184. 親子喧嘩
お読みくださりありがとうございます。この回は心暖まる(?)親子のやり取りとなっております。
お陰で新登場人物の外見などを書き忘れてしまいました。追々書いていきます。
「……こんの、大馬鹿息子共がっ!」
バキッ!パンッ!
「グアッ!……ッタァ~ッ!何すんだよっ!おまけに何で俺は拳骨でリュシアンは平手なんだよっ!」
「……ごめん、父さん。兄さん諦めよう。そりゃ兄さんの主導なんだから平手ですまないのは当たり前さ」
馬から飛び降りた領主は挨拶する間もなく、自分の息子達にズンズンと歩み寄ると容赦無く鉄拳制裁を加えた。
「ライモンド、久しいの。息災で何より。気持ちは解るが、少し抑えろ。子供達が固まっとる」
「先生、ご無沙汰しております。先生もお元気そうで安心しました。いや、こうでもせねば馬鹿共は図に乗りますゆえ。
ああコレット、相変わらず美しいな。此度は私の愚息共が其方達に多大な迷惑を掛けた。本当に申し訳無い!
全ては私の監督不行き届き。言い訳も出来ぬ。ガルシアにも詫びたが、特に其方は大変であっただろう。サーシャからも其方にはくれぐれも詫びておいてくれと言われている。
誠にすまなかった!この通りだ」
そこまで一気に喋ると腰を深く折り、平身低頭コレットに詫びるライモンド。
だが直ぐに頭を上げ、今度は顎を擦りながらブツブツと文句を言っているマティアスと頬を押さえたリュシアンの首をむんずと掴むと自分の横に立たせ、自身と共に頭を下げさせて再び詫びの姿勢をとった。
「貴様らも頭を下げんか!どれだけ迷惑を掛けたと思っとるんだ!
マティアスだけかと思えば、リュシアンまで。お前がこの馬鹿の暴走を止めずに誰が止めるんだ!馬鹿の手綱はお前がちゃんと操らんか!」
「だからごめんって。でも今回は僕も兄さんの気持ちと同じだったから。叱られるのは覚悟の上だったんだよ。だけどガルシアさんやコレットさん達には本当に申し訳無かったと思ってる。
……改めて謝ります。本当にすみませんでした」
「お、俺だってガルシアさんとコレットさんには悪かったと思ってるよ。……すみませんでした。
だけどっ!親父がそもそも悪いんだ、言っても聞いてくれなかったからだろっ!俺達だって何度も親父に直談判してたじゃねーかっ!
何度言っても全く聞く耳持たねーから、こっちも強行手段に出たんだよっ!分かったか、こんの頑固クソ親父が!」
「どこにこんな態度しか取れん馬鹿を神聖なる黒き森に入れる領主がおるか!リュシアンだけなら視察に加えても構わなかったが、僻んだマティアスが絶対に騒動を起こすから二人ともさせなかったまでだ!」
「そうだったの?!僕は兄さんの巻き添えを食ってただけなの?!」
「ちょっと待てっ!何で俺が諸悪の根元みたいな話になってんだよっ!親父と爺の頭が固いのが原因だろーがっ!
俺は悪くない。何も悪いことしてないぞ!」
「こんな騒ぎを引き起こしておきながら、悪くないだと?!マティアス、貴様一体どこまで馬鹿なんだっ!
騎士団に入れても馬鹿のままだとは……。仕方あるまい、私は親の責任としてお前を領地追放、いや国外追放に……」
「ダーッ?!何でそんな話になるんだよっ!俺頭めちゃ良いし、騎士団でも大活躍してるし、仲間との仲も悪くねーし、ほらちゃんと親父の言い付け守ってるだろーが!
こんな出来の良い俺が何で追放されなきゃなんねーんだよ、クソ馬鹿親父!」
「出来の良い奴がこんな騒ぎ起こさんわいっ!馬鹿息子っ!」
「騒いでるのは親父だけだろっ!森へ来てからは俺もリュシアンも騒ぎなんて起こしてねーよっ!
ちゃんと皆に聞いてみろ、この頑固クソ親父!」
ギャーギャー、ワーワーと領主親子の喧嘩が続く。
ディルクとガルシア夫妻、騎士のテオは苦笑しながらそれを見守り、リュシアンは子供達に向かって頬を掻きながらばつが悪そうに笑う。
子供達は呆気に取られていたが、やがてクロエが口を押さえて肩を震わせ始めた。
激しい口喧嘩を見慣れていない他の子供達は目の前の騒ぎに気を取られ、そんな彼女の様子に気付かない。
そんな空気を読み、吹き出すのを必死に我慢していたクロエだったが、その努力はそう保たなかった。
「グッ……グクゥ……ウゥ……!」
彼女の妙な唸り声に気付いたミラベルが、クロエの様子を見て慌てる。
「クロエ?どうしたの、具合悪いのっ?!」
ミラベルの声にライリー達もクロエの変調に気付いた。
「クロエッ?どうしたんだ、吐きそうなのか?!」
顔を真っ赤にして必死に首を横に振りながらその心配を否定するが、皆が自分に注目し始め、やがて親子喧嘩真っ最中のライモンドとマティアスが同時にクロエに振り向いたことで、彼女の我慢が限界に達した。
「ブフゥーッ!アハッアーハッハッハッ!ギャーハハハハッ!お、おっかしーっ!
やだもう、ホントにマジこれ、コメディ!中々見れないわ、ここまでのクオリティ!
アハハハハッ!ヒィッヒー……ハハハッ!や、やだ、ハハハッ!止まんなーいっ!ギャハハハハ……」
笑い出したら止まらないクロエはその場で腹を抱えて座り込んで笑う。
ミラベルとライリーは目を合わせると、互いにプッと吹き出しクククッと笑い始めた。
コリンとオーウェン、エレオノーラも口を押さえて笑い出す。
子供達が笑い始めたことで、激しい親子喧嘩をしていた二人はポカーンとする。
リュシアンが溜め息を吐くと
「……父さん、領主としてこれは恥ずかしいよ。一番最初が肝心なのに、見事にやっちゃったね。
ほら見て、皆あんまり馬鹿な喧嘩してるからとうとう笑い出しちゃったよ。……クロエちゃんなんか、顔真っ赤にして泣きながら笑ってるし。
父さんと兄さんってやっぱり親子だね、僕も再認識したよ、二人はそっくりだ。特に喧嘩の時の口調はね」
と言って父の肩をポンと叩く。
マティアスがリュシアンの言葉を聞いて
「……何で俺がこんな親父とそっくりなんだよ。全く、ここまで大人げなくて良く領主が務まってるよな。
皆のためにも、早く俺が代替りしてやった方が良いかもしれねー……」
とぶつくさ呟く。
その言葉を聞き逃さなかったライモンドが、顔を火照らせてマティアスに噛み付く。
「馬鹿がっ!お前が領主に座ったらフェリークは1日で崩壊するわっ!
ああ何たる事だ、子供達の前で大恥を掻いてしまった……全ては馬鹿息子のマティアス、お前のせいだっ!」
「何で?!俺関係ないじゃん!親父が一人で騒いでんだろっ!俺を巻き添えにするな、このクソ親父が!」
又々ヒートアップしていきそうな領主親子に漸く待ったが掛かった。
「止めんか、この馬鹿親子!喧嘩したけりゃ森から出ていけ!……ったく、いつまでたっても終わらん。こっちの挨拶も出来んじゃろうが、たわけが」
ディルクが親子を一喝したのだ。
流石に恩師の叱責には逆らえず、二人は項垂れる。
ディルクはコホンと咳払いすると、笑い転げているクロエに近寄り、ペチンと軽く頭を叩く。
「ほれ、お主もいつまでも笑っとらんで立たんか。面白いのは解るが、あれでも一応領主じゃ。この態度は不味いのではないか?」
ディルクの忠告を聞いたクロエは、真っ赤にしていた顔を今度は真っ青にして慌てて立ち上がる。
一瞬で笑いはすっこんでしまった。
「あ、あの、ご、ごめんなさい!大変失礼いたしました!申し訳ありません、笑うつもりは無かったんです。だけど親子仲良くていらっしゃるんだと思ったら何だか微笑ましくて、つい……。
笑ってしまって、本当にすみませんでしたーっ!」
勢い良く謝るとガバッと深く頭を下げて謝罪する。
ライモンドは目を丸くしてクロエを凝視する。
「クロエちゃんは悪くないよ。そんなに縮こまって頭を下げたりしないでくれ。
そうでしょ、父さん兄さん。森に来てまで大人げない喧嘩を披露したのはこっちなんだからね。笑われて当然だよ、恥ずかしい」
リュシアンがクロエに近寄って膝をつき、優しく頭を撫でた。
クロエは恐る恐る頭を上げる。
ライモンドが彼女をジーッと見つめていた。
(ヤッバ……ずっと見てる。こりゃ本気で怒らせたかも。馬鹿笑いしすぎた。マズッたなぁ……。さて、リュシアン様に泣きつこうか、先生に取り成して貰おうか……どうするよ?)
クロエは微笑んで良いのか、泣けば良いのか、はたまた見つめてくる領主を見つめ返せば良いのか、現状を打破する為のベストな態度が解らずワタワタする。
すると大きく息を吐いたライモンドが彼女に向かって歩いてきた。
クロエはビクッと跳び上がる。
(イカン!戸惑ってたら向こうが先にアクション起こした!ま、不味い不味い不味いーっ!)
「父さん、ちょっと……」
リュシアンが間に入ろうとするが、ライモンドはそれを左手でスッ……と制した。
クロエはゴクリと唾を飲み込む。
「あ、あの……」
ライモンドはクロエの目の前に立つと、膝をついて彼女と同じ目線になった。
「初めましてお嬢ちゃん。すまない、お見苦しいものを見せてしまったね。
私はフェリークの領主、ライモンドだ。お嬢ちゃん、君のお名前を聞かせてくれるかな?」
ライモンドはそう言うとニッコリと笑った。
クロエは一瞬ライモンドに見蕩れていたが、ハッと気を取り戻すと目を伏せてスカートを摘まんで腰を落とし、うろ覚えの淑女の礼を取った。
「初めましてライモンド様。ようこそ森の家へ。私はガルシアとコレットの末娘、クロエでございます。お目にかかれて光栄です。
……先程は大変ご無礼いたしました。申し訳ありません」
ライモンドは目を見張り、目の前の幼女の思わぬ見事な挨拶に感嘆する。
「私も君に会えて嬉しいよ。クロエ嬢か……今幾つになるのかな?」
「2歳を過ぎました、ライモンド様。……兄姉のように作法が出来ておらず、恥ずかしいです。
あの、お怒りになっておられますか?……先程の無礼を」
クロエがおずおずと尋ねると、ライモンドは微笑んで首を横に振った。
「まさか。あれは寧ろ私が君達に詫びなければならない失態だ。
迷惑をかけてしまった君達に見せてはならない姿であった。
すまなかったね。君が笑い飛ばしてくれたお陰で、あの場が和んで却って助かったよ。ありがとう」
ライモンドの言葉で漸く安心した彼女は、フワッと華開くように笑った。
「……やはり似ているな、アレに」
ボソッと彼が呟いた言葉にクロエは小首を傾げる。
「はい?似ているって、何にでしょう?」
「いや……君のお母さんにだよ。君はお母さん似だね」
ライモンドの言葉にクロエはふにゃっと笑う。
「え、そうでしょうか?だとしたら嬉しいな。私、両親にあんまり似てないかもって寂しく思ってたんです。だからそう仰って下さってとても嬉しいです!」
少し頬を赤くして喜ぶ彼女をライモンドは切なげに見つめ、立ち上がりながら頭をフワッと撫でる。
「……そうか、嬉しいか。君は家族が大好きなんだな」
「はいっ、とっても!」
大きく頷いて答えるクロエに微笑み、ライモンドは彼女に一つのお願いをする。
「じゃあ家族大好きなクロエ嬢に、皆の紹介をお願いしても良いかい?」
「はい、お任せください!じゃあ父さんと母さんは良くご存じだと思いますから……」
クロエは笑顔で引き受けると、兄姉を紹介し始めた。
クロエが紹介を終えると、コレットは彼らを労いながら森の家の中へと案内する。
ほぼ夜通し馬を駆けてきた彼等はすぐ湯浴みをし、軽い食事をすると昼まで仮眠をとった。
午後からディルクはライモンドに重要な話があると伝え、小屋に招いた。
双子も父と先に小屋に入り、ガルシアとクロエは間をおいて小屋に合流する。
領主との話し合いが始まろうとしていた。
テオさんが空気です(笑)
なるべく早く更新します。