196. 森の外へ
お読みくださりありがとうございます。
初めての森の外です。
「じゃあ母さん、行ってきまーす!」
「良いわねクロエ、絶対に一人で歩き回らないこと!先生や父さんから絶対に離れちゃ駄目よ?」
「はい!一人には絶対になりません。大人しくします!」
「……こ奴が聞き分け良すぎると気味が悪いの。行くのを止めるか」
「何で?!何でそんな意地悪言うんですか、先生!」
「……クロエ、落ち着いて。貴女が浮き足立ってるから、先生がからかわれただけよ。
もう、いくら面白いからって先生もクロエで遊んじゃ駄目ですよ。
とにかく気を付けてね、良い?」
「母さん、僕がクロエの手をしっかり握っとくから。一人には絶対にさせないよ。安心して」
「コリン、お願いね。クロエ、コリンの手を離しちゃ駄目よ?」
「……アタシ一応中身大人なんですが。でも解りました。手を離しません。お兄ちゃん、よろしく!」
「……皆良いか?じゃあ行くぞ」
「「母さん、行ってきまーす!」」
朝食後、手早く身支度を終えた3人はガルシアが御する小さな荷馬車に乗る。
クロエは法具で髪を金色に変化させて、森の外に出る事になっている。
既に今の彼女はコリンやガルシアと同じ金髪に変わっていて、お揃いのコリンが少し嬉しそうにしている。
クロエ自身も前世から今世を通じて初めての金髪に、ウキウキしていた。
森の家から森の入口までは大分距離があるので、歩いて行くのは現実的ではない。
荷馬車でも半時は軽く掛かるのだ。
クロエはいつも行く守るべき地とは反対方向に進み始めた荷馬車の上で、キョロキョロする。
「……皆付いてきてるね、ななちゃん」
(みなクロエさまがしんぱいなのですよ。……ほんとうにそとにまいられるのですか、わたくしもしんぱいです)
後ろから上から付いてくる動物達に手を振りながら、クロエが笑う。
「大丈夫、無茶はしないわ。ただ雑貨屋さんで買い物をして帰るだけよ。皆心配性なんだから」
「なに、クロエ。動物さん達が心配してるの?ななちゃんも?」
「うん、そうなの。アタシって信用無いんだな~」
「ホントに森から直ぐのところだから、大丈夫だよ。
皆クロエを大切に思ってくれてるんだね、僕と一緒だ」
「へへ、何だか照れ臭いな。皆のためにも今日はお行儀良くしないとね!あ~ドキドキするわ」
「ハハハ、そんなに気負わなくても行くのは小さな雑貨屋だし。それに実はそこに買い物に来るのは、森に来る騎士達と定期巡回に来る騎士、そしてウチくらいなんだよ。
ジェラルド様が信頼する元使用人のロイドが、店をあの方から託されて営んでいるんだよ。
だからジェラルド様のお店と言っても良いくらいだ」
クロエはガルシアの話に驚く。
「そうだったの?!なーんだ、じゃあ緊張しなくても大丈夫なんじゃない!なーんか力抜けちゃった」
「一の結界内じゃからの。森の結界の外には二重の結界が更に張ってあっての。一の結界は内側の結界じゃ。守るべき地と黒き森の守りは厳重にしておる。
ま、それでも外には違いないんじゃ、森の外の景色を楽しみにしておれ」
ディルクがニヤリと笑ってクロエに話す。
クロエは頷きながら質問をする。
「ねぇ、その雑貨屋のロイドさんってどんな人?」
この質問にはガルシアが答える。
「ああ、豪快な親父だよ。年格好はライモンド様より10歳くらい上だ。
雑貨屋、まぁロイドの店にはロイドと奥さんのターサ、夫婦の一人娘ジーナが暮らしていたんだ。
店も夫婦で営んでいたよ。
確か娘のジーナは王都に行儀見習いに何年か前に出てたんだがそこで結婚し、暫く前にロイドの店の後を継ぐために夫と共に戻ってきたらしい。
……実はロイドが体調を酷く崩しててな。ジーナの旦那もえらく心配して、この店を継ぐことを了承してくれたそうなんだ。
ジェラルド様から報告は受けているんだが、その旦那に会うのは俺も初めてなんだよ。
さて、どんな奴がやって来たのか楽しみだ」
「へぇ。ロイドさん、体は大丈夫なのかな?心配だね」
「酒の飲みすぎだろうとは思うんだが。ロイドは酒が好きだからな。
ターサがいつも心配しているよ。
まぁ、奴の店はいつでも開けてくれるから、行ったら休みでしたは無いから」
荷馬車は順調に森を進む。
コリンとクロエは森の動物達に声を掛けたり、あっち向いてヒョイ等をしながら楽しく道中を過ごす。
やがてガルシアが荷馬車を止めた。
「父さん、どうしたの?」
「もうすぐ森の外に出る。ほら、もう木の間から見えるだろう。
クロエ、髪は?先生に確認をしてもらいなさい」
ガルシアがクロエに指示すると、直ぐ様彼女はディルクに今一度法具である髪留めを見てもらう。
「うむ、髪はコリンと同じ金髪だから、これを……よし、このくらいの明度で良い。
コリン、横に来なさい。……よし、ほぼ同色だな。これで固定、と。
よしガルシア、いつでも進んで良いぞ」
「はい、では出るぞ!」
ディルクの合図でガルシアが再び荷馬車を進ませ始めた。
「あ、丘が見えるわ!あそこはもう森の外なのね……」
(クロエさま、わたくしはこのあたりでおまちしておりますわ。
どうかくれぐれもおきをつけくださいね。もりにもどられたらすぐにおそばにまいりますゆえ。
……ではしつれいいたします)
ななはクロエの肩からジャンプし、近くの木の枝に飛び移った。
「ななちゃん、皆行ってきまーす!直ぐ戻るからね~。待ってて~!」
後ろに付いてきていた動物達もピタッと動きを止め、横一列に並んでクロエ達を見送っている。
その姿はまるで、前の世界の“忠犬ハチ公”のようであった。
クロエは彼等に大きく手を振り、やがて前を見据えた。
木が消えて、なだらかな丘が目の前に広がっていく。
……一瞬フワッと何かを通り抜けた気がした。
ふと気付くといつも身に優しくまとわり付いていた何かが消え、森とは違う乾いた空気が代わってクロエを包み込んだ。
「これが……森の外」
クロエは空を仰ぐ。
空は守るべき地と同じ様に青く、雲もいつも通り流れている。
地面を見ると丈の低い草が青々と風に吹かれてなびいている。
所々に可愛らしい野の花が優しく揺れていた。
「……父さん、停まってもらって良い?」
クロエの頼みにガルシアは荷馬車を停める。
「どうしたんだ?」
「草と花を摘んでも良いかな?持って帰りたいんだけど……」
「……まぁクロエの事だし森も許してくれるだろう。後から必ず処分をするんだぞ?」
「ありがとう!」
クロエは荷馬車から降りて、地面に座り込んだ。
「これとこれと……香りは……うん、前の世界のと変わらないわ。
花は前の世界と同じ様に見えるわね……これなんて蓮華草とソックリ!
あ、これはちょっと見たことないな。……これも持って帰りましょ」
ブツブツ呟きながら、草や花を採取するクロエ。
コリンが横に並んで座った。
「どれが欲しいの?僕も手伝うよ。
だから離れないでね。母さんと約束したんだから」
「あ、そうだね、ごめんなさい。じゃあね、あそこのとあっちのを摘んでくれる?
アタシはその横のを摘むわ」
「任せて。あそことあっちのとだね」
2人で手分けして採取を行う。採取は程無く終わり、2人は荷馬車に戻った。
「終わったのか、クロエ」
「はい!森の草や花と比較したくて。前の世界の花と良く似たものも有って楽しいです!」
「フム、お主も案外研究熱心じゃな。昨日の言葉は訂正せねばならぬの」
「訂正?何をですか?」
「お主は感覚で魔力を行使すべきだと云う見解は変わらないが、術式を考案したり組み合わせたりするのも案外向いてるやも知れんな」
「化学苦手ですよ、アタシ?」
「何と言えば良いかの……術式構築には閃きが重要でな。お主はそこの部分に関しては才能豊かじゃろ?
つまりは想像力。思い描く理想の効果を編み出す為には何と何が必要か、それを自身で想像しながらその効果を引き出すための最適な手段を模索する。
その作業が術式の構築なのじゃ。これは知識は勿論、又絶対に欠く事が出来ぬのが想像力よ。
それを土台に、後は失敗を繰り返すことにくじけぬ根気、全ての結果を面倒臭がらず記録し整理していける几帳面さ、そして自分が思う事柄や見たり聞いたりしたものを具現・再現化させる為の飽くなき探究心が必須なのじゃ。
どうじゃ、お主の植物画の描き方と良く似ておるんじゃないか?」
「絵を描くのと、術式を作るのが似ている?そうかなぁ。
う~ん、絵の方が簡単な気がしますけど」
「儂には術式を作る方が簡単じゃ。儂では間違ってもあの絵は描けぬよ」
「そうかな~?案外簡単ですよ?」
「術式も案外簡単じゃぞ」
「……とてもそうは思えないんだけど」
ディルクとクロエがそんな話をしていると、2人にガルシアが声を掛けた。
「あそこに荷馬車を停めますよ。
さて、店に入る前にクロエ、お前に言っておかなきゃならないことがある」
「何?父さん」
「ロイドなら心配することは無いが、恐らく今は療養中で床に付いてる可能性が高い。
となると、店番はターサかジーナ、若しくはジーナの旦那がやっている筈。
ジェラルド様が認めた者だから大丈夫だとは思うが、何せジーナには10年近く会ってないし、旦那に至っては初対面だ。気を付けるに越したことはない。
良いか、店番をやってる者がお前に触れようとしたら直ぐに逃げろ。
お前は人見知りだからと言えば言い訳がつくから、相手の気持ちなぞ気にしなくて良い。
特にお前の髪や髪留めを異様に褒めたり、触ろうとしたら直ぐに嫌だと叫んで逃げるんだ。
決して油断はするなよ。ここは森ではないのだからな」
今までとはうって代わった厳しい表情で、ガルシアはクロエ達に警戒するよう命じた。
クロエは目を丸くして驚くが、コリンとディルクは同じく真剣な表情で頷き、了解した。
「儂はいつでも扉を開けて逃げられるよう、店の戸口近くで待機しよう。クロエよ、ガルシアが言うようなことがあれば、周りを気にせず直ぐに戸口に走るんじゃ。良いな?」
「僕は横に居るけど、僕の事は気にしないで外に逃げるんだよ。お前が逃げられるよう、僕はお前の後ろを守るからね」
3人に代わる代わる言われ、クロエは次第に怖くなってきた。
「……い、行かない方が良いのかな?ここでもそんなに危険なら、今からでもアタシは帰った方が」
クロエの怯え様に、ガルシアとディルクは少し表情を和らげる。
「いや、森の外は常に危険に満ちているって事をお前が忘れなければ良い。初めての買い物を楽しみたいだろう?
今こうやってお前に注意しておけば、店で浮かれすぎることは無いだろうからな。それが狙いだ。
良いかい、常に警戒心を忘れずにね。
脅かして悪かったがせっかくなんだ、今日は楽しみなさい」
「何も起こらなくて当たり前、という油断をしない為の警告じゃよ。
注意は直前の方が頭と体に鮮烈な記憶となって残るからな。
お主は安全で平和な世界からこちらにやって来た。警戒心が儂らと乖離していても仕方の無い事ではある。
だがそのままの感覚では危なすぎて、いつまでもお主を森の外に出してやれないからの。
これは実地の訓練だ。お主の注意力や警戒心を育てるためのな。
先ずは比較的安全な所から一歩ずつ、少しずつ進む。
……それを理解した上でしっかり楽しむ事じゃ」
「大丈夫、クロエは僕達が守るから!だからクロエは買い物を楽しんでね。
ただ、僕から離れちゃダメだよ、いいね?」
クロエの様子に3人が脅かしすぎたかと幾分反省して各々言葉を和らげつつ、その真意を語る。
3人の言葉の端々から自分への気遣いを感じ、クロエは漸く体から力を抜いた。
「わかった、充分気を付けて楽しむよ。母さんから頼まれたものも買わないといけないしね!」
気を取り直して明るく答える彼女を見て、3人は愛おしそうに目を細めた。
クロエは改めて黒き森を見る。
幼い自分でも走れば、直ぐに森の中に飛び込める程しか離れてはいない。
(いざとなれば森の中に逃げ込めば良いってことよね。よし、油断せずに行こう!)
振り返って雑貨屋に目を向けた後、再び森を見て距離を確認し、クロエは頷いた。
「じゃあ行こうか。まず俺が店内に入るから、その後に続いてコリン、クロエ、最後に先生が入ってください」
そう言うとガルシアは店の前に進んで扉を開けた。
「こんにちは。品物を見せてもらいたいんだが。
……うん?失礼、俺は森の者だが、アンタは?」
店に入って店番とやり取りをするガルシアの声が聞こえた。
コリンとクロエ、ディルクは扉の外でガルシアに呼ばれるのを待つ。
やがて扉が開き、ガルシアが3人を呼んだ。
「良いぞ、入らせてもらいなさい」
その声で3人はゆっくりと店内に入る。
木で出来た素朴な観音開きの扉を開けて中に入ると、日本の感覚で大体10畳程度のこじんまりとした店内には、左右に棚が設えてあって、そこに色々なものが陳列されていた。
扉と同じく木で内装を設えた店内は、木の香りがしている。
全体的な印象は、現代日本なら超ど田舎の昔ながらの商店と云ったところか。
又店の奥に小さなカウンターがあって、そこに店番がいる。
店番とおぼしき背が高くて若い男性がニコニコと笑いながら、自分達を見ていた。
その店内をコリンはクロエの手を引きながら、楽しそうに棚を覗き込んでいく。
又店の中央には大きな台が設えてあり、戸口から見えやすいように少し傾斜させていて“目玉商品”と思われる品が幾つか並べられていた。
クロエはキョロキョロと店内を見渡す。
(わぁ……懐かしい雰囲気のお店だな。確かに品揃えは少ないし、田舎にある何でも屋みたいな感じだけど。
でも掘り出し物とかがありそうでちょっとワクワクしちゃう。
あー何年ぶりかな、ショッピングなんて!)
そんな事を考えているクロエの顔は、嬉しさで自然と笑顔になっていったのだった。
森から出るときに潜り抜けたのは神域の結界です。
森の眷族であるなな以下森の動物達は、その結界外に出ることはできません。
なるべく早く更新します。