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やりたい事をやる為に  作者: 千月 景葉
第一章 黒き森
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193. 兄の旅立ち

お読みいただきありがとうございます。

兄が旅立ちました。

 ライリーが森に別れを告げ、3人は家に戻った。


 ミラベルはすっかり寝入ってしまっていたので、ざざが家まで抱いて運んでくれた。


 慌てたのはガルシア達。


 ざざから娘を受け取ると、夫婦は恐縮してざざが森の中に帰るまでずっと頭を下げっぱなしだった。


 そのざざの姿を初めて見たジェラルドは驚きのあまり硬直し、暫くそのまま微動だにしなかった。


 漸く身動きをしたと思ったら、ヘナヘナ~とその場にへたり込んでしまう。


「ホ、ホントに……ホントに神の眷族が……何てことだ。聞いたことがない、クロエはいったいどんな魔法を使ったのだ……」


 呆然と呟くジェラルドに、当のクロエはニパッと笑いながら答えた。


「何にも特別なことはしてませんよ。慌てん坊のアタシが森や家族に迷惑掛けて、何故かその失敗が都合良く働いて仲良くなれたんです。

 元々守り人の父さんが森の皆に好かれていたお陰です。

 アタシはなーんにもしてないです」


 ジェラルドはクロエの言葉を鵜呑みには出来ないとは思ったが、ガルシアの守り人としての働きが森に認められていると言う言葉は、彼の親代わりとしてとても誇らしく思った。


 ジェラルドがちょっと嬉しそうにしているのに気付いたクロエは

(やっぱりジェラルド様は父さんが可愛いんだね。親代わりだったって聞いてるし、ホント優しい方なんだなぁ……。先生と言いジェラルド様と言い、アタシの周りには素敵な大人がいっぱいだ。

 奥様のグレース様も御優しいし、御綺麗だし。

 良いなぁ、アタシもこんな風に歳を取りたいな。

 ……先ずはそれより先に素敵なお嬢さんを目指さなきゃね)

 とそんな彼をにこにこと見つめる。


 ガルシアが近づき、ジェラルドを助け起こす。


「私なぞ、大した働きをしておりませんよ。ただ森の指示に従ってるだけでしたしね。

 ……本当にクロエが来てからこの森は変わりました。とても優しいのですよ、森の空気が。以前にも増して癒されると言いますか……。排他的なところが消えて、優しく包み込む様な空気を感じるのです。

 この優しい森を何としても守りたい。私自身、更に強く思うようになったのです」


 ガルシアの言葉にジェラルドが力強く頷いた。


「そうだな……森が何故変わったのか経緯は気になるが、そんなことは些末なことなのかもしれぬ。

 大事なのはこれからもこの森との関係を保っていくこと。

 ……ガルシア、今まで以上に黒き森を頼んだぞ」


「はい、微力ではありますが私の全てを掛けて務めを果たします」


 ガルシアは微かに笑みながら請け負った。


 ガルシアに助け起こされたジェラルドは彼に支えられながら、家の中に入っていった。





 その夜、最後の晩餐はとても豪華なものとなった。


 皆楽しそうに飲んで食べて明日の別れを忘れたようにはしゃぐ。


 やがてはしゃぎ疲れた子供達は、大人達に付き添われながら寝室に引き揚げていく。


 大人達は暫く歓談していたが、明日の出発の事もあり彼等も早々に寝室に引き揚げた。





 そして真夜中。





 男の子部屋の扉が開き、ライリーが出てきた。


 彼は寝間着のまま、家の外へ出る。


 勿論夜は森の中には出られない。


 彼は家の庭先で森を見つめる。


「……明日からはこの森で休むことは無いんだな。

 だけど僕の家はこの森の家だ。例えこの先何処で過ごそうとも、僕の家はここ以外考えられない。

 僕の心はいつでもこの森と共にある。

 ……どうか森よ、待っていて。僕は強くなってこの森を守れる大人になって戻ってくるから」


 そう森に静かに語りかけるライリー。ふと彼は背後に気配を感じた。


 ガチャリ……と云う音で振り向くと、目を擦るクロエとガルシアが扉から出てきた。


「クロエ、父さん……どうして」


「……森さんに呼ばれたのよ、とてもお兄ちゃんを心配してるみたいね」


「俺もだ、同じ様に呼ばれたよ。森は、森で生まれた最初の人の子であるお前をひどく心配してる。

 あの子が外に行きたくないなら行かせるな、とまで言ってたぞ。

 これじゃどっちが親だか解らんな、ハハ」



 2人の言葉に目を丸くするライリー。


 クロエが半分閉じた目でフニャッと笑う。


「ホント森さんに愛されてるね、お兄ちゃん。

 あ、森さんにはちゃんと伝えたよ。お兄ちゃんが自分で決めた未来だから見守っていてあげてって。いつか立派になって戻ってくるからって。

 ……だってねぇ、“可愛い子には旅をさせ”なきゃね?」


「俺も言っといた。勿論森から離れたくはないだろうが、アイツは敢えて厳しい道を選んだ。そんな息子を俺は誇りに思うってな。だから見守ってやって欲しいって。

 若い時には色んなものを見ておくべきだ。俺もそうさせてもらったし、お前にもそんな経験をしてきてもらいたい。

 ……いつか逞しくなって戻ってきた息子と、この森で美味い酒を酌み交わすのが俺の夢だからな」


 2人はどうやらライリーを心配する森を宥めていたようだ。


 森が自分を心配している……その言葉を2人から聞かされたライリーは、思わず森を振り返り泣き笑いのような表情を浮かべ

「心配してくれて、ありがとう……絶対、絶対帰ってくるよ!俺はこの森の子なんだからね」

 と森に礼を言って両手で目を擦り始める。


 だが、次々に溢れる涙を止めることが出来ない。


「クッ……昼に……昼にちゃんと別れを……言って来たのに……止まらない……」


 ガルシアが泣き出した息子を抱き締める。


「大丈夫だ、泣いても。明日からお前の挑戦が始まるんだからな。今日くらい構いやしない。

 ……頑張ってこいよ、ライリー」


「うん、俺、頑張ってくる……父さん、クロエ、ありがとう」


「さ、もう休まないと。コレットが起きてたら腫れた目を治して貰うんだが……朝頼もう。

 クロエ、そろそろベッドに……あ、ありゃりゃ~!」


「え、どうしたの父さん?……うわ、ク、クロエ~!」


 見ると彼等の足元に丸まって眠る末妹がそこに居た。


 どうやら猛烈な眠気に勝てなかったらしい。


 土の上にてらいなくコロンと転がり眠る幼女は、とても中身が大人だとは思えない無邪気さだ。


「あーあ、何て所で寝ちゃうんだか。うわ、しっかり頭や頬にも土が付いてる……こりゃコレットを起こすしか無いな」


「俺のせいだね……何かごめん、クロエ」


「さて、このお姫様を中に入れるか!あ、ちょっとライリー汚れるぞ。俺が抱き上げるから……」


「いや、父さん、僕が抱いていくよ。もうこれからはこんな風に世話してやることも出来なくなるからね。

 でも次会うときはコイツ見違える位綺麗な女の子になってるだろうな。

 ……この性格は変わらなさそうだけど」


「そうだな、性格は変わりそうに無いよな、クロエなら」


 父と兄はクスクス笑いながらぐっすりと眠る妹を連れて家に戻っていった。




 翌朝。





 無事母に綺麗にしてもらったクロエは姉達と共に、何事もなかったかのごとく起きてきた。


 既に大人達は皆起きて準備に余念がない。


 男の子達も起きてきて洗い場はいつものように賑やかな声で溢れる。


 いつまでも賑やかな子供達に、母は鶴の一声を上げ、彼等は慌てて食堂に向かう。


 食堂でも大人達に元気良く挨拶をして、皆しっかりと朝食を頂く。


 オーウェンとエレオノーラも昨日しっかり別れを惜しむことが出来たので、心なしか顔付きがスッキリしていた。


 クロエは昨日のうちにオーウェン達にも手製のお守りを渡していた。


 オーウェンとエレオノーラ以外にも、側仕えやもう一人の騎士シュナイダーにも渡し、大変喜ばれた。


 騎士にはライリーに渡したものに似た厄除祈願を、側仕えには健康祈願を渡す。


 オーウェンにはライリーと効果が似てるが、彼とは違いこの先森に来れるかどうか分からないので、完全な厄祓いタイプではなく緩和タイプを渡した。


 森の話だと、これならお守りの効果は比較的緩やかだが、長く持続するのだそうだ。つまり浄化をしなくても保つと云うことらしい。


 エレオノーラには健康祈願。


 そして2人の両親、アナスタシアとブライアンにも渡してもらうようにとお守りを用意して言付けた。


 クロエはブライアンに直に会ったことはない(と思っている)。


 そして森が彼女にお守りの珠を授ける際伝えてきた条件に、クロエ自身が“知っている者”にしか使えない、効果がないと言う“縛り”がある。


 それで行くとブライアンにはお守りは効果がないばかりか、渡すことすら出来ないかもしれなかった。


 だが彼女は出来ることならブライアンにも渡したいと思い森に願ったところ、なんとブライアン用の珠が授けられた。


 ダメ元で願ったので、まさか会ったことの無いその人のお守りが手に出来るとは思ってなかった。


 正直クロエ本人がこの結果に一番驚いた。


 森に尋ねると

『さて……我も解らぬ。其方の思いが余程強かったのかもしれぬな。

 試しに会ったことの無い他の者を思い、願ってみてはどうだ?

 其方ならばこの珠の制約を超えることが出来るのかもしれぬ』

 と答が返ってきた。


 首を捻りながら試してみようとしたが、そこではたと気が付く。


「あれ?やだ、アタシ他の人って思いつかないわ。ブライアン様はお会いしたこと無いけど、何度もお話を聞いてたせいか直ぐに名前が思いだせたのよね。そうそう、確かミサンガもお作りしたんだった。

 ……アタシが勝手に親近感持ってるもんだから願いが通じたのかな?

 解んないけど、お渡しできるならそれで良いや!」


 名前を知っていて姿を知らない存在など、外を知らないクロエにとってブライアン以外には居ない。


 とにかくそう云う経緯で、オーウェン達にはお守りを言付ける事が出来たのだ。




「さて、では行くか。ガルシア、コレット。ライリーの事は任せておきなさい。

 しっかりと行儀や所作の教師を付けて、騎士団でやっていけるようにするからな。

 既に剣術や勉学等は先生に仕込まれているから、心配はないだろうし。

 後ろ楯には儂やライモンドが就くので、王都で舐められることもない筈だ。

 ただ暫くは会えぬ。それだけはどうしようもないが、来年の視察には連れてこよう。

 ……騎士団へ入った後はそれすら又出来なくなるだろうからな」


 ジェラルドがそう約束した。


 ガルシアとコレットは深く頭を下げて感謝する。


「ご迷惑をお掛けしますが、どうか息子(ライリー)をよろしくお願いします。

 我らの事までお気遣い頂き恐縮です。ですが大丈夫です。

 子が頑張ろうとしているのに、親が泣き言を言う訳にはいきませんから。

 ……この子の力を信じて待つのが親の務めでしょう」


 ガルシアの言葉にコレットも笑って頷く。


「ええ。私達には親が居りませんが、ジェラルド様とグレース様が私達を慈しんで下さいました。

 そのお二人に愛する息子を託すことが出来るのですから有り難いことです、これ以上望むべくもない程。

 だから笑って送り出せますわ」


「……そうか。ではその信頼を裏切ることがないよう、儂もこの子をしっかり育てようぞ。

 ライリー、両親に伝えたいことはないか?」


 ジェラルドの言葉にライリーもにっこりと笑う。


「別れは既に済ませました。それに又来年には顔を出せるのですから、大丈夫です。ありがとうございます」


 ライリーの力強い言葉にジェラルドが頷くと、皆に声を掛ける。


「オーウェンとエレオノーラが長く世話になった。感謝する!

 では、行くぞ!」


 ジェラルドはそう言って踵を返し、自分の馬に飛び乗った。


 オーウェンとエレオノーラもガルシア夫妻、恩師のディルク、子供達と抱き合ったり握手をしたりした後、馬車に乗り込んだ。


 ライリーは家族一人一人と抱き合い、声を掛けていく。


 最後にクロエを抱き締めると

「……皆を頼んだ。必ず戻るから。……あと、お守りをありがとう。

 だけどクロエ、お前も無茶だけはしないでくれな、それが一番心配だ」

 と呟いた。


 クロエは笑いながら

「うん、解ってるって!お兄ちゃんこそ無茶しないでよ?アタシもそれが一番心配なんだから」

 と返す。


 それを聞いたライリーがニヤリと笑って

「どっちが!ま、忠告はちゃんと覚えとく。……じゃあ行くよ」

 と体を離した。


 ライリーは家族を見て大きく頷き

「皆、では行ってきます!」

 と言うと背中を向け、オーウェン達が待つ馬車に乗り込んだ。


 彼の後側仕えの一人が乗り込み扉が閉じられた。もう一人の側仕えが御者となるために馬車の前に乗る。


 騎士達も各々騎乗し、ガルシアも自分の馬に騎乗する。


 ガルシアが

「じゃあ、行きますよ!」

 と一声掛けてからゆっくりと馬を歩かせ始めた。


 森の仲間達があちらこちらから顔を覗かせて、彼等を見送る。


 鳥達が馬車の屋根にとまり、森の入り口まで付き添うようだ。


 木から木へチョス達が飛び移りながら、付いていけるところまで付いていこうとしている。


 鹿に良く似た動物が歩調を合わせて馬車の後ろに付く。


 ……今までには考えられない見送りの風景だ。


 馬車に乗る側仕え達や子供達、馬に騎乗する騎士達、ジェラルド、そしてガルシアも驚きのあまり目を見張る。


「お兄ちゃんから離れたくないんだね。皆、自分達の“仲間”が旅立つと思ってるんだよ。

 ……体に気を付けて、元気でねーーっ!行ってらっしゃーーい!お兄ちゃーーん!」


 クロエが手を大きく振りながら、馬車へ大声を張り上げる。


 既に涙で顔がグシャグシャのミラベルとコリンも同じ様に声を張り上げた。


「「行ってらっしゃーーい!」」


 コレットも声を出そうとしたが涙が溢れて声が出せず、やがて俯いて手で顔を覆った。


 ディルクがそんな母の背中をポンポンと優しく慰めるように叩く。


「……母なればこそ辛いのう。よう頑張ったな、コレット」


 ディルクの言葉に小さく頷いたコレットは、静かに涙を流し続けた。





 愛する家族と森の仲間に見守られ見送られて、森の愛し子であるライリーは森の外へと旅立ったのだった。

次は展開が変わり、一気に時が進みます。

なるべく早く更新します。

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