62. 不思議な寝言
お読みくださりありがとうございます。
クロエさん、思わぬ“やらかし”をしてしまいます。
さて、何をしちゃうのでしょうか。
「うっ……ふぅ……。あ、おはよう……お姉ちゃん……いっ!」
クロエは苦痛で目が覚めると、ベッドサイドで看病に付いてくれているミラベルに気付き、声を掛けた。
「おはよう、クロエ……。痛むのね……擦って欲しい所ある?……布換えようか?」
ミラベルは挨拶を返すと、妹の苦痛緩和に効果的な水で冷やした布の交換、と体の軽いマッサージを提案する。
「あ、ありがと……背中痛い…から……ごめんね……擦って……ほし……クッ!」
とマッサージを希望するも、苦痛で最後まで言葉が続かせられない妹を痛々しそうに見ながら姉は頷く。
「ああ……大丈夫よ。無理して言わなくても……気にしないのよクロエ。背中ね……あら、汗が酷いな……着替えしなきゃね……母さんがすぐ来てくれるから待ってね?」
と言うと、扉の方に小走りで近付き
「母さ~ん!クロエ着替えさせるから、来て~!」
と母を呼ぶ。
そしてすぐに妹の傍に戻り、背中を優しく擦って苦痛緩和に手助けする。
「んっ……。くっ……い、痛い……頭……グウゥ~ッ……!」
姉の気遣いに感謝の返事をしようとしても、次々に体を襲う強烈な苦痛に返事すらままならない。
今日で3日目になる。
魔力暴走により半月昏睡状態に陥った彼女の体は、目覚めて半日過ぎた頃から非常な急成長を始めた。
昼食中に彼女の口内に、多大な痛みと出血を伴った歯の一斉“生え”が始まりだった。
次に体の関節と言う関節が、強烈な痛みを伴いながら成長を始めた。
加えて骨も太くなり始め、最も強烈な痛みと言える頭痛を伴って頭蓋も成長する。
それが同時に小さな彼女の体に襲いかかった。
気が狂いそうになる痛みに対して薬はなく、ただひたすら家族のマッサージと冷湿布をするしか苦痛緩和の方法がないらしい。
成長痛は痛みをブロック出来ないそうだ。
そんな無限地獄の様な苦痛に立ち向かうクロエの心を支えているのは、家族の温かい看病だ。
苦痛で浅い眠りから直ぐに覚醒してしまう彼女は、昼となく夜となく苦痛の声をあげてしまう。
しかし何時起きても傍らに誰かが座り、彼女を優しく労り励まし、体を必死に擦ったり冷やしてくれたりするのだ。
苦痛で言葉が中々出ないながらも、クロエが時々家族に申し訳なさそうに謝るのだが、そんな時は必ず
「……アタシ達のことばっかり気にしないの!……クロエが今一番大変な時に、家族が手伝わないでどうするの?貴女は自分のことだけ考えなさい……こんな時位、ワガママになりなさい!」
と軽く叱られてしまうのだ。
クロエは苦笑しながらも、この励ましがあるからこそ歯を食い縛り、必死に苦痛に立ち向かう事が出来た。
手を握る家族は時に姉、時に母、兄達や父や老教師、その時々によって違う。
苦痛で揺らぐ視界に家族の顔が見えると食い縛る口が一瞬緩み、微かに笑みを湛える。
そして束の間の眠りに落ちる。
初めて看病に携わったコリンが
「クロエが……僕を見て笑ったよ……それから眠ったんだ……。僕、看病出来て良かった……頑張れ……クロエ」
と涙を拭いながら、妹の小さな手をしっかり握り締めた。
彼だって未だ3才にしかならない。
苦痛で声をあげる小さな妹を見るのは、物凄い恐怖がある筈なのだ。
だが、その恐怖心を無理矢理克服してまでコリンはクロエの横に来たがった。
あの会えなかった半月に比べれば、怖い気持ちは有っても直接会える今の方が何倍もマシだった。
妹を見ないまま喪うかもしれないと怯えながら、一人リビングに居た半月。
あの寒々とした一人きりの時間は、3才になる彼が生まれて初めて思いしった“孤独”。
寂しいのに誰にもワガママを言えず、時に原因を作った妹を恨みそうになりながらも、そんな時思い浮かぶのは、粗相をして母や姉を怒らせた自分を優しく励まし、退屈している自分に遊びを教えてくれた妹の笑顔。
意地悪するコリンを怒らず、いつも笑って受け入れてくれる妹のクロエ。
コリンを襲ったのは、“理解者”を失った孤独と恐怖だ。
どれだけ妹が自分にとって大事な存在だったか、痛いほど身に染みて分かってしまったのだ。
だから、今度は離れない。
いつも自分を解ってくれる妹を、今度は兄の自分が守る。
そう、コリンは決意していたのだった。
看病3日目の夕方。
「クロエ……少し眠れるようになったね……。何か寝息が楽そう……。もしかして痛みが消えてきたのかな?」
ミラベルはクロエを撫でながら、横に居る母に呟く。
「そうね、口元も少し開いてるから、力も抜けてるみたい。……手も開いてるし、痛みの峠を越えたのね、良かったわ」
とミラベルに返答しながら、目の前で久々に安らかな表情で眠るクロエを微笑みながら見つめる。
そしておもむろに立ち上がると
「……ディルク先生をお呼びしてくるわ。ちゃんと見立てて頂きましょう。ミラベル、暫くクロエをお願いね。……直ぐに戻るわ」
とミラベルに言い置くと、部屋を出ていった。
ミラベルはコレットに軽く頷き
「良かったね、やっと眠れるね……。早く元気になって、いっぱい遊ぼうね……。この部屋だって未だ全然手をつけてないんだよ……クロエと2人で可愛い部屋作るんだから……ね?」
とクロエの髪を優しく撫でる。
するとミラベルの声が聞こえたかのように、クロエがニパァ~と笑う。
ミラベルはクロエの笑顔をまじまじと見つめ
「……やっぱり聞こえてるんでしょ?……って疑いたくなるけど、寝てるんだよね~これが……。もう!ホントにいつもこの笑顔で、アタシふにゃふにゃになっちゃうんだよ~!」
と身悶えしながらクロエにそっと覆い被さる。
ミラベルがニヤニヤしながらクロエに頬擦りしていると
「姉ちゃん寝てんの?替わろうか?」
とコリンが扉を開けて入ってきた。
「寝てないっ!コリン、アンタノックくらいしなさいよっ!……せっかく姉妹の触れ合いを楽しんでたのに~」
とガバッと起き上がったミラベルが、幾分頬を赤くしてコリンに文句を言った。
「へっ?姉妹のフレアイ?……姉ちゃんがクロエに乗っかってんのが?……クロエ潰れちゃうだろ。可哀想だから止めたげてよ」
とコリンが首をかしげながらベッドに近付く。
「男兄弟はこれだから……ハァ~。……アタシクロエが居てくれてホントに良かったわ。クロエなら絶対この気持ち解ってくれるもの~ねぇ?クロエ~!」
と首を横に振ると、再びクロエにしがみつくミラベル。
「ああ!もう、クロエは小さいんだから姉ちゃんが乗ったら潰れちゃうって言ってんだろー!僕の妹、潰さないでよっ!退いてっ!」
とミラベルの服を持って、クロエから退かそうとコリンが必死に引っ張る。
「大丈夫だも~ん。ちゃんと加減してるしぃ~!……服引っ張らないでよ、もぉ!」
とミラベルがクロエにしがみついたまま、引っ張られている服を引っ張り返す。
『……綾姉ちゃん、重いって~!聡、綾姉ちゃん退けて~!ムニャムニャ……』
その時クロエが、前の世界の言葉で寝言を言った。
その声でじゃれあって(?)いた姉弟は、眠る妹を慌てて見る。
「えっ?……今クロエ何て言ったの?……コリン、アンタ聞こえた?」
とミラベルがコリンを見る。
「わ、わかんない……寝言だから、はっきりしゃべれてないんじゃないの?」
とコリンもミラベルを見る。
すると又クロエが
『……んも~聡っ!テレビ見えないから退いて!綾姉ちゃん、アタシもマドレーヌ頂戴!』
とハッキリとした“日本語”を割合大きな声で喋った。
ミラベルとコリンはお互いに目を見合わせて
「……やっぱりクロエ何か言ってるよ……姉ちゃん、解る?」
とコリンが聞くと
「……解んない、でも何か喋ってるよね~……何て言ってんだろう?」
とミラベルも首をかしげる。
その時扉が開き、コレットとディルク、ライリーが入ってきた。
「貴方達、もしかしてクロエに変化があったの?なら早く言ってちょうだいって……」
とコレットが近付きながら、クロエの顔を覗き込んでいる子供達に文句を言うと
「あ、母さん。違うの。クロエが寝言を言ってるんだけど、何か妙なのよ……」
とミラベルがコリンと頷き合いながら、母に話す。
「クロエの寝言?そりゃ寝言だから、よく解らない時だって……」
とコレットが苦笑すると、ミラベルが食い付き気味に
「違うって!ハッキリ喋ってるの!……でも言葉が違うの。……ねぇ、まさかクロエ痛みで言葉忘れちゃってないよね?!」
と不安そうに訴える。
コリンがミラベルの言葉を聞いて
「うそだろ?!……そんな、クロエが言葉を忘れちゃうなんて……。姉ちゃん、変なこと言うなよっ!」
とミラベルに抗議する。
「何を馬鹿な事を言ってるの?今クロエは寝ているし、寝言なんて……」
とコレットがミラベルを軽く嗜めようとしたその時。
『あ~!もう少し寝かせて~……綾姉ちゃんと聡、うるさい~!』
とクロエが図ったように“日本語”の寝言を喋る。
部屋の全員が今の寝言を聞いて、顔を見合わせる。
「ほ、ほらね?ハッキリ喋ってるでしょ?!でも言葉が解らないの。……母さん解る?」
とミラベルが戸惑っている母に聞く。
「いえ……私も解らないわ。でも確かに何かを話しているわよね……。赤ちゃん言葉にしてはしっかりした発音だし……。ディルク先生?……難しい顔をなさって、どうなさったんですの?」
と困ったコレットが助けを求めるようにディルクを見て、その表情の険しさに驚く。
「ライリー、客間に言って儂のインクとペン、それと紙を急いで持ってきてくれ。早く!……後、悪いが子供達もコレットも部屋から出て貰えまいか?事は急を要する。皆、早く!」
とディルクは険しい顔で人払いをする。
コレットは顔を強張らせると
「わ、わかりました!すぐに!貴方達、早く!」
と子供達を促す。
ミラベルとコリンも慌ててベッドから降り、母と共に部屋を出ていこうとする。
「ああ、ミラベルとコリン。今クロエが話した寝言で、覚えている言葉はないかね?意味がわからないものでも何でも構わない。2人は出来るだけ思い出して、コレットが書き留めてくれ!頼むぞ!」
とディルクが妙な指示を3人にする。
「は、はい?わかりました。貴方達、リビングに行くわよ!さあ、早く!」
とコレットが2人を急かしてリビングに向かう。
程無くライリーがディルクの筆記具を抱えて戻ってきた。
ディルクはそれを受け取ると、ライリーも部屋から出るように命ずる。
「先生、僕も……」
と食い下がろうとするライリーに
「今はならん!早くリビングに行きなさい!否は言わせぬ、わかったの!」
と言い捨て、ディルクはライリーの前で扉を閉めた。
ディルクは部屋の中央で何かを呟くと、部屋の壁と扉のすぐ内側が黒く霞だした。
「……闇性結界は久々に使うわい。さて、急がねば……」
と呟きながら懐から小さな袋を取りだし、黒く光る小さな闇の魔晶石を部屋の中央の床に置く。
そして筆記具をベッドサイドに置き、クロエの傍に腰を下ろす。
「さて、寝言を話してくれるかのう……まさかこんな事が起こるとは想定外じゃったわ。……儂もつくづく耄碌したもんじゃて。……頼むぞ、クロエよ」
とディルクが呟く。
すると
『聡!ゴチャゴチャうるさい!……綾姉ちゃん、1つ位マドレーヌ分けてくれても良いじゃん~!アタシだって食べたい~!ね~綾姉ちゃんってばー!ケチ!』
とディルクの頼みに見事に呼応したかのように、“日本語”の寝言を話し始めるクロエ。
ディルクは嬉しそうに
「よし、流石はクロエ!その調子じゃ!もっと喋るんじゃ!調子に乗れ!」
とクロエに変なハッパを掛けながら、必死でメモを取り始めたのだった。
次話は明日か明後日投稿します。




