192. 引き継ぎ
お読みいただけて嬉しいです。再び長いです。
姉2人にも秘密を明かした事で、クロエの毎日は更に楽しいものとなった。
隠すことが無いと心が軽くなる。だから笑顔が増えてくる。
勿論今までも楽しく日々を送っていたが、心の枷がほぼ取れたことで彼女は益々輝きを増していく。
周りの者達はそんな幼女を微笑ましく見守っていた。
そして瞬く間に時間は過ぎて。
今日はオーウェンとエレオノーラ兄妹、そしてライリーがこの森から離れる前の日。
既にその前の日に祖父のジェラルドが側仕えと護衛騎士を連れて森にやって来ていた。
兄妹の荷物や旅立つライリーの荷物を本人達と側仕え、そしてコレットがてきぱきとまとめていく。
そしていつもより少し大きめの馬車に騎士と父が次々に運び込んでいった。
ライリーとオーウェンの荷物が運び出された男の子部屋はあっという間に物が減り、少し寂しく見えた。
「……凄く広くなった気がする。お兄ちゃんの荷物が無くなったら。こんなに広かったんだね、この部屋」
部屋を見たコリンがボソッと呟いた。
一緒に居たクロエもコクンと頷く。
「うん……そうね。何かへんな感じだよね。ね、コリンお兄ちゃん……平気?」
「へ、何が?」
「うん、その……ライリーお兄ちゃんが行っちゃうと一人で寝る事になるでしょ。一人で寝られる?」
「クロエ~。僕だってお前のお兄ちゃんだよ?そんなの心配しないでよ。問題ないよ、安心して!」
「そう?なら良いんだけど……。寂しくなったらいつでも言ってね?直ぐにお兄ちゃんの横に行くから」
「え、クロエ来てくれるの?!そ、れなら……あのさ、実はちょっとだけ不安になりそうなんだ、僕。だから出来たら一緒に……」
コリンがモジモジと身をくねらせながら、妹に共寝を頼もうとしたその時。
「はい、ちょっと待った!駄目だろクロエ、コリンの自立を邪魔しちゃ。コリンなら大丈夫。お前が考えてるよりずっと逞しくてしっかりしてる。
だからそんな心配は余計だ。甘やかすと折角の自立の機会が無駄になるだろう?一人寝くらい、僕の弟には問題ない。お前も自分の兄をもっと信じなさい、解った?」
いつの間にかライリーが2人の後ろに立って腕組みをしながら、口を挟んできた。
コリンが悔しそうに舌打ちをしたが、クロエはそれに気付かずライリーを見上げる。
「あ、お兄ちゃん。もう積み込み終わったの?」
「ああ。後は出発の時で良いから」
「そっか。……でもコリンお兄ちゃんは未だ一人の部屋に慣れてないから心配だもん。甘やかす訳じゃ無いけど、やっぱり気になるじゃない。アタシはお姉ちゃんが居るから寂しくないけど……」
「寧ろ僕はこの後のミラベルが心配なんだ。だから図太いコリンより、強がりなミラベルと居てやって欲しいんだよ。
お前だって本当は兄弟の中でミラベルが一番寂しがり屋だって知ってるだろ?僕がいなくなったら、きっとアイツは泣く。でも横にクロエが居てくれるから僕は安心できる。
コリンなら父さんや母さんが居るから大丈夫。お前は甘え下手な姉について居てやって欲しい。頼めるよな?」
ライリーの言葉を聞いて、クロエは微笑んで頷く。
「そうね、確かに。お姉ちゃんは甘え下手か……フフ、アタシと似てる、やっぱり姉妹ね。
解ったわ、コリンお兄ちゃんは父さんと母さんに任せることにする。でもコリンお兄ちゃん、愚痴くらいはアタシも聞くから!それくらいは良いでしょ、ライリーお兄ちゃん?」
「勿論。それくらいなら問題ない。コリン、お前は男だろ?僕が居なくなっても一人で寝られるよな?」
「……はーい。大丈夫でーす」
少しふて腐れて兄に答える弟。
その時廊下の向こうから
「クロエーッ!部屋に来てーっ!」
とミラベルが呼んだ。
「はーい!じゃ又後でね」
「後から森に行くからな。終わったら声を掛けてくれ」
「うん、解ったわ!」
クロエが女の子部屋に戻ると、コリンが兄を睨み付ける。
「兄ちゃんヒドい!折角クロエと一緒に寝られるところだったのに~!何で邪魔するの!」
「……お前の邪な気持ちは見抜いてるよ。クロエはお前に甘いからな、直ぐにほだされる。
妹を守るためさ。お前はクロエが可愛すぎて、何するか解らないからね」
「僕が大事なクロエに何かする訳無いでしょ!可愛がりこそしても、虐めたりなんか絶対しないっ!なんの心配してんの!」
「……可愛がるってのが曲者なんだよ。兎に角お前達には適正な距離感が必要だ。
……この家でクロエにとって一番危険なのはコリンだからな」
「何それ、意味わかんない!何で僕が危険なのさ!ずっと大事にしてきたし、これからもクロエの事は僕が側でずっと守るつもりなのに!」
「それだよ、それ!お前は完全にクロエにベッタリだからな~。
ま、兎に角お前はこれからあまり妹にベタベタし過ぎるなよ。解ったな!」
「フンッ!……お兄ちゃんが行っちゃえばこっちのもんだからね~。
ま、クロエの事は僕がしっかり守るから、お兄ちゃんは騎士の修行、頑張って来てよね!」
「コイツ!……兄を甘く見るなよ、手は既に打っておいたからな」
「何なの、それ!どこまで信用無いの、僕?!」
「クロエに関してだけは全く無い」
「ムキィーーッ!ヒド過ぎるよ兄ちゃん!」
「何とでも言え。……兄の僕が弟に負けてたまるか」
「それって何の勝ち負け?!ねぇ、何の?!」
コリンがそっぽを向いた兄に噛み付いていると、オーウェンが呆れたように声を掛けてきた。
「何喧嘩してんの?仲が良いのか悪いのかよく解んない兄弟だね、君達ってホントに」
「オーウェン。すまないがこの後クロエと森に行ってくるから、その間コイツを頼めるか。
ミラベルも一緒に行くから、拗ねると困るんでね」
「拗ねるって……そのくらいで拗ねないだろ、コリンは。なぁコリン……って、アレ?」
「……まぁた置いてけぼりなんだから。意地悪だよな兄ちゃんは。自分だってクロエを独り占めしてるじゃん……」
ブツブツと小さな声で文句を言うコリンを見て、オーウェンは頭を掻く。
「……何だか良く解らないけど、ホントに君たち兄弟はクロエが好きなんだね。取り合いまでするか?」
「僕は小さな妹を甘えん坊の弟から守りたいだけだよ。どこまでも依存しそうだからね、コイツは。
ミラベルならわかってるから大丈夫だけど」
「依存って何?!僕はクロエに甘えたりしないよ。僕があの子を甘やかせてあげたいんだよ!そこ間違えないでよね、全く!」
「……さあ、どうだか」
兄弟のやり取りに苦笑したオーウェンは憤慨するコリンに声を掛ける。
「それはそれとしてコリン、暇なら木工小屋に一緒に行ってくれないか?自分で作った物を纏めたいんだ。何個か有るからさ、運ぶの手伝ってよ、良い?」
「良いけど、未だ纏めてなかったの?荷物ほとんど積み込んじゃったんでしょ?」
「ああ、今から取りに行く物は積み込むつもりが無かったんだ。……ちょっとね」
「?……なら今から行こうよ、オーウェン兄ちゃん。どうせ僕は暇だから!」
「ハハ、悪いなコリン。じゃあライリー、コリンを連れていくからね」
「ああ、頼んだ」
オーウェンとコリンが離れると女の子部屋からクロエ達が出てきた。
「お兄ちゃんお待たせ!ミラベルお姉ちゃんも連れてきたよ」
「お兄ちゃん今から森へ行くの?どうして?」
「……ちゃんと森の皆に別れを言いたいんだ。後、次からはお前が僕の代わりで付き添いをするからって伝えたい。もう明日はそんな時間がとれないし、今しかない。
すまないけど一緒に来てくれるか?」
「……そうか、そうよね。解ったわ、行きましょう。クロエ、ここちゃんは?」
「さっき森に伝えにいってくれたよ。多分もう近くにざざさん来てくれてると思う。
……今日はウチに人が多いから木陰辺りで待ってるかと」
「ならこれ以上待たせると悪いな。直ぐ出よう」
忙しそうな両親に断りを入れ、3人は森へと向かう。
ジェラルドがその姿を見て
「3人で行くのか?大丈夫なのか?!」
と心配したのだが、周りに宥められて何とか納得した。
クロエの言う通り、森の家からは直ぐには見えない木陰でざざが待ってくれていた。
共に来たミラベルを見て、ざざは屈み込むとそっと彼女に腕を差し出した。
「え、あの……?」
「多分一緒に抱き上げてくれるつもりなんだよ、ざざさん。力持ちだからね~!両手に花ならぬ少女だね」
クロエが笑いながら説明する。
「え?でも重いから悪いよ、そんな……」
「ざざさんは優しいからな。甘えると良い。もし無理なら初めから腕を差し出したりしないよ」
「そ、そう?じゃあお願いします、ざざさん」
ミラベルはざざの腕に進み、クロエの指示通りに腰掛ける。
ざざは2人の少女を両腕に乗せると、すっと立ち上がった。
「わ、わ、わ……!た、高ーーいっ!凄いね、ざざさんって凄い!」
「ね!凄いんだよ、ざざさんて~」
姉妹はキャッキャッとはしゃぐ。
ライリーがそんな妹達を笑って見ながら
「僕もざざさんに抱え上げて貰った時、凄く驚いたからね。父さんの肩車より高いだろう。良かったな、ミラベル」
と声を掛けた。
「うんっ!ざざさん、ありがとう!」
ミラベルの嬉しそうな様子にざざは
「グオッグオッ」
と笑い声のような鳴き声を出した。
「凄いよね、この森って。前の世界じゃこんなの考えられないもん。
森の皆とこんなに仲良くなれて、本当にアタシ達って恵まれてるよね」
「向こうの世界には動物さん達は居なかったの?」
「居たよ。中には凄く仲良く出来ていた人達も居たみたいだけど、普通は無理。だからこんな風に交流できる事が嬉しくて」
「それならここでもあんまり変わらないわよ。普通は森の動物さん達には会うこと無いんだから。
この森だからこそ、クロエや父さんが居てくれたからこその奇跡だよ」
「うん、そうだよな。父さんも言ってただろう?クロエが来てくれたからこんなに森と仲良くなれたって。その通りだよ」
「アタシ、ここに生まれてこられて良かった!お陰でざざさんリフトをして貰えるし、良いことづくめ!」
3人は和やかに話しながら森の奥へと進んでいく。
やがていつもの待機場所に着いた。
ミラベルはそこでざざから下ろして貰う。
「いつもここでお兄ちゃんに待ってもらってるんだ。ミラベルお姉ちゃんもそうして貰うつもりなんだけど、怖くない?」
ミラベルは周りを見渡す。
そこかしこから森の動物達が顔を出し、ミラベルの近くにやって来る。
中には足元で体を擦り寄せるグーアや頭の上に留まる青い鳥リンクも。
ミラベルは顔を輝かせながら
「ぜーんぜん!寧ろ楽しいわ!皆近寄って来てくれるもの。嬉しい!」
と答えた。
ライリーも笑顔で頷き、同意する。
「皆僕やお前を気遣ってくれるんだ。寂しくなんか無いだろ?ほら、頭の上のリンクなんて何か持ってきてくれてるぞ?」
「え?……あ、木の実だ!もしかしてアタシに?」
「ヒュイ!」
「わあ!ありがとう~!凄い、何かドキドキしちゃう~」
ミラベルは頭から手の上に移ってきた鳥にお礼を言う。
「じゃあここで僕らは待ってる。行くんだろ、クロエ?」
「ちょっとだけね。直ぐ戻るわ。お姉ちゃん、待っててね」
「うん、解った!ざざさん、この子をお願いします」
ライリーとミラベルに見送られたクロエは、いつもの様にざざと森の奥に入って行った。
ミラベルはライリーに問う。
「待ってる間はどうするの?何かしなくちゃならないことってある?」
「何もない。ほらあの木の下、いつもあそこに座って待ってるだけさ。
気を遣って森の動物達が絶えず来てくれるし、木の実や果物も分けてくれる。
それにあの木の下へ行ったら解るけど、凄く座り心地が良いんだ。
柔らかい葉や羽毛で僕達が楽にしていられるように調えてくれてあるんだよ。
良く昼寝をしたりしたよ、僕も」
ライリーがミラベルを木の下に案内しながら説明する。
「へえ……わ、ホントに柔らかいわ!じゃあ遠慮無く……きゃあ!スッゴく気持ちいいね、この場所~」
「ね、ここで持ってきた本を読んだり、お前なら縫い物を持ってきても良いんじゃないか?
頼めば花をくれたりもするから、花輪を編んだりも出来るしね。
お前も僕みたいにクロエを待つ時間を楽しむと良いよ。最高に贅沢な時間になるから」
ライリーはそう言ってミラベルの頭を撫でる。
「うん、ありがとう。……ホントにもうお兄ちゃんは居なくなるんだね」
「ミラベル?」
「……お兄ちゃんが居なくなるって考えるのが辛くて、アタシずっとその話をしなかったでしょ。……でも、もう駄目だね。明日お兄ちゃんは行っちゃうんだもん。
……寂しいよ、凄く。どうして良いか解らないくらい」
そう言うとミラベルは肩を震わせ始めた。
「ミラベル……」
「……ずっと一緒だったんだもん、お兄ちゃんは何でも出来て、何を聞いても答えてくれて、いつもいつもアタシ達弟妹に優しかった。
コリンだってきっと寂しくなるわ。お兄ちゃんが居てくれたからアタシ達はいつも安心して喧嘩出来たんだもの。
これからどうしよう……お兄ちゃんが側に居なくなるの、凄く不安だよ。
だってアタシじゃ、お兄ちゃんみたいにはやれないもの……」
俯いたミラベルの足元にポタッポタッと水滴が落ちていく。
ライリーは顔を歪めると屈み込んで妹を抱き締める。
「離れたって僕はお前の兄ちゃんだ。いつでもお前を思ってる。
それにミラベルは僕以上にしっかりしてる。お前は自分を過小評価してるけど、僕は兄だからお前がどれだけ出来た妹か良く解ってる。
不安なんて思うこと無い。お前ならアイツ等をちゃんと引っ張っていけるさ。
……だから泣くな。お前に泣かれるのは凄く堪える。大事な妹にはいつも元気で笑っていて欲しいんだ」
「うん、うん……っ!今だけ……ここでだけ泣いて良い?甘えるのは今だけにするから……っ!」
「ああ、良いよ。……悲しませてごめんな、ミラベル。アイツ等を……父さん母さんを頼んだよ」
「うん、お兄ちゃん……お兄ちゃん~っ!」
ミラベルはライリーにしがみついてワンワンと泣き始めた。
ライリーは妹を優しく抱き締めながら、背中をトントンと叩く。
「大丈夫……ミラベルなら大丈夫だよ。……手紙を書くから、ね」
優しい声で泣き続ける妹を慰める兄の目にも光るものがあった。
「お兄ちゃん、体に気を付けてね……アタシも手紙書くよ……ふぇぇ~」
仲の良い兄妹を森の動物達も優しく見守る。
兄妹は誰にも邪魔されること無く別れを惜しむことが出来たのだった。
やがて泣き疲れたミラベルはウトウトとし出し、兄は妹を木の下にそっと横たえた。
スースーと寝息をたてるミラベルを横に座って撫で続けていると、ざざとともにクロエが戻ってきた。
「お待たせ……って、あ、お姉ちゃん寝ちゃったんだ。……これって泣いた後?」
クロエが眠る姉を見ながら兄に問い掛ける。
「ああ。……僕が旅立つのが不安なんだよ。お前も気付いてたろう、前に僕に言ってたし」
「ええ……お姉ちゃんは良い子だから、我慢して中々そういうことって言ってくれないのよね。……でも漸く泣けたんだね。良かったわ。少しでも気持ちが整理出来たなら」
「……ミラベルとコリンは未だ未だこれから不安がると思う。だからクロエ、2人を頼むな。
お前は大人だから、僕も頼みやすい。僕もいつ帰れるか解らないからね」
「大丈夫、任せて。だからお兄ちゃんは自分のことに集中してちょうだい。……環境が変わるって本当に大変なことだから。
辛いことがいっぱいあると思うけど、余程で無い限りは時が解決してくれるわ。
理不尽なことも沢山有るだろうけど、それ以上に楽しいことも新しいことも見つけられる筈よ。
気負わず、焦らず、両目をしっかりと開いて耳を済ませて、新しい世界に飛び込んでね、応援してるから!」
「……君もそうやって来たのかい、クロエ?」
「ええ。そうやってアタシも新しい環境に自分を馴染ませていったわ。怖いけど楽しみでもあったしね。
ライリーお兄ちゃんならアタシなんかよりもっと上手くやっていけるわよ、アタシが保証します!」
「クッ、そりゃ頼もしいな。何よりの励ましだ、ありがとう」
ライリーがクスクス笑いながら礼を言う。
クロエがそんな兄を見ながら、何やら自分のスカートのポケットを探り出す。
「……実はね、お兄ちゃんに渡したい物があるんだ。旅立つライリーお兄ちゃんのこれからを少しだけ手助けする物……。
これは他の人にも渡すんだけど、お兄ちゃんのだけは特別なんだ。
前の世界では“お守り”ってのがあってね。それを身に付けていると災難から身を守ってくれるっていう物なの。
勿論絶対じゃないし、寧ろ慰めにしかならない物ではあったんだけど。
……でもこれは違うわ。森さんにお願いして作って戴いた物で、お兄ちゃんから実際に災いをはね除けてくれるのよ。
……効果は2回。例えば大きな怪我や死に繋がるような病、後大きな事故や揉め事からお兄ちゃんの身を守ってくれるの。
小さな怪我や日常の揉め事には効果は無いわ。あくまでお兄ちゃんの身体に大きな害が及ぶ災いに限定してます。
2回使いきると珠は割れてしまうのよ。だからもしも危険に遭遇して1回使ったら必ず森に帰ってきてくれる?
……浄化したら又使えるって森さんが言ってたから。森に来て、森の空気に触れさせると力が戻るそうよ。
と、言う訳で!アタシが前の世界で使っていた言葉を袋に刺繍して、中にそれを入れて作った黒き森特製の“お守り”です。
……受け取ってくれる?」
そう言ってクロエはライリーに両手を差し出した。
手の上には兄の髪と同じ色の布で作ったお守り袋。袋には妹の髪の色で見慣れぬ刺繍、日本語で“厄除御守”と施されていた。
裏を返すとそこにはこちらの文字で“ライリーお兄ちゃんへ”と刺繍が入っている。
目を丸くしたライリーは妹の手の平からそっとお守りを持ち上げると
「これを僕に……?そんな力が有る物を、良いのか?!」
と焦って妹に聞く。
「大事なお兄ちゃんだもの、当たり前でしょ。
……この先はアタシも力が貸せないもの。話を聞くことも力付けることも直ぐには出来ない、とても難しくなるわ。
だからせめてこの位はさせてちょうだい。外の世界は危険がいっぱいなんだって聞いてるもの。
……心配なんだ、解るでしょ?」
クロエはそう言ってはにかむように笑う。
ライリーは唇を噛むとお守りをぐっと握り締め、クロエに抱きつく。
「……ありがとう。俺、頑張るから。クロエのこのお守りに誓う。お前の助言を胸に、これから精一杯やってくるよ。
ホントにありがとう。……嬉しいよ」
「うん、頑張って。でも無理しすぎないでね?それも心配なんだから」
「うん……うん……っ!」
「……後のことは任せて。ライリーお兄ちゃん、貴方のこれからに沢山の幸せがありますように……」
「………っ!」
ライリーは声を出すことができず、ただ妹を抱き締めながら静かに泣いた。
(どんなに優秀でもお兄ちゃんだって未だ9歳なんだもの。……不安でいっぱいだよね。
ここでしっかり泣けば良いよ。明日からは中々気の休まる時が無くなるだろうから。
……どうか頑張ってね、お兄ちゃん)
クロエはライリーを抱き締めながらそう思うのだった。
次は兄の旅立ち、ラストです。
なるべく早く更新します。