがディルクに相談をした日の昼食後。
昼寝をした後に、クロエ一人の講義があった。
「先生、今日はしっかりとお勉強しますからね~!アタシやる気に燃えてます!兄姉賢いからって、みそっかす認定の置いてけぼりはヤダもんね。努力すれば何とかなる!」
とガッツポーズをして気合い十分のクロエが席によじ登って、ちょこんと座る。
因みに急成長したとはいえ未だ2才半程の体なので、勉強の際は毎回ディルクが森の家までクロエを迎えに来る。
実は急成長後、忙しい家族の手を煩わせたくないクロエが、成長したし小屋の勉強部屋くらい自分一人で行けるからとディルクや家族に胸を張って宣言したが、全員(特に三兄姉)に滅茶苦茶叱られた。
皆に叱られ、涙目のクロエに苦笑を浮かべたディルクがお迎えを提案し、彼女も渋々了解したのだ。
ヤル気満々のクロエをチラリと見て、ディルクは1つ息を吐くと
「流石にここまで朝と空気が変わると、若干疲れを感じるな……。まぁヤル気が有るのは良いことなんじゃが」
と呟いた。
クロエはディルクの疲れた表情を見て眉を潜め
「あら、先生もしかしてお疲れですか?ならアタシの勉強、今日は止めときます?やっぱりお年だから無理をしちゃ……」
と首をかしげて言い掛けるのを、ディルクがギロッと睨んで止めると
「……誰が年だとっ?!中身が年食ってると可愛くない事を言い寄るの。其方が恋愛に縁が無かったのは、間違いなくその性格が災いしとるな。今、よおく判った!」
とクロエに毒づいた。
クロエはディルクの言葉を聞いて
「まあ、なんて失礼な!自分で自分の事を年食ってるって言うのは良いけど、人に言われると何か腹立つ!
先生が直ぐカッとなるのは間違いなく老化ですっ!可愛い年寄りにならないと、皆に嫌がられちゃいますからね~。
お年だという事実は事実としてしっかり認めましょう、現実から目を背けちゃいけません!」
と頬をプウッと膨らませ、腕組みをしながらディルクを睨む。
ディルクは頬をヒクヒクさせながら
「現実から目を背けるなという台詞、そっくりそのまま其方に返すわ!見てくれは可愛いことこの上無いが、中身がそれじゃ今生も恋愛に縁がなくなるぞ!余りにも言葉が真っ直ぐ過ぎるわ、馬鹿者。もっと言葉を装わぬか!」
と腰に手を当てて、上からクロエを見下ろしフンッと鼻を鳴らす。
クロエはアカンベーをして
「ふーんだ!アタシは正直なのが信条なんですー!
だーいじょーぶ!絶対今生では理解有るお相手が見つかりますっ!アタシ、信じてます!
見てくれは良いんだから、前世よりゃアタシ側の条件は格段にアップした筈!この見てくれに引っ掛かる気の毒な人はきっと居る!
蒔き餌は完璧!グッジョブ、アタシ!」
と小さな胸をグッと張って答えた。
ディルクは余りと言えば余りに憐れな彼女の自己評価を聞いて、憎まれ口も叩けずに肩を落とす。
「可愛いげがないと言うより、自分を飾ら無さ過ぎる……。其方には心底負けるわ。どうも口では勝てる気がせん。
もう少しこう、25才の大人の女らしさが有っても良いのにのう。何でこんななんだか。
……いや、其方には無理か。言うだけ虚しいわい。ハァ~……」
クロエはディルクの力無い愚痴を聞くと
「先生、無理して性格装ってお相手見つけても、それじゃいつかは破綻しちゃいますよ。可愛い見てくれと残念な中身で丁度良いんです、アタシは。それが良いって物好きな人が、きっと居ますって!ね、だからあんまり落ち込まないで下さいよ~!アハハ!」
とカラカラ元気良く笑う。
ディルクはチラリとクロエを見てもう一度溜め息を吐いた後
「もう良い、やめた。其方とこういう話をしてたら、又時間が無駄になる。
其方のその話口調は正に魔物じゃからな。引き込まれたら喰われる。昨日の其方じゃないが『くわばらくわばら』じゃて。早々に退くが正解よ。さあ、講義をやるか!」
と気を取り直した。
クロエはパアッと顔を輝かせて
「先生、すごーい!『くわばらくわばら』の使い方、完璧出来てる!
さっすが亀の甲より年の劫!賢ーい!」
と小さな手で拍手する。
ディルクがクロエの感嘆の声に
「そ、そうかの?まぁ1度聞いた言い回しをサラッと使うのなど、儂には何て事無いがな。まぁ誉めるほどの事はあるかな、うん。
……ん?因みにクロエよ、そのカメ何たらとは一体どういう意味じゃ?」
と思わず彼女に質問してしまった。
クロエはああ、と笑って
「『亀の甲より年の劫』です。ええと、前の世界には『亀』って言うスッゴ~く長生きな動物が居るんです。万年生きるとされてまして、特徴として甲羅っていう硬い背中を持っているんですけどね。それに比べて人はたかだか80年程度しか生きられないって云われます。
ですが万年生きる亀から見たら短く思える人生でも、その年月を生きて培った知恵と経験は尊く貴重なものだから、若輩者は年長者を敬い大事にし、教えを乞いなさいという意味なんです。
因みに『劫』は前の世界の古い言葉で、永い年月の事を言います。『甲羅』の『甲』と永いという意味の『劫』を掛けた洒落の聞いた言葉でもありますね。解ります?」
とディルクに説明した。
ディルクは納得した顔でふむふむと頷き
「なるほど、素晴らしい言葉じゃな。其方の前の世界は教養と寛容に充ち溢れた実に洗練された世界じゃのう。許されるなら是非一度行ってみたいものじゃな。
人の命は確かに短い。80年程度……って、馬鹿者っ!儂が80才に見えるかっ!も少し若いわっ!全く失礼な!
クソッ、其方と話していると本当に喰われてしまうわっ。油断できぬ!
ええい、講義じゃ、講義をするぞっ!
やる気に燃えとるんじゃろうが、其方は!」
と今度は一転怒り出す。
クロエはペロッと舌を出し
「そうでした!先生と話していると直ぐ話が横道に逸れちゃうから、ホントに気を付けよっと!
で、今日はなんのお勉強ですか~?」
とアッケラカンとディルクに聞く。
どこまでも呑気なクロエに
「誰のせいで逸れてしまうと思っとるんじゃ!其方しかおらぬだろうが!
因みにライリーとミラベル、コリンの講義じゃこんなことは1度も無いぞ!」
とディルクが鋭く突っ込みを入れる。
クロエはグッと顎を引いて
「クッ!一番痛いところを突いてきましたね!流石、亀の甲より……」
と切り返そうとすると
「又それを言うか!実にしつこい!
そういうしつこい女は嫌われるぞっ!」
と言葉を被せるディルク。
クロエはショックを受けた顔になり、机に突っ伏す。
「先生、ひどい……。1才になったばかりの幼気なアタシにそんな……。傷付きました~ウゥ……」
とブツブツ突っ伏しながら文句を言うと、軽く拳でクロエの頭をコツンと小突き
「そう言うのはもう良い。其方には全く似合わん。さっさと起きろ、講義をする。
……いや、そうだな。変に年食った異世界の其方なら、どういう答えを返すか興味が有るな。よし、今日も講義は止めた!其方に少々聞きたい事がある」
とディルクはクロエに目を向ける。
クロエはムクッと起き上がると
「又年食ってるって言った!もぉっ!先生も十分しつこいですからね!
……で、何ですか?講義やめてアタシにお聞きになりたい事って?」
とクロエは座り直して首をかしげる。
ディルクはクロエの机の前に椅子を置いて座ると、クロエにこんな話をし始めた。
「実は先日州都に行った際、騎士団の元団員に偶然会ってな。相談を持ち掛けられたんじゃよ。儂は昔其奴の上司でもあったからな。ああ、先に言うとくがジェラルドではないぞ?奴には悩む頭など端から無いからの。
で、其奴の相談というのが少々込み入っておってな。其奴の息子の話だったんじゃ。
其奴には2人息子が居っての。兄は実の子なんじゃが、弟は訳有って引き取った血の繋がらない養子らしい。2人は血は繋がらなくとも、とても仲の良い兄弟だそうだ。其奴も非常に2人を分け隔てなく大事にしておる。
ただ兄は弟が養子だと知っておるが、弟は自分が養子だとは知らないのだ。
それでも別にそのまま暮らせれば問題は無かったのじゃが、急に弟の本当の兄が其奴のところに現れたのじゃ。
勿論事情が有る故、引き取りに来たわけでは無い。兄だと名乗るつもりもない。しかし弟にはどうしても一目会いたいと遠路はるばる其奴を訪ねてきたらしい。
其奴も事情を承知しておるから、会わせるのには異論はなかった。
しかし問題はその会いに来た実の兄ではなく、其奴の子である兄の気持ちだ。
その子は実に優しい子でな。弟を本当に大事にしておる。しかし、可愛い弟には別に本当の兄が居る。可愛い弟が出来て自分は毎日幸せだが、こんな可愛い弟と離されてしまった実の兄の事を考えると心境は複雑だ。次第に自分がその兄の位置を盗ってしまったとさえ、考えるようになった。
罪悪感に囚われたその子は、もう1つ気付いてしもうた。可愛い弟に自分は兄だと嘘をついていることをな。弟は自分を慕ってくれているが、そんな弟を騙している自分が嫌でどうして良いかわからなくなったらしい。
で、そこに実の兄が会いに来た。その子は困惑し、父に弟が連れていかれるのは嫌だと泣き付いた。
弟は嘘をついている自分よりその実の兄の方を選ぶんじゃないか、嘘をついている自分を嫌いになるんじゃないか、それはもうひどい取り乱し様だったらしい。
取り敢えず今は、その会いに来た実の兄だという子はその子の混乱ぶりを聞いて諦めて帰ったらしいが、時を於いて又来ると言ってたそうだ。
……ここまでの経緯は解ったかの?」
と一旦話を切り、ディルクはクロエに確認をする。
クロエは真剣な顔で頷き
「完璧に理解してます。さ、早く話の続きを!さあさあ!」
とディルクを急かす。
ディルクはクロエの勢いに少々たじろぎながら
「そ、そうか。なら話を続けるぞ。
其方に聞きたい事とはの、弟の心情を其方ならどう考えるかと言うことなんじゃ。
何せ儂も其方が言うように年じゃ。子を持った事もない。子供の気持ちは中々想像しづらい。又其奴も親であるから、その立場からの目線にどうしてもなってしまう。
で、そこで其方じゃ。其方なら色んな目線で見れるじゃろ。子供であり、大人であり、この世界の者であり、又全く違う異世界の者でもあった。其方が弟の立場なら、血の繋がらない兄をどう思うかが聞いてみたいのじゃよ。其方の答えによって、又其奴に新たな助言が出来るやも知れぬ。
……可愛がっていた部下だからな。何とか力になってやりたいのじゃ。」
とディルクは話を締め括った。
クロエは真剣な顔のまま、指を顎に当てて暫く目を伏せ考えていた。
ディルクは静かに答えを待つ。
やがてクロエは目線を上げ、ディルクを見つめて
「先生。整理しますよ。
先生がアタシにお聞きになりたいのは、アタシが弟だったらどう考えるかで良いんですね?兄を宥める方策とかじゃなく。そうですね?」
と確認する。
ディルクは大きく頷き、肯定する。
クロエはニッコリ笑い
「アタシならその血の繋がらないお兄ちゃんにも、会いに来てくれた実のお兄ちゃんにも本当に感謝して益々慕うでしょうね。
その弟さんが何才かは知りませんが、養子だと気付かされる事無く、大事に慈しんで育てて貰えてるんです。
例えばアタシならライリーお兄ちゃんやミラベルお姉ちゃん、コリンお兄ちゃんがもし血の繋がらない兄姉だったとしても、絶対に嫌いになんてなれないし、寧ろもっと好きになる。その弟さんがアタシほど大事にされているかは解らないけど、アタシなら血の繋がりなんて関係ない。
今までの生活が真実。
嘘だって、その弟さんの心を守るための嘘でしょ?優しい嘘です。アタシ、嘘には醜い嘘と優しい嘘があると思うんです。醜い嘘は自己保身の為や欲望の為に吐く嘘で、優しい嘘は自分を守る為じゃなく、大事な人を守る為に自分が辛い思いをして吐く嘘。優しい嘘とは、例えば死期が迫る人に死期を悟られないように振る舞ったりする様なものがそれに当たると思います。
吐く方が辛い筈。なのに自分を思って嘘を突き通してくれている。それに感謝しこそすれ、何でその兄に暗い気持ちが持てますか?
会いに来てくれた兄にしてもそう。勇気が要る筈ですもん。反応が怖いと思うだろうし、名乗れないなら又会えても辛さが増すでしょう?でも会いに来てくれた。それが何より嬉しいじゃないですか。
考えてみてください。何故兄は1人だけじゃないと駄目なんですか?どちらも素敵なお兄ちゃんで良いではないですか!弟さんには頼りになる兄が2人も出来たんです!どちらも精一杯弟さんを愛してくれているのでしょ?
アタシならどちらを選ぶなんて酷い考え、有り得ません。
そりゃもし打ち明けられたら少し落ち込むかもしれないけど、又ずっと一緒に居てくれるならもう全然問題なし!
寧ろ今まで辛い思いさせたことを謝りたくなります。
おにいちゃんは2人居る。増えて嬉しい。事情は事情。怒ったりしない。
アタシならそう考えますね。
……まぁ綺麗事言ってると思われるかもしれないけど、綺麗事で上等!
暗い醜い思いを周りにぶちまけてどうすんだって言いたくなります。そんな気持ちは自分で解決したら良いんです。
アタシは年食ってるからそう考えちゃうのかもしれませんけど。
でもアタシには血の繋がりが無くとも、会えた時間が短くとも、大事に思える子が前の世界で最後に出来ましたから。
だから、血の繋がりみたいな形じゃなく、今までの生活やその人の真摯な態度や言葉を信じますね。
……先生、これで答えになりますか?」
と首を傾けて、ディルクに問うた。
ディルクは瞑目し、クロエの話を静かに聞いていた。
やがて目を開けてクロエを見つめながら
「……うむ。ありがとう。
やはり其方は優しく強く逞しいな。
其方ならばそう考えるか。流石、年を無駄には喰っとらんな。
非常に参考になったぞ。兄は1人と決め付けて考えるのがそもそも違うか。
血の繋がりは確かに尊いが、人の繋がりは血縁のみに非ず、じゃな。
うむ、至言であるの。
ただ1つ其方にも言いたいが、自分の中の弱気や暗い気持ちを吐く事を余り否定しすぎてはならぬぞ?
人はそれほど強くは無い。暗い気持ちを溜めたまま、自分で無理やり処理しようとして、心が耐えきれず壊れた者を儂は何人も知っておる。
吐きすぎてもイカンが、吐く事を忌み嫌うと思わぬ弊害が生まれる。
だから弱さを余り否定してはならぬぞ、クロエ。
それは自身を狭くするからの」
とディルクはクロエに指摘した。
クロエは目を伏せ暫く黙った後
「そう……ですね。確かにそうだ。聡や皆のあの苦しみを見たのに、アタシは……。
未だ未だ駄目ですね、アタシ。
ありがとうございます、先生。
凄く勉強になりました。今日の講義はとても為になりました」
と頭を下げる。
ディルクは微笑み
「其方はやはり稀有な娘じゃな。
其方に会えたことは、儂の人生でも1・2を争う幸運であるの。
儂は其方がこの世界に生まれてきてくれた事、心底嬉しく思う」
とクロエに語った。
そのディルクの言葉を聞き、顔を赤くしたクロエは
「やだ、やめてください……何か恥ずかしいです。そんな誉められるの慣れてない……」
と俯いて恥ずかしがったのだった。
次話は明日か明後日投稿します。




