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やりたい事をやる為に  作者: 千月 景葉
第一章 黒き森
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66. クロエの告白 その2

お読みくださり有り難うございます。


前話から引き続きクロエの告白です。

序章の内容をザッと書いた感じですので、詳しい内容をお知りになりたい方は、

“やりたい事をやる為に……序章”

をどうかお読みくださいませ。(宣伝(笑))

「其方が死んだ事故で……其方が助けた子供の呼び名……だと?」


 ディルクが驚愕の余り、言葉を途切れさせながら問い掛ける。


 クロエは小さく頷き、涙を拭う事無く、カッちゃんの文字をそっと涙で滲まない様に手で覆う。


「アタシが死んだのは25才の時……。


 アタシは間が悪いし、積極性にも欠けている娘でしたから、特定の男性とお付き合いしたことが無かったんですけど……。

 ある時アタシの親友が、素敵な男性との出逢いの機会を作ってくれて、初めてその方とお付き合いをすることになったんです。


 ……あれは、初めて2人で出掛ける約束をした日でした。


 待ち合わせをしていて、アタシ遅れないようにって急いでいたんです。

 歩いているすぐ横に池があって、そこで丁度ライリーお兄ちゃん位の年格好の男の子が4人、立ち入りが禁止されている場所に入って遊んでいたんです。


 一目見て、危ないなぁって……。


 アタシ普段気は弱いくせに、何か決まり事を破ってる人には文句言っちゃう様な所があって、その子達にも止めるよう注意したんですよ。余計なお節介かもしれないけれど、見て見ぬ振りは嫌だったから……。


 でもやっぱり聞いてくれなくて。そうこうしている内に、待ち合わせ時間が迫ってきて、アタシ後ろ髪引かれる思いでその場から離れたんです。


 そしたら何歩も歩かない内に水音がして。それも間違いなく何か大きなものが池に落ちた音で。

 ……振り向いたらあの子達の内、2人の子が池に落ちてしまっていたんです。


 アタシ慌てて近寄って、岸に近かった子は直ぐに助けられたんですが、もう一人の子供……この子がカッちゃんなんですが、岸から何故か段々と離れていってしまったんです。


 泳げないカッちゃんは必死に足掻いていて……今にも沈みそうに見えました。

 アタシ水泳は得意だったから、とにかく助けなきゃって飛び込んだんですけど……」

とそこでクロエは言葉を切り、又ハラハラと涙を溢す。


 ディルクが悲痛な表情で静かに

「助けられずに其方も共に……か?」

とクロエに小さな声で尋ねる。


 クロエは小さく首を横に振り、否定の意を表しながら

「……いえ……でも、アタシだけでしたら先生の仰ってる状況になっていたでしょう。


 それほど溺れていたあの子のしがみつく力は強くて……アタシは自分の考えの甘さを身をもって知ったのです。


 溺れているのが子供だから、大人で泳ぎの得意なアタシなら助けられると簡単に考えて……。

 でもとてもアタシの力だけでは、溺れるカッちゃんを抑える事が出来なかった。


 あの時、上條さんが助けに来てくれなければ……あの子もアタシと共に死んでいたでしょう」

と答えた。


 ディルクは表情を変えぬまま、クロエに又

「……では子供は助けに入った其方と、もう1人のお陰で助かったのだな?」

と先を促す。


 クロエは小さく頷き

「はい……。カッちゃんは上條さんが引き受けて下さって、無事岸まで引き上げて貰えました。

 アタシはその2人の姿を見守りながら、本当にホッとしたんです。


 ……カッちゃんを委ねたアタシは、岸に戻ろうと泳ぎ始めました。


 でも、靴が……!」

と言うと急に胸を押さえて体を丸めた。


 クロエの小さな背中が震え、彼女の息が荒くなり、まるで急に呼吸が出来なくなったかの様に苦しみだした。


「クロエッ!しっかりするんじゃっ!落ち着け、静かに息を吐くのじゃ……大丈夫じゃ、ここには其方を苦しめるものは何もない……。

 そう、ゆっくり息をするんじゃ……。そう、良い子じゃ……」

とディルクはクロエの背中を優しく擦り、彼女の動揺を鎮める。


 ディルクはクロエを擦りながら

「もう……もう良い。これ以上、その様な辛い話をせずとも……。

 儂が悪かった、思い出させてしもうたな……」

と話を止めるよう彼女に言った。


 しかしクロエは小さく首を横に振り

「いえ、もう大丈夫です……。すみません、動揺してしまって……。

 ……暗い話になりますが、先生には聞いていただきたいのです……ご迷惑だとは思うのですが、良いでしょうか……?」

と息を整えつつ、ディルクに伺いを立てる。


 ディルクは気遣わしそうに

「しかし、其方の死を思い出させてしまうではないのか?無理をしては……」

と暗に魔力暴走を示唆し、彼女の精神的な負担を心配する。


 クロエは微かに微笑み

「いえ、大丈夫。寧ろ聞いて頂けた方がアタシも気持ちを整理できます。

 だから……」

とディルクに願う。


 ディルクは暫しクロエを見つめ、やがて重々しく頷いて了承した。


 クロエは小さく頭を下げ

「有り難うございます……。


 アタシは靴も脱がずに、あの子を助けに飛び込んでいたんです。

 脱ぐ手間を惜しんでしまった……それがアタシの致命的な失敗でした。


 アタシは、その日編み上げ式で長い丈のブーツと云う靴を履いていました。

 そのブーツの編み上げの紐が、水の中で(ほど)けて……何処かの不心得者が池に廃棄した大きなゴミに引っ掛かったのです。


 泳ごうとしていたアタシは自分の足が動かないのに気付き、池に潜ってそのゴミに絡んでしまったブーツの紐を外そうと試みました。

 でもその大きなゴミはとても不安定な状態で沈んでいたせいで、アタシの力で池の底に更に倒れてしまって……。


 挙げ句アタシはそのゴミに引き摺られて……そのまま……水面に戻る事が……出来なかった……!」

と小さな手を固く握り締めた。


 ディルクはクロエの小さな手を優しく自身の手で被い、軽く叩いた。


 クロエは又息を整えると

「水面が段々と視界から消えて……アタシはそのまま絶命しました……。


 でも死んだはずのアタシは、何故か意識だけがその池の近くで目覚め、アタシは自分の亡骸が運ばれていくのを見てしまったんです。


 こんな不思議な事があるんだと、最初は信じられなかった……。


 でも確かにアタシは死んで、その日会う約束だった上條さんが、アタシの亡骸に叫びながら追い縋っているのを見ていたんです。


 何度か意識のアタシは亡骸に戻ろうと試みました。でも不思議な力で亡骸には近寄る事も出来なかったんです。


 ……そこからアタシは、自分の犯した罪を見せ付けられていったんです」

と辛そうに目を閉じた。


 ディルクが眉を潜め

「其方の犯した罪だと?……一体今の話の中で其方がいつ罪を犯した?……其方が一番尊い行動をし、(むご)い目に合っているではないか!」

とクロエの手を握る。


 クロエはゆっくりと目を開けると

「アタシもそう、思っていました……。


 命を落としたけど、アタシはカッちゃんを助けに飛び込んだ事を、今でも全く後悔していません。

 もし同じ場面に遭遇したなら、又アタシは同じ様に助けに飛び込むでしょうし。アタシはアタシのやりたいようにやって、結果命を落としたんです。


 だからそれは良いんです。アタシが命を落としたのは、自分の考えの甘さ故と既に納得しています。


 ……ですが、アタシは考えもしなかった。アタシの死がどれ程の人を悲しみに突き落としてしまうのかと云う事を……!」

とまで言うと唇を噛み締めた。


 やがて意を決した様にクロエは再び語り始める。

「意識だけのアタシは、その後にお医者様の手当てを受ける自分の亡骸を、なすすべもなく見ていました。

 知らせを受けたアタシの家族も、それを見守ってくれていました。


 ですが、お医者様からもう蘇生の見込みは無いと告げられた家族は悲嘆に暮れて……アタシとカッちゃんを助けに飛び込んでくれた上條さんにまで、やり場のない怒りをぶつけてしまったんです。


 家族にしてみれば助けに入ったアタシだけが、命を落としたのは到底納得がいかなかったのでしょう。

 無理もありません……。


 それに自分の命を呈してまで、アタシとカッちゃんを助けに飛び込んでくれた上條さんにしてみても、付き合い始めたばかりのアタシの命を救えなかったと自分を責める気持ちを持つのも理解できました……。


 アタシは……アタシの死が、こんなにも酷い悲しみが生んでしまったことに、その時漸く気が付いたのです。


 自分の気持ちばかりが先走り、自分が遺していく人達の気持ちなど全く考えなかった!


 でももう取り返しはつかない……。


 アタシは家族が……恩人である上條さんに対して、悲しみの余り酷い言葉を投げ付けるのを止めることすら出来ずに、ただ見つめているしかなかったんです。


 ……そして、アタシの罪はそれだけではありませんでした……。」

と又クロエは唇を噛み締め、気持ちの揺れを落ち着かせるように小さく長く息を吐くと、話し出した。


「アタシの亡骸は家に帰るのに時間が掛かりました。


 日本では事故などで亡くなると亡くなった原因を見極める人がいるんです。

 アタシの亡骸もその手続きに時間が掛かり、中々戻れなかったようでした。


 ……その間に家に訪れた人達が居たんです。


 それはあのカッちゃんの両親でした。

 アタシが死んだことを知り、とにかくお詫びをと来られたんです。


 ……でも家族はあの事故の原因が、カッちゃんをちゃんと仕付けなかった両親にあると、彼等をひどく責めました。

 しかし、その場はアタシの母が治めてくれて、両親は帰られました……。


 アタシはアタシが死んだことで、又辛い思いをする人達を見てしまったんですよ……。


 ……助けるならば、自分の命を捨てる覚悟をするのではなく、自分が死なない覚悟をしなきゃいけなかった。


 でないと例え助けられても、その人が責められてしまうんです。

 そしてそれは、反論を許さない厳しい責めとなります。


 アタシはそれをわかっていなかった……。


 どうすることも出来ないまま、アタシは自分の意識が果たしていつまで存在できるのか、と考えていました。

 何とかしてこれ以上の悲しみの連鎖は断ち切らないと、死んでも死にきれないと思ったんです。


 でも、何も出来ずにいて……。


 そんな時間ばかりが過ぎて、やがてアタシの通夜が始まったんです。

 日本では縁のある人達が集って亡くなった人の御霊を見送るんです。


 アタシはその場所にも居て……皆がアタシのために動いてくれているのをただ見つめていました。


 そこで、アタシの死である意味一番辛い思いをすることになったカッちゃんに出会ったんです。


 カッちゃんを許せなかったアタシの家族は、カッちゃんをその場所に立ち入ることを許しませんでした。


 せめてアタシの亡骸に謝りたいと、まだ体が辛い状態の小さなあの子は無理を押して会いにきてくれたのに……。


 カッちゃんは、アタシに謝ることさえ出来ない事に絶望してしまって

 “僕が死んだらよかったんだっ!”

って叫んで倒れてしまったんです……!

 あ、アタシは……アタシは……!」

と言葉をつまらせ、手を固く握り締めた。


「アタシは!あの子の体を、命を救う手助けをしたのに、そのあの子の心をアタシの死で殺してしまうところだった……っ!


 ……体を、命を助けても、これじゃあ地獄に突き落としたも同じです!


 僅か7才の子がアタシの死の責めを背負ったまま生きる……こんな酷い生き地獄ありませんよ……!


 耐えられる訳、ないっ……!


 ……アタシの一番大きな罪を目の当たりにして、アタシは何としても自分が消えるまでにこの悲劇の幕引きを、自分でやらなければと思いました。


 ……詳しくは言えないのですが、その後アタシはある方法で、家族や上條さん、そしてカッちゃんの夢に入り込んでアタシの気持ちを伝えることが出来たんです。


 ……勿論それは二度と出来ない事です。


 でもそのお陰で、何とかアタシの死の責を誰かに押し付ける悲劇、それだけは払拭できたんじゃないかと思います。


 その夢の中で、カッちゃんはアタシを慕ってくれました。アタシももっと早く、こんな形で知り合うのではなく、もっと普通にあの子と出会いたかった……。


 でも、もう遅い。全ては終わってしまったんです。


 アタシはあの子に忘れないって言いました。

 あの子もそう言ってくれて……。


 そして、その記憶が……アタシのあの世界での最後の記憶となっています……」

と、そこまで語り終えるとクロエは俯き黙ってしまった。


 ディルクはクロエの余りにも辛い告白を聞き、彼女に掛ける言葉が見つからないでいた。

 どんな言葉を掛けても、この悲劇を体験した彼女には届かない、そんな気がしたからだ。


 やがてクロエは顔をあげ、ディルクを見て微笑んだ。


「先生……アタシの話を聞いてくださって有り難うございました。


 アタシ、こちらの世界に生まれて意識を持った時、今度はもっと丁寧に生きようって決めたんです。

 アタシを産み育て、そしてアタシを愛してくれる人達を今度は決して悲しませたりしないって、一番最初に思いました。


 勿論、性格は変わってないし、間が悪いのもそのままみたいですけど。


 だけど、頑張ります!


 せっかく又一からやり直せる機会を与えられたんだから……アタシは幸運ですよね!」

とニッコリ笑う。


 ディルクはその笑顔を見て胸がつまり、思わずクロエを抱き締めた。


「先生?どうなさったんですか?」

クロエは戸惑ったように聞く。


「なんと健気な……なんと気高く、強い魂であることか……。


 ……儂は昔騎士団に居っての。

 騎士団で参謀の地位に居た儂は、若い騎士達にこう言うたことがある。

 他者を守ると云う崇高なる志に命を捧げよ!とな。


 しかし、それはどうやら違うようじゃ……。

 騎士より騎士らしい其方の行動が、まさかそんな悲劇を生むとはのう……。


 助ける人間に必要なのは、死ぬ覚悟より死なない覚悟、か。


 その死を身をもって知っている其方の言葉じゃからこそ、重みが違う。

 ……この年になっても教えられることばかりじゃ。


 クロエよ。

 儂は全力で、其方のこの先の人生の手助けをしよう。

 其方が幸せにこの世界で過ごせるように……。

 其方にはその資格がある。


 だから……良いか?


 其方の類い稀なる優しさは、時として其方を傷付ける刃と化す。


 約束してくれ。

 絶対に一人で黒き森から出てはならぬ。


 宝である其方を狙う輩は、この先きっと現れる。

 愛する者達を悲しませたくないのなら、其方を守る黒き森から決して一人では出てはいかん。


 優しさに漬け込む悪意有る者は、森の外には大勢居るのじゃからな。


 儂は其方を守りたいのじゃ。


 残念じゃが、この世界は前の其方が生きた日本とは全く違う。

 とても平和には程遠い世界なのじゃからな。

 ……わかったの?」

と腕の中のクロエに向けて言い聞かせる。


 しかしクロエからの返事はない。


 ディルクは腕の中を見ると、笑いながらスヤスヤ眠るクロエが胸にもたれ掛かっていた。


 小さな手はしっかりディルクの服を掴んだまま。


「そうじゃな……疲れた筈じゃ。

 ゆっくり休むが良い、クロエよ……。


 しかし、何と云うことだ。

 この子にはなにか秘密があるとは思うておったが、まさかここまでとは……!


 そしてこの子が何故黒髪で生まれて来たのか……。何故クロエでなければならなかったのか、ハッキリと理由がわかった。


 くそっ!この世界に創造主と云うものが居るならば、儂は其奴を憎む……!


 あんまりではないか……。

 悲劇をその身で味わい、愛する者達と否応なしに引き裂かれた娘に、今度はこの世界の業を背負わせると云うのか!


 一体この子にどんな罪咎がある!

 先程の話でも、クロエにはなんの罪も無かったではないか……。

 ただ、この子が強く優しすぎるだけでっ!


 ……させてなるものか。

 何としてもクロエは守る。

 普通の幸せを、この子にふさわしい穏やかな人生をきっと歩ませてみせる。


 この世界が、この子の人生を弄んで良い筈があるものか!


 この子は決して黒髪の乙女……今代の黒の乙女にはさせぬ!」


次話は明日か明後日投稿します。

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