43. 勉強部屋にて その2“輝きを守る”
お読みくださりありがとうございます。
書き進めていく内に、どうしてもシリアスが入る展開になってしまいました。
もう少しこの展開は避けたかったんですがね。
収まりがつかなくなりました。
次話もこのエピソードの続きです。
「先生、これは?数字別の計算が並んでますが……一番簡単なものばかりですよね、この計算は」
ライリーが九九の表を見ても訳がわからず、困惑したようにディルクの顔を見る。
ディルクはライリーの表情を見てニヤリと笑い
「やはり其方でもこの表は意味の無いものに見えるか」
と挑発するように言う。
ディルクの台詞で少々ムッとしたのか
「……何か意味があるんですね。少し考えさせて下さい。……2、3、4……次第に数が大きく……え、……ここの計算とここの計算は……あ、これもだ……あ、あれ?!……そ、そうだよな、同じ数だから逆の位置でも値が同じになる……表にしたらこんなに……!待てよ?確かに僕自身いつも計算で……。あれ?縦と横はもしかして……。あ!」
とじっくり九九の表を読み始めたライリーだったが、規則性に気付き出すと一人言を発しながら、忙しなく気付いた点の確認をし始める。
この表の規則性や特異性に気付いたライリーの様子にとても満足気に頷くディルクと、ニコニコ笑いながら見守るクロエ。
ライリーが顔を上げると気付いた規則性並びに特異性について、早口でディルクに指摘する。
九九の表を指差し、例えば2×3と3×2、例えば7×5と5×7と言うようにランダムに取り上げ、計算の位置関係や値の規則的な序列性、縦も横も全ての計算がその妙に関連付いた配置になっている事等を気付いた点として上げていく。
だが指摘を終えると又困惑した表情に戻り、ディルクに悔しそうに尋ねる。
「今言った点は確かに気付きましたが、でもこの表が何なのかはさっぱりわかりません。……僕にはこれ以上の事は。
教えてください先生!この表は何なんですか?一体何の意味があるのですか?」
ディルクは面白そうにライリーの表情や説明を見聞きしていたが、ライリーの質問を受けると破顔した。
「意味も何も、見たまま計算を書いた表じゃ。表には呼び名があるんじゃが、名前はホレ、ここに書いてあるじゃろ?……“九九”と言う」
ディルクの指が表の上の文字を示す。
ライリーはその文字を見つめながら
「くく……?数字の9を2つ並べて“九九”と呼ぶのですか。え、と……意味は?」
と首を捻りながら聞く。
ディルクが
「……表の一番最後の計算が9×9だからじゃ。呼び名の意味はそれだけよ」
とサラッと答えた。
「はあ。で、この表は一体どう使うのですか?何かの……て、何が出来るんだ……?」
ライリーが自分でも何に使うのか考えながら、ディルクに答えを望む。
「覚える」
「え?」
「ただひたすら覚えるんじゃよ。この表に書かれた計算、全てをな」
「覚える………そ、それだけ?」
「うむ、それだけ。表を見ずに全て言える様になるまでな」
「覚えて、それをどうするんですか」
「全ての計算に応用する。全ての複合計算が速く且つ楽になるんじゃよ、ライリー。格段にな」
「つまり……ああ!そういう事か!基本計算の値を記憶しておけば、その部分の計算をする手間が無い。
つまり時間短縮且つ正確だ。で、この表がほぼその全ての基本計算を網羅しているんだ!」
ディルクがニヤリと又笑い
「ご名答。流石じゃな。よく理解した。つまりはそういう事なんじゃよ。難しくは無い。この表を覚える。使い方、効果は其方の言った通りじゃ。
ただ使い方はほぼ無限。“乗算”及び“割算”、複合計算まで、全てに応用が利く。時間短縮も図れ、正確性も格段に上がる。
……其方やミラベルはともかく、コリンのように小さくて計算自体が未だ出来ない子供も遊び感覚で覚えられる。
寧ろこの表の特異性はそこなんじゃ。何に使うと云う目的を持たなくても覚えてさえいれば、いずれ必ず算学を学ぶ上で有利に働く。九九を覚えている者と覚えていない者の差ははかり知れん。
数字を覚え、足算引算の基本を覚えたら、九九の暗唱に進む。そうすればその後の算学の進度も早まる。
……解るかライリー。この表の凄さが」
と嬉しそうに話す。
ライリーも頷き、真面目な顔で
「はい、分かります。全てでは無いですが、一部値を覚えている物は確かに今も有りますし、無意識にそういう使い方をしていますね。
……でも、何故もっと速く教えてくださらなかったのですか?僕はともかく、ミラベルが今計算に手間取っているのはディルク先生が一番お分かりの筈です。足算引算が出来るようになるまでは早かったけど、乗算は手間が掛かって間違いも多い。
乗算は例えば2×5だと、2を5回足せと云う“書き方短縮”の意味でしか無かったからだ。九九を最初に覚えてさえいれば、それが全ての手間を無くさせる。彼女も無駄な間違いをしなくてすむのにですよ?
……今まで教えてもらえなかったのは、何か理由があるのですか?」
とディルクに少し詰問口調で聞く。
ディルクは肩を竦め
「存在しなかったからじゃよ……今まで」
と呟いた。
「えっ?……どういう意味ですか、それ。……今ここに有るじゃないですか!まさか今考え付いたとか言わないですよね?!そんな冗談……」
とライリーが又突っ込んで聞く。
ディルクが暫く目を瞑り思案していたが、やがて意を決したように目を開くと
「……こうなるのは分かっていたんじゃが。嘘を吐くのは儂の流儀に反するしのう。
正に今出来たんじゃよ、この九九は。
……良いかライリーよ。ミラベル、後両親にも近い内にある程度は話す。すまんがコリンには暫くは話せんな。先行して其方を見込んでこの話をした。
ジェラルドに至急会わなくてはならなくなったのも、この九九の誕生の秘密が大きな理由だ。其方を州都に連れていくのも、これの説明をするのに補助をしてもらいたいからだ。
又其方等は否応無く対応を迫られる位置に居る。今だけ誤魔化しても仕方がない。
だから……今言おう。
……良いな、クロエよ。其方に相談無しで悪いが、事は其方が考える以上に大きい。……其方自身には解らないじゃろうがのう。
其方を守るためじゃ。許せ」
と切なそうにクロエを見つめる。
クロエは思いもよらないディルクの台詞に
「しぇ、先生……?何……?アチャシ何をしちゃっちゃ……?」
と震えながら声を出す。
ライリーは今のディルクの言葉で全てを理解し、信じられないと言った表情に変わりクロエを見つめる。
「まさか!そうなんですか?!」
ディルクは頷く。
「考え付いたのはクロエじゃ。それも今日な」
ライリーは口を開いたままディルクを見て、又クロエを見つめる。
「そんな……この子は、妹のクロエは天才なんですかっ?!」
クロエはライリーの言葉に激しく首を振って否定する。
「ましゃかっ!しょんにゃ事無い!!ライリーお兄ちゃん、何言うにょ?!」
ディルクはライリーを見てはっきりと言う。
「天才か……そうであるとも言えるし、そうでないとも言える。儂から見ればライリー、其方も十分にその呼び名に値する子供じゃぞ。ミラベルもしかりじゃ。理解力、行動力、思考能力、言動、どれをとっても子供の物ではない。
ジェラルドが儂を此処に寄越したのは、ライリー其方の為じゃが、実は儂は其方等のように幼い者を指導した経験は少ない。ジェラルドが其方等を年齢通りの子供と思うなと儂に言っておった。
……儂は昔騎士団の参謀の地位に居たことが有っての。騎士達の指導を指揮しておった。ジェラルドとはそれ以前からの知り合いじゃが、その経験を其方等の指導に生かしてほしいと言われた。
じゃが大人の騎士達と未だ小さい其方等を同等に扱うジェラルドに、儂は最初断ったんじゃよ。
分かるじゃろ?文字も満足に覚えていない子供と既に仕事に従事している立派な大人の指導は全く違う。何をバカな話をしておるのだとね。
騎士を目指す子供とは言え7才だ。幾らなんでも儂の指導とは気が早すぎる。せめて騎士団に入団資格が出来る12才前なら未だ分かるがと言ってな。
しかし奴は儂に向かって言いおったんじゃよ。年齢で図るなど浅はかだとな。個人を見てから判断しろと。……正論じゃったんで儂も反論出来なくてな。
じゃが流石に納得がいかず、一応話は聞くだけ聞こうとジェラルドに答えて、断る気で話をさせたんじゃ。
……奴が策士なのは承知していたが、ライリー、其方が丸暗記したと言うガルシアの書斎の本を見せられたんじゃ。嘘を吐くなと思わず叫んだわ。あれは無い、正直騎士団の見習い程度ではあの本の理解は無理だ。それを7才の子供が既に理解し、あろうことか丸暗記だと。ふざけた話にも程がある。
しかし奴はその後もガルシアから預かっていた其方やミラベルの手蹟、作文を儂に見せおった。唸るしか無かったんじゃ。既に子供の範疇では無かったからな。
……気が付いたら儂はジェラルドに指導を引き受ける返事をしてしまっていたんじゃよ。
しかしクロエについては徐々に手助けしてやってくれとしか聞いていなかった。言葉を理解し非常に利発で、其方等に匹敵する知能を既に発揮し始めてはいるが、赤子だから様子を見つつ指導を頼むと。後、決して能力を抑えさせずに伸び伸びと、本人のやりたいことをやらせてやって欲しいとな。
しかし儂等の予想を遥かに超えて、クロエは輝きを放ち始めた。この子は其方等の役に立ちたいから、一生懸命考えたんじゃろう。何が其方等の為になるのかを。……ただただ優しい子なんじゃよ。
じゃがこの子の能力は儂等の想像を超えてくる。家族のためにと頑張るこの子は、宝の輝きを放ち始めた。このままじゃと悪意有る者に狙われる危険性が高い。断じてそれは阻止せねばなるまい。だからこそ、今から策を練らねばならぬ。
こういう事は速さが命だ。始めの一手が今後を左右する。じゃから儂は明日州都に行くと決めたのじゃ。
……クロエ、解るな?儂は其方を守りたい。しかしこのままでは無理だ。儂が暫し身代わりになっても、根本の危険性は減らない。其方に伸び伸びとやりたい事をやらせてやりたいのに、だ。
ライリー、兄としてどうだ?儂の懸念は考え過ぎだと笑うか?」
とライリーに鋭い眼光を向ける。
ライリーは首を横に振る。
「いいえ、先生の仰る通りです。……油断は出来ない。僕はクロエを守らなければ。是非お供させて下さい。
妹のやりたい事もさせてやれない情けない兄には絶対にならない!だから行きます、州都のジェラルド様に会いに」
避難した筈の勉強部屋にて、自分の事でまさかの展開。
その間クロエはオロオロと2人の会話を聞いているしかなかったのだった。
次話は明日か明後日投稿します。