35. 良き習慣を作る
お読みくださりありがとうございます。
コレット母さんが強権発動します。
落ち着いた家庭では、やはり母が最強なのです。
クロエは結局その日はそのまま寝てしまった。
自分のせいで体調を崩したクロエを心配して、一晩中看病すると主張するディルクに、コレットは却って彼が体調を崩しかねないと首を縦に振らなかった。
しかし余りにも落ち込んでいるディルクを見かねて、今夜は客間で休めばどうかと聞くと漸く納得した。
夕食時、食事も手につかないディルクに対し、又々ミラベルが一喝し何とか食事を取らせることができた。
コレットが客間を準備する間、クロエの横で心配そうにくっついているディルクに近寄っていく者がいた。
ライリーだ。
「先生、僕が替わりますよ。もうすぐベッドの準備が出来ますから、休んでください。
母さんが言ってましたが、クロエは大丈夫なんですから」
ディルクはライリーの言葉に小さく頷くと、長い溜め息を吐いた。
「すまんの。皆の手を煩わせてしもうたわ。儂は教師失格じゃのう。
クロエと話すのが余りにも楽しゅうての、ついつい子供のようにはしゃいでしもうたんじゃよ。
クロエは何が飛び出すか分からない予測不可能な発想をする。
其方等と言いこの子と言い、今儂はとても楽しいんじゃよ。本当に。
それだけに此度は箍を外してしもうて、後悔しきりじゃ。
気を付けねばの。儂の取り柄など、経験値しか無いのじゃからな。
ジェラルドに叱られてしまうのう」
老教師の溜め息にライリーは苦笑し
「僕もミラベルも先生が来てくださって本当に喜んでるんですよ。
勿論クロエもです。とても楽しそうにしていたではありませんか。少々妬けるくらいですよ。
だからそんなに自分を責めないで下さい」
と励ました。
ディルクはばつが悪そうに笑い頷く。
「そうじゃな。其方等も休まにゃイカンしの。客間に下がらせてもらうとするか。
又クロエに変化があれば直ぐに教えてくれるかな、ライリーよ」
そう言うとクロエをもう一度撫でて、ディルクは腰をあげた。
「分かりました。お休みなさい、先生」
ディルクが寝室を出ていくとライリーは、ディルクが今しがたまで座っていた椅子に腰掛けクロエを見守る。
「クロエ、ディルク先生とどんな楽しい話をしたんだい?
先生は余程嬉しかったんだね。僕らと話す時に先生が、そんな箍が外れる程はしゃいだことなんて無かったよ。
やっぱり君は不思議な子だね」
ライリーはそう呟くと、クロエの頭を優しく撫でた。
翌朝。
「うーん!よく、ねたぁ!」
と、目を覚ましたクロエはベッドの上で大きく伸びをした。
「おお、目が覚めたか。心配したぞ。
気分はどうじゃ、体は痛い箇所は無いか?」
「ほえ?!」
クロエがその声に驚いて横を見ると、ホッとした顔のディルクが居た。
「せんせい!なぜ、ここ、いる、ですか?」
ディルクが苦笑しながらクロエに説明する。
「昨日の事は覚えとらんか?儂が“そろばん”を其方から教えてもろうて興奮し過ぎて、其方を振り回してしもうたじゃろ?
あの時其方は気を失うて、一時目を覚ましはしたが又深く眠ってしまったんじゃよ。
すまんかったの、クロエ。頭が痛くは無いか?
年甲斐も無くはしゃぐなどと面目次第も無い。
ミラベルにも叱られたよ。以後は気を付けるからの。
本当にすまなかった、この通りじゃ」
と言うと、ディルクは深く頭を下げた。
クロエは慌てて起き上がると、両手を振り回して首を横に振った。
「だめ!せんせい、あやまる、やめる、です!
アタシ、せんせい、いっぱい、はなす、とても、たのしい、おもった。
だから、あやまる、いらない!アタシ、だいじょぶ。
ほら!アタシ、げんき!ぴんぴん、げんき!」
クロエがディルクを宥めると、彼はクロエを見て苦笑した。
「皆にも心配を掛けたんじゃよ。
儂は昨日其方が気掛かりで、無理を言って客間で休ませてもろうたんじゃ。
其方が回復してよかった。さて、皆のところへ参ろうかの。
クロエ、大丈夫じゃな?」
「そう、ですか。はい!
なら、はやく、みんな、とこ、いく、です、せんせい」
クロエは頷くとディルクに抱かれてリビングに連れていって貰う。
「クロエ、大丈夫?!苦しいとか痛いとか無い?」
二人がリビングに入るなり、ミラベルが走り寄ってクロエに勢いよく体の調子を問う。
「だいじょぶ。ごめんなさい、しんぱい、させた」
ミラベルはホッとしたように胸を押さえた。
ライリーとコレットもゆっくり近寄ってきて、クロエの顔色を見て安心する。
「良かった、大丈夫そうね。
でももし何か体がおかしいなと感じたら言うのよ?良いわね、クロエ。
朝御飯は食べれそう?」
コレットが聞くと、クロエは大きく頷いて笑う。
「はい!おなか、すいた!あさごはん、たべる!」
コレットはクロエをディルクから受けとると、彼と子供達に向かって
「じゃあ貴方達はいつも通り、ちゃんとお勉強なさいね。
先生もお願いします。クロエは私が見ますからね」
と優しく(?)命じた。
三人は全く逆らわず、そそくさと小屋の勉強部屋に向かって出ていった。
クロエを抱いて食堂に向かい、既に用意していた彼女の分の食事を並べる。
クロエは嬉しそうに両手を合わせて
「いただき、まーす!」
と軽くお辞儀をした。
コレットはにっこり笑って
「はいどうぞ、召し上がれ」
と応えてくれた。
クロエはとても嬉しくて、コレットにニパァ~と笑うとフォークをしっかり握り、器の中の果物を差して口に運ぶと美味しそうに咀嚼する。
「かあさん。ごはん、とても、おいしい。いつも、ありがとう!」
クロエがニコニコ笑いながらコレットに話す。
コレットは前に座ると嬉しそうにクロエの食べる姿を見つめる。
「クロエは凄いわねぇ。食事の前に感謝するなんて、アタシは考えたことも無かったわ。
でも嬉しいものね。いつも作って皆に食べて貰うけど、はっきり感謝されるなんてあんまり無いから」
コレットがそう言うとクロエは口をモグモグさせながら、首をかしげる。
「みんな、かあさん、かんしゃ、してる。いわない、だけ。
でも、アタシ、へん、だから、いう、するです。
おいしい、ごはん、うれしい。だから、くち、かってに、ことば、でる、です。
ことば、でる、くらい、おいしい、ごはん、つくる、する、かあさん、すごい、です!」
コレットは照れ臭そうに笑い、クロエの頭を優しく撫でる。
「貴女が変わってるなんて絶対にありませんよ、クロエ。
寧ろ貴女が正しいのよ。食事は命を戴くものですものね。
本来はその食事を戴く度に、食材になってくれた命に私達は皆、感謝をすべきなのよね。
うん、決めたわ!
我が家では今日から皆に食事の前と後、必ず貴女がする“いただきます”と“ご馳走さまでした”を言うことにします!
素晴らしい事ですもの、皆真似るべきだわ、うん!」
コレットが鼻息荒く腕組みをして、大きく頷きながら言い切る。
クロエは口をポカーンと開けて、コレットを見つめる。
「か、かあさん?!アタシ、まね、する、みんな、こまる、です。
やめる、よい、ですよ……」
「あら、クロエが正しいのですから当然です。良いところは学ぶのが大事なことでしょう?
今まで見たことがないから変だとか、誰もしていないことだから止めろとかそんなの、言う方がおかしいんです。
大丈夫、私が決めたんですからクロエはいつも通りにやれば良いの。
解ったわね?」
「う、うん、わかる、しました。
でも、きょう、すぐ、ですか?」
「そうよ、良いことは早く取り入れなきゃね!
さあ、クロエも気にしないで食事を続けて?
うふふ、クロエは美味しそうに食べてくれるから嬉しいわ!」
コレットが優しく見つめる中、クロエは少々戸惑っているような顔をしながら、食事を続けたのだった。
因みにこの日の昼御飯から、コレットは食事を並べる前にクロエを除いた家族とディルクに
「皆食事の前にはクロエの様に両手を合わせて軽くお辞儀して、目の前の食事に感謝をするのよ?
“いただきます”と大きな声で言うこと!分かったわね?
食事後には又同じように両手を合わせて“ご馳走さまでした”も言うんですよ。
でないと今後我が家では食事をさせませんからね!」
と言い放ち、早速皆にその通りにさせたのであった。
コリンを除いた他の皆は賛成していたが、彼だけは不服そうにした。
するとコレットが物凄い笑顔で次男を見つめ、その母の笑顔に恐れおののいた彼は直ぐ様誰よりも大きな声で
「い、いただきますっ!」
と言ったのであった。
このように“いただきます”と“ご馳走さまでした”は、シェルビー家の大事な習慣になったのである。
次話、頑張って明日投稿したいです。




