1-21 黒髪
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遅れましたが更新しました。
黒髪の秘密が出ます。
“野原”を歩く一行。
先導するガルシアとジェラルド達は、ジェラルドが質問をし、ガルシアの答えを確認しながら進んでいく。
遥か遠くに見える白く高きシエル山脈。
とてもあの険しい山々を越えて攻めいることなど無理であろうと思える。
しかしそう遠くない昔に、隣国クローテがあの山々を越えて攻めてきていたのだ。
人の欲望は不可能と思えることも時に乗り越えてしまう。
そしてそれは得てして悪い方向への欲望の場合が多い。
人の本質は善であると信じたいが、何が善なのかはその人の立場に立ってみないと分からない。
攻め込まれたアーソルティにとっては蹂躙される悪の戦いでも、攻め込んだ隣国クローテにとっては国益となる善の戦いだった。
何故ならその頃隣国クローテでは異常な低温による不作が続き、国民は疲弊していた。
山々を越えれば、実り豊かな国土と名高いアーソルティがある。
国民を守るためにはその実りを分けてもらうのが一番早くて確実だと、隣国クローテの短慮な王は考えたのだ。
やり方は極めて傲慢で浅慮、況してや戦争はお金も人員も更に疲弊させる悪手だったが、その戦いの根底には歪んではいるが少なからず国民への愛があったと言えなくもない。
攻め込まれたアーソルティにとっては堪ったものではなかったが。
結果、隣国クローテは敗北。短慮な王は失脚し、隣国には新しい王が即位した。
その戦いの際、“この地”のみは不思議な力によって守られた。
しかし“この地”のみ無事なのは不公平だと言う声が、傷付いた者達から上がった。
謂れのない妬み嫉みであるが、怒りの持って行きどころの無い者達は、物言わぬこの“森”を気持ちの捌け口にした。
又“この地”を守るジェラルドの祖先一族にも、その目は向けられた。
この森は自らを守ることが出来るが、万能ではない。
人や動物の悪意等、“森”に対する負の感情には過敏に反応する。
その反応が“結界”となり人を弾き出すのだが、その悪意が大きなうねりとなると“森”も対処仕切れなくなる。
悪意ある者を入らせはしないが、“森”の力が削ぎ落とされて、“森”が枯れていくのだ。
“森”の木々が枯れ始め、“野原”の緑が変色し始める。
不思議な花達も同様に枯れていく。
美しい小川の水も止まってしまった。
その様を祖先一族は断腸の思いで見ているしかなかった。
傷付いた人々に説得をするも、漸く解って貰えた時には既に“森”は修復不可能な迄に荒れ果ててしまっていた。
人々は後悔し、一族に何とか“森”を元に戻せないかと願うが、彼等にもどうしようもなかった。
正に森が果てようとしたその時、“森”を救う者が現れた。
“森”と“野原”を覆っていた悪意を浄化し、再生の力に変えた者。
しかし余りにも膨れ上がった悪意を浄化した為、その者は“野原”にて絶命し果てた。
“森”と“野原”はその者の死を悼み、彼等の力でその亡骸を包み込み、誰にも触れさせる事無く消滅させた。
その者に敬意を表し望んだ通りに“森”は、又人々を受け入れる様になったと言う。
実は同じ様に“森”を救った話は過去にも散見される。
時には内乱、時には諸外国との戦乱、理由は様々だが、共通しているのは“森”が対処仕切れない程の膨大な人間の悪意に覆われた挙げ句、侵され病んでいく事。
そして瀕死の“森”を救う者が何処からともなく現れ、“森”を癒す事。
“森”を侵す悪意を浄化し再生の力に変換させる為、自らの命を削るのもすべて共通している。
“森”はその“浄化する者”を自分達の仲間と認識しているらしい。
その者が現れると“森”は今度こそ何としてもその者を守ろうとするそうだ。
“浄化する者”。
伝承によると、“森”の危機に呼応するように現れるその者は、共通した見た目をしている。
美しい“黒髪の乙女”だ。
アーソルティ王国のおとぎ話や、伝承に出てくるのは決まって“黒髪の乙女“。
若しくは“黒の女神”と称される。
ならばアーソルティで“黒髪”の女性は憧れの的にでもなりそうなものなのだが、そこに又不思議が一つ。
この世界で“黒髪”を持って生まれてくるのは、何故か男性ばかりで、女性ではほぼいない。。
他の髪色は全て男女関係無く生まれてくるのに、だ。
その“黒髪”の男性も女性ほどではないが、まれにしか生まれない。
“黒髪”に少し別の色が入った髪を持つ者はいても、女性になるとこれまた非常に少ない。
だから“黒髪”はアーソルティでは、非常に神聖視されている。
森が“黒き森”と呼ばれるようになったのはそれ故だったのだ。
実はその事で今、王都では妙な“動き”が出始めている。
ジェラルドやアナスタシアは、それを非常に危惧している。
今回の視察ではガルシア達に現在の王都の動きを伝えると共に、“最悪”の事態が起きた場合の対処の事などを話し合う目的もあった。
その妙な“動き”は小さくなるどころか、迷う人々を呑み込み少しずつ膨張しつつある。
何とかその“動き”を先導する者達を抑え込みたいと王都の騎士団も動いているが、ここへ来てあろうことか貴族の中にもその“動き”に呼応する者が現れ始めたのだ。
ジェラルド等は何としてもその“動き”を封じ込めようと、老体にむち打ちながら奔走している。
封じ込める事ができなければ、その“動き”は、この“黒き森”と“守るべき地”を又危機に落としかねない物だからだ。
アナスタシアがクロエを抱きながら、楽しそうに“野原”を歩く。
“野原”に吹く気持ちの良い風に、アナスタシアが頭に纏わせていたスカーフ状の布を取る。
“漆黒に深紅の一束の髪が混じった美しい艶やかな髪”が見える。
その髪の持ち主が微笑みながら腕の中の“漆黒の髪”の赤ん坊を見る。
二人の目の色は、同じ深いビリジアン。
とても良く似ている。
そう。
アナスタシアこそがクロエの本当の母。
クロエはジェラルドの孫であり、シェルビー家の子供では無いのだ。
クロエは“黒髪の乙女”となり得る、奇蹟の赤ん坊なのだ。
王都の妙な“動き”を察知したジェラルドが、アナスタシアに忠告していた。
アナスタシアには二人の男女の子供、クロエにとっては兄と姉が居るが、兄は黒髪であるが姉は真っ青な髪だった。
兄は黒髪だが男性であるから、“黒髪の乙女”になり得ない。
アナスタシア自身も漆黒に深紅が混ざった希な髪の持ち主なので、その妙な“動き”を先導する者達から、目をつけられていた。
そしてアナスタシアが三人目の子供となるクロエを懐妊した時、彼女は奇妙な夢を見た。
自分の娘が“黒髪の乙女”となり、貴族や怪しげな黒づくめの集団に追い詰められていく姿を。
アナスタシアは領主の夫やジェラルド、現フェリーク領主であるアナスタシアの兄に直ぐ様その夢の話をし、今の王都ではそれが現実になる可能性が高いことを知る。
もし万が一“黒髪の娘”が生まれたら直ぐ様死んだことにして、人目のつかぬフェリークの“黒き森”の中に隠すと密かに決めたのだ。
そして、クロエが生まれた。
“黒髪”を持って。
“計画”を実行せざるを得なくなってしまったのだ。
そういう事情でクロエはシェルビー家にやって来たのだった。
勿論、ライリーとミラベルもクロエの素性を知っている。
シェルビー家で知らないのはコリンと、“当”のクロエのみだ。
コリンにはまだ知らせる気は無い。
クロエにもだ。
王都の妙な“動き”さえ抑え込めれば、クロエも幾分かは安全になる筈。
そう信じてクロエの本当の家族やジェラルド、シェルビー家等、クロエの事を知る者達は今必死に動いている。
アナスタシアの“悪夢”を現実の物としないために。
延いては“黒き森”と“守るべき地”を危機に落とさぬように。
……間違っても今代の“黒髪の乙女”が、救世主にならずに済む様に。
次話は明日か明後日になります。




