1-28 教師と赤子
お読み下さりありがとうございます。
教師と主人公の交流です。
次第に普通の話し言葉に切り替えていきます。
歩行訓練を終えて、リビングの一角に敷かれたラグの上に座ったクロエは、周りに無造作に置かれた文字や数字の木札を種類別に分けて、又文字からラグに1枚ずつ整然と並べて復唱し始めた。
既に覚えてはいるが、油断したら前の世界の文字や数字が頭に出てきて混乱するので、何度も何度も頭に叩き込まないと自然には使えない。
知りたいことは山程有るが、知るための最低限のツールである文字と数字を覚えることを疎かにしては何も始まらないし、出来ない。
書き取りを平行してやれば更に覚えることが出来るが、道具が無いので出来ないのが辛いところだ。
幸い素晴らしい協力者には事欠かず、時間だけはたっぷりある。
だからクロエは焦らずに着実に覚えようと思っている。
そんな彼女に近付く一人の老人。
教師として派遣されてきたディルクだ。
熱心に勉強する赤ん坊の背中を見て、楽しいものを見るように目を細める。
クロエは背後に足音が聞こえたので、振り返る。
ディルクの姿を認めるとニパァ~と笑って木札を持って頭を下げる。
完全にその仕草は教師に礼をとる、教え子のそれである。
「せんせい。かく、かみ、ください。ことば、かく、おぼえる、したい」
クロエは近付いて自分の前に胡座を組んだディルクに開口一番、そう頼んだ。
「ほお。もう覚えたのか。文字も数字もかね?」
「はい。きほん、おぼえた。けど、もじ、かく、まだまだ。あと、けいさん、したい」
身振りをしながらやりたいことを話すクロエ。
ディルクが内心驚きながらクロエの希望を聞き出す。
「紙でないとダメかね?黒板と白蝋石にしてはどうかな?書いても布で消せるから、繰返し使えて良いぞ。
ライリーとミラベルもそれを使うておるよ。計算は計算機を使いたいかな?どこまで出来る?」
クロエは目を輝かせたあと、考え込みながら答える。
「こくばん!それ、ください。けいさん、たす、ひく、ほか、できます。あと、おかね、たんい、しりたいです」
「フム。では貨幣の一覧を作るとするか。ミラベルにも良いし、コリンもいずれは使うしの。
しかし計算はほぼ出来るか。一度問題を作っておくので、皆が居ないときにやって見せてくれるかの」
「はい。けど、けいさんきごう、しらない。おしえる、おねがい」
「それは作ってある。又渡そうな。後は読本じゃな。何が読みたい?」
「……じてん、ある、ですか?いろんなこと、しりたい。ちず、ほしい。あと、え、かきたい」
目をキラキラさせながらディルクに希望を次々上げていくクロエを見つつ、彼は内心舌を巻いていた。
(もう間違いない。これは見た目は赤子だが、中身は違う。何らかの奇跡で大人が赤子に転生したと考えるが妥当じゃろう。
ただ中身が大人か、もしくは全く未知の何かなのかまでは分からんが。
しかしこの無防備さが分からぬ。最初こそ警戒心丸出しであったに、今のこの開けっ広げな様子はどうじゃ。
これは知能が高い割には、余りにも呑気過ぎるというか、信頼されたと考えれば良いのか。
まあお陰で、中身が悪いものでは無いと確信は持てるがの。
一体どんな生き方をしてきたら、ここまで無邪気に育つのやら)
ディルクは自分の覚書の紙にクロエの希望したものを書いていく。
クロエはディルクの書く文字を興味津々に見つめる。
「うん、じしょ、ほしい。ある、ですか?」
「有るにはあるが、少々取り寄せるに時間が掛かる。構わんかね?」
「はい。まつ、です。ありがとう、せんせい」
ペコリと頭を下げるクロエ。
その姿があまりに可愛らしいので、思わずディルクも笑ってしまう。
「ハッハッハ。構わんよ。ジェラルドにもくれぐれも頼むと言われておるし、儂自身非常に優秀な其方の能力を伸ばしたいと思うからな。頼まれんでも力になっておったよ。
やりたいことも、知りたいことも何でも言いなさい。儂が出来ることは全て力を貸そう」
クロエは慌てて頭を横に振る。
「アタシ、ゆうしゅう、ちがう。あに、あね、ゆうしゅう。アタシ、ふつう、です」
(普通って意味をわかって言ってる時点で、既に普通じゃ無いんじゃよ。
しかし面白い。こんな楽しい生徒を教えるのは初めてじゃ。何が出てくるか目が離せんよ)
ディルクはクロエと話をしながら、まるで展開が全く読めない本をドキドキしながら読み解いていく楽しみにも似た気持ちになっていく。
「絵と申したな。どんな絵を描きたいのじゃ。人物画か?静物画か?風景かの?画材は重いぞ?未だその手では使えんと思うが。どんなものが所望なんじゃ?」
クロエはう~んと腕組みをして考え込む。
その姿はまるで縫いぐるみのように丸っこいシルエットを作り、とても可愛らしい。
「アタシ、はな、かきたい。どうぐ、ほそいせん、かく、できる、ほしい。ある、ですか?」
「フム。紙は植物紙になるな。道具は…そうじゃな。インクとペンかの。何か希望はあるかな?」
「かたい、すみ。ほそい。ぼう。もつ、ところ、ぬの、まく、する」
「……えらく具体的じゃの。考えておったのか?もっと詳しく話してみよ。近いものを準備しよう。黒鉛を使うか」
「こくえん、ほしい!こくえん、ほそい、かこう、する。こくえん、まわり、もくざい、つつむ。それ、えんぴつ。
つくる、したい」
「ほう?木で包むか。持ち手じゃな。ふうむ、其方にその図を描いて貰いたいの。それを元に作ってみようぞ」
「はい!アタシ、かく!こくばん、ある、ですか?」
「ハハ、慌てるで無い。……まあ良いじゃろ。儂の紙にこのペンで描けるかの。」
「はい!……これ、えんぴつ、です。わかる、ですか?」
「……なるほどのう。これは便利そうじゃの。これは削るとずっと書くことが可能なんじゃな?
ふうむ…。暫し時間をくれんか、クロエ。これはジェラルドに話して職人に作らせた方が良いの。
難しいのは黒鉛の固さと云う点と、木にどう組み込むか。どう思う、クロエ。何か良い案があるか?」
「もくざい、さいしょ、はんぶん、きる。ここ、ほそいこくえん、こう、おいた。はんぶん、あまる、もくざい、はさみ、ます。わかる、ですか?」
「ほお!これならば確かに作れるな。しかし材料を切るのは精密さが要求されるのう。
やはり職人に頼むのが一番じゃな。…早速掛け合ってみよう。
恐らく直ぐに取り掛かるじゃろう。待てるかの、クロエよ」
「はい!ありがとう、、せんせい。おはなし、きいてくれて、うれしいです」
クロエが礼を改めて云う。
ディルクはフッと笑うとクロエを抱き上げる。
「構わんよ、気にするでない。楽しいんじゃよ、儂も。
面白いことを思い付いたら又教えてくれんか?作るのも考えるのも共にやろうぞ。
この年になっても楽しみは幾らでも見付けられるもんじゃな!儂は楽しいぞ、クロエよ」
「はい!アタシ、たのしい!」
二人で笑い合うとリビングから出て、勉強を頑張っているライリーとミラベルの様子を見るために、ディルクの小屋に向かうのだった。
次話は明日か明後日投稿します。




