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やりたい事をやる為に  作者: 千月 景葉
第一章 黒き森
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181. 疑わしきは聞け

お読みくださりありがとうございます。

久しぶりの森との邂逅です。

「聞いてたのか……」


 気まずそうに表情を曇らせて俯くライリーに、クロエは頷く。


「うん、ごめんね。お兄ちゃんってまともに聞いても本心は絶対明かさない人だから、気にはなってたんだ。やっぱり悩んでたんだね。

 行きたくはないけど、行く決意は固めてるのね。だったら止めたりはしないけれど……。

 ……ここを離れるのが嫌なの、解るよ。アタシもこの森を出るってことになったら、嫌だもん。

 外の世界は見たいけど、ここは安心出来る……そうね、お母さんの腕の中って感じがする。

 そんな場所から離れるのは、正直辛いよ。お兄ちゃんが元気無くすの、当たり前だと思う。もっと早くに聞くべきだったな……」


 クロエは自身が座ってる木を見上げる。


「お兄ちゃんはしっかりしてるから、そんな風に迷ったり戸惑ったりしない……なんて誰も考えてないよ。

 未だ9歳なんだもの。泣いたり、駄々こねたりして良いんだよ?

 父さんも母さんも泣き言位幾らでも聞いてくれるわ。

 だからお兄ちゃんは我慢せず、もっと素直に気持ちを口に出した方が良いと思うよ、アタシ」


 クロエはライリーを見ないで木を見上げたまま、普段の口調で話す。


「聞かれてしまったら隠せないな……ハハ、油断した。

 そうだよな、解ってはいるんだ。父さん達もそう言ってくれてたし。無理しなくて良いんだぞって。

 でも騎士になりたいって気持ちに嘘はないんだ。ただ、単純に森を離れたくないだけなんだよ。

 ……俺森が好きだから。

 ジェラルド様に騎士になれと薦められてから色んな事考えて、騎士になるのが今の俺に出来る最善の選択だと思った。確かに俺は他の場所で生活したことが無いから、夢だった守り人になるには決定的に経験値が不足してる。だからこその選択だった。

 辛くても森を離れる必要が俺には有るんだ。

 だから旅立つのを止めたりはしない。俺には絶対にその経験が必要なんだから。

 でもこの森から離れたら……俺は森の外の者になる。それが一番辛いんだよ……」


 クロエはその言葉でライリーを見る。


 妹の視線を感じながら、兄はそう話した。


「一番気にしてるのはそれなの?“外の者”になるってことが辛いの?

 家族と離れることじゃなく?」


 クロエの言葉に微かに笑いながらライリーは答える。


「家族は家族だもの。離れたって戻ればいつでも受け入れてくれるだろ?会えなくなるのは寂しいけど、ここに居るのは解ってるんだし。

 俺が家族を思う限り、家族も俺を思ってくれる。それについては気持ちの揺らぎはないよ。……そこまで子供じゃないから。


 でも森を離れると、もう森の者ではなくなるだろ。父さんも初めての経験だから、森の判断は読めないと言ってたし。

 今まで感じてきたこの安らぎや安心感は、森がここで生まれた俺を受け入れてくれてたからこそのモノだ。そんな森から俺は自分の意志で出ていくんだ。以後は“外の者”として扱われても仕方ないだろう?

 しょうがないこととは思うんだけど、やっぱりやりきれないんだよ。

 でも森を守るためにはそうされるのが一番なのも理解してる。

 外に行ったら俺みたいな子供、どんな思惑の者達に絡みとられるか解ったもんじゃないからな。


 ……黒き森と云う神域は、厳然とあらなければならない。そうあるべきだと俺は思うしね」


 ライリーの言葉を聞いて、口元に指を当て考え込むクロエ。


「森の判断は父さんにも解らないのよね?ね、お兄ちゃん。“外の者”だと森との関係は今とどう変わるの?」


「森に立ち入ることを制限される。父さんがいないと森を歩いたり、守るべき地に入れない。

 つまりは父さんが監視役になるんだ。今まではそうじゃなかっただろ?許しがあればお前のお供だって出来たし。

 父さんが言うには俺達には森の結界はあまり強く働かないらしい。

 父さんの家族と森が認じた者には、余程の事がない限り森は手出ししない。そのかわり守り人も、家族に対して森に敬意を払うように言い聞かせるからね。


 でも“外の者”になるとそうは行かない。下手したら今のようには森に立ち入れなくなるかもしれない。

 ……どういう扱いになるか、全く解らないんだ」


「……そっか。ならアタシが聞いてみるよ。ちょうど良いわ、今から森さんとお話しするんだもん。

 コレでお兄ちゃんの不安が少しでも解消できれば占めたものよ。アタシだってたまには役に立つって胸張れるわ」


 クロエが立ち上がりながら、ライリーに告げる。


 ライリーはギョッとして妹を止める。


「ば、馬鹿っ!余計なことをするんじゃない!父さんでも聞けないのに、お前にそんな負担を掛ける訳には……!」


「負担なんてぜーんぜん!だって聞くだけなんでしょ?なら聞きゃ良いのよ。悶々と悩むくらいならその方がスッキリするじゃない。でしょ?

 だーいじょーぶ!森さんって優しいのよ?お兄ちゃんの事聞いたって怒りゃしないわ。こんなくらいで怒るなら、アタシはとうの昔に森から追放されてるって!

 ……だってもう、大概な事聞いてるもんね~」


 ペロッと舌を出して笑う妹にライリーは戸惑いの目を向ける。


「クロエ、お前……一体いつもなにを森と喋ってるんだよ……。頼むから無茶しないでくれよ?」


「やだ、信用ないのねアタシ。無茶なんてしてないって!

 多分お兄ちゃんは考え過ぎだとアタシは思うんだけど……まぁアタシの感覚はちょっとズレてるかもだから。

 父さんも森さんとは未だ未だ固い関係だし、ある程度付き合いのボーダーラインは必要なのも解るし……。

 やっぱここはアタシの出番でしょ!まっかせて~」


 クロエは親指をグッと立ててニカッと笑って見せる。


 座ったままのライリーは、何とも言えない苦渋に満ちた顔でクロエを見上げる。


「……ノリが悪いなぁ、もう。ま、とにかくこうしてても時間が経つだけだ。ざざさ~ん、お待たせ~。

 お兄ちゃん、アタシ行ってくる!待っててね、心配しなくても森さん怒らせたりしないから~」


(よろしいのですか、クロエさま?ライリーさまとのおはなしは……)


 ざざが近寄ってクロエを抱えあげながら、尋ねる。


「うん、大丈夫。森さんのとこに行こう!お兄ちゃん、みんなと待っててね~じゃあね!」


 そう言うとクロエが元気良く手を振り、ざざと再びライリーのそばから離れて森の奥に入っていった。


「クロエ、あいつ……本当に森といつもどんな話をしてるんだ?

 聞いちゃいけないんだろうけど、不安だ。ああ、愚痴なんて溢さなきゃ良かった……」


 意気揚々と森の奥へと入っていったクロエ達を見つめながら、ライリーはそう呟いて大きな溜め息を吐いた。





 暫く森の小道を歩いた後。


 ざざに抱かれたクロエの頭の中に森の声が聞こえてきた。


『久しいな、クロエ。息災で何より。どうやら客人と云う新しい人間とも解り合えたようだな。

 森の者達も安心したようだ。皆の気持ちが上向いておるわ。

 さて、今日はこのまま話すか?どうする?』


「お久しぶりです、森さん。はい、お兄ちゃんが待ってるし、今日はこのままで。

 この森を含めたこの辺りを治める領主の息子さん達だったんですよ。

 良い方達でアタシも安心しました。森の皆にも会って貰おうと思います。構いませんか?」


『勿論構わぬ。其方の行動には制限を付けたりせぬよ。思うままに動くが良い。森の者達もその方が喜ぶ。

 他にも何か我に話があるようだな?』


 クロエはざざから降りて、何気なく辺りを見渡しながら頷く。


「ええ、幾つか。先ずお兄ちゃんの事なんです。

 一番上のライリーお兄ちゃん、もうすぐ森を旅立つんです、ご存じでしたか?」


『守り人が気にしておったからな。勿論知っている。……大きくなったものだ、この森で初めて生まれた人の子であるあの子がもう、外の世界に歩み出すのだな。感慨深い』


「……森さんにとってもお兄ちゃんは特別なんですね。フフ」


『……他の森の者達に比べ、人の子は弱い。守り人夫婦がおっかなびっくり生まれたばかりのあの子を必死に育てていたのが、とても愛おしくてな。他の森の者達同様、いつも見守っておったよ。


 人も他の生きとし生ける者も全て、そうやって命を紡いでいくのは変わらない。特にあの子は我の元で初めて生まれた人の子。なのでつい、強く賢く他の者にも優しくあれと加護を与えてしまった。


 ……思いの外加護が効いて、非常に賢く育ったのには我も驚いたがな』


 クロエは森の告白に驚く。


「えっ!そうなんですか?!やだ、お兄ちゃんったら愛され過ぎ!

 もしかしてミラベルお姉ちゃんやコリンお兄ちゃんにも加護を与えたり……しました?」


『……そうだ。あの家から明るい笑い声がすると、森の者達もすこぶる機嫌が良くなるのでな。

 ついつい、赤子が生まれる度に無事に育ってほしいと加護を……』


「……謎が解けた。あの3人の凄さにはやっぱ秘密があったんだ。

 成る程、可愛さ余って加護を与えた結果、物凄い御利益でめっちゃ優秀に育っちゃったんだ。半端無いな森さんの加護パワー!


 ……じゃアタシは?ねぇ森さん、アタシにも加護を与えてくださったりは?」


 クロエは勢い込んで聞く。


『あ……其方は魂がな、その……異界渡りをしてきた者であるから、加護を与えるもナニも無く、又何故か其方だけは森の外で生まれておるから……すまぬ。

 だが、今は一番強い加護を其方には掛けておるゆえ、それで許せ』


 森はクロエの出生の秘密に触れず、言葉を濁す。


 クロエはガックリ肩を落とす。


「……うん、そうだよね。確かアタシは森の外で生まれたんだもんな。

 解ってた、何となく。だって加護が働いてたならもっと賢くなってた筈なのに、アタシは前と変わんないんだもんーっ!

 くぅっ!母さん、何故にアタシだけは森の外で生んじゃったんですかーっ!勿体無い、加護を与えて貰い損ねたーっ。

 ……まぁ見た目だけは、母さんが妊娠期間を森で過ごしていたお陰で、補整効果が効いたのかもしれないけど。どうせなら頭の中身を補整していただきたかった……」


『いや、其方には異界の知識があるであろう?既に色々と進んだ知恵を持っておるのだから、充分人として優秀ではないのか?』


「違ーうっ!そう云うオマケじゃなく、アタシの脳味噌自体をバージョンアップして貰いたかったんですーっ!

 だって絶対お兄ちゃんお姉ちゃんのが素材的に優秀だもん。アタシみたいにたまたま何かオマケ知識がくっついてましたってポンコツとは違うもん。

 チェッ、やっぱり兄妹の中でアタシ一人だけ出来が悪いんだ。図らずも証明されてしまった……ハァ。

 ええい、無いものを羨んでも仕方ない、諦めろアタシ!

 ……加護の話は置いといて、お兄ちゃんが旅立つ事で、お兄ちゃんの立場は以後どうなりますかね?」


『どういう意味だ?』


「お兄ちゃんは今まで森の者とされていたのですよね?だけど、自らの意志で森を旅立つから、これ以後は森の外の者となるんでしょうか?」


『……勿論住むところは森の外だな。クロエ、其方何が言いたい?』


「ん~つまりですね、お兄ちゃんは森を旅立ったら、この先帰ってきてもずっとお客様扱いになるのでしょうか?」


『……何故だ?』


「お兄ちゃんと父さんが心配しているんです。自分の意志で森を離れるんだから、森から拒絶されても仕方ないって。父さんもこういう例は初めてだから、森さんの判断が読めないって言ってたみたい。

 だからお兄ちゃん、帰ってきても今まで通りには森を歩いたり出来なくなるんだろうなって。それが一番辛いって言ってたんです。

 どうなんでしょう?」


 クロエの問いに森は暫く沈黙した。


 やがて

『……フム、守り人ともっと意思の疎通を図らねばならぬ様だな。まさかそんな危惧をしているとは思わなんだ。

 クロエ、今の問いの答えは“否”だ。ライリーは森で生まれた森の子だ。例え旅立とうが、我や森の眷族達、我が主足る守るべき地に悪意を抱かない限り、今まで通りの変わらぬ扱いだ。

 大体何故そのような考えをもつに至ったのか……。やはり我の怠慢かのう。可哀想に、辛い思いをさせてしもうたか』


 森が自らを責める口調になったので、クロエが慌てて宥める。


「森さんのせいじゃないですよ!お兄ちゃんも父さんも、森さんや守るべき地さんを守るためにはそのくらい厳しい制約があって然るべきだって考えでいるんです。

 だから自分達もそれに準ずる必要があると思っただけなの!


 だから森さんの怠慢とかそういうのでは無いです。


 アタシも考え過ぎじゃないかと思ったんだけど、自分がズレてるとこあるから判断に自信が持てなかったの。ま、アタシの事はどうでも良いんだけど。

 ではお兄ちゃんは外の者にはならない、今までと変わらないと云うことで良いですか?」


『ウム、その判断でよろしい。あの子と守り人にそう伝えなさい。

 いや、守り人には我からも伝えよう。……先ずは我に聞け、と』


 クロエは森の口調にクスッと笑う。


「ですね~、疑わしきは先ず聞くべきですよね!アタシもそう思いまーす。

 じゃ、この話はこれで良しっと。

 後、もう一つ相談があるんです。

 これはアタシの我が儘でしかないんですけど、実はお願いがあって……」


 クロエは森にあるお願いをする。


 その願いを聞いた森は快くそれを受け入れた。


 やがて彼女の願い通り、森に願って望んだ品々が彼女の小さな手の平の中に顕れた。


「これが……そうなんですね。え、と……どれがどう……」


『其方がどうしたいか、ソレにどういう働きを望むか……心に思い描いたとき、一番適したモノが其方の手に自然と納まる。手にしたソレを其方の思う様に扱えば良い。

 ……使うのはそのくらいの大きさが良いのであろう?』


「はい、丁度良い感じです。後、効き目は1回のみですか?何回でも?」


『……ソレが砕ける迄だ。余りにも負荷を掛けすぎると1度でも砕けるかも知れぬし、何度でも保つかもしれぬ。ソレの置かれた状況に依る。

 なるべくソレに陰りが見えたなら、この森に持ち帰るのが良いのだが……』


「砕ける前に森さんに渡してパワーチャージすればリサイクル可能ってことかしら?」


『……其方の言い回しは異界の言葉混じりのせいか、些か理解を越えるところがあるな。

 つまりは砕ける前に穢れを取り去れば、引き続き使えるということだ』


「ああ、清めるのね!なるほど」


『但しソレ等の力は、其方が無事を願う者にしか働かん。其方自身が知らぬ者が使うことは出来ぬ。

 もし、ソレがそんな輩の手に渡れば砕け散り、霧散する。安心せよ。

 ソレは我の加護と其方の願いを内包する物だからな』


「はい、ありがとうございます。……これで思うものが作れるわ。

 早く用意しなきゃ、時間はあんまり無いんだから」


 クロエは森に礼を述べると、大事そうに森から降された品々を持ってきていた袋にそっと収める。


「さて、じゃあアタシそろそろ戻ります。又近いうちに来ますね。

 そうだ、お兄ちゃんが旅立っちゃうと、今までみたいに森さんに会いに来るのに付き添ってもらえなくなっちゃうんだな。

 ……しょうがないか、これからは一人で森さんに会いに来ます。

 ざざさん達が居るから問題はないしね」


 クロエの言葉に森が答える。


『我や森の者達はそれで問題はないが……其方は良いのか?』


「ええ、元々お兄ちゃんが心配性だったから付き添って貰っていたんだし、家族も皆もう慣れたと思うし……。大丈夫です。

 じゃあそういうことで今後はお願いしますね。

 では森さん、失礼しますね。守るべき地さんにもよろしく。

 ざざさん、お兄ちゃんのところへお願いします~」


 クロエはそう言ってペコリと頭を下げた後、ざざに抱き上げてもらう。


『ああ。又いつでも来るが良い。待っておるぞ』


「はーい!あ、“これ”もありがとうございます。有り難く使わせて貰いますね!」


『ウム、其方の望みのものが作れると良いな』


「はい!じゃ……!」


 ざざがクロエを抱いて来た道を戻っていく。


 ……いつしか森の声は聞こえなくなっていた。

なるべく早く更新します。

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