覚醒
お読みくださりありがとうございます。
下世話な表現が出ますが、極力押さえたつもりです。
ご容赦下さいませ。
※マスは異世界の言語です。統一致しました。以後は異世界言語を主人公が使用可能になるまではこの表記とします。よろしく。
(…ん、お腹すいたな。ご飯、まだ…?)
モゾ、モゾモゾ。うに、うに。
(何か動きづらいな。体暑いし。風邪かな?)
モゾ、モゾモゾモゾ。ぐにぐにぐに。…ポテッ。
(ヤバい。ホントに体が思い通りに動かない。こりゃ駄目だ。綾姉ちゃんか母さん、最悪聡でも良いや。呼ぼう)
「ほぎゃあ!ほぎゃあ!ほぎゃあ~!」
(ほえっ?!)
ピタッと泣き声が止む。
(へっ?!い、今のナニ?アタシの声じゃ無いわよね?!落ち着け、もう一回呼ぼう。せーの…)
「ほんぎゃー!ふんぎゃー!ふぎゃー!」
ピタッ!
又泣き声が止んだ。
(ひゃあ!やっぱアタシの声だ!…何でこんな赤ちゃんみたいな声しか出ないのよ?相当ヤバいのか?アタシの風邪)
彼女はそこで漸く思い出した。
(いや、違うわ!アタシは確か死んじゃって、で、仙人様が別の世界に生まれ変われるようにって、アタシを連れて旅立ったんだった!と、すると…アタシは生まれ変わったの?!)
彼女は必死になって考える。
(目、開けてんだけど、周りがボヤけて良く見えないんだよね…。取り敢えず、今の自分の体を確かめなきゃ。アタシの手は?)
うにっ!
モミジの様な小さなお手々がボンヤリと目の前に見えた。
(あらやだ、可愛い!何てちっちゃなお手々!食べちゃいたい!)
パクッ!ムグムグムグ…。
(いかん、マジで食べてしまった。…ん、間違いなくこのカワユイモミジのお手々はアタシの手だわ。うわ、ヨダレでベットベト)
彼女の手はグッショリと涎で濡れていた。
(足は見えないな。…うん、今のかっわゆいお手々から察するに、アタシ完璧生まれ変わったね!いやあ人生再スタートよ!…ん?)
彼女は自分の可愛い手を見ながらニマニマ笑っていたが有ることに気付き、顔を強張らせた。
(…なんでアタシ、記憶が残ってんのよ?)
はたと気付いたその事実。
(え、おかしくない?仙人様が言ってたもん。アタシの記憶を消して生まれ変わらせるって。それが其方の為だからって)
そう。
彼女をこの世界につれてきた仙人なる者は
前の世界を旅立つ際に彼女にこう言ったのだ。
『雅よ。気の毒だが、其方の今生の記憶は全て消すぞ。新しい世界で新しい生を再び歩む其方にソレは不要じゃ。こちらで生きる以上、寧ろ妨げにしかならぬ。…可哀想じゃが許せよ。全ては其方のこれからの幸せの為じゃ。』と。
(なのに、何で記憶が綺麗に残ってるわけ?!やだ、全く忘れてないじゃん!まさか仙人様、記憶消し忘れちゃったの?そんな事って有り?!)
彼女はお手々をニキニギしながら、自分の記憶を確認し始める。
(えーと、前のアタシは羽海乃 雅。25歳。…独身。彼氏は無しだな、やっぱ。上條先輩は彼氏未満だわ。でないと悪いよね、アレじゃ。…で、池でカッちゃん達を助けようとして、ブーツの紐のせいで溺れて死んだ…と。やだ!ホントに全部キッチリ覚えてんじゃない、どうしましょ!)
ニギニギしていたお手々をパッと開いてバタバタ振りだす。
ただし、ゆっくり。
(…アタシ、まだ生まれて直ぐなんだわ。全然力入んないもん。足も動くけど、見られない。腹筋が全く出来ないのよ、ホントに。さっきからお腹に力入れて頑張ってんだけど~!う~ん、何とか体を…、あ、アレ?!やだ?!)
体を動かそうとお腹ばかりか全身に力を入れた彼女は慌てた。
(…!お、お、お漏らししちゃったー?!)
一瞬体が硬直する。
(な、何て事を!アタ、アタシったら!25歳にもなってお漏らししたなんて…、って、アレ?しても、良いのか…?)
粗相をして硬直した体の力をふにゃっと抜く。
(そっか、そうだよ。アタシは生まれたての赤ちゃんだもの。お漏らししても当たり前なんだよね?…あ、焦った~!ああ心臓に悪い…って、ひゃあ!冷たい!駄目だ、お漏らししたからオムツが濡れて冷たいわ!早く変えてもらわねば…、あ、そうかっ!)
自分のオムツを変えてもらうため再び泣こうとした彼女だが、又々ここではたと気付いた。
(初めて会うんだ、お母さんに!…こちらのお母さんってどんな人なんだろ?アタシはどんな姿してるんだろ?前と違う世界だもの。どんな姿なのか全く想像できないよ!…アタシの白いぷっくりお手々を見る限り、人間は人間だと思うのよ。だけど後はよく見えないから、もしかしたらお母さんがとんでも無いビジュアルならば…ハハ、泣き叫ぶっきゃ無いな…慣れるまで)
因みに生まれて直ぐの赤ちゃんはあまり視力がよくないと言うのが通説なのである。
念のため。
(仙人様だって悪いようにはしないって言ってたもんね。…だが、信じて良いものか…。だって記憶は全て消すってあれだけ言ってたのに…コレだよ?…確かに仙人様ってお茶目さんだったんだけど、こんなミスするなんて。…まさか、何か手違いあったんだろか…)
頭の中をグルグルと考えが浮かんでは消え、消えては浮かぶ。
(仙人様が記憶消す前にアタシを間違えて違う世界に送っちゃったとか、ああは言ったけどやっぱり記憶残した方が面白くね?とか何とかで記憶残すことにしたとか…。ああ、わかんない!)
うに。パタッパタン。…ポテッ。
(ううむ、バタバタ暴れようにも、このぎこちない動きしかできぬもどかしさよ。…で何か体が疼くのよね。これってやっぱり赤ちゃんだからかな?じっとしてらんない。刻一刻、体が成長してるからか?)
彼女が色々な考えを巡らせていると、ガチャ、バタンと部屋のドアが開閉された音がした。
(あれ?誰かやって来たみたい。…お母さんかな?)
音のした方に顔を向ける彼女。
「□□□□□。□□□□□」
全く意味の分からない言葉が聞こえると同時に下半身が解放感でスースーした。
(おう!いきなりの解放感!…恥ずかしい筈なのに、何かそういう感情が沸き上がってこないわ。周りがあんまり見えないせいかな?ああ、綺麗にしてくれてるわ~!ありがたや、ありがたや~!)
「□□□□□□。□□□□□□」
優しい声だ。
女性の声だと思われた。
と、不意に体が浮遊する感覚。
どうやら優しい声の持ち主に抱き上げられたらしい。
(ん?ちょっと違和感…お母さんじゃない気がする。…え、じゃ誰?不味くない、この展開?アタシ、拐われたりしてないよね?…な、泣いた方が良いかな。泣こう!)
「ほぎゃあ!ほぎゃあ!ほんぎゃー!」
「□□□□□。□□□□□□□。□□□□□□」
優しい声が慌てて何かを言っている。
どうやら泣き出した彼女をあやしてくれているようだ。
声を掛けられると同時に縦抱きにされて、フカフカの胸らしき部分に頭を持たせ掛けられた。
そうして、彼女のお尻を軽くトントン…とリズミカルに優しく叩きながらゆっくり動く。
(ほわあ~。癒されるぅ~。…こりゃ、プロだな?この優しい声の女性は、母じゃなくても子育てのプロだとアタシは見た!…ん?ということは…、お手伝いさん?や、違う、良く外国の映画とかで見る乳母って女性?!…マジか!)
そうやって彼女を抱いたまま、この優しい声の女性は移動をし始めたようだ。
ふくよかな胸に頭を持たせ掛けたまま、彼女は考える。
(…下世話な話で恐縮だけど、巨乳だわこの女性。めっちゃくちゃ気持ち良いわ、この枕。…羨ましい。アタシもこんな胸が欲しかったよぉ。上げ底ブラ必要ないじゃん、このお胸。クッ!)
前世の自分である雅だった頃を思い出し、心の中で密かに涙する彼女。
雅だった頃は、偏平胸がコンプレックスだったのだ。
(べ、別にアタシは前の胸が貧弱って思ってないもん。…綾姉ちゃんは美乳だったけど。後、もちょっと有ればなぁ~なんて、思って…たわよ!クッ)
一人今更な愚痴を心の中で吐く彼女。
彼女を抱いた女性はドアを開けること無く、同室内の別の場所に彼女を連れてきた。
つまり彼女が寝ていた部屋は非常に大きな部屋だったのである。
(待て!なんだこの尋常じゃない部屋のサイズは?!…金持ちか?金持ちの家に生まれたのか?アタシはお嬢様になったのか?!)
「□□□□□。□□□□□?□□□□□」
「□□□□□。□□□□□□□□」
会話を経て、彼女は優しい声の女性からもう一人の女性とおぼしき人に優しく手渡された。
(ふわっ!スッゴく良い香り~!華やかな香りと、優しい甘い香りが合わさって、安心するぅ。…間違いない、この人がアタシのお母さんだよ!理屈じゃないね、何かわかるよ。お母さんだ…)
抱かれた彼女は母と思われる女性の胸にすり寄る。
すると自分の頬に触れたナニかを思わず口に含んだ。
(…!こ、これは!イカン!お、おっぱいだ!ギャー!ギャー!アタシったら何て事を!母とは云え、女性の胸に吸い付くなんてー!変態だわ!アタシったら変態よー!)
羞恥心の為、混乱した彼女は思わず暴れる。
「□□□□□?□□□□。□□□□□」
“母”は優しく暴れる彼女に声を掛け、頭や背中を優しく擦る。
再び落ち着いた彼女の頬に“母”のおっぱいの先が押し当てられた。
条件反射だろうか、羞恥心に関係なく思わず彼女はソレを又口に含む。
(いや、アタシ落ち着け…。ゴクゴク。うわ、生温い、甘い!おっぱいってすんごく甘いんだ!…ンクンク。牛乳みたいに濃くはないけど、甘味はすごく強い。サラサラしてるわ。生温いのが玉に傷だけど、不味くない。今のアタシには寧ろ美味しい!…あ~、もう変態でも何でも良いや。とにかくお腹空いてたし、飲めるだけ飲もっと!)
前世の雅だった時もそうだが、彼女は非常に適応能力が高い。
特に飢えや体の不快感など、自分の生命活動に直結している場合、例え羞恥心を覚えるシチュエーションであったとしても、心情や状況を飛び越えソレを受け入れる事が出来る。
背に腹は代えられぬを正に実践するタイプなのだ。
因みに彼女は赤ん坊だから、おっぱいに吸い付くのは当たり前で何ら問題は無いのであるが、25歳の記憶を持った状態では無理からぬ反応なので、この混乱は容赦していただきたい。
やがておっぱいを満足いくまで賞味した彼女は、口から“母”のおっぱいを離すと体から力を抜く。
(ぷはぁー!ご馳走さまでした!いやあ満足満足!お腹減ってたの忘れてたわ。ソレで起きたくせにね。しかし、おっぱい飲むって力要るのね~。自然と全身が集中したわ。赤ちゃんてこんなに頑張っておっぱい飲んでたのね。可愛いだけじゃないね。頑張りやさんなんだわ。ああ、疲れた~、って、ふえっ?!)
彼女は縦抱きに抱え直されると、優しく背中をトントン…と叩かれる。
「…ケップ!」
「□□□□□。□□□□□□□!」
(あらやだ、失礼。ゲップが出ちゃいました。お母さんったらとっても上手く促すんだもん、思わず出しちゃいました~!ふあぁ~何か眠くなってきた…。駄目ら…もう目が開けてらんない…。お休み、な…さ、い)
彼女は可愛いゲップを一つ吐くと、抱かれたまんまスヤスヤと眠りだした。
眠ってしまった我が子を愛おしそうに抱き締めながら、“母”はポロポロと涙を流す。
眠る我が子の頬に口付けて、頬擦りしながら体を震わせる。
「□□□□。□□□□□□。□□□□!」
“母”は悲痛な声で我が子に語りかけると、静かに部屋に入ってきた人物と目を合わせる。
「□□□□□。□□□□□□。□□□□」
その人物、”父“は痛ましげに”母“を見つめ声を掛ける。
「□□□□!□□□□□。□□□□□□ー!」
”母“は”父”に懇願するように訴え、我が子を取られたくないとばかりに抱え込む。
“父”は“母”の気持ちが痛いほど解るが、断腸の思いで“母”の肩を擦り、彼女を説得する。
「□□□□……□□□□□□。□□□□□?」
”父“のその言葉を聞き、”母“はその美しい顔を歪ませ唇を噛み締め我が子をきつくきつく抱き締める。
震える睫毛から止めどなく流れる涙が我が子の頬に落ちる。
やがて、震える手で眠る我が子を“父”に手渡す“母”。
受け取る“父”も顔を歪ませ唇を噛み締めている。
“父”は我が子を見つめ、固く固く抱き締める。
目に光るものを湛え、感情を押し殺しひたすら抱き締める。
肩を震わせる“父”の横には二人の子供。
“父”は自身を見上げる二人の子供に、眠る我が子を見せようと屈み込む。
二人の子供、つまり彼女の“兄”と“姉”は、“父”が大事そうに抱く“妹”を覗き込み、頬を擦ったり口付けを代わる代わるする。
子供達も涙を流している。
“姉”が“父”に涙ながらに何かを訴える。
しかし“父”に諭され、俯き声を押し殺して泣き始めた。
“兄”はひたすら“妹”を見つめ、頬を触ったままだ。
“兄”は“妹”に小さな声で何かを語りかけると手を握り締め俯く。
子供達を見ていた“父”はやがて立ち上がると、戸口に膝まづいて頭を下げたまま待ち構えていた二人の男女に近付く。
二人に何かを命じ、大事に抱き締めていた小さな我が子を女に託す。
女は恭しく子供を受け取ると、しっかと抱き締め立ち上がる。
男女は深く一礼をすると、瞬く間に立ち去っていった。
残された“家族”は、ただ今までそこに居た小さな新しい“家族”の喪失に打ちのめされていた。
次話は明日か明後日に投稿します。