77. 夕食時の会話
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「ねえ?何かこのところクロエの勉強ってそろばんばっかりだね。僕は文字とか計算とか色んな事教えてもらってるのに、何で?」
夕食の時間、家族全員と老教師勢揃いで食事を楽しんでいると、コリンが不思議そうにクロエに尋ねる。
「え?そ、そうかな~。あ、で、でも今日は暦とかそういうのも習ったよ!さっき言ったじゃない、コリンお兄ちゃん~。」
と笑顔でコリンに説明するクロエ。
チラリとディルクを見ると、何食わぬ顔で食事を続けている。
コリンは頷いたが
「うん、それは聞いたよ。でもさでもさ、クロエの勉強って何か難しいのやってそうだからさ。僕お兄ちゃんだし、やっぱり妹よりは頑張んなきゃダメだろ?それにクロエの勉強の時間、僕よりいつも長いもん。なのに勉強したのが暦とそろばんだけって少なすぎない?
ホントは何かもっと難しい勉強してるんじゃないの?」
と探るような目でクロエを見ながら、コリンが尋ねる。
「難しい勉強って、暦もそろばんも全部難しいよ~。だってお兄ちゃん、アタシ未だ1才なんだよ?全部知らないもん。口がペラペラ喋れるだけで、お兄ちゃんより知らない事多いんだからね!頭だって多分兄弟の中で一番良くないし。それだけは何かアタシ自信ある!」
とクロエは変な主張をする。
コリンが笑って
「あ、それは違うな。クロエが一番頭良いと思う。ね、ミラベル姉ちゃんもライリー兄ちゃんもそう思うだろ?
だってクロエっていっぱい遊び思い付くし。何かつまんない時は、クロエに聞けば遊び教えてくれるじゃないか。
頭悪かったらそんなの無理だって!」
とクロエに指摘する。
クロエはその指摘を受けると、顔をしかめて
「遊びで~?遊びは勉強じゃないし。
何かいつも何したら楽しいかなって考えてるだけだもん。
頭良いわけじゃ無いと思うんだけど~?」
と、顎に指を当てて首をかしげながら異を唱える。
コリンが腕組みをして首を横に振りながら
「僕なんかさ、楽しいこと考えたら全部イタズラになっちゃうんだ。皆でやれる遊びなんて、ちっとも思い付かないもんね。
だから言うんだよ~。クロエが一番頭良いって。賢いってさ、役に立つこと思い付く事だと思うんだよな、僕。
遊びで皆が笑えたら、遊びが役に立ってるって事でしょ?
皆が笑えるって良いことだもんね」
と頷きながら語る。
クロエはコリンのその言葉を聞いて、目を丸くする。
(……これが3才か?嘘でしょ!……何なんだこの兄弟は!
アタシは中身が年食ってるんだよ、コリンお兄ちゃん……。絶対言えないけど。
寧ろお兄ちゃん、アンタが凄すぎ!マジで!)
クロエが目を丸くしているのに気付いたコリンは
「?何か変な事言った?何でそんなに驚いてるの、クロエ?」
と彼女を見る。
クロエは目を丸くしたまま
「今判った。やっぱりアタシが一番出来悪い。コリンお兄ちゃんスゴすぎ。ライリーお兄ちゃんもミラベルお姉ちゃんもだし。太刀打ちできない、マジで。
アタシ、勉強頑張るよ。一番頑張らなきゃいけないの、間違いなくアタシだ。
うん、明日から頑張ろう。普通のアタシはコツコツやるしか無いもんね。
未だ1才だもん、今からやれば何とか皆についていけるよね……諦めたら終わりだ。希望捨てたらイカン」
と自分に言い聞かせるように呟いて頷くと、目の前のスープを飲み始める。
コリンはクロエがブツブツ呟きながらスープを飲み始めたのを見て
「あれ?どうしたの、クロエ?何か変だよ、ブツブツ何言ってんの?
クロエが頑張ったら、僕ますますお兄ちゃんとしてツラいよ!止めて、お願い!頑張らなくて良いよ、クロエは今のまんまで良いから~っ!」
と彼女を宥めようと焦る。
それを横で呆れた様に見ていたミラベルが
「アンタ達褒め合って何言ってんの?
正直気味悪いんだけど。
まぁアンタ達兄妹は変わってるからね~。それで仲良く出来てるなら良いんだけどさ。でも見てて何かゾワゾワ背中気持ち悪くなるから、普通の会話してよ」
とパンを口に放り込みながら言う。
コリンがプウッと頬を膨らませて
「ミラベル姉ちゃん口悪い!意地悪言ったら駄目だろ~。クロエが気にしたらどうすんの?」
とミラベルに文句を言う。
ミラベルはコリンをチラリと見て
「アタシの妹はそんなに弱くないもの。てか、アタシより強いし。気にしたりしないわよ。ね、ライリーお兄ちゃん?」
と話をライリーに振る。
ライリーは苦笑しながら
「しかし、変われば変わるよね。今一番クロエを甘やかしてるのは、コリンだと思うよ。前はクロエに焼きもちやいたり叩いたりしてたのに、ここまで変わるなんてな。
今のコリンは、クロエが傷ついたり泣いたりしないようにって、いつも気にしてるからね。
本当に優しくなったな~って今考えてたんだ。十分立派なお兄ちゃんしてるよ、コリンは」
とコリンを褒める。
ライリーの言葉を聞いて、コリンが溜め息を吐きながら
「あ、お兄ちゃん言わないで。前の僕は最悪だったから。
あんな小さくて弱いクロエを虐めてたなんて、思い出すだけで恥ずかしいし、自分が嫌になるもん。前の僕を殴ってやりたいってホントに思うよ。
だからこれからは前の僕がやった事のお詫びじゃないけど、いっぱい優しくするんだ!そう決めたの!
そしたらね、不思議なんだよ。クロエに優しくするって決めてから、何か毎日いっぱいやることが出来て、退屈なんてしなくなったの。
だってクロエは賢いから、前みたいな甘えんぼで怠け者の僕のまんまだと、クロエは僕の事お兄ちゃんとして見てくれなくなっちゃうかもしれないじゃない!
怖くなってさ。絶対嫌だって。
でもクロエが頑張ったら、僕ますます離されちゃう!だからクロエは今のまんまで居て欲しいよ~!」
とパンを握りしめながら、クロエに訴えるコリン。
ミラベルがコリンの叫びを聞いて
「あ、それわかるな、何となく。確かにクロエに頑張られ過ぎると、お姉ちゃんのアタシよりお姉ちゃんらしくなるかも。
クロエってそういうとこ有るもん。何か妹なんだけど、どっか頼りたくなるのよね~。……1才なのに。
あれ?何かアタシもこのまんまじゃ不味くない?うん、クロエは頑張っちゃダメ。今のまんまで居てちょうだい!コリンの言う通りだわ!」
とミラベルまでクロエを宥めにかかる。
そんな子供達を困ったように笑いながら見つめている3人の大人。
やがてコレットが優しく話し出した。
「皆十分頑張ってるわ。貴方達は皆、母さん達の自慢だもの。だからそんな風に考えずに、今まで通りにやることよ。
良い?一番大事なのは途中で投げ出したり、諦めたりしないこと。やると決めたことはしっかりやり通すの。
続けることが実は一番難しくて大変なんだから。判った?」
と4人の子供達を見渡す。
ガルシアも頷く。
ディルクは感心したように、子供達を見て
「しかしスゴいのう。何で一人残らずこんなに出来が良いんじゃ?
大して厳しくしとらんし、寧ろ自主性に任せておるのにのう。
考えがしっかりし過ぎて、そういう道徳面は教えんでも問題ないようにみえるな。末恐ろしいのう、この家の子は」
とにっこり笑う。
そしてカトラリーをテーブルに置いて、ディルクは皆を見渡すと
「そうそう、アナスタシア嬢の子供のオーウェン殿が漸く経由地の王都を出て、フェリークに向かわれたと聞いた。
フェリークに着いたら程無く連絡が入ると思う。
皆、良しなに頼むぞ?いつも通りのこの家の風景を見せてやりたいのでな。
少しは同世代の子供達とも、交流を持っていただきたいしのう。
中々お立場上、市井で自由に動くことも出来ぬしな。又賢しい故、他の貴族の子弟とも話が合いづらい。今まで付き合えた子供は確か妹のエレオノーラ嬢と、フェリークの現領主でアナスタシア嬢の兄君であるライモンド公のお子達だけと聞いておるんでな。
だが其方達なら年は下だが、問題はないだろう。師の儂が保証する。
其方達にも良い刺激となるであろうしのう。どちらにとっても良い機会だ。
特にライリーとコリン。同性の其方達が一番近しくなる筈だ。頼むぞ?」
とライリーとコリンに目を止めて言った。
「「 はいっ。わかりました!」」
と声を揃えて返事をする2人。
ただ、その言葉を聞いてミラベルが微かに顔を強張らせたのをクロエは見逃さなかった。
同じくディルクとライリーも気付いたようだった。
しかし何も言わず、そのまま和やかに皆夕食を終えたのだった。
お風呂も済んで子供達は休む時間となり、ディルクも自身の小屋に帰ろうとした時の事。
1人玄関から出ようとしていたディルクの元に、小さな足音が近付いてきた。
ディルクが振り向くと、両手を握りしめ思い詰めたような表情で俯くミラベルの姿がそこにあった。
「どうしたんじゃ、ミラベル。何か儂に用かな?急ぎかの?」
と首をかしげて尋ねるディルクに、ミラベルは躊躇いがちに俯いていた顔を少し上げて
「先生……、明日ちょっとお話がしたいんです。出来たら2人で。あ、ライリーお兄ちゃんも居てくれたら嬉しいんですけど……。両親やコリン、クロエには絶対聞かれたくないので。
明日……話を聞いて貰って良いですか?」
と小さな声で尋ねた。
ディルクはミラベルの様子に眉を潜め
「儂は構わんぞ。いつでも聞こう。
……クロエの事か?何か問題が?」
と低い声で短く問うと、彼女は最初首を横に振りかけたが、思い直したように止めて小さく頷いて
「いいえ。あ、でも……。クロエ自身の事じゃないけど……でも関係はあります。
明日のいつ、聞いてくださいますか?」
と早口で再び問い掛ける。
ディルクは目を伏せてブツブツ呟くと、ミラベルを見つめ
「……長い話になるかな?」
と又短く彼女に問う。
ミラベルはその質問に小さく頷いて答えた。
「明日の午前を全て充てよう。それで良いな?」
とディルクが答えて彼女に確認をする。
又応えるように頷くミラベル。
「よし。ではもう休みなさい。全ては明日聞こう。……お休み、ミラベル」
とディルクはミラベルに言い、早く寝るように気遣う。
ミラベルは漸くホッとしたように表情を緩め
「ありがとうございます!はい、お休みなさい、ディルク先生。引き止めてしまってすみませんでした」
と深くお辞儀をしてディルクから離れていった。
その後ろ姿をしばらくディルクは見つめていたが、やがて玄関扉を開けて自身の小屋へと戻るために出ていったのだった。
次話は明日か明後日投稿します。




