1-18 奇異な赤子
お読みくださりありがとうございます。
更新が少し遅れました。
爺様が鋭いです。
(頭を冷やすって。別にカッとなった訳じゃないし。
あ!そっか、お兄ちゃんでも緊張してたんだ。何か緊張とか気後れなんて、ライリーお兄ちゃんには無縁だと思ってたよ。
7歳だもの、当たり前だよね。頭良くても落ち着いたように見えても、子供だよね。安心するよ)
ライリーがあの場を離れるためにクロエをダシに使ったと小さく呟いた事で、何となく彼の可愛い面が垣間見えた気がした。
ミラベルがライリーに近付き、何となくもの問いたげな顔で彼を見ている。
ライリーが苦笑してミラベルに言った。
「心配かけてごめんね、ミラベル。未だ決めかねてるんだよ。僕が居なくなるのが不安なのかい?」
図星を指されたミラベルが、顔を少し赤らめて小さく頷いた。
「都に行っちゃったら、寂しいから。コリンとクロエも寂しいと思う。でもお兄ちゃんが騎士になりたいなら、良いよ?」
ライリーは妹のけなげな言葉に優しく笑って
「ありがとう。優しいね、ミラベルは」
と、礼を言った。
ミラベルがクロエを見て、首をかしげる。
「あれ?お兄ちゃん、クロエ元気そうだよ?」
「……そうだね」
ミラベルはまさか兄がクロエをダシに使ったなんて考えもせず
「クロエ、お腹すいたのかな。ねえお兄ちゃん?」
とクロエが具合悪そうとライリーが言っていたその理由を突き止めようとする。
ライリーはとぼけるしかなく、それは寝室で疲れたミラベルがウトウトし出すまで続いたのだった。
次の日。
あれからほどなく子供達は休み、大人達は客間でガルシア秘蔵の御酒を楽しんでいたようだ。
朝早くからコレットと側仕えのモニカとアレクは朝食の準備をし、ガルシアと同行している騎士のシュナイダーは今日視察する森の道や畑、野原周辺を点検と確認に出ている。
もう一人の同行の騎士テオは主が休む家で待機している。
そうこうしている内にジェラルドやアナスタシアも起床し、朝食の準備を終えた側仕え達が身の回りの世話をする。
子供達も起床し上二人は自身で朝の身支度をして、コレットに挨拶と手伝いに向かう。
下二人の内コリンは一度朝早く目覚めたのだが、今は二度寝の真っ最中。
起こすのに骨がおれそうである。
その横の小さなベッドでクロエは、日課にしている彼女考案のストレッチ運動と筋トレを兼ねた“体操”をしていた。
早く自力で身の回りの事を出来るようになりたい彼女は、何よりも体を作るのが基本と考え、毎日朝昼夜ベッドでその“体操”をしているのだ。
クロエ自身この体操を始めてから寝付きは良くなったと感じているし、何もしないよりは何かした方がきっと成長の助けになるだろうと思ったのだ。
しかし端から見ていると、暇をもて余した赤ん坊が暴れてるとしか見えないのはご愛嬌である。
やがて体操を終え一汗流してスッキリしたクロエの元に、家族ではなくアナスタシアの側仕えであるモニカがやって来た。
クロエはキョトンとモニカを見上げる。
(おはようございまーす!って、あれ?モニカさんだ。どうしたんだろう。皆忙しいからアタシを代わりにお世話しに来てくださったのかな?)
クロエが首をかしげていると、彼女はにっこり笑いクロエを抱き上げた。
モニカはクロエを抱き上げたまま、コリンの様子を窺うが、未だよく眠っているのを見てそのままにしている。
(コリンお兄ちゃん疲れてるからなぁ。寝起きも悪いしねぇ。
お兄ちゃんはコレット母さんに任せた方がアタシも良いと思いますよ)
モニカはクロエをつれて寝室を出た。
家族の元に連れていってくれると思っていたら、台所でもリビングでもなく客間に連れてこられた。
(あれ?モニカさん、どちらに行かれるんですか?客間ですか?)
クロエはモニカに
「アウ?」
と、首をかしげてもの問いたげな顔をしてみた。
「クロエお嬢様、大旦那様と奥様が客間でお待ちですの。驚かれたのですね。皆様存じておられますから、安心なさってくださいな」
モニカに丁寧に説明をされ、思わず
「あう!」
と元気に返事を返し頷いてしまった。
モニカもタイミング良すぎなクロエの仕草に目を瞬かせていたが、直ぐにクスッと笑い
「流石クロエお嬢様。このモニカの申したこと、全てお分かりなのですね。ご両親に似てとても利発であられること」
と嬉しそうに笑った。
クロエもしまったとは思ったが後の祭りなので、ニパァ~と又笑いでごまかした。
そんな風に客間にやって来ると、昨日とは違い活動的な装いをしたアナスタシアがモニカに近付く。
「クロエ、おはよう。ご機嫌いかが?突然モニカが寝室に来て驚いたのではないかしら?
あら、とても機嫌は良いようね。良かったわ」
アナスタシアの言葉にモニカも笑う。
「はい。既にお起きになられてましたわ。全くお泣きにならず、何か一生懸命可愛いお声でお話しをされていました。
それから私を見ても驚かれず、私が来た理由をご説明致しましたら、しっかり頷かれてそれはそれはお可愛らしく笑って下さいましたの。
クロエお嬢様は本当に利発であられますわ。奥様」
モニカの話にクロエはばつの悪そうな笑いを浮かべる。
(アハハ。モニカさん、あれ“お話”じゃなく、体操の掛け声なんですよ、ラジオ体操の。
ストレッチした後だから多分その声です。分かる訳無いし、まぁ良いか)
そう。
クロエ考案の体操はラジオ体操第一の赤ちゃんバージョン。
ジャンプするものや反り返るものなど、余り赤ちゃんに適さない運動の部分を“なーんちゃってジャンプ”や“なーんちゃって反り返り”に置き換えて見たのだ。
因みに“なーんちゃってジャンプ”はカエルが仰向けにひっくり返って平泳ぎをしている姿そのまんまの運動だ。
次いでに言えば“なーんちゃって反り返り”は体を横に向けワカメのようにグネグネ揺れるというものだ。
いずれもとても人様に見せられる姿ではない。
「まぁ!私もクロエの可愛い声のお話を聞きたかったわ。昨日もいっぱいお喋りしてくれましたもの。
貴女の声を聞いているだけで、とても癒されますの。今日もいっぱい貴女の可愛い声を聞かせて頂戴ね、クロエ」
アナスタシアはモニカからクロエを優しく抱き取りながら、笑いかける。
横から低いバリトンの声がした。
「やはりクロエは相当に利発な子のようじゃな。モニカの話に頷いたか」
(ジェラルド様。おはようございまーす!って、やはり?…やっぱりあの時何か変だと思われてたんだ!)
クロエがひきつった笑顔になっているのを見て、ジェラルドは笑う。
「クロエ、安心せい。誰も其方を問い詰めたり責めたりなどせぬよ。確かに驚いたがライリーの例もあるし、ワシは他にも極めて優秀な子供を幾人か存じておる。
赤子の頃から言葉を解するものはたまにおる。其方が非常に優秀であると云うことは喜ばしいことじゃ。だからそのように顔をひきつらせるでない」
ジェラルドの言葉にアナスタシアとモニカが驚く。
「お父様?クロエは言葉が解りますの?!本当なのですか?」
(あ、あわわ!ま、まずいです、ジェラルド様!皆さんアタシが変な子だと思っちゃいますよ!)
クロエが狼狽え始めたのを見て、二人は益々驚く。
ジェラルドは苦笑しながらアナスタシアとモニカに話す。
「ワシも確信が持てたのはつい今じゃ。昨日この子の仕草や反応を見ていて、妙にその場に符合するものだと疑問を抱いたんじゃよ。
するとワシの考えに気付いたのか、クロエは体を強張らせて警戒する表情を浮かべた。
その時は穿ちすぎた考えだと頭を振り払ったのじゃが、あの後もクロエはこの子自身気付かぬ内に、そういう反応を所々で見せておった。
特にアナスタシアを慰めようとしていた時は、クロエも其方の心配が先に立ったのだろう。必死に声を出してアナスタシアの腕を撫でておった。
で、今のモニカじゃ。それで確信したのじゃよ」
ジェラルドはそう言うとアナスタシアとモニカに声を幾分潜めて話す。
「じゃが、確かに異端ではある。クロエが言葉を解すると云うことは余り知られぬ方が良い。
ガルシアとコレットには様子を見てワシが話す。其方等も口外するでないぞ。
クロエ、安心せよ。利発な其方じゃから気を揉んでいるかと思うが、其方はそのまま全てを吸収し、自らの向上に励め。奇異に見られるからと、折角の持って生まれた能力を疎むでないぞ。
寧ろ活かすのじゃ。利発な其方ならばきっと何があっても切り抜けられる。其方一人でどうしようもなくなれば、ワシが助けよう。
良いか、くれぐれも自分を抑え込むようなことは考えてはならぬ。今まで通り上手くすり抜け、成長を止めるでないぞ。ワシは其方を見守っておるからな」
クロエは言葉を失った。
ジェラルドはクロエが別の世界の者である雅だと言うことまでは知らない。
しかしこんな奇妙な赤ん坊を見ても動じず、寧ろ研鑽し益々能力を研けと励ましてくれる懐の深さに感動したのだ。
「アウ……アウウ(あの……ありがとうございます)」
クロエが震える声でジェラルドに答え、頭を下げると、
「礼を言ったのじゃな。本当に利発な子じゃのう。
分かったぞ、クロエ。決して油断はせず、又誰に遠慮するでなく己を磨くのじゃぞ。其方の成長が楽しみじゃ」
ジェラルドを涙で潤んだ目でしっかり見つめながら、頷くクロエ。
アナスタシアとモニカが二人の“会話”を黙ってじっと見ていた。
「……やはりクロエお嬢様は」
「モニカ。クロエを守るために迂闊な口を聞いてはなりません。クロエ。貴女に全て理解出来るのかどうかまで、私にはわかりません。
但、お父様が仰る様に貴女を私も全力で守ります。何かあれば頼ってくるのですよ?貴女はお父様の仰る通り、自分の向上に努めなさい。
可愛いクロエ。泣かなくて良いのよ?抑えていたのね、今まで色々。
ガルシア達には貴女が苦しい立場に立つことがないようにしますからね。
あらあら、涙が止まらないわね。よしよし。可愛いクロエ。大丈夫よ、大丈夫」
アナスタシアにあやされながら、自分を理解して応援してくれる人が出来たことに、クロエは今までの溜まっていた、言葉に出来ない思いが溢れて涙を止めることができなかった。
(ありがとうございます。アタシを理解してくださって、受け入れてくださって、ありがとう)
しがみついてワンワン泣くクロエを優しく擦りながら、アナスタシアは自身の思いを込めてクロエを抱き締めるのであった。
次話は明日か明後日投稿します。