212. ミーヤ
お読みくださりありがとうございます。主人公の名前が違いますが、次話以降で理由を明らかにしていきます。
「おじいちゃん、ちょっとお魚貰いに行ってくるね!」
「お、今日は魚か。こりゃ夕食が楽しみじゃわい。気を付けて行くんじゃぞ」
「うん、ルティーヤおばさんとこだもん。すぐ戻るよ」
「そうか、なら近いな。だが慌てて転けるんじゃないぞ?」
「もうおじいちゃんは~。転けたりなんてしないよぉ……多分?」
「多分て、ミーヤお前……。まぁとにかく気を付けてな?」
「はーい、行ってきまーす!」
ここは海の恵みが豊富な国、パルメール。
花と緑に恵まれたアーソルティー王国から、一つ国を隔てて存在する。
アーソルティー王国に比べ陽の光が強く、温度が高い。
又海の色は紺碧で空は真っ青、雲はどこまでも白く、日本の感覚で言うとまさしくリゾートと云った風情だ。
夜ともなれば二つの月が煌々と海面を照らし、星々が瞬いてまるでお伽の国のようだ。
パルメールはそんな気候の為か、そこに住む人々も総じて陽気だ。
何かお祝い事があると、即あちらこちらで足を踏み鳴らし、手拍子を取り、陽気に踊る人々を見ることが出来る。声も大きく、よく笑う。
そんな明るい国の端に在る小さな漁村、スール。
村人は百人にも満たない小さな村で、皆ほぼ自給自足の生活だが、畑も土が良いので実りは豊かだ。
村人達は物々交換をしたり、又働けない病気の者や年寄りにはお裾分けをして互いに支え合って暮らしている。
そんな小さな温かい村にある時、医者と云う老人とその孫娘がふらっと訪れた。
小さな村であるスールには、実は医者がいない。
たまに国内を巡回する騎士団に同行している軍医が、村に寄ってくれた際に病気の者は診察を受ける。
幸い食べ物には事欠かず、村中では水も豊富に湧いているお陰で村人達の栄養状態、並びに衛生状態は非常に良い。
なので普段は医者がいなくてもそれほど気にならないが、元気な者でも突然の怪我は避けられないし、暖かいこの国でも冬場は空っ風が吹いて寒いので風邪が流行る。
そういった時、医者の不在が村人達の心を不安にさせていた。
そんな村に訪れた老医師だったので、ここぞとばかりに村人達は必死に引き留めに掛かった。
家を用意し、食べ物を分け、薬草のための畑まで作ってしまった。
最初は腰を落ち着けるつもりがなかった老医師達も、次第に村人の誠意にほだされていき、いつしか乞われるままに診療所を開くようになった。
それからもう2年になる。
今では老医師ディータとその孫娘ミーヤは、すっかりスール村に馴染んでいた。
「こんにちはー!ルティーヤおばさ~ん、ミーヤです。お魚頂きに来ましたー!」
「ああ、ミーヤいらっしゃい!ほら、今日の魚はドンコだよ。それとアンタの大好きな貝のヤイガにこの大きなスミコッタ!これもやるよ。
ミーヤなら、このスミコッタ欲しいだろ?」
「わ!やったーっ!欲しい欲しい、絶対欲しい!
嬉しいなぁ、今日も御馳走だよ~。あぁホントにこの村は美味しいものがいっぱいで、アタシは幸せだぁ。
ありがとうルティーヤおばさん!
ボルドおじさんにもお礼を言わなきゃ!」
「アハハ!ミーヤはホントに良い娘だねぇ。ウチの馬鹿娘とはえらい違いだよ。
ちったぁあの子もミーヤを見習うと……」
「まぁたアタシとミーヤを比べて文句言ってるよ、ウチの母さんは!
ミーヤいらっしゃい~。ねぇねぇ!今度この布で髪飾り作りたいんだけど、何か良い案ないかな?」
「あ、可愛い布だね!ん~そうだねぇ……ラティア、良かったら明日ウチにおいでよ。幾つか思い付いたから、絵で紙に書いたげる」
「ホントに?!やったぁ!明日お昼に行って良い?ミーヤの料理食べたいし!」
「良いよ!スミコッタがあるからスミコッタ焼きしてあげる」
「キャーッ!ミーヤ大好きーっ!あれホントに美味しいよね!あんなのミーヤしか作れないよ」
「鍛冶屋のドッジおじさんのお陰だよ。あのスミコッタ焼きが出来る鉄板を作ってくれたから、アタシもラティアに焼けるんだもの」
「ミーヤ、アンタスミコッタ焼き作るんなら、いっぱい作っておくれ!
アタシもボルドもあれが大好きなんだよ~!」
「うん、分かった!じゃあラティアにお土産に持って帰って貰うね。
だけどこのスミコッタ、明日には無くなっちゃいそうだね~」
「大丈夫、又ウチの父さんが張り切ってスミコッタ獲ってきてくれるから!だからスミコッタ焼きお願いね?」
「アハハ、分かったよ。じゃあ貰って帰ります~いつもありがとう!」
「先生によろしくね、ミーヤ」
「はーい!そうだ、ボルドおじさんは浜に居るの?」
「そうさね、今日はもう漁は終わったから浜で網を修理してるはずだよ」
「じゃあおじさんにお礼言ってからから帰るね。それじゃ!」
「ああ、気を付けて帰りなさいよ~。ラティア、アンタ家まで一緒に行ってやりな!」
「しょうがない、お供するかぁ」
「良いよ、一人で帰れるって~」
「ドンコとヤイガとスミコッタを持ってヨタヨタしてる女の子を放ったらかすなんて、出来るわけ無いでしょ?
絶対重すぎて転ぶわよ。アンタ結構鈍くさいとこ有るし。
母さんもアタシも端からアンタを一人で帰らせるつもりなんて無いんだから、遠慮しなさんな」
「そうなの?……へへ、ありがとうラティア!」
「よし、じゃあ母さん、この子送ってくるから~」
「ラティア、アンタ帰りにユーリゴとこに寄るんじゃないよ!直ぐ帰るの忘れちまうんだからね!」
「えー……今日はユーリゴに会えてないのにぃ」
「あと半月で結婚すんだろ!ちっとは我慢しな!」
「……はーい、分かったわよぉ~もお!じゃ、行こっかミーヤ!」
「うん、さようならルティーヤおばさん、又来まーす!」
「あぁ、気を付けてね」
見送るルティーヤに手を振りながら、ミーヤとラティアはボルドのいる浜辺に降りる。
「ボルドおじさーん!今日もお魚ありがとーっ!
おじいちゃんと美味しくいただきまーす!」
浜辺で座りながら、漁具の網を繕っていたボルドは、ミーヤの明るい声に顔を上げた。
「おうっ!先生にたんと食わしてやってくれよ~。勿論ミーヤ、お前もしっかり食えよ!
又いつでも分けてやっから!」
「父さん、ユーリゴは~?」
「……アイツは今網の紐を取りに漁師小屋に走っていったよ。
直ぐに戻って……チッ、ホントにもう戻ってきやがった」
「あ、ユーリゴ!お疲れ様~」
ラティアは父への労いなどそっちのけで、こちらに走ってくる浅黒くて逞しい体の青い髪の若者、ユーリゴに走り寄る。
「親方ー、この紐しかないぜー!って、ラティアじゃないか~!どうしたんだよ?」
ユーリゴは愛好を崩して、自分に走り寄ってくる赤毛の娘を抱き締める。
「ンフフ、今からミーヤを送ってくるのよ。でも今日は未だ貴方の顔を見ていなかったから……会えて嬉しい」
「そっかぁ。俺もラティアに会えて嬉しいぞ。ミーヤ、いつもラティアと仲良くしてくれてありがとうな!」
熱々の二人をミーヤは微笑ましく見守りながら答える。
「いえユーリゴさん、アタシこそありがとうですよ。アタシの方がラティアにお世話になってるんですもん。
今日もボルドおじさんとユーリゴさんが獲って来たお魚、こんなにいっぱい貰っちゃったし!ホントありがとうございます」
「ああ、それ今日一番の獲物だったんだよ。親方はミーヤと先生にぞっこんだからなぁ。
先生にいっぱい食べさせてやってくれな?」
ラティアの腰に手を回しながら、ミーヤに明るく笑いかけるユーリゴ。
ミーヤは大きくコクンと頷く。
「はい、明日はこのスミコッタでスミコッタ焼きを作ろうと思って……」
「「スミコッタ焼きだとっ?!」」
ミーヤの言葉にユーリゴとボルドは噛み付く。
「ヒエッ!」
二人の余りの勢いにミーヤは肩を竦める。
「ミーヤ、それ俺と親方の分も出来るかっ?!」
「おう、ユーリゴ良く言った!ミーヤ、頼むわ!」
ヨダレを垂らしかねない二人の様子にミーヤとラティアは苦笑する。
「もう恥ずかしいなぁ二人とも!ちゃんとミーヤに頼んでるって~!
明日お昼にミーヤん家にアタシ行くから、帰りに貰ってくるわよ。
それで良いでしょ?」
ラティアがユーリゴに明日の予定とスミコッタ焼きのお裾分けの話をすると、途端に二人はニコニコ笑顔に変わる。
「よぉっしゃ!明日の漁、気合い入ったーっ!ラティア、親方、俺明日絶対にスミコッタ又獲るぜ!」
「おお!今日のスミコッタは明日のスミコッタ焼きにすべて消えるだろうからな、明日も絶対獲るぞ、ユーリゴ!」
二人の漁師は頷き合う。
「ミーヤ、俺と親方も楽しみにしてるからたっくさん頼むな?」
ユーリゴはミーヤに念押しして頼むと、ミーヤはクスクス笑いながら頷いた。
そうして漁具の修理中の二人と別れ、ミーヤとラティアは浜辺から少し離れた丘の上の診療所に向かって歩き出す。
「ねぇラティア。髪飾りって結婚の御披露目に着ける奴なの?」
「うん、アタシのドレスはユーリゴの目の色、紺色だからさ。あの布で髪飾り作ると合うでしょ。
ちょっとだけ豪華な飾りにしたくって!」
「そうかぁ~じゃあ張り切って作んないとだね!アタシも頑張って考えたげる」
「ありがと!ミーヤ達が来てくれてから皆感謝してるんだよ。先生はお医師だし、ミーヤはミーヤで料理上手で気立てが良いし、いっぱい色んな事思い付くしね。
アタシも友達が出来て凄く嬉しいし!」
ラティアは嬉しそうに話す。
ミーヤもそれに相づちを打つ。
「アタシもラティアと知り合えて良かった。おじいちゃんと二人で3年ほどあちらこちらに旅する日々も楽しかったけど、スール村はアタシ達に凄く優しいもの。
美味しいものもいっぱいだし、皆親切だし、海や山は美しいし、友達は出来るし、言うことなし!」
両手にぶら下げた魚入りの袋を抱えあげて、ラティアに笑いかけるミーヤ。
ラティアは笑みを返しつつ、スッと表情を改める。
「……だけどずっとこの村には居られないんだよね、ミーヤは。いつかは生まれた国に帰るんでしょ?」
ミーヤはラティアの表情を見て、小さく頷いた。
「うん、この村の事は大好きだけどね。一度は戻らないと……本当の意味でアタシは進めないから」
ラティアはハァ……と溜め息を吐く。
「ミーヤは変なとこ真面目だから。アタシだったら戻らないけどな。だってその国にはアンタや先生を苛めた奴等が居るんでしょ?!
どうして自分達を守ってくれない国に帰る気になれるのか、そっちの方が不思議だよ」
ミーヤはラティアの言葉に苦笑しながら頷く。
「ホントにラティアの言う通りだと思う。だけど理屈じゃなくて、心がそれを許さないのよ。
アタシの両親も周りもアタシを守ろうとしてくれていた。でもそれは叶わなかった。だからおじいちゃんにアタシを託したの。
小さかったアタシももうすぐ13歳になるわ。自分をなんとか守れる位にはなったつもりよ。
だから……近い内にこの村を出て、あの国へ向かう事になると思う。全てを清算する為に」
空を見上げてそう話す友を、ラティアは悲しげに見つめる。
「……アンタから話を聞いたときは驚いたわよ。まさかアンタが凄い魔力持ちだったなんてさ。
だけど、そんなもの無くったってこの村は皆幸せに暮らしてるわ。魔力なんて無くてもやっていけるのよ。
だから力を持つアンタに無理を強いる様な奴はここには居ない。ここでならアンタは幸せに暮らしていけるのに。
だけど国に戻れば、またアンタは狙われる。そんなの嫌よ、アタシは大事な友達のアンタを失いたくないんだ!
ねぇ、考え直してよ……この村の皆は、アンタ達が大好きなんだよ。
……お願いだからそんな国に帰らないでよ、ミーヤ」
「……ありがと、嬉しいよラティア。だけどいつかはここにも奴等はやって来るかもしれない。本当にしつこい奴等だからね、油断できないのよ。
アタシはもう、アタシのせいで誰かが狙われたりするのは嫌。
……2年は長すぎたの、そろそろ動かないと、ね。
大事なこの村と皆に迷惑を掛けたくないんだよ」
強い意志を秘めた目で話す友を見て、ラティアはそれ以上異を唱える事が出来ず、唇を噛み締める。
「やだラティア、何も永遠の別れって話じゃないよ。又きっとこの村に来るから、ね?」
「……絶対よ。それにアタシとユーリゴとの結婚式まではここに居てくれるわよね?」
「勿論!ウェディングケーキを作るんだからね、絶対居るわよ」
「うん……。あぁ、この話はもう止めた!落ち込んじゃうもん。
あ、先生が手を振ってらっしゃるわ。早く行こっ!」
気持ちを切り替えたラティアが、診療所前のディータを見つけて明るく言う。
ラティアに頷きながら、ミーヤは
(ありがとう、ラティア。ホントに戻って来たいなぁ、スール村に。
だけどアタシには役目が有るから……戻るのは無理かも、ごめんね)
と、一人心の中で優しい友に詫びるのだった。
スミコッタはタコの様な軟体生物です。スミコッタ焼きはたこ焼だと考えてください。因みにドンコは鯛に似た魚で、ヤイガはサザエに似た貝です。