70. 自らを守る為に
お読み下さりありがとうございます。
次話が終われば、又時を少し進めるつもりです。
今話はその前振りです。
クロエは戸惑いを顔に浮かべて、ディルクに尋ねる。
「あのう……先生?お金って……どういう事でしょうか?アタシなにをしました?」
ディルクが今度は戸惑いながらクロエに説明をする。
「ん?今の説明では分かりにくかったかの。其方発案の鉛筆やソロバンは、ジェラルドが中心となって普及させる手筈となったのだ。
既に職人協会と商人協会はジェラルドが押さえた。各製造や販売元を決定する権利関係全てはジェラルドに帰属するが、其方が成人した際には其方に全権利を移譲させる故、安心しなさい。
発案者を調べて押さえようとする職人や商人が居るからの。ある程度普及するまでは其方の存在を知られてはならぬ。危険すぎるでな。
勿論その製造権、販売元から入る契約金等は全て其方の為に蓄財させる。成人してからは自由に使えるようにするので、未成年の今は暫し待つことになるが……」
「ちょ、ちょっと待ってください!アタシ頂けないですよ、そんなお金!
アタシは自分が使える鉛筆があれば充分なんです!そんな、権利とか……考えたこと無いし……。
大体アタシはこんなのが欲しいって先生に言っただけなんですから、作ってくださる為に動いて下さった先生や、ジェラルド様がお金を受け取るべきです!
アタシは寧ろ、その出来た鉛筆を買わなければいけないくらいなのに……」
と焦りながらディルクを説得する。
これに目を丸くして驚いたのがディルクだ。
「其方……正気か?何故そういう考えに至るのじゃ!
良いか?物作りは先ず発案が大事なのじゃ。例え腕があろうと店があろうと、使える物、売れる物を考えなければ何も始まらん!
況してや其方発案の鉛筆やソロバンは、改良点が無く其方の提案がそのまま現場に反映できる。これは稀有な事なのだ。
製造法、使用法全てが解りやすく、又画期的なこの道具は即、世間で用いられる事となる。
……其方はその画期的な道具の発案者なのだぞ。
その其方に権利がない訳が無かろうが!」
とクロエを叱る。
クロエは焦りながら、それでもお金等貰う訳にはいかないとディルクを説得しようと話をする。
「ですがもし先生が動いて下さらなかったら、そもそも作れる筈の無いものだったのですよ?
アタシには実現する行動力が無かったのに、それなのに……」
ディルクはクロエを真っ直ぐ見ると、1つ大きく深呼吸をして首を回した。
「せ、先生?!あの……」
急に態度を変えたディルクにクロエはますます戸惑う。
「ふぅ、ちょっと頭に血が昇ってしもうたんでな。落ち着くためにはこれが一番なんじゃ。
……そうよな、其方は精神的には大人でも、この世界の常識や厳しさを知らぬ子供でもある。
前の世界ではそれで生きていけたかも知れぬが、この世界では直ぐにやっていけぬ様になるぞ。
クロエ良いか。其方は庇護の厚い家庭に生まれた。前の世界と同じ様に愛されて大事にされて育っておる。
しかしそれは永遠ではない。はっきり言おう。この世界では身分差や色んな差別がある。其方のように優しい、悪く言えば何も知らぬ赤子は直ぐに餌食にされ、そのままの考えでは到底外で生きていくことなど出来ぬ。
前の世界は治安が良かったと言っておったな。この世界に前の世界の様な安全な場所はない。子供であれ大人であれ、弱いものは淘汰される厳しい世界だ。
身分差どころではない。……闇ではあるが、奴隷取引もあるのじゃぞ。隙を見せれば食われる。そういう汚い世界なんじゃ。
だからこそ其方は自分を守るために、前の世界の知恵を使わねばならない。そして自分を守る為に金を貯め、自分を守る為に金を使わねばならない。醜い考えじゃと思うかもしれぬが、それがこの世界の真実じゃ。
悪いことは言わぬ。ジェラルドや儂の忠告を聞き、道具で手に入った金は将来の其方と其方の大事な者達を守るために蓄財しておきなさい。
そしていつか、其方が金を必要とする事態になれば使えるようにしておくのじゃ。
これは自己防衛なんじゃよ。この世界で生きていく為の最低条件じゃ。
解るか、クロエよ」
真剣な眼差しでクロエを見ながら静かに語るディルクの言葉に、彼女は返す言葉が見付からなかった。
前の世界でも甘いと言われたことは多々有るクロエ。
雅の時の親友である永倉紗菜や、姉の綾にも言われた。
お人好しで呑気、気が弱いくせに危険に飛び込んでいく無鉄砲さを併せ持つ彼女は、確かにこの世界では直ぐに餌食にされるのは目に見えている。
クロエ自身にもそれは痛い程理解が出来る話であった。
俯き言葉を失った彼女を、静かに見守るディルク。
やがて顔を上げた彼女は、自己嫌悪に顔を歪めていた。
「アタシはいつも恵まれ過ぎて居るんです。前の世界でも、この世界でも。いつもアタシを守る為に誰かが居てくれて。
……アタシ、理解しているようで理解していなかった。ここは前の世界じゃ無いのに。欲は過ぎちゃ駄目だって身に付いてるもんだから、身に余るお金を持つことに罪悪感がどうしても有って。
だからさっきの話でも、お金を受け取るのを当たり前の様に受け入れたら、何て貧欲な娘だと思われたらと考えてしまって……。
醜いのは寧ろ、そんな考えのアタシなんですよね。
この世界でアタシは、前の世界の知恵を上手く使って、生きていかなきゃいけないんですね。
……正直あの提案だけでお金を頂く事には、未だ抵抗があります。でもアタシはこの世界で、やりたい事を見付けて生きていきたい。大事な人達と一緒に、今度こそ最期まで。
その為に必要なら、先生やジェラルド様の言う通りにします。
お手間をお掛けします、先生。
ジェラルド様にもよろしくお願いしますとお伝えください。
でもアタシって……ホントに駄目ですね」
と言うとハァと溜め息を吐いた。
ディルクはそんなクロエを苦笑しながら見つめ、軽く彼女の頭をポンポンと叩いた。
「……考えてみれば、未だ1才でしかない其方に儂は無茶な話をしているのう。
おまけに森の外に出ることも許さずに、又学ばせもせずにこの世界を理解出来る筈は無い。
第一、1才で学ぶも何も無いわな。
すまんの、クロエ。
其方がしっかりしているから、ついつい多くを望んでしまう儂が悪いんじゃよ。
しかし其方にとって悪いようには決してせぬから、儂やジェラルドを信じておくれ。
其方がこれからの人生を穏やかに生きていけるように、儂に手伝いをさせてほしいんじゃ。
……ジェラルドもきっとそう考える筈じゃ」
とクロエに告げる。
「ジェラルド様も?確かに以前儂を頼れと仰っておられましたが……。
ですが貴族で元領主でも在られたあの方に、アタシはそこまで気に掛けて頂いて良いのでしょうか……アタシは甘えすぎてはいないですか?」
と途方にくれた表情を浮かべるクロエ。
ディルクはそんなクロエに笑いながら
「その事でもう1つ、其方に話をしなければならなかったんじゃ。
流石に賢しいと言うだけでは、其方がこの道具を発案出来るとは奴も考えてはいない。だからあれだけ疑っておったんじゃからのう。
……宝である其方を守るには、ジェラルドを完全に此方に取り込む必要がある。其方は守る価値ありと奴に認めさせるには、やはり其方が前の世界の記憶を持つことを奴に話す必要が有るんじゃ。
儂は又近い内に州都に行く。その際、奴に其方の前世の話をしようと思う。
その許可を其方に貰いたいのじゃ。
しかしどうしても其方が嫌ならば話をしない。
どうかな、クロエ」
と彼女に伺いを立てる。
クロエは躊躇わず頷く。
「……アタシは先生にお話ししてスッキリしましたが、考えたら先生は重荷をアタシに背負わされたも同然ですよね。
でもジェラルド様なら、きっと先生と共に、アタシが先生に託した重荷を一緒に背負って下さると信じています。
お二人には甘えてしまってばかりで、感謝と申し訳無さでいっぱいですが、どうか力の無いアタシをご援助下さい。
だからジェラルド様にも、あの話を聞いて頂いてください。
アタシの方こそ、どうぞお願いします……」
とクロエは頭を深く下げた。
ディルクは深く頷いて
「承知した。以後の話は儂に任せよ。
ジェラルドにはしっかり話をする。
奴なら大丈夫、必ず理解し受け入れてくれる。
儂以外に理解者が増えることは、其方にとって益となる。
又奴の立場は、其方を守るには非常に役に立つ。
奴は必ず味方に引き入れよう。安心せよ」
とクロエの下げた頭を優しく撫でる。
顔を上げたクロエがディルクに微かに微笑んだ。
そしてディルクは又、話をする。
「実はもう1つ話がある。
毎年あるジェラルドの森の視察、それが今年はいつもより早くなる。
言わんでも解るな?其方に会いに来るのじゃよ。
儂が先に話してはおくが、奴は其方に直接話を聞きたがる筈。
だから心積もりをしておくようにな。恐らくそう先の話ではない。
儂が州都から帰れば間髪入れずに、奴はやって来るであろう。
我慢が出来ん奴だからのう。
そしてこれは未だ未定じゃが、もし間に合えばその視察に同行してくる者が居るかも知れぬ。
ああ、アナスタシア嬢ではないぞ。
ただ、今はまだその者も来るのが確定ではないのじゃがな。
間に合えば良いのだが……」
とディルクが呟く。
クロエが首をかしげて聞く。
「どなたが来られるかもしれないんですか?差し支えなければ、お聞きしても?」
ディルクは頷いて
「内緒にしておくんじゃぞ。
未だ未定じゃからな?
……同行してくるかもしれないのはアナスタシアの息子、オーウェンじゃ。
今年9才になる長男じゃよ」
と教える。
「えっ?!アナスタシア様の?」
クロエは驚いて目を見開いた。
次話は明日か明後日投稿します。




