67. 暴走の真の原因
お読みいただきありがとうございます。
聞き取り調査を終えた老教師が、家族を安心させます。
これで魔力暴走の騒ぎは一段落することになります。
クロエをベッドに横たえた後、ディルクは闇性結界を解いた。
ベッドの中でスヤスヤ眠るクロエを暫し見つめ、彼女の髪を自身の手で優しく櫛梳ったディルクは、部屋を静かに出ていった。
ディルクは扉を閉めてから立ち止まり
(さて、どうするか……。
ガルシア達に全てを話す訳にはいかぬ。流石に信じきれぬだろう。まぁジェラルドだけには伝えねばなるまいな。
だがアレも年寄りじゃから、いつかはクロエにとって全幅の信頼を置ける若い者に全てを明かす必要はあるが、今は儂と奴のみにしておいた方が良いじゃろう。
……ジェラルドにだけは明かすことを、クロエに許可を貰わねば。
しかし25才で亡くなったとはのう。人生で一番楽しい時期じゃったろうに……。神も無慈悲な事をする。
前の世界でも、あの子はさぞかし愛らしい娘であったろうな。家族の悲嘆は察するに余りあるわい……。
ふむ、やはり余り話を作らず、端折る方向で説明するか。
クロエは嘘を突き通せる性分では無いし、寧ろ馬鹿が付く正直者じゃしな。
……取り敢えず不味い内容は暈して……)
と一人ブツブツ呟きながら、頭の整理をしていく。
部屋から出てきたディルクに気付いたガルシアが近寄って来た。
彼は2人が話し合っている最中廊下に陣取り、家族を遠ざける役目をしていたのだ。
しかしディルクが女の子部屋に入って間もなく、ガルシアも今まで聞いたことがないような老教師の大笑いが部屋から響いてきて、思わず耳を疑ってしまった。
が、やがてディルクが言っていた通りに闇性結界が張られたので、ガルシアは首を傾げながらも廊下で話し合いが終わるまで、彼の指示通り待機していたのだった。
「先生。クロエの様子は?……先生が懸念されていた、耳慣れない言葉についてあの子は何と……?」
唯一人クロエの“日本語”を耳にしていなかったガルシアは、ディルクにそう尋ねる。
ディルクはガルシアの顔を見ながら、頭を掻く。
「どうやらあの子はあの言葉が分からないらしい。見せてはみたんじゃが、頭を捻るばかりでな。やはり単にハッキリした寝言と云うだけの様じゃ。すまんかったの、ガルシア。大袈裟に騒いで……」
しかしガルシアは、その言葉だけでは納得出来なかった様で
「えっ?ですが、あの大笑いは何だったのですか?それにそれだけにしては、えらく時間が掛かっておられたではないですか。クロエが何か言ったのではありませんか?」
とディルクを追求する。
だがディルクはガルシアをじっと見つめ一言呟く。
「其方は……儂が嘘を吐いていると申すのか?」
ガルシアは、ディルクの鋭い眼差しにグッと顎を退いたが、なおも食い下がった。
「……“我が子”ならば心配じゃないですか。何かあるのなら教えてください!あの子は私達の子供なのですから……!」
ガルシアはディルクにたじろぎつつも、クロエへの気掛かりが勝り、彼の目を見返す。
ディルクは溜め息を吐くと仕方無さ気に話を始める
「……笑うたのはあの言葉の件で、では無い。あの子の魔力暴走の真の原因が解ったからじゃ。……儂等が余りにも酷い勘違いをしておったのが可笑しくての、それでじゃ」
ガルシアは、ディルクの思わぬ言葉にキョトンとする。
「は?魔力暴走の原因で笑っておられたんですか。酷い勘違いとは一体……?」
ガルシアの問いに、ディルクは腕を組んで彼を見上げながら話す。
「廊下で話す内容では無かろう……まあ良いわ。他の者はリビングか?どうせ皆に話さねばならぬのじゃ。リビングに行くぞ、ガルシア。因みにクロエは今寝ておる。……魔力暴走について、大分すまなく思っておった様でな。儂に話せてホッとしたのか、闇性結界を張った儂を質問攻めにしたり、はしゃいだりしている内に寝てしもうたわ。……未だ回復しきってないから無理もないがな」
そこまで話すと、ディルクはガルシアに共に来るようにと合図し、先にリビングへと歩き始めた。
ガルシアは慌ててディルクの後を追った。
「先生っ!あの、あの!……クロエはあの言葉のことをなんて……?」
リビングに入ると、先ずミラベルがディルクに近寄って来て、深刻そうな顔で尋ねてきた。
彼女の後ろから、不安と焦燥に顔を強張らせたコレットやライリー、コリンも見つめている。
ディルクはミラベルの頭を軽く撫でながら
「ああ、今から皆に話す。じゃが先ずは座らせて貰って良いか?……他にも話したい事があるのでな。ああコレット、すまんが何か飲み物をくれんか?ああ、茶で良い……。頼む」
と自分を見つめてくる面々に指示を出す。
コリンがおずおずと
「僕も……聞いて良いんですか、先生?」
と不安そうにする。
ディルクは微笑みながら
「其方はあの子の兄じゃろう?聞いて貰わねばな」
と応えた。
コリンは真剣な面持ちで、コクンと頷き返した。
皆をリビングのソファに座らせ、急いでコレットが用意した程好い温度の茶を、ディルクは美味しそうに飲んだ。
そしてカップを近くのテーブルに置くと、おもむろに皆を見渡す。
「結論から先に言う。あの言葉はクロエ自身にも、意味が解らなかった。
何でそんなハッキリした言葉らしき寝言を言ったのだろうと、あの子は首を捻るだけじゃった。……余り追求すると、あの子が気に病むとイカンのでな。解らないならばそれで良いと、その話は儂が打ち切った。
すまんかったな、皆。儂が騒ぎすぎただけのようじゃ。不安を煽ってしもうたの」
ディルクはそう言うと小さく頭を下げた。
皆はディルクの説明に少し肩の力が抜けたように息を吐く。
だがやはりガルシアと同じく、未だ納得がいかないようだった。
ディルクは、皆の考えは解っていると言いたげに頷き
「……まぁあの子から話を聞くのに時間が掛かったから、儂が何か隠していると考えてしまうのもわかる。
しかしあの言葉に関しては、今言うた通りじゃ。じゃが他の話で時間が掛かってしもうてな……。それについても皆に話さねばならん。
あの子の魔力暴走の原因じゃ。クロエはその事を非常に気にしておった……じゃから儂から話しておこうと思う」
と皆の顔を見ながら淡々と言った。
コレットが
「魔力暴走の原因ですか?あれはあの子が私の魔力を使うところを見て、怯えてしまったからで……。
まだ説明もしていませんでしたし、急に訳の解らない力が存在する事を知って、賢いあの子が戸惑い恐れたせいではないのですか?」
と、自嘲しながらディルクに問い掛ける。
ディルクはコレットに首を横に振ってみせた。
「……それがそもそも違うたんじゃ、コレット。あの子が震えながらしがみついて聞いたから、そう考えたのも無理はない。だが真実は寧ろ真逆であったんじゃよ」
と笑う。
コレットとミラベルが目を丸くして驚く。
「真逆?!どういう意味ですか、先生?」
とミラベルが身を乗り出して聞く。
ディルクは、クロエから話を聞いたときの事を思いだし、クッと笑った。
その顔を見たミラベルが憤然と抗議する。
「先生!アタシ真面目に聞いてるんですけど!」
するとディルクは笑いを堪えながら
「すまんすまん。ミラベル、其方を笑ったのではない。
クロエが儂に申し訳なさそうに打ち明けてくれたんじゃよ。魔力暴走の原因は、あの子が魔力を知って怖くて混乱したせいでは無く、魔力の存在が嬉し過ぎて興奮の余り頭に血が昇ったせいじゃったとな」
と肩を竦めながら暴露した。
「はあ?!」
ディルク以外の皆がすっとんきょうな声を上げた。
「魔力が嬉しくて興奮した?!あの子が魔力の事を知ってたって仰るんですか?だって誰も教えてないんですよ!」
ミラベルが信じられないとディルクに噛み付く。
ディルクが苦笑しながらミラベルを宥める。
「まあまあ、落ち着くんじゃミラベル。魔力を知っていたというより、あの子が普段思い描いていた夢の力があると言うべきかな。
あの子は自分が家族の中で、一番力が無くて小さくて役立たずだと考えている節がある。それは皆も心当たりが有るんではないかな?」
とディルクは皆を見渡す。
皆も同意を示すように頷く。
コリンがおずおずと
「僕より賢いのに、アタシは何も出来ないって言ってた……」
と溢す。
ディルクは微かに笑みを浮かべ
「コリン、其方もクロエに似てきたか?儂から見ればこの家の子は皆、世間の子供と比べたらビックリする程賢いぞ。儂には其方も3才児とはとても思えんしな。
まぁそれはさておき、クロエは役に立たない自分が、もし現実に考えるだけで何かを動かせたり、使えたりする力があるとしたら、その力を持てれば皆の役に立てるし、小さい自分でも自信も持てるのにといつも想像していたそうじゃ。
突拍子もない事を考えるのが得意なあの子らしい想像じゃ。
あの日、いつも部屋を照らしてくれるランプが何の力で光っているのか、いつものように想像力を働かせながら考えておった所、ミラベルが教えてくれた“魔力”と云う力の存在が、まるで自分の願いが叶ったように思えたそうじゃ。
まさか自分の母がその力の持ち主であるばかりか、普通に力を使いこなしているのを見て、嬉しくて信じられない思いでミラベルに確認したら、あっさり肯定されて興奮が頂点に達してしもうたらしい。
後は其方等も知っとる通りだ。母ばかりか自分にもその力が備わっていたのは、あの子も想像出来んかったみたいじゃな。
まさか挙げ句に自分のその力が暴走を起こし、こんなに心配を掛けてしまって、皆に何て謝ればいいのか解らないと縮こまっておったわ。
儂も理由が理由じゃったもんで、大笑いしたんじゃが、只でさえ小さいあの子が恐縮して益々小さくなってしもうたんでな、あの子が興味津々になる魔力行使、つまり闇性結界を張るところを見せるから元気をだせと慰めたんじゃ。
まぁその後は質問攻めに逢うわ、又興奮して拍手喝采を浴びるわで大変じゃった。
……クロエとの話し合いの中身については以上じゃ。なにか質問はあるか?」
と話を締め括った。
思いもよらないディルクの話に、ガルシアを始めとするリビングに居る皆が戸惑いの色を隠せないようだ。
漸くコレットが一言
「つまりあの……クロエは魔力を見て喜びすぎて卒倒したんですか?震えるほど嬉しかったと……言ってたんですか?」
と尋ねた。
ディルクは軽く頷いて
「儂は今そう言うたじゃろう。まあ疑うのなら、後からクロエに聞いてみなさい。ただ聞き方には配慮をしてあげるんじゃぞ?」
とコレットにアドバイスした。
呆然としていた家族のなかで一番最初に立ち直ったのは、コリンだった。
「なぁんだ安心した~!
じゃあクロエは魔力の話とかしても、もう大丈夫なんだよね!怖がったりしないんなら、これからは母さん達もランプ点けたりするの、気を遣わなくて良いんだ!
それより、クロエは喜ぶんでしょ?
なら父さんの火の魔力行使だって見たい筈だよ。見せてあげたら大喜びするよ、きっと!そうですよね、先生!」
と楽しげな顔になって、両親に提案までした。
ガルシアはコリンの言葉を聞いて
「あ、ああ……そうだな。話を聞いただけで気を失うほど喜ぶのなら、見たら大喜びするな……。そうか……そうだな!よし、今度畑で見せてやるとしようか!」
と嬉しそうに相槌を打つ。
コレットとミラベルも2人顔を見合わせた後、プッと吹き出して大笑いし始めた。
「アハハハハッ!やぁだ、もぉ~!クロエってば、おっかしーー!喜びすぎて気を失うなんて事ホントにあるんだーー!キャハハハハハ!ヤ、ヤダ、アハハハハ、わ、笑いが、ギャハハ、とまんないーーー!アハハハハハ!!」
「こ、こらミラベル!そんなに笑っちゃクロエが……プーーックックックッ!可哀想……アハハハハハ!……ダ、ダメよ、これ以上笑っちゃ悪い……イーーヒッヒッヒ!ダメだ~!アハハハハハハハ!」
「母さんってば笑い方が下品でしょ~!アハハハハハハハ!」
「ミラベル、あなた笑いすぎよぉ!オーホッホッホ!」
女性陣は箍が外れたように笑いだした。
彼女等にしてみれば、自分達のせいでクロエが卒倒し、魔力暴走を起こしてしまったと考えていた訳だから、それが全く正反対であったと云われたら安心の余り箍が外れても無理はなかった。
家族が安心し笑い合う、そんな中で一人だけ微かに笑みながら、ディルクを真剣な目で見つめていたのがライリーだった。
(やはりアレは誤魔化されんか。
難儀だな、さてどうライリーに話をすべきか……。
例え一部を話すにしても、あの子がどこ迄受け止められるのかが判らぬ。
……仕方あるまい。知らぬ振りを決め込むとするか。少々罪悪感はわくが……)
ディルクは家族を微笑みながら見ている素振りをしつつ、ライリーの目線から自分の目線をずらした。
クロエの部屋に女性陣が行き、ガルシアがコリンとリビングの片付けをし始めたのを見計らって、ディルクは小屋に戻る旨をガルシアに伝え、リビングを辞した。
しかし、やはり後ろから追ってくる小さな足音がして、ディルクは家の玄関の扉の前で後ろを振り返る。
「どうした、ライリー。何か用か?」
敢えてすっとぼけた調子でディルクは彼に尋ねた。
ライリーは微かに笑いながら、真っ直ぐディルクを見て言った。
「……未だ教えて貰えるほど僕は信頼されていない。そういうことですね、先生。つまりそれ程に重い……。しかしきっと信頼を勝ち得てみせます。だからあの子をそれまでお願いします……」
それだけ話すとディルクに頭を下げて、ライリーは踵を返しリビングに戻っていった。
ディルクは表情を変えず、扉を開けて森の家を出る。
しかし内心舌を巻いていた。
(全くどうやったらあんなに規格外の子供ばかりが育つんじゃ……。未だ騎士団の若手の方がやり易いわい!
誤魔化されていまいとは分かっておったが、全てお見通しとはの。……ったく、なんて小僧だ。
……ある程度クロエの事もつかんでおるじゃろう。ジェラルドも言うておったし、前の儂程度か。
……しかし未だ話せぬ。どれ程しっかりしてようが、所詮は子供。知れば残念じゃが、アレも狙われる事になる。
自らを守る術の無い者に、教えるわけにはいかぬのじゃ。すまぬな、ライリーよ)
頭を小さく振りながら、ディルクは小屋に戻っていった。
次話は明日か明後日投稿します。




