187. 領主の暴走
遅くなりました。すみません。
「……本気でアレは無いよな、アレは」
「うん、流石にアレは無い。考えられないよ、どんなに驚いたとしても、良い歳をした男があんな声を出すなんて。
聞いた瞬間気持ち悪さで背筋がぞわぞわした……」
「俺も。今日絶対うなされる。騎士団のアホ共のダミ声のが未だマシだ。中年の変に甲高いアレは、聞くと結構キツいって初めて知った」
「それにも同感。ホント無いよね。俺達だけなら未だしも、クロエちゃんやガルシアさん、先生も真横で被害に遭った。
せっかくクロエちゃんが頼んでくれて、森の動物達が集まってくれてたのに……台無しだよ全く」
「皆、アレを聞いて後ずさってた気がする。きっと危険だって感じたんだぜ?威嚇なんかより、よっぽどアレが!
クロエちゃんが慌てて宥めてくれたお陰で、あのまま留まってくれてたけど。本当に悪いことをしたよな……なぁ、聞いてんのか親父!」
双子がジロリと父を睨み付けて、噛み付く。
「……言われなくても解っとる。だが私は本当に驚いたのだ、まさか神域に棲む神の眷族と触れ合うことが許されているなんて……、その上お姿をこの目で見られたのだぞ?!
少し位変な声をあげても仕方ないだろうが!」
ライモンドは顔を赤らめながら、息子達に反論する。
「うわっ図々しいな、親父開き直ってやがる。でっかい体を縮ませて反省するでもなく!」
「確かに驚くのはわかる。だけど僕達はあんな大声出さなかったよ?
“如何なる時も冷静に”……これって誰の口癖だった?今の父さんにこそ、この言葉を贈りたいね僕は」
「グッ……」
「で、止めがあの生きてて良かったーーーっ!だぞ。……これが領主の台詞かよ、マジ萎えるわ……」
「ウグゥ……」
息子達の容赦無い“口”撃に返す言葉が見つからない父は、呻き声を出すのがやっとの様子である。
領主ライモンドは晩餐の席で、双子の息子達にネチネチと嫌みを言われ続けていた。
クロエが呼んだ森の動物達が家の外に並んでいるのを目にした彼は驚きのあまり
「エーーーーッ!ウッソーーーーーッ!」
と言う、壮年の領主が発したとは思えない甲高い声をあげた。
集まってくれていた森の動物達は、守り人のガルシアと同じくらい大きな体の人間が放った妙に甲高い声を、自分達が発する威嚇の唸り声や怒声より本能的に怖いと感じ、思わず知らず後ずさっていく。
動物達の恐れや戸惑いの反応を瞬時に感じたクロエが、慌てて宥めようと声を掛ける。
「ち、違うよ!皆、これは嚇しの声なんかじゃないからね!だから怖がらないで~。
ほら、皆に会えて嬉しくて、その喜びの声なの!
ね、ここちゃんも皆に……ってアレ?!ここちゃん?ここちゃんどこ?!アチャ、ここちゃんも逃げちゃったか……」
肩に乗っていた筈のここが消えたことに気付き、クロエは苦笑した。
そんな末娘の困った様子を見て、ガルシアは顎を落としたライモンドに近寄り、ボソボソと耳打ちする。
「……ライモンド様、動物達は大声に非常に敏感です。自分達を脅かそうとする者の威嚇だと感じるからです。
ですので、どうか声は抑えて……」
ライモンドはガルシアの注意に我に還ると、漸く周りの空気に気付いた。
視線の先に並んでいた動物達が少しずつ遠退いて行こうとしており、その様子には心なしか“怯え”が見える。
その原因を作ったのが自分だと悟り、ライモンドは目に見えて焦り始めた。
「す、すまん!本当にすまない!まさか森に棲む神の眷族に会えるなんて、夢にも思わなかったのだ。
あぁ!どうか隠れないでおくれ、頼むから。大きな声を出してすまなかった、貴方達を驚かせた事を謝る、この通りだ」
慌てて詫びを口にするとライモンドは腰を90度曲げて、彼等に深く深く頭を下げた。
動物達は後ずさっていた足を止めて、頭を下げたライモンドを見つめる。暫く膠着状態が続いたが、やがて最初の立ち位置に皆戻ってくれた。
その様子を見て安堵したクロエは、頭を下げたまま動かないライモンドの腕をクイクイッと引っ張り
「頭をあげてくださいライモンド様。皆もう解ってくれました。
さ、早く皆のところに行きましょう?本当に優しい子達なんですよ……」
と頭を上げるように言った。
ライモンドがゆっくり姿勢を戻し、前に立つ動物達に目をやる。
先程までは自身の大声に怯えを見せていた動物達が、心なしか穏やかな雰囲気に変わったように見えた。
「よ、良かった……。え、皆のところに行くって、まさか……?」
「あ、もしかしてライモンド様は動物が苦手でいらっしゃるのでしょうか?それならば触れ合うことは避けた方がよろしいですかね……」
「ぬあっ?!そ、そんなことは絶対無い!勿論大好きだ、この上もなく大好きだ!苦手などととんでもない、そんな滅相な事を考える筈が無い!
だ、だが外からやって来た、外の穢れをまとった私が眷族の方達に触れるのは、とても失礼なのではないか?
クロエ、聞いてみてはくれないか?わ、私が触れても穢れが移りはしないだろうかと」
アタフタと焦ってとんでもない心配を口にするライモンドに、クロエがピシャリと言い放つ。
「もうっ、誰が穢れてるんですか、誰が!ライモンド様が穢れてるなんて、変な事言っちゃ駄目でしょ。
ほら、この子達が又不安になりますから、そんな無用の心配はポイッ!と捨てちゃってください。
ここちゃーん!あ、来た来た~ごめんねびっくりさせて。
ね、ここちゃん、ライモンド様の肩に乗って差し上げて。穢れてなんか無いよ~って!」
ここは尻尾をフルリと振ると、シュッと跳んだ。
ライモンドの肩にトンと跳び乗ると彼の頬に頬擦りするここ。
その仕草に度肝を抜かれたライモンドは、自身の表情をメロメロに崩して肩に乗ったここを見る。
「うおっ?!……は、はあぁー……、現実なのかこれ、本当に現実……?お、お体にふ、触れてもよ、よろしいでしょうか、ここ様?」
「キュッ!」
ここが応えて自身の尻尾を彼の顔の前にフルンッと差し出す。
ライモンドは恐る恐る手を伸ばし、フワフワな尻尾に触れる。
「お、おぉ……!こ、これぞ至福の、神の祝福たる感触……!ここ様、ありがとうございますーーっ!
……お、うわぉっ!」
感動のあまり目頭を熱くするライモンドの手の平にここが移動する。
(そんなにおよろこびになられるとは……わたくし、チョスみょうりにつきますのーー!もっともっとおよろこびいただきたいですわーー!)
彼の手の平でジャンプしたり回ったり、ここなりに一生懸命ライモンドを喜ばせる為に行動する。
自身の手の平の中で可愛らしく舞うここにすっかり魅了されてしまったライモンドは、目に光るものを湛えつつ
「こ、ここ様ーー!い、生きてて良かったーーーっ!」
「キュッキューーッ!(よかったですわーーっ!)」
とここを両手で天に捧げる様に高く差し出してその場に膝を付いた。
森の動物達に出会ってからのライモンドの一連の行動に、クロエを除いた周りの者達はただただ唖然呆然と彼を見守るばかりだった。
……で、現在の冒頭の会話に戻る。
夕食の席で喧々囂々(けんけんごうごう)と言い合い、雰囲気のよくない領主親子を見かねて、とうとうディルクが口を挟んだ。
「こら、その辺で親苛めは止めとけ。雰囲気が悪くて、皆が折角のコレットの料理を味わえぬじゃろうが。
ほれ、ライモンドもそのように不貞腐れた顔をするでないわ。お主が大人げ無かったのは確かなんじゃしな。
大体お主達親子以外はその件で何も騒いでおらんじゃろうが。いい加減でその話ばかり蒸し返すのは止めよ、全く。
それよりも明日以降の視察についてはもう話し合ったのか?」
ディルクが諭したことで彼等は漸くライモンドの失敗話から話題を変える事にした。
食事を取りつつ話し合った結果、森の探索や動物達の様子の観察(森が許す範囲で)で1日、守るべき地を1日掛けて視察し、その後森の家で視察内容をガルシア達と話す為にもう1日取り、後3泊する事となった。
「伯父上、こんなことを申し上げるのは失礼かと思いますが敢えてお聞きします。
……本当に王都のお仕事は大丈夫なのですか?」
オーウェンが心配そうに聞く。
ライモンドはニッコリ笑ってオーウェンに頷く。
「大丈夫、何とかする!滞在が延びたのは疲労で倒れたせいにすれば良いのだ。起き上がれず2・3日出先で養生せざるを得なかったとするさ。帰ってから溜まった仕事をこなせば問題ないんだからな。
いつも必死に寝る間も惜しんで働いておるのだ。たまにはこんな事があっても良かろう、うむ!」
そう話してワハハと笑う。
オーウェンもそんな伯父を見て安心したようにクスッと笑った。
エレオノーラは目をキラキラさせながら伯父に話し掛ける。
「伯父様、明日からの視察には私達も御一緒してよろしいですか?
お祖父様もいつも皆で視察をなさっておられましたし、今回も是非そうしていただきたいのです。
ねぇ、よろしいでしょう?」
ライモンドは可愛い姪に目を細めて大きく頷く。
「勿論だ!私や息子達は知らぬことばかりだからな。ガルシアやコレット、子供達に教えて貰わねばならぬ。こちらこそよろしく頼むぞ、エレオ」
エレオノーラはキャアとはしゃぎ、ミラベルの手を握る。
「叔母様のお手伝い、私頑張りますわ!ですからミラベル、どうか私と共に頑張ってくださいませんか?」
「やだ、エレオちゃんたら当たり前よ。勿論アタシもいつも以上にお手伝い頑張るわ。だって領主様に心行くまでこの地を見ていただきたいんですもん!頑張ろうね」
ミラベルとエレオノーラは大きく頷きあって笑う。
オーウェンが苦笑しながら
「若干この二人が頑張ると怖い気もするけどな。ライリー、コリン。僕達もお手伝い頑張ろう」
とライリー達を見る。
ライリーも笑いながら頷き
「そうだな、僕もミラベルと同じ気持ちだ。コリンもね」
と答えた。
「うん、今のところクロエしか役に立ってないもんね。僕もお兄ちゃんらしくお手伝い頑張らないと!」
コリンが腕組みをして、ウンウン頷きながら兄達に同調した。
子供達が自分の視察の為、各々お手伝いを頑張って視察を応援してくれようとする姿にライモンドが感動する。
「私の為に子供達が……何と健気な!あぁ我が息子達とは何たる違い!これ程嬉しいことはない……うむ、皆よろしく頼むよ。君達の気持ちに感謝する!」
ライモンドのデレ具合を見た息子達は
「帰ったら煩いぞ、アレ。母さんに絶対事細かに言うだろうし。暫く家にゃ近寄らねー方が良いかもな」
「同感!どうせ暫く休みは取れないんだしね。丁度良いんじゃない?」
「ああ、その内小言の内容を忘れるだろうしな。そうしよーぜ!」
とヒソヒソ話し合っていた。
クロエはそんな賑やかな食事風景をニコニコしながら見守っていた。
(明日から賑やかで楽しくなりそう。……だけどアレも早く作らないと。うまく時間を見つけて、手を動かさないとな。
さてさてスケジュール立てが大変だぞ~)
母の心尽くしの晩餐に舌鼓を打ちつつも、その場の誰よりも早く綺麗に目の前の御馳走を平らげながら、クロエはそんなことを考えていたのだった。
なるべく早く更新します。