213. ディータ
お読みくださりありがとうございます。
大体お分かりだと思いますが、主として出ている二人はあの二人です。名前は勿論偽名ということで。
「ラティア、すまんな。いつもありがとう」
「いいえ。じゃ、明日又来させて貰います。ミーヤ、それじゃあね!」
「外で見送るわ!ホントに気を付けて帰ってね」
「分かってるわよ~。じゃあ先生失礼します」
「ああ、気を付けてな」
ラティアは魚とミーヤを無事送り届けると、診療所を辞した。
見送りのためミーヤが彼女と共に外に出ると、診療所から少し下った所に見覚えのある姿を見つけた。
さっき別れたユーリゴである。
どうやら婚約者のラティアを迎えに来た様子だった。
「やだ、ユーリゴったら……アタシは子供じゃないのにね」
「フフ、心配して損したわ。夕方だもの、大事なお嫁さんを一人で帰って来させたくないわよね、流石ユーリゴさんだ」
「ユーリゴと一緒に帰るわ、見送りももう大丈夫だから」
「そうね、じゃあ気を付けて!」
「ええ、また明日ねミーヤ」
ラティアはユーリゴの元に駆けていく。
ユーリゴは両手を広げてラティアを受け止めた後、二人して見守るミーヤに手を振った。
ミーヤもそんな二人に手を振り返してから、診療所に戻っていった。
「今日はなんの魚じゃ?」
「御馳走だよ~ドンコの塩焼きと、片身は刺身にしよっかな!
あ、明日のお昼はスミコッタ焼きだからね」
「おお!スミコッタ焼きか。……こりゃこのスミコッタは全て無くなるのう。どうせウーリル家にもお裾分けするんじゃろ?」
「うん、皆から頼まれちゃった!ホントに好きだよね~」
「ありゃ旨いからの。スミコッタがあればこそじゃがな。
こんな不気味な形の生き物が、あれほど美味だとは思わんかったわい。
このスール村でも儂等が来るまでは、スミコッタなんぞ恐ろしゅうて食べんかったと言うとったからのう……。
本当にお前の“夢”の国は食に貪欲じゃったんじゃな」
ディータが沁々呟くと、ミーヤはクスッと笑った。
「そうよね~あちらでもあの見た目だから食べないって国もあったわよ。
オクトパス……海の悪魔って云われてたらしいもん。
でも“日本人”ってわりと見た目を気にしないで、取り合えず何でも試してみるって感じだからなぁ。
このタコ……違ったスミコッタだって、あちらだと平気で皆食べようとしたでしょうね。
見た目本当にタコだもの、この子。
ホントに立派な足だわ~、足の数がタコより多い12本ってのも良いわよね、うん!」
桶に移してグニョグニョ動くスミコッタをペシペシ叩きながら、ミーヤはアハハと笑う。
「そうだ、ヤイガも焼かなきゃ。ヤイガは壺焼きと、んー……やっぱり刺身も食べたいなぁ。1つだけ作ろっかな」
「儂もヤイガの刺身が食いたいぞ?」
「あら、固いって言ってたのに。じゃ2つ刺身にしよう。後の4つは壺焼きね!」
「ではヤイガの殻は儂が潰すとしようかの。2つだな?」
「あ、殻は置いといて欲しいんだけど……身だけこの串でほじくり出してくれない?」
「……又ややこしい事を」
「だってヤイガの殻ってホントに綺麗なんだもの!鉢植えの鉢に使えるわ。……可愛い花を植えてラティアの新居に飾りたいの。洒落てるじゃない?
見て、この白くてキラキラしてる殻を。焼いちゃうと使えないから、刺身の殻は潰さないで、お願い?」
ディータは溜め息を吐くと、ミーヤから串を受け取って殻をほじくり始めた。
ミーヤはニコッと笑うとドンコの尾を掴み、まな板の上に乗せて下ごしらえにかかる。
「もうすぐラティアの結婚式か。この国の結婚式は賑やかじゃと聞いとるがな。
……のう、ミーヤよ。もしお前が残りたいと思うなら、儂はこのままこの村に居座っても良いんじゃぞ?無理にここを離れんでも……」
ディータが静かにミーヤに問い掛ける。
「又その話?ダメよおじいちゃん、アタシはあそこに戻らなきゃ。……話したでしょ、アタシには役目があるの。
スール村は大好きよ。事情が許せばこの村にずっと居たいと思うくらいに。
でもやらなきゃいけないことを放り出して、アタシはここに居るわけにはいかないの。
……それにいつアイツ等が、ここにアタシが居るって気付くかわからないんだし。この村であんな事は起きてほしくないのよ。
この前話し合った通りにラティア達の結婚式に立ち会ったら、アタシはこの村を出ます。
……だけど、おじいちゃんはここに残っても良いのよ?この村にはお医師が必要だし」
話しながらもミーヤはドンコを三枚に下ろし、片身を刺身の薄造りにしていく。
柳刃包丁に良く似た刃物を操りながら、手前に刃を引いて一枚一枚見事な刺身にしていくその手際は見事なものだ。
「馬鹿なことを!お前を一人で行かせる訳無かろうが。
儂はお前を守るために付いてきたんじゃからな。お前が留まるなら儂も留まるし、お前が行くと言うなら共に行く。
それは絶対に譲らんぞ?」
漸く1つ目のヤイガの身を殻からほじくりだしたディータは、2つ目のヤイガを手に取ると串を差し込んだ。
ドンコの薄造りを皿に綺麗に盛ったミーヤは、もう1つの片身に塩を振り、かまどに置いた網に並べる。
「おじいちゃん……アタシはもう充分おじいちゃんに助けてもらったわ。
あの国へ戻ればおじいちゃんは又アタシのために怪我をするかもしれない。……それが怖いのよ。
おじいちゃんには穏やかな日々を送って貰いたいのに、アタシと居るとそれもままならなくなるわ。
もう5年になるのよ?あれからずっとアタシを守って養って、色んな事を教えてくれて……おじいちゃんはアタシを本当に大事に育ててくれたわ。
だから……もうこれ以上はおじいちゃんをアタシのために縛り付けたくない。そう思っているの。
アタシみたいなお荷物、そろそろ手放しても良いと思う……」
ミーヤは三枚に下ろした後に残ったドンコの骨を、軽く焦げ目がつく程度にかまどで炙った後、予め火に掛けた鍋の湯にそれを放り込む。
骨で出汁を取って、ドンコのすまし汁にするのだ。
鍋の中には海で取れた昆布に良く似た海藻を干した物を入れて、合わせ出汁になるようにしてあった。
その海藻だけ先に取り出して、少し鍋の火の加減を上げる。
直ぐに沸騰した出汁を見て、又コトコト位に火加減を調節する。
「一人で残っても楽しい訳無いじゃろうが。ミーヤと居るからこそ、毎日張り合いがあるんじゃからな。
大体お前がお荷物な筈無いだろう!気立てが良くて、こんな旨い飯を作れる孫娘を手放す気になぞなれるかい。
子も妻も居ない儂には守るものが無かったから、縁有ってお前を守り育てる事が出来る今の立場に寧ろ感謝しとる位だ。
ミーヤは変に儂に遠慮なんてするな。儂自身がお前の祖父さんでいたいんじゃからな。そこを覚えておいてくれ」
ディータは憤然と言い切ると、殻からほじくりだしたヤイガの身をミーヤに差し出す。
「おじいちゃん……ありがとう。
わかったわ、じゃあ又二人で旅に出ましょ!
それにしてもヤイガの身って大きいよね。お造りのしがいがある。
あ!ヤイガの壺焼きもそろそろ作らなきゃね。おじいちゃん、ひょうたん貸して?」
「……どっちのひょうたんがショーユだ?」
「おっきい方!小さいのはウスターソースだもん」
「あぁ、こっちか。ほれ」
「……もう無いわね。そろそろ恵みをお願いしなきゃかなぁ」
ディータはミーヤの呟きに眉を上げる。
「……行くのか?」
「そうだね、だって明日はスミコッタ焼きの予定だし。おじいちゃんも醤油味、好きでしょ?」
「……好きだが。でもお前の負担になるのなら要らん」
そう言って顔をしかめるディータをミーヤは苦笑しながら宥める。
「もう。“森”さんは別にアタシをどうこうしたりしないって説明したでしょ?
アタシの“役目”は森さんが強制したものでは無いの。ただ向こうから渡ってきたアタシなら、一番その役目を上手くこなせるだろうって事なんだよ?
嫌ならアタシは役目を果たさなくても良いとまで言われてるんだから。
それに森さんは、そんな役目の話を持ち掛けてしまったからって、アタシの事をずっと見守って手助けしてくれてるんだよ?
アタシ自身は、アタシにしか出来ないことならやるしかないよねって考えてるし。
だから森さんの事をそんなに悪くとらないで欲しいんだけどなぁ……」
溜め息を吐くミーヤをばつが悪そうに横目で見ながら、ディータはボソッと呟く。
「……お主は人が善すぎるんじゃ。森はしっかりお主の性格を見抜いて、そんな話を持ちかけたんじゃぞ」
「だとしても、よ。どちらにしろアタシにしか出来ない役目なら、アタシはそれをやるわ。
……だって、アタシの大事な人達の未来が掛かってるんですもん。悲惨な結末をアタシの力で回避出来るなら、アタシは頑張るしかないでしょ?そんなの当たり前の話だわ」
呆れたように諭すミーヤを、ディータは苦虫を噛み潰したような表情で見る。
「“日本人”の考えは良くわからん。何でそんなに献身的になれるのかのう……。儂がお主くらいの時は自分のことしか考えんで、周りとぶつかりまくってたがの」
「……ねぇ、それって“クロエ”の13歳と比べて?それとも“雅”の25歳と?」
「……後半だ」
「おじいちゃん、それだとちょっととんがってた思春期が長過ぎるな。落ち着くまで時間かかったのねぇ」
「25歳くらいならそんなもんじゃろ」
「そう?まぁ人にも依るか。アタシは元々こういう質なんだね、きっと。
さておじいちゃん、夕食食べてから“裏”に出掛けるわ。暗くなってから出るつもりだし、夜だから家にも誰も来ないと思うけど、もし来たら対処お願いね?」
「ハァ……わかった。充分気を付けていくんじゃぞ?」
「うん。……よし、これで出来たわ!さぁ夕食食べましょう~!ほら、おじいちゃんお皿並べて並べて~」
話しながらテキパキ料理をこしらえていたミーヤが全ての料理を作り終え、手をパンと鳴らしてディータに知らせる。
それを聞いたディータはスクッと立ち上がり、いそいそとミーヤの手料理をテーブルに並べていく。
「キャ~!我ながら見事な料理の数々!ん~やっぱり新鮮なお魚は和食で味わうのが一番よね!
じゃあおじいちゃん、準備は良いですか?」
「うむ!手もキチンと洗ったぞ!」
「よろしいっ!ではでは~」
二人は向かい合わせに座って、各自合掌する。
「「いただきまーす!」」
ミーヤは箸で、ディータはフォークで次々と目の前の御馳走を口に運ぶ。
「んー!やっぱり刺身サイコー!新鮮だからヤイガの身、コリコリッ!美ー味しー!」
「うむ……最初は生臭いわ固うて食べれんわと思うたが、これが中々……癖になって……うむ、美味い!」
次いでミーヤはすまし汁に手を伸ばす。
フー、フー……ゴクリ。
「あ~……ドンコの良い出汁出てるわぁ……骨身に染み渡る~。お行儀が悪いけど、この骨についた身をしゃぶるのが又オツなのよね~。
ホント、アタシ日本人で良かった~」
ホワ~ンとした締まりの無い顔ですまし汁を堪能するミーヤ。
「……しっかし美味いのう~。若いときの儂ならスマシジルなるスープなど、とても薄くて飲めんと言っとったかもしれんが、今の儂ならこの美味さがよぉく分かる!
ドンコの旨味がギューッと詰まっとる感じじゃわい!
スマシジルには骨と海藻と塩しか使うとらんのじゃろ?」
ミーヤに負けず劣らずの締まりの無い顔ですまし汁を味わっているディータが、彼女に問う。
「今日は塩も使ってないよ?ドンコの骨って出汁が良く出てくれるから、骨と海藻だけなの、使ってるのは。塩気はこの材料に含まれてる分のみよ。
ホーント棄てるとこ無いわよね~!」
「骨は残るじゃろうが……あ、まさかアレを作るのか?」
ディータは骨をしゃぶりながら、あるものを思い浮かべ、目を輝かせる。
「骨せんべいの事?流石にここまでしゃぶった骨では作らないわよ~。
この骨は乾燥させて畑の肥にします~。乾いてから細かく砕いてね?
ほらね、無駄が無いでしょ?」
ミーヤの言葉を聞いて、ディータはショボンとする。
「そうか……骨せんべい、作らんのか……」
ディータの残念そうな表情を見て、ミーヤは困ったように笑う。
「そんなに骨せんべい食べたかったんだ。……分かった、次に貰う魚の骨で作ったげるよ、おじいちゃん。
それまで我慢してくれる?」
ディータはミーヤに笑顔を見せ、大きく頷いた。
そんな取り留めの無い話をしながら、瞬く間に大量の魚料理は二人の胃袋に収まっていったのだった。
森さんは勿論黒き森の事です。次話で出ます。