76. クロエへの講義
お読みくださりありがとうございます。
場面はディルクの小屋の勉強部屋に戻る。
「魔力の講義も大事じゃが、其方には前の世界の常識とこの世界の常識の擦り合わせ、置き換えが先決じゃ。
前の世界での生活が長かった故中々慣れぬじゃろうが、なあに時間はたっぷりある。儂が教えるから、其方も聞きたいことは遠慮せず質問しなさい。
先ずこのアーソルティ王国のこと、領地のこと、人々の暮らし、そういうものの説明から入ろう。
まぁ魔力の勉強はコリンもせにゃならんから、魔力の事は一緒に教えよう。良いかの?」
と州都から帰還したディルクは、クロエにそう方針を伝えた。
彼女も勿論異論はない。
ディルクのその言葉を聞いて深く頷き
「ありがたいです。本当にこちらの事はアタシには分からないことだらけですから。
普通の1才児なら分からないことだらけで当たり前なんですけど、年食った異世界の女が中身ですから、変な所で驚いたり声上げたりしちゃうんですよね。前の世界の常識でつい考えちゃって、妙な反応をし勝ちなんです。
実際他の家族の元に生まれてたら、気味悪がられて棄てられてても可笑しくないですから。
アタシだってこんなひねくれた妙な赤ん坊、いや今は幼女ですが、一緒に居たらちょっと退いてしまうかもしれませんよ」
と腕組みをしながら再び頷く。
ディルクが呆れながら
「自分で言うてどうする。自覚があるなら変な素振りをせぬようにせんか」
と尤もな指摘をした。
するとクロエは
「仰る通りなんですが、いつも家族と居るのでどうしても油断してしまう時があるんですよ。
それに、アタシ間が悪いんですよね。家族の誰かがアタシを見ている時に限って、気付かず何故か変な素振りしちゃうんです。
で、しっかり見られちゃうんだな~、これが」
と頭を掻く。
するとディルクも腕組みをして
「まぁ……確かに片時も気を抜かずに居る事など無理だな。寝言の件にしてもそうだ。あれはどうしようもない。
いずれクロエとして、こちらの世界の生活が精神的にも染み付いたら、今ほど気を張らなくても良くなるだろうがな。
しかし、シェルビー家の子供で良かったのは確かだ。何せこの家の子は皆、規格外に賢い。家族皆、規格外が当たり前だからな!
……だがそんな家族の中でも目立つんだから、其方が生まれたのがもし他の家庭だったらと考えると……いや、止めとこう。
あまり良い想像が出来ん。あながち其方の考えも間違うておらぬ気がするの」
と難しい顔付きで呟く。
クロエは苦笑を浮かべ
「……でしょ?先生。第一、もし他の家庭の子だったら、理解者の先生とジェラルド様に会えてなかったでしょうしね、アタシ。
……うわっ!それ考えたら滅茶苦茶怖っ!くわばらくわばら~!」
と言って自分を抱き締めて震える真似をした。
ディルクは眉を潜め
「くわばくわら?何じゃい、又変わった事を言うたの。意味は何なのだ?」
とクロエに問う。
ハッとクロエが口を押さえ
「アチャ~、又やった!
……え~、くわばくわらじゃなくて、『くわばらくわばら』って言ったんですよ。
前の世界には電気って力が有りまして、あの世界は大体その電気の力で色んな道具を動かしていたんです。
でも便利な半面、自然の電気の力は強大すぎて時にとんでもない災害を起こしてしまう事もあるんですよ。
で、その電気を司ると言い伝えられている神様があちらには居まして。自然に発生する強大な電気は雷と言いまして、その神様は雷の神と書いて雷神様と仰るんですけど、何故か桑と云う木にはその恐ろしい雷を落とさないって言われてるんです。
だからその言い伝えにあやかりまして、怖いことや恐ろしいことから逃れたいときに、桑の原桑の原、略して『くわばらくわばら』を唱えると、怖いことが自分を避けてくれるって言われてるんです~。迷信ですけどね。
先生、今の説明で解ります~?」
とニッコリ笑ってクロエがディルクに尋ねる。
ディルクは笑いを噛み殺しながら
「解る。……お前さんは本当に話上手だの。言い伝えの神様はあちらにも居られるんじゃな。
科学が発達していた世界と聞いておるが、そういう情緒的な面もちゃんと持ち合わせておるとは。まこと調和がしっかり取れた世界じゃの。
……おいおい、儂がお前さんの前の世界の説明を受けてどうする。立場が逆じゃろうが。……全く油断も隙もない。
ゴホンッ!講義を続けるぞ、クロエ」
と咳払いをして、話を講義に戻そうとする。
クロエは頷いて
「アタシが話上手って訳じゃなく、先生が聞き上手なんだと思いますけどね。
講義に戻るのには異論無しで~す。
……あ、そうだっ!」
と手をポンと叩いて、顔を輝かせる。
ディルクが首をかしげて
「今度は何じゃ?忙しい子だの」
とクロエを見る。
クロエは目を輝かせながら
「先生、さっき前の世界でも言い伝えの神様が居られるのじゃなって仰ってましたよね?!
って云うことは、こちらの世界でも言い伝えとか伝説って有るんでしょ?
そういう話の書かれた本とかありません?アタシそういうの読みたいです!」
と勢い込んでディルクに聞く。
「!」
ディルクはクロエの願いを聞き、顔を強張らせる。
(伝承……間違いなく編纂されている物には、黒の乙女の話が載っている。もしくは匂わせる話が多い筈だ。
クロエが自分と黒の乙女を結び付けて考えるとは思わんが、見せるのはやはり危険すぎる。
……この子に不安を与えるかもしれない物を見せるわけにはいかんな)
ディルクが顔を強張らせて黙り込んだのを見て
「え?……あ、あの先生?アタシ何か不味いこと言いました……?」
と戸惑った表情になるクロエ。
(イカン、悟られてどうする。話を上手く流すんじゃ)
ディルクは顔を強張らせたまま、彼女に対し
「読ませても良いのかどうか……。まぁ中身が25才の其方じゃから構わんような気もしないでもないが……やはり不味いか」
と呟いてみる。
クロエは眉を潜めて
「は?まさか伝説とか言い伝えの本を読むと、子供は魔力暴走でも起こすんですか?そんな危険な話でも載ってるんですか?」
と疑わしげにディルクを見る。
ディルクは腕を組み、目を逸らしつつ
「……ある意味そうじゃな。納得いかぬ様だから、言葉を濁さずハッキリ言おう。
この世界の伝承や言い伝えの類いには必ずある場面の話が出てくる。話の中で結構な部分はその話じゃ。
因みに成人した男が好んで読む。この世界では子供や女性は余りと云うか全く読まぬ。
つまりじゃ、伝承や言い伝えの話は大抵男女の営みについて非常に詳しく……」
とまでディルクが語った時点で、クロエが慌てふためいて
「ワーッワーッワーッ!!判りました判りましたっ!
良いです良いです、言わなくて良いです~っ!」
と両手を前に突きだして、ブンブン振りながら顔を赤くする。
ディルクが内心胸を撫で下ろしながら
「いや、本はあるんじゃぞ?其方は中身が大人じゃから見せても良いような気はするが、しかし見た目は幼女だからのう。
何と云うかああいう本は、大人として子供に読み聞かせる類いの物では……」
と考え込む振りをし、彼女の焦りに更に追い討ちをかける。
クロエは首を横にブンブン振りながら
「いえ、結構です、遠慮します!止めときます!無理ですっ!
……ああ、あのタイプの伝承なんだぁ~っ!原文古事記タイプだっ!金瓶梅だっ!イソップ寓話だっ!グロだったり、エロだったりなんだ!アタシ未だ1才だもん、絶対に倫理に引っ掛かるっ!駄目よダメダメッ!
……若干興味は有るけど、今は絶対越えちゃならないラインだっ!
諦めます、先生っ!
アタシには100年早いですーっ!」
とディルクの声を遮り、恥ずかしさの余り訳の分からない叫び声を上げる。
ディルクは羞恥の余り赤い顔になったクロエをチラリと見やり
「そうか?……儂は別に構わんぞ?其方は見た目だけ幼女、中身が年食った女なんじゃろ?ならば別に……」
と言うと
「もうっ!先生しつこいですっ!
この話は無かったって事でっ!良いですねっ!
これ以上言ったら、アタシ又魔力暴走起こすかもですよっ!」
と頬をプクーッと膨らませたクロエがディルクを睨む。
ディルクは笑い
「すまんすまん、判った判った。もう言わんよ。悪かった。
……しかし、ならば別の本を渡してやりたいが、一体どんな本が其方には良いかのう?
他に何か希望がないかね?」
とクロエに尋ねる。
クロエは腕組みをして目を閉じながら頭を捻っていたが
「……駄目だ。今の話の衝撃が大きすぎて、何も思い付かない。
ちょっと時間をください。次の講義までに考えときます」
と溜め息を吐いた。
ディルクは面白そうにクロエを見ながら
「しかし其方は正直、そういう面は幼いの。確か前の世界でも、余りそういう話には縁がなかったと言うておったな?」
と軽く尋ねる。
クロエは机に頬杖をついて又溜め息を吐きながら
「すみませんね、恋愛面は全く疎いもんで。……だって向こうからは来てくれないし、アタシも積極的にいく様な性格じゃ無かったし。
……何か惨めだけど、恋愛面だけはアタシ見た目通りの赤ん坊程度の経験しかないです。……つまり、25才にして、全くの恋愛経験無しでございますっ!ああ、情けないっ!
って、何言わせるんですか、先生っ!
セクハラですよ、全く!」
と抗議する。
ディルクが再び笑いを噛み殺しながら
「そ、そうか。それは済まぬことを聞いたな。
まぁこの世界で今度こそ、頑張ると良いぞ?今の見た目はこの上なく可愛らしいのじゃから、モテる筈じゃ」
と慰め(?)の言葉を口にする。
その言葉を聞き、クロエはチラリとディルクを見て
「……確かに今の見た目は、ね。この性格ですよ、問題は。
アタシの性格、恋愛向きだと思いますか?今はこうですが、ホントに口下手で内気なんですよ?
よっぽど懐の深~い優し~い男性がアタシの前に表れたら良いんですけど……。でもアタシ、素直じゃないしなぁ……」
とこれ見よがしに又々溜め息を吐く。
ディルクが口元をヒクヒク引き攣らせて
「……どこの誰が口下手じゃと?其方、この世界の言葉を覚え間違えたか?
よく真顔で、今の言葉を言えたもんじゃ。性格は内気等ではなく、図太いのは確かじゃな」
と頬杖をつくクロエを見下ろしながら、皮肉を言う。
クロエは又頬をプクーッと膨らませて
「何か段々先生の当たりがキツくなってきた気がするのは、幼いアタシの気のせいですかね?」
と上目遣いでディルクに問う。
「いや、中身が大人の其方が感じる通り、儂も態度を装わなくなってきたからな。これが素の儂じゃよ。
その者に応じた対応をしとるだけじゃて!ヒヒヒ」
とシニカルな笑いを浮かべ、変な笑い声を出しクロエをからかうディルク。
クロエは頬を引くつかせながら
「うわぁ~開き直っちゃって、先生。
そうか、ジェラルド様にはいつもそんな態度なんですね?
なるほどなるほど、素だわ、うん」
としっかり応戦する。
ディルクは苦虫を噛み潰した顔になり
「何でここであ奴の名前が出るのじゃ、馬鹿者」
と言って、フンッと鼻を鳴らす。
不貞腐れたディルクを見て、クロエがクスクス笑う。
そしてハッとする。
「先生、もしかしてもう講義の時間が終わるんじゃないですか?
ヤバッ!又講義がお喋りだけになっちゃったじゃないですか~!
両親やお兄ちゃん、お姉ちゃんにいつも講義で今日は何習ったんだって細かく聞かれるんですよ~?!
何て言って今日は誤魔化すんですか~っ!もーっ!」
と自身のお喋りを棚に上げ、慌て出すクロエ。
ディルクもおでこを叩き
「しもうたっ!又かっ!
だから先に講義をしっかりしようと何度も儂は話を戻したではないか!
その度にお前さんが又、横に話を逸らせてしもうたのじゃろうが!
これで何度目だ、全く。
其方の話上手が悪いっ!」
と自身の態度をこれ又棚に上げ、彼女に噛み付くように指摘する。
クロエはクロエで
「確かにアタシ、横に話が逸れ勝ちですけど、先生だってノリノリで一緒に逸れちゃうじゃないですかっ!
アタシだけ悪いんじゃないもん!
センセが聞き上手過ぎるのが悪いんですー!」
と噛み付くように指摘し返す。
「ああ、こう言ってても埒があかん!
そろばんをするぞ、クロエッ!
今日も計算問題じゃっ!これで何とか話をせいっ!
さ、早く儂にそろばんを教えるのじゃ。3問程度は出来るじゃろ?
盤への数の置き方を早う言えっ!」
と計算問題を書いた紙とそろばんを出し、クロエに使い方を聞くディルク。
クロエはディルクを睨みながら
「又ですかっ!もうっ!
だから教える立場が逆ですって!
先生にそろばんを教えて差し上げるのに文句は無いけど、でも絶対何か違うっ!
今することじゃ無~いっ!
アタシが教えて、家族には反対の話をするのは何か違いますよ~っ!
ああ、でも言ってられない、時間が無いっ!やるしかないっ。
んじゃサクサク行きますよ、もぉっ!」
とそろばんを掴み、使い方を説明しながらそろばんを弾き出した。
ディルクもすかさず横について、別のそろばんを使い同じ様に珠を弾き出す。
しかし弾きながらディルクは
(何とか伝承のや言い伝えの本は読まさずに居れそうだな。
何れは説明せねばならぬが、未だもっと先で良いのじゃ。
今は余計な不安材料は排除せねば。
ゆったりと楽しい子供時代を過ごさせねばの)
と胸を撫で下ろしつつ、小さく息を吐いたのだった。
。次は明日か明後日投稿します。




