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やりたい事をやる為に  作者: 千月 景葉
第一章 黒き森
191/292

195. お出掛け前日

お読みくださりありがとうございます。

ここちゃんがいつの間にか引退しています(笑)。

詳細は本文で。

「もう少し意匠を凝っても良いんじゃないのかのう」


「試作品だから簡素に作ったって聞いてますけど、アタシにはこのデザイン、意匠が凄くしっくりきます。

 豪華にする必要なんて無いですよ。着けやすいし、それにとても可愛いじゃないですか!

 アタシは既にこれがお気に入りなんですよ」


 法具の髪留めを前に老教師のディルクが腕組みをして唸る。


 今連続装用で絶賛効果検証中のクロエ変身用グッズの法具の意匠、つまりデザインをもっと洗練されたものにしたいと話し合っているのだが、クロエがこのままで良いと譲らないのだ。


 目の前には幾つかのデザイン画が置かれてあったが、どれも凄く凝っていてクロエには却って使い勝手が悪いようにも思える。


 デザインをしたのはリュシアンとディルクだ。


 この世界の流行というか、好まれるのはとてもゴージャスなデザインだ。


 その基準で見れば、リュシアンやディルクは寧ろ未だあっさりしたものを好んでいる方だ。


 だがその2人が思い描くデザインですら、前の世界の価値観を持つクロエにとっては豪奢にすぎるのだ。


 銀かプラチナと思われるきらびやかな素材に繊細な透かし彫りを施し、所々に魔晶石や宝石をあしらっているのが、全てのデザインに共通していた。


 そんな豪奢なアクセサリーを前の世界では手に取ることもしなかった彼女にとって、とても普段使いが出来る代物には思えなくて当然だった。


 今の試作品は金属を使ってはいるのだが、術式を模様に見えるようにデザイン化したものを縁に彫り込み、魔晶石は裏側に髪に直接触れるように埋め込んでいる、もしかしたら前の世界でも売ってそうな可愛い物だった。


 事前にどういう使い方をするかと話し合ったのだが、髪型によって付け方を切り替えられるように、ゴムや紐は後から幾らでも付け替えが聞くように紐通しの筒のような穴が何ヵ所か付けられている。


 リボンに通してカチューシャのワンポイントにも出来るし、バレッタのようにも使えるよう金具も作られていた。


 又ミラベルのようにツインテールにした場合、同じタイプの髪留めが2つ必要になるから、それを見越してこの試用法具はちゃんと2つ作ってくれてある。


 本当に至れり尽くせりである。


 クロエはそこまで2人が自分に心配りして作ってくれたこの試作の法具が、本当に愛しくて仕方なかった。


「アタシはこれが良いんです。先生とリュシアン様の気持ちが籠っているんですから。

 だからそんな豪華な物は必要ないです。こんな豪華な髪留めだと、アタシは落としたり壊したりするのが怖くて、外を出歩けなくなりますもん」


「うーむ。リュシアンはもっと美しいものをと張り切っておったがな」


「それは又いずれ、アタシが成長した後にお願いします。

 今現在の小さなアタシには、この試作品でも贅沢な位なんですから」


「……わかった。では暫くはそのままで着けなさい。変化はどうだ?コレットやコリンが見ていて何も言わなかったか?」


「はい、全く問題ないです。アタシは解らないけど、抜け毛も全く無いし。

 これって法具が抜けた髪を吸収してくれているんですよね。

 溜まった抜け毛はどうなるんですか?」


「溜まらんよ。抜け毛を術式が魔晶石の糧にしておるからな。

 髪の毛や爪など、魔力の持ち主の体が生成したものには大なり小なり魔力がある。

 又、法具の魔晶石からは少しずつ術式に魔力が供給されているから、魔晶石はいずれ力を失う。

 その魔晶石の魔力を補う為に、抜け毛は術式が分解してその含有している魔力を吸収するようにしてある。

 言うなればクロエの体から魔晶石の魔力を供給しているのと同義だ。

 その供給源を抜け毛に限定したまでの話よ。

 抜け毛でバレる心配を無くすと同時に、魔晶石の魔力節約にもなる。

 因みに頭皮と繋がっている髪は分解の術式は働かぬ。だから着けていてもハゲる心配はないぞ?」


 ディルクはそう言ってニヤリと笑った。


 クロエは苦笑いして言葉を返す。


「ハゲるなんて考えてませんよ。でも術式って凄いんですね。金属に彫り込んであるだけで、そんなことが可能なんて……。

 まるで前の世界の化学式が意志を持って動いてるみたい」


「魔力を込めて術式を彫り込むと、術式は力を得て起動するんじゃよ。

 化学式なるものは知らぬが、ある事象を変化させるには別の事象をぶつけたり混ぜたりして切っ掛けを作る必要がある。

 そう、至って簡単な理屈なんじゃがな」


 ディルクは事も無げに言ったが、クロエは肩を竦めて反論する。


「簡単な訳無いですよね?だって先生とリュシアン様の疲れ方を見てると解りますよ。凄く苦労して考えてくれたんですよね。

 アタシの為に本当にありがとうございます」


 ディルクが何故か苦虫を噛み潰した表情となる。


「何だか自分の力不足を痛感するのう。このくらいの法具、ちょちょいと作れると思うておったのじゃが、思いの外苦労したわい」


「抜け毛リサイクルをしてくれる術式なんて、アタシには想像すらできません。

 ……化学、苦手だったし」


「まぁお主の場合は感覚で魔力を行使する方が性に合うとるんじゃないか?

 術式を考えたり、それを組み込んだ法具を作るのは理屈っぽい儂やリュシアン、後は……そうじゃなライリーのような者が向いとる。

 ジェラルドやマティアスのような直情型の者にははっきり言って向かん。全く素養がない。

 仮に奴等が作ったとしたら、その術式はさぞ恐ろしい結果を生むじゃろうな」


 ディルクの言葉に興味を持ったクロエは突っ込んで尋ねた。


「恐ろしい結果って例えばどんな風にですか?」


「そうじゃな。例えばお主の髪留めの術式を、奴等が今の効果を出せるように幾つか考え出して組み合わせたとする。

 現に儂とリュシアンは少なくとも10以上の術式を組み合わせておる。

 相性の良くない式も有るんで、どちらの効き目を大きくするか、補助式を付けるか等、それこそ幾つも考えなければならん問題がある。

 しかし奴等にはそういう釣り合いを数値的に考えたりする素養がない。

 これとこれがあればこーなるだろうと言う単純で安直な考えのもと、式を組み合わせ発動させたとする。

 すると術の効果が何倍にもなって思わぬ過剰反応を辺りに撒き散らすか、相反する式の反発力で魔力爆発事故が起きるか、といったところかのう。

 具体的には軽いものでお主の髪が全て消えてしもうたり、最悪の場合お主はおろか周りの人間の髪が全て消える、とかな。

 もっとも恐ろしい結果としては、魔力の爆発でお主の頭が吹っ飛ぶという……」


 ディルクが淡々と例を上げていくと、聞いてるクロエは次第に表情を強張らせ、頭が吹っ飛ぶの言葉でとうとう

「ヒイィッ!も、もういいです、解りました!絶対あのお2人には頼みませんし、アタシも自分で作ろうなんて考えたりしません!」

 と首をブルブルと横に振って否定の意を表した。


「ま、それがええじゃろ。さて、では明日はその髪型で行くんじゃな?」


「はい、余り凝った髪型より普段通りの単純な髪型の方が、今後のためにも良いですし」


 クロエはそう話してハーフアップの髪を撫でる。


「では使用する法具は1つじゃな。又次の機会には2つ使用で検証してみよう。

 検証結果の記録は、多ければ多い方がより良いものを作れるからな」


 ディルクはそう頷いて話し合いを締め括った。





 小屋から家に戻ったクロエはコレットのもとに向かう。


「母さん、明日の買い物で何か欲しいものはない?

 言っといてくれたら買ってくるよ」


「あら、ありがとう!そうねぇ……新しい布が欲しいわ、後は色んな色の糸ね。

 貴女の好みで選んできてくれる?どんな布を買ってきてくれるか楽しみだわ。

 余り多くは無いと思うんだけど、何枚かは品を揃えてると思うし。

 それから小さな蓋付きの陶器の容れ物が欲しいかな。

 水差しのような形の物も欲しいわね。

 ほら、ショーユやミソ、後ウスターソースとか新しい調味料を淹れる為に」


「あー、ハイハイ成る程!紙に書いておかなきゃね。

 後からもう一回言ってくれる?」


「じゃ今から貴女の部屋で書きましょうよ。もう少し夕食の仕込みまで間があるし」


 クロエは母の言葉に頷き、先に立って自分の部屋に戻る。


 部屋の中は既にクロエの私物しかない。


 ベッドも1つだけだ。


 ミラベルが戻ってくるときには物置からベッドを出すが、使わない物は直ぐに片付けるのがこの世界での常識らしい。


 クロエは姉のベッドが片付けられる際

「別に置いといても構わないのに……寂しくなっちゃう」

 と呟いたところ、両親や兄から

「使うときに出せばいい。使わない物を置いておいても、邪魔になるだろう?別にベッドが無くなってもミラベルは怒らないよ。

 前の世界では使わない物は片付けないのか?」

と首をかしげられてしまった。


「いや、向こうでも片付けるんだけど……何て言うか情緒的な問題?

 少しの間お姉ちゃんのベッドを見て郷愁に浸るとか……お姉ちゃんの匂いを嗅いで、安心したいというか」


 クロエが気持ちを説明すると

「うーん、何だか余計に寂しさが後を引きそうな風習ねぇ。

 寂しいなら別のことで気持ちを切り替えるか、とことん泣いて寂しい気持ちを綺麗さっぱり流せば良いのよ。

 ミラベルはエレオちゃんやアナスタシア様達と上手くやれると思うし、又里帰りもさせてもらえるんだから、何の心配も要らないわ。

 さ、クロエも気持ちを切り替えましょうね!」

 とコレットに仕方無いわね~とばかりに軽くあしらわれてしまった。


 そう言う訳で、今女の子部屋はとても広くなっている。


 今のこの部屋はクロエが作ったものがバランス良く部屋の中に配置されているので、物は少ないけれど寂しいと云った感じはしない。


 絵も部屋で思う存分描けるよう、絵を描く専用の机を娘に甘い父が作ってくれた。


 ミラベルの家具が減った分、クロエの家具が増えたのでガランとした感じになる筈もなかった。


 又、この森では色んな事があるのでクロエは5年前から日記をつけ始めている。


 ライリーが旅立った日から毎日コツコツと書き貯めていた。


 読み返すことは殆ど無いが、いずれ自分も森の外に奉公に出るのなら、それが決まったときに読み返したいと思っている。


 この緑の季が過ぎたら、コリンも旅立つのだ。


 だから末子の自分が旅立つときには、この日記を両親にプレゼントしようと考えている。


 この地に残る両親に読んでもらって、子供を全て世に送り出した後の寂しさをまぎらわせて貰えたら良いと思う。





 クロエは自分の部屋に入ると、早速文箱をテーブルの上に置く。


 コレットと2人で良くこの部屋で縫い物をしたりもするので、母もこの部屋に置いてある自分用の椅子に直ぐに座った。


「じゃあ、母さんさっき話してくれた買ってくる物、順に言ってくれる?

 アタシ書いていくから!」


「ええ。……あら、そろそろ紙も無いんじゃないの、クロエ?

 それに絵の紙はどうなの?」


「そうだったわ!アタシ、紙を買わなきゃと思ってたんだった。

 後、インクも欲しいんだよね。先生がこの間王都で買ってきてくださったのも、もう半分になっちゃったし。

 ……使うの早くてごめんね、母さん」


 クロエが気にして謝ると、母は目を丸くして止める。


「何を言ってるの。絵は大人に頼まれて描いてるんだから、貴女が気にすること無いわ。

 それに日記も書いてるんだから、そりゃ減りもします。

 悪いことして減らしたわけじゃないのに謝る必要はありません。

 そんなこと気にしてたら、先生なんて宿題が出せなくなるわよ」


「へ?アタシは宿題なんて出されたこと無いよ?」


「……コリンが出してもらってるの。本当は先生も勉強は進みすぎるくらい進んでるって言ってくださってるんだけど、あの子が旅立つまでにやれることはやりたいって無理にお願いしたらしいのよ。

 貴女の秘密を知った今でも、あの子は貴女の前では賢いお兄ちゃんでありたいって、必死なんでしょうね」


 コレットの苦笑混じりの言葉を聞いて

「ホントにコリンお兄ちゃんって良い子だわ~!何て頑張り屋さんなの。

 ……でも余り無理しなくても良いのにね」

 とクロエは心配そうに言った。


 コレットはそんなクロエに

「やる気があるときはやらせるのが一番よ!自分で求めたものなら必ず身に付くから。

 無謀に見える事でも本人が折れない限りは、見守っていてやりましょう」

 と言い聞かせる。


 クロエはコレットの言葉に大きく頷き

「そっか、そうだよね。やっぱり母さんは大したものだわ。前の世界のアタシとはえらい違い。

 ……母さんなら向こうでも立派にやっていけるだろうなぁ。

 アタシは出来が残念だったから」

 と笑った。


 コレットが眉をしかめて

「……全く、貴女は謙虚すぎるのよ。もっと自信を持ちなさい。前の貴女を知ってる訳じゃないけど、多分謹み深くて仕事を丁寧にする女性だったんじゃない?

 今の貴女を見ていれば自ずと解るわ。だから余り卑屈になっていては駄目よ。

 こちらの世界では、謙遜なんてしてちゃ直ぐに食い物にされてしまうんだから!わかったわね。

 さて、じゃあ言っていくわよ、まずは……」

 とクロエを嗜めた後、買い物リストを作成するために必要な物を話し出したのだった。





 夕食後クロエ達は、明日朝食を食べてから直ぐ出掛けて、買い物が終わったら家へ戻り少し遅い昼食をとるという予定を決めた。


 お風呂に入った後、部屋でお出掛けの準備をしていると

「クロエ。これを明日使いなさい」

 とコレットが可愛い肩掛けタイプのピンクのポシェットを持ってきた。


「あ、可愛い~!お花の刺繍がしてある~。あ、お財布巾着が入ってる!母さん、これって……」


「フフ、貴女の鞄よ。そしてこれはお小遣い。コリンにもあげてるから、何か好きなものを買いなさいな。紙やインク以外でよ?

 少しだけど自由になるお金を持ってると、何を買おうかワクワク出来るでしょ。

 明日は楽しんでらっしゃいね」


「嬉しいっ!ありがとう母さん!お土産買ってくるから楽しみにしててね!」


「あらまぁ。嬉しいけど、今回は貴女の欲しいものを買いなさいね?

 お土産は次の機会で良いから」


「ンフフ、解りましたぁ!」


「じゃあね、早く寝なさいよ。おやすみクロエ」


「うん!おやすみなさい母さん」


 コレットが部屋を出ていくと、肩にちょこんと森の仲間、子チョスのななが乗ってきた。


 実は5年前に居た子チョスのここは、あれから1年後繁殖の時期を迎えたのでクロエのお付きを引退していた。


 その後別のチョスや時には鳥のリンク等がお付きとしてクロエの側に居てくれたのだが、つい最近ここの末子のなながクロエに付くことになったのだ。


 ななはここと同様に真っ白でとても綺麗な子だが、性格はここよりも大分落ち着いている。


 因みにざざは今でもクロエのお迎え役をやってくれている。


 この世界の小動物もやはり体と比例して寿命が短いらしく、お役御免もどうしても早くなるのだ。


(クロエさま、あしたはわたくしもついていってよいのですか?)


「そうだねぇ。森の入口までなら、ななちゃんも行けるでしょ?

 店までは無理だろうけど、行けるところまで一緒に行こうよ」


(わかりました。よろこんでおともいたしますわ。

 それではクロエさま、はやくおやすみくださいませ。

 でないとあしたにさしさわりましてよ?)


 ななの言葉を聞いたクロエはにっこり笑って

「そうね、用意も出来たし休もうか。さ、ベッドに入ろう、ななちゃん」

 とななに話し掛けた。


(はい、ではおやすみなさいませクロエさま。よいゆめを)


 一人と一匹は互いに声を掛け合ってベッドに潜り込んだのだった。

なるべくはやく更新します。

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